ビブリア古書堂の事件手帖 第5話


 Kindle版が出ます。

 今回のキーワードとなるのは



 ドラマの中で出てきた旧版は


中古ですごい値段がついています(私は持っています、完全版の方は持っていません)。

スタンリー・キューブリックの映画で一躍有名になりました。



 最終章があったことを今回はじめて知りました。読んでみたいと思います。

 確かに、本や映画が子供に与える影響は大きいと思います。それは、子供は経験が少ない文、感受性が大きいからです。大人にとっても本や映画の影響は大きいと思いますが、感受性が衰えている文を経験で補ってしまいます(感受性を持ったままおとなになるのは難しい)。本来、子供はその感受性で、直感的に物事の本質を掴みます。しかし、今の感受性を摘み取る教育の中で、子供の感受性はとても低くなっていると思います。感受性は、自主性/能動性に裏付けられています。しかし、今の子供達は、受動的になることによって、自分の身を守らなくてはなりません。いじめの問題も、そこに根っこがあります。

 最近は、子供も大人も本を読まなくなりました。本を読むことには能動性が必要だからです。能動性がある限り、本の中の物語をそのまま現実だと思うようなことはありません。そこには判断力があるからです。能動性と判断力が、本を読むのには必要なのです。

 多くの人達は、それらを欠いた受動的な生活を送っています。本に書いてあることや、テレビで放送されている内容を、何も判断することなく、無批判に現実だと思ってしまいます。

 悪いのは、本ではありません。それを能動的、あるいは批判的に読むことを教えて来なかった大人たちです。体制側にとって、人々が能動的になることほど恐ろしいことはありません。現実の生活/制度の化けの皮が剥がれてしまうからです。

 現代において、本はとても微妙な立場に置かれていることになります。検閲制度はなくなりました。しかし、実際には出版社は自主規制の名のもとに、売れる本(くだらない本)ばかりを出版しています。ハウツー本が多いのは、人々のつながりが薄くなってきた証拠です。人々がつながること、これも体制が恐れていることの一つです。

 本や映画が子供に悪影響を与えるか。むしろ、豊かな心、多様な考え方を持ち、多様な考え方を持っている人を認める心を育むものだと信じたい。

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