村上春樹を巡る音楽(原稿)

村上春樹を巡る音楽(原稿)

こんにちは。

早速ですが、まず一曲聞いてもらいます。ビートルズの『ノルウェーの森』です。


ノルウェイの森

改めましてこんにちは。

この公民館の隣に住んでいます。ただの引きこもり老人です。公民館に来たことはほぼありません。こんな機会でもなければ来ることがないんです。今日は話す方ですが。

文学に詳しいわけでも、音楽に詳しいわけでもないので、今日はとりとめのない話をしますので、音楽だけ楽しんでいってください。

私は小説にはそれほど興味がないのですが、村上春樹は好きです。

まあ、無職で時間だけは誰にも負けないほどありますから、やってみようという気になりました。引きこもり老人にとっては、声をかけてもらえるだけでとっても嬉しいんです。

私は、気が小さくて、内気で、人前で話すのは苦手です。昔からそうなんですが、高校時代に「必修クラブ」というのがあって、一年間だけ落研(落語研究会)にいたことがあります。人前で1人で話すのはそれ以来ですから、50年ぶりです。震えてます。

「村上春樹を巡る音楽」なんてテーマはだれでもが思いつくことで、きっと沢山の人がそのテーマで本を書いているはずなので、館長に訊いたら「持ってるから貸すよ」といって持ってきてくれたのがこの本です。小西慶太著『村上春樹の音楽図鑑』1995年、ジャパン・ミックス株式会社。古本です。「BOOK BIG BOX」。800円。発行年月日も書いていない怪しげな本ですが、曲と、アルバムと、アーティストと、出てくる場所の文章が載っています。これだけでもうこの講座はいらないほどの内容です。

今聞いていただいたビートルズの『ノルウェーの森』は1965年の曲です。そのまま小説のタイトルになっていますし、大ベストセラーにもなりましたから(その後同名の映画にもなりました)、ビートルズを知らない人もこのタイトルは知っていると思います。『ノルウェーの森』でネット検索すると、この小説のことばかりが出てきて、ビートルズの曲を探すのが大変なくらいです。

The Beatles, Bach, Beethoven、「ボン」「バン」、「ポン」「パン」、「ホン」「ハン」。複数形、定冠詞

ビートルズの「イエスタデイ」や「ミッシェル」などと比べるとそれほど有名じゃないですよね。ジョン・レノンが歌っています。

シタールというインドの弦楽器が使われていてジョージが弾いています。音階もインド的です。サビはヨーロッパ的で、きっとこの部分はポールが関わったんでしょう。

実はこの曲には副題がついてまして、「 This Bird Has Flown この鳥は飛んでっちゃった」。歌詞の内容を言うと、


著作権の関係があって、昔ブログをやっていたとき、アカウントが凍結されたことがありました。


昔女の子と知り合った。部屋に連れて行ってくれた。(つまり、ナンパしたわけです。)
「ノルウェーの森 Norwegian Wood よ、いいじゃない?」と彼女は言いました。
「座って」と言われたけど、椅子もないのでラグの上に座って、ワインを飲んで二時まで話した。
「寝る時間だわ」と彼女は言った。(その後セックスをしたのかな。多分そうでしょう。)
で、起きると彼女は鳥が飛んでいったようにいなかった。

まあ、「青春時代の一夜の恋」といったところでしょうか。甘酸っぱい曲です。

彼女が言った「ノルウェーの森」を当時の訳のように「森」だとすれば、部屋に「ノルウェーの森・林」の写真か絵があったのかなあ、と思います。

ラグの上に座って話すというのは、ヨーロッパでは普通のことじゃないですよね。1日中靴を履いていますから。今はどうかわかりませんけど、イギリス紳士にとっては靴を脱いで素足を見せることは、たとえ靴下を履いていても恥ずかしいことでした。わいせつ行為だったんです。イギリス人が日本に来て、玄関で(西洋にはあまり玄関はありませんが)、「だめでしょ、靴を脱いで」って言われるのは、玄関で「服を脱いて」と言われるようなものです。

宮沢賢治の『注文の多い料理店』みたいな話です。


『風の歌を聴け』

村上春樹の長編小説を、デビュー作から順番に紹介したいと思います。

村上春樹をご存知でない人はいないと思いますが、一応略歴を。

1949年京都府生まれ、兵庫県育ち。現在76歳。早稲田大学文学部卒業。1979年『風の歌を聴け』で群像新人賞を受賞してデビュー。著作多数。外国語に翻訳されているものもたくさんあります。翻訳家として、多数の小説を翻訳もしています。代表作は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)、『ノルウェイの森』(1987年)、『ねじまき鳥クロニクル』(1994年 - 1995年)、『海辺のカフカ』(2002年)、『1Q84』(2009年 - 2010年)など。最新作は『街とその不確かな壁』(2023年、1980年に一部発表)。

エッセイや対談はあまり読みません。別に村上の私生活には興味がありません。毎日ジョギングをしているような「健康的な」人は、わたしとは性格が合わないでしょうから。エッセイもたしかに面白いのですが、アイドルやAV女優が自分のプライベート(性の遍歴など)を「饒舌に」話すほどには興味がないのです。それを聞いちゃうと、作品を読んだり見たりすると気に先入観ができちゃいます。作品(小説)そのものが好きです。

翻訳者もほとんど読んでいません。彼が翻訳すると、どんな作家も「村上節」になります。

私の話を聞いて「読んでみよう」と思う人もいるかも知れないので、なるべくネタバレにならないように話します。Wikipedia なんか見ると、あらすじが書いてありますが。

まずはデビュー作の『風の歌を聴け』です。

1979年発表の『風の歌を聴け』からビーチ・ボーイズの「カルフォルニア・ガールズ


主人公がいた海沿いの街が浮かんできそうです。当時はラジオが身近でした。テレビの放送時間は伸びていたけど、やっぱりラジオを聞いていました。深夜放送は多くが生放送でしたから、リクエストが読まれる、という幸運をどこかで期待していました。そのあと、オイルショックで、テレビの放送時間は短くなっちゃったけど。

で、今回あらためてこの本を読んだ感想ですが、これが全然面白くないんです。

「僕」という一人称。中国人の「ジェイ」、親友の「鼠」。何人かの女の子たち。間違いなく村上春樹です。

その一人の女の子、レコード店で働いている指のない子に半分意地悪のように捜してもらったら、ちゃんと捜してくるんです。 マイルス・デイヴィスの「ギャル・イン・キャリコ」。



ちょっと変わったストーリーがあるようなないような。今回読み直しても本を閉じた瞬間にストーリーを忘れてしまいました。村上春樹のファンには怒られるかもしれませんが。

舞台は1970年。多分東京ではない(たしか米軍基地のある)地方都市(横須賀あたりでしょうか)と東京。主人公は29歳。青春真っ只中でもないし、中年にはまだまだ早い。そんな年頃です。

村上春樹っぽいっちゃ、ぽいけど、セリフのいちいちがキザです。あまりパッとしない主人公が、頭がいいの(頭が切れる)はわかるけどね。当時、こんな会話をしてたっけ。「言葉を大切にする人」なんだろうけど、こんなキレッキレの話し方をする人は嫌いです。聞いてて疲れちゃうから。話している方も疲れちゃうと思います。いくら習慣になっていてもね。聞く方も話す方も、酒でも飲んで、高ぶった精神を落ち着かせるというか、麻痺させなくっちゃ、眠れない気がします。

これは、次の『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』で洗練され、いくらか言葉の角(かど)が取れていきます。

村上春樹の登場人物は、たいてい頭がいいんですよね。頭が良いから悩むんです。ことばを返すときも、けっしてストレートには返しません。必ずひねった、一度頭で考えたセリフを吐きます。だけど、頭の良いことを鼻にかけない、というか、人の前に出るんじゃなくて、一歩下がって、客観的に観ているようなところがあります。客観的に見ようとするから、他人との間に距離、というか「壁」ができちゃうんですね。自分も客観的に見ようとするんで、自分自身の中にも壁ができちゃうんです。「壁」というのが村上春樹の一貫したテーマだと思います。というか、私はそういう眼で村上作品を読んでいます。

夏目漱石の『門』(1910年、明治43年)

彼は前をながめた。前には堅固な扉がいつまでも展望をさえぎっていた。彼は門を通る人ではなかった。また門を通らないで済む人でもなかった。要するに、彼は門の下に立ちすくんで、日の暮れるのを待つべき不幸な人であった。(角川文庫 P.205、青空文庫

この「彼」が村上春樹の「僕」です。夏目漱石の「門」は村上春樹の「壁」になるんです。そういう意味では直系の作品です。

落語の世界では、「くまさん」や「八っつぁん」なんか、とぼけた人が出てきます。「与太郎」なんかは、どっか頭のネジが外れているような感じです。でも、そんな人達で話がすすんでいくわけです。

ご隠居さんとか、大家さんとか、ちょっと学のある人も出てきますが、彼らもくまさんや八っつぁんに翻弄されるんです。

「門」つながりで、アンドレ・ジッド『狭き門』(1905年)「力を尽くして狭き門より入(い)れ」(ルカ伝第13章24節)「狭い戸口から入るように努めなさい。

新約聖書に繋がっちゃうんです。キリスト教が西洋文化を創って、それが明治に日本に流れ込んでくるんです。


1973年のピンボール

で、『1973年のピンボール』ですが、タイトル通り舞台は1973年です。発表されたのは1980年です。『風の歌を聴け』と同じ「僕」だとすると32歳です。で、中国人オーナのジェイの店「ジェイズ・バー」にあったピンボールマシーン(知ってますか)?を探す話です。

で、音楽はたくさん出てくるのですが、やっぱりジャズがいいと思ったので、チャーリー・パーカーから一曲。「ジャスト・フレンズ」。主人公が事務所で翻訳の仕事をしながら聞いている曲です。


「ジェイズ・バー」には、ジュークボックス(知ってますか?)も置いてありました。これさえ登場させておけば、どんな曲でも登場させられるわけです。双子の女の子が登場します。見分けがつかないほど似ているわけですが、本人たちはそれぞれが「私」で二人は「私たち」です。同じようでちょっと違う。違うようでおなじに見える。双子と聞いたヘンデルの「レコーダー・ソナタ」から。


きれいな音、きれいな曲ですよね。リコーダーを吹いているのは、ミカラ・ペトリというデンマークの演奏家で、チェンバロを引いているのはジャズピアニストのキース・ジャレットです。

「双子」、村上春樹の「パラレル・ワールド」は、こんなところから来ているのかもしれません。この作品の中でも、日常とたくさんのピンボールマシーンが整然と並んだ鶏舎の世界がパラレルな世界になっています。そのパラレルな世界を読者は両方眺めることになるわけですが、その世界が一つになるのか、別の世界に行った主人公が戻ってこれるのか、が、大きなポイントになります。俯瞰で上から二つの世界を眺めるというのはむしろ西欧的です。日本人は、それぞれの世界に入り込む傾向があると思います。


羊をめぐる冒険

館長との打ち合わせで、館長に「どうして村上春樹って北海道が多いんでしょうね」と訊かれたんですが、「どうしてかなあ。なんか縁があるのかなあ」って答えました。

1982年に発表された『羊をめぐる冒険』の舞台の半分は北海道です。「十二滝町」という架空の地名が出てきますが、美深町仁宇布地区らしいとネットに載っていました。私は小説の描写からその位置は、西興部村、滝上町、遠軽町辺りだと思います。名前からは滝上町あたりがそうかなあ、と思うのですが。

このあとの作品で、まったくのパラレルワールドが展開されるようになるのですけど、多分私が思うに、関西の人にとっての北海道って、観光に行くのはいいけど人間が住む場所ではないような、なんか異国というか異世界の雰囲気・イメージがあるんじゃないかなあ、ということです。沖縄とか、富士山あたりの樹海とか、なんかちょっと異世界感がある場所がありますよね。一種のパラレル・ワールドです。西欧人はそれを航空写真や衛星写真で確認しようとします。日本人はどちらかと言うと、土の匂いや空気感・肌感で確認するような気がします。

この小説の死にかけた右翼の大物のモデルって、普通に考えて児玉誉士夫ですよね(小佐野賢治かもしれませんが)。ロッキード事件が明るみに出たのは1976年です。

その右翼の屋敷に行くお迎えの車の中で流れていたのが、バッハの「無伴奏チェロ組曲」です。ヨー・ヨー・マの演奏で。


パブロ・カザルスの演奏が有名ですが、あまりいい音源がなかったので。パブロ・カザルスは古道具屋でこの曲の楽譜を見つけたそうです。古い音源は古い音源で、趣があるけど。こんな名曲が伝わってなかった事自体が不思議です。

十二滝町の山の上の別荘で、振り始めた雪に閉ざされつつ聞いていた曲ビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」です。


雰囲気バッチリです。日本でいつからクリスマスを祝うようになったんでしょうか。バレンタインデーとか、土用の丑と同じようなものでしょうね。


村上春樹の文体

村上春樹論をするつもりはまったくありません。そんな事はできないし、沢山の人がやっていると思いますし。

今回読んで特徴的だと思ったのは、まず主人公が「僕」ということです。「わたし」でも「俺」でもなく「僕」です。わたしも自分のことを「僕」ということが多いので、とても共感できます。なんか「俺」というのが「かっこいい」というか「男らしい」イメージがあって、「僕」というのは軟弱な感じがしますよね。英語なんかに翻訳されるときは「 I 」なんでしょうか。きっとそうなんでしょうね。ずいぶん印象が変わる気がします。

日本語というのは、というか日本語しか知りませんが、英語の「 I 」にあたるものが「わたし・あたし・あたい」とか「俺」とか「僕」とか複数あるというのではありません。子供の前では「お父さんはね」とか「ママはね」とか言うし、ほかのうちの子とか、知らない子には「おじさんはね」「お姉さんはね」とかいいますよね。つまり、英語の「 I 」、一人称単数、ではないんです。村上春樹に『一人称単数』という短編集があるのですが、今日はその話はできません。

でも、学校で英語教育を受けると「 I 」は「わたし・僕・俺」だと思ってしまうんです。村上春樹は翻訳書を何冊も出しているし、そんな事は当然知っていると思いますが、どうも「僕」の使い方は「 I 」に近い気がしてしまいます。村上春樹の小説は「 I 」( love のことじゃないです)を巡る冒険だと思います。日本人にとっての「 I 」です。少なくとも夏目漱石の「吾輩は猫である」とはだいぶ違うと思います。夏目漱石も「私(わたし)」の小説です。『私の個人主義』なんか読むとよくわかります。

「僕」と「 I 」 が違うということは、文学だけじゃなくて、すべてにわたって、つまり、ものの見方とか考え方に関わることなですが、今は小学校から英語を勉強しているようなので、その違いがとても見えにくくなってきています。なんでも「 I 」の視点で見てしまうわけです。もちろん「あなた、お前、オタク」と「 you 」も違います。わたしたちの年代が村上春樹を読むのと、平成生まれの人が村上春樹を読むのとでは、きっと大きな違いがあるんじゃないかと思うんですが。

もう一つ、今回気づいたのは明確な比喩表現が多いということです。「のような」とか「のように」とか「みたいに」とか「といってもいいくらい」とか、が多くて、1ページに2・3個以上出てくることがたくさんあります。それは、村上春樹の細かな情景(状況)表現のせいでもあるのですが、それを文学表現と言っていいかどうかです。小学生が書いた小説みたいにも見えます。日本語では「りんごのようなほっぺ」という言い方も「りんごのほっぺ」という言い方もできますが、「りんごのほっぺ」は別に文章的、文語的表現ではなくて、子どものほっぺをつつきながら「りんごのほっぺだ」と言うのはふつうで、「りんごのようなほっぺだ」と言ったほうが不自然ですよね。村上春樹の「不自然さ」の一つはそういう表現だとも思います。わたしはそう思うんですが、昭和生まれと平成生まれでは、違って聞こえるのかもしれません。一世代で結構ことばや感じ方、考え方はずいぶん変わると思います。多分、物事が違って見えているんだろうと思います。日本語は小説やドラマのセリフにどんどん近づいています。視線も。

ちなみに、りんごというと「赤いリンゴ」が頭に浮かびます(並木路子『リンゴの唄』「あ〜か〜いリンゴに口び〜る寄せて〜」)が、フランス語でりんご pomme というと緑色なんだそうです。日本にも緑の(青い)りんごがありますが、あんな感じです。絵本のりんごも緑色です。フランスの子どもに「りんごのほっぺ」と言うと、「顔色が悪いよ」という意味に取られるかもしれません。


『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』

1985年に発表されました。新潮社から「純文学書下ろし特別作品」シリーズとして刊行されました。600ページを超える大作です。明確に二つの世界が分けられています。「ハードボイルド・ワンダーランド」の章があって、「世界の終り」の章があって、「ワンダーランド」の章があって、・・・という感じです。

「ハードボイルド・ワンダーランド」は「現実の」世界です。この「現実の」というのが曲者なのですが、なんせ小説の中の話ですから。そして「世界の終わり」は「空想の」世界です。

「ハードボイルド・ワンダーランド」の主人公は「私」。「計算士」という特殊技能を持っていて「組織(システム)」で働いています。敵は「記号士」と言われる人たちで「工場(ファクトリー)」に所属しています。簡単にいえば、計算士が情報(データ)を暗号化(エンコード)して保護して、記号士はそれを盗み出して解読(デコード)するわけです。情報合戦です。それに「博士」という超天才や、その孫娘、第三勢力(いわゆる起業家、今で言う「ベンチャー企業」でしょうか)などが出てきて大変なことになります。

「世界の終り」は、その暗号のキーワードでもあります。

主人公が図書館の女の子に「一角獣のことが載ってる本をもってきて」と言って、彼女を待っている間に聞いていた曲、モーツァルトの『ピアノ・コンチェルト23番』です。


その後、部屋に来たその女の子と寝るのですが、勃起しません。この曲との関係はわかりません。

主人公は正体不明の人物に襲われて怪我をします。

そして、孫娘と長い真っ暗な地下道を博士を探すのですが、そのときに歌った『ホワイト・クリスマス』はすでにかけました。ボニージャックスの『ペチカ』。


名曲です。一度聞くとしばらく頭から離れません。北原白秋作詞、山田耕筰作曲です。北海道の人が聞く「ペチカ」と東京の人が聞く「ペチカ」は、どっか違うんでしょうね。寒さと、暖かさの体験です。

主人公は地上に戻って、最後の一日を過ごすためにレンタカーを借りるのですが、その中で聞くためにいくつかカセットテープを買います。その中にシェーンベルクの『浄夜』があります。長いので代わりに、すべて十二音技法で書かれた「ピアノ組曲」(1921年)、作品25から。

わけがわからないですね。口直しにドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』(1909年)。


ドビュッシーも、何調だかわからないような曲をたくさん書いています。『牧神の午後への前奏曲』なんて素晴らしい曲もありますが、長いので。それまでのバッハから続くクラシックの「調」、C調とか、と全然別なわけです。C調なら「ドレミファソラシド」の8音が基調で、その中で「長調」なら「ドミソ」が基本になるわけです。シェーンベルクは「ドレミファソラシ」に半音を加えた十二音すべてが対等なんです。それで聞いている方は落ち着かないわけです。どこにもよりどころがないから。

ちょうど印象派のモネ(『ジヴェルニーの日本の橋と睡蓮の池』1899年)と、抽象画のカンディンスキー(即興 渓谷 1914年)の関係のようなものです。



本当はラベルの『ボレロ』を聞いていただきたいのですが、長いので。この曲は、メジャーな主題・旋律(主旋律)と、マイナーにした主題・旋律が交互に現れる、まさしくこの小説です。

部屋に戻って図書館の女の子が料理をしている間に聞いた曲、マイルス・デイヴィスの『バグス・グルーヴ』。館長から借りたこの本によると、ピアノのセロニアス・モンクはマイルスに自分のソロのときは弾くな、と言われて、両手を後ろに回したままマイルスを睨みつけていたそうです。そう思って聞くと、モンクのいい加減さが聞こえる気がします。ふてくされて、ほとんど片手で弾いています。


文学と音楽

文学の中に「音」がでてくることは昔からあったと思います。

古池や蛙飛び込む水の音

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺

これらは「俳句」で、情景描写です。季節を色や匂いや音で表しています。「言葉にならないもの」を「言葉」で表しているわけです。「文字」字体は音じゃないので、当然と言えば当然です。『ホワイト・クリスマス』なんて、曲を聞くだけで季節と情景が浮かんできそうです。でも、それはBGMではありません。ふだん、ドラマでBGMを意識することはあまりありません。というか、BGMが主張しすぎるとドラマの場面がボケてしまいます。それはその場面で実際に鳴っている音ではないからです。

実際に鳴っている(だろう)音もあります。「効果音」とか。足音とか物がぶつかる音とか。

あと、アメリカのドラマやバラエティの影響で、「笑い声」や「おおっ」という声や、「拍手」何かも入れられます。昔は入っていませんでした。選手がホームランを打つと、テレビの前で「おおっ」と言ったり、拍手をしたりしていました。コメディやお笑い番組では、テレビの前で大声で笑いました。そういうおじさんやおばさんは減ってきてるんじゃないでしょうか。

テレビは、小説を読むようにページをめくったり、場面を想像する必要もありません。そのうえ、感動を表したり、笑う必要もなくなっています。それを番組が代わりにやってくれるんですね。


主人公が、レンタカーを借りてそのなかで聞くカセットから。もうすぐ自分がなくなっちゃう、というか、自分自身になってしまうんじゃないかというときに聞いている曲です。ボブ・ディランの『ライク・ア・ローリング・ストーン』。私は英語がわからないので、『風に吹かれて』の方が好きです。


もう一方の世界、「世界の終り」には音楽が流れていません。楽器は見つかるのですが、メロディーが思い出せないからです。音楽という記憶というか経験が、「自分」とか「心」というものを形作っているんじゃないでしょうか。主人公の「僕」は一生懸命「メロディー」というものを思い出そうとします。

「世界の終り」は高い壁に囲まれた小さな街の話で、2023年の『街と、その不確かな壁』に描かれている設定と同じです。主人公の「僕」は「夢読み」としてその街にいます。街に入る時に自分の「」を切り離されてしまいます。シャミッソーという人の『影をなくした男』という短い小説が岩波文庫で出ています。1814年の作品です。面白いです。「壁」は安部公房の作品がありますが、内容は忘れました。逆に壁が作られていく話だと思います。

ちなみに「」という言葉と「 shadow 」という言葉も違います。「星影のワルツ」は「星の光」「星あかり」のことで、「月影」は「月の光」や「月の形」「月あかりに照らされたものの姿」のことです。若い人は、「明かりの反対にできた暗いもの」だと思っているでしょう。中国語はわかりませんが、漢詩においても日本語と同じ意味です。「山影(やまかげ、さんえい)」は山の姿。でも「山陰(やまかげ、さんいん)」と書くと、山で暗くなる部分や、山の北側です。太陽は南側にありますから。

天才博士は、脳は電気信号で、それは「切りかえられる」と思っています。わからない部分も認めながらです。そしてそれは経験や記憶で変化するものだと思っていますが、「変わらないモノ」があるんだといいます。見た目が違っても変わらないもの、本質的なもの、あるものがあるものであるところのもの、私が私であるところのもの、それが「アイデンティティ」です。「 ID とパスワードを入力してください」というときの「 ID 」です。「自己同一性」と訳された時もありましたが、結局定着しませんでした。今では「アイデンティティ」なんて言うより「 ID 」と言ったほうが通じるのですが、多分、日本ではまだ定着していません。「お名前と生年月日を入力してください」と同じだと思っている人も多いと思います。

日本語では表現しにくいものです。「我(われ、自分でも相手でもある)」とか「自(みずから、おのずから)」は昔からありますが、「エゴ」という意味の「自我 」というのは、多分、明治以降に使われだしたのではないでしょうか。「個人主義(エゴイズム)」というのは、さっきも話したように、夏目漱石などの明治の文豪が戦ったものです。で、それが消化されないうちに、「 ID 」に変わってしまいました。日本に輸入されたのはエリクソンの心理学用語としてです。1970年前後です。英語でいえば語源的には「オート〜」とか「セルフ〜」に近いのですが、多分西欧の人も学術用語としての意味はよく分かっていないんじゃないでしょうか。

日本で「アイデンティティ」という言葉が流行ったとき、私は「私が私であるなんて、当たり前で説明する必要もないし、あらためて証明することはできないんじゃないか」と思っていました。多分西欧人も同じように感じていたと思うのですが、日本人にはどうでもいいことでも、西欧人にとってはとても大事なことでした。

で、最終的に二つの世界が一つになるのか。そこはお話ししません。


見つめ合う視線

いまさらですが、村上春樹にはたくさんの音楽が登場します。

登場人物はその曲を一人で聞いていることもありますが、大抵は二人(以上)で聞いています。どうやって聞いているのでしょうか。ある場面では、テーブルを挟んで向き合って(ほとんどは目を合わさずに)聞いているし、ある場面ではカウンターで並んで聞いています。欧米にも「バー」や「パブ」はありますが、日本の居酒屋や蕎麦屋のようにカウンターだけの店というのは少ないのではないでしょうか。そういう席にいても、欧米人は基本的には会話する時には顔を見つめ合って話をします。日本人は、お互いにカウンターの奥を見ながら話をしていることが多いのではないでしょうか。主人公が相手の服装や、手の指先や、その動きなどを細かく観察しているのは、相手の目を見て話をしていないことのように思えます。

この辺は、書かれていることもあるし、想像することもありますが、きっと若い人と年齢が高い人とでは場面を思い浮かべるのに違いがあるんでしょうね。小説世代、映画世代、テレビ世代、スマホ世代で「会話」というものが変わってきているからです。

資料の2ページ目を開いてください。古い映画のポスターです。ネットから適当に拾ってきたのですが、3枚はふたりとも同じ方向を向いています。4枚目だけは新しいのですが、4枚目だけは恋人が向き合っています。日本人の視線の変化、だと思います。日本人にとって、相手の目を見ることはとても失礼なことです。「ガンを飛ばす」ようで。でも、「目を見て話しなさい」と親によく言われた気がします。


ノルウェーの森

やっと『ノルウェーの森』まで来ました。1987年の書き下ろしです。帯に「100パーセントの恋愛小説」と書いてあります。本人が考えたそうです。重版ではこの文言はありません(多分、初版しか持ってないので)。実はこの作品は1983年に発表した「螢」という短編を思っきり拡大したものです。Wikipedia には「下敷きにしている」とありますが、文章もほとんど同じです。比べたわけじゃないけど。

主人公「僕」は現在37歳。でも舞台は、彼が高校生だった17歳から20歳になった大学生までの話です。東京の大学に入った「僕」は、偶然高校時代の親友「キズキ」の彼女だった「直子」に、出会います。「キズキ」は高校3年生のときに自殺していたんですが、「僕」は直子と何度か会うことになります。「僕」が直子に送ったクリスマスプレゼント、ヘンリー・マンシーニの『ディア・ハート


で、彼女は突然いなくなります。彼女に何度も手紙を書きますが、返事が来ません。その間に、同じ科目を受講している「緑」と知り合います。彼女の実家は「小林書店」というのですが、その屋根の上の物干し場で緑が近くの火事を見ながらギターで弾いた曲です。『花はどこへ行った


ある日彼女から手紙が届きます。彼女が京都の山奥の療養所に入ったことを知ります。彼女が入っている療養所に行きますが、そこで同室のレイコさんがギターを弾いてくれます。沢山の曲を弾いてくれますが、冒頭に聞いていただいた『ノルウェーの森』だけは直子にとって特別な曲のようです。その理由は、わかりません。そこが肝心なところなんですよね。それがわからなければこの「村上春樹を巡る音楽」の意味がないわけです。困りました・・・。

レイコさんはもう7年もそこにいます。そういう人っているんですよね。それ以上長い人もたくさんいます。治らない、ということもありますけど、そこから出られなくなっちゃうんです。決して環境がいいわけじゃなくても、そこにいたほうがマシだと思えるんです。そしてそれは、言わないにしても「患者の家族」も求めていることです。多分、直子の家族も。

療養所にはテレビもラジオもないのですが、近くのカフェでレイコさんが弾いた曲から、B. J. トーマス『雨に濡れても』。


サイモン・アンド・ガーファンクル『スカボロ・フェア』。

サイモンとガーファンクルは僕の親友が大好きで、2枚組のベスト盤を持っていました。もう何十年も会えてないけど。『コンドルが飛んで行く』とか、『明日に架ける橋』とか、『ミセス・ロビンソン』とか、『サウンド・オブ・サイレンス』とか。ごめんなさい。村上春樹には登場しない曲を一曲だけかけさせてくだい。サイモンとガーファンクルで『4月になれば彼女は


1966年1月発売のセカンドアルバム『サウンド・オブ・サイレンス』に入っています。「ノルウェイの森」は1965年12月の『ラバー・ソウル』に入っていますから、ほぼ同時に発売されました。

4月になれば彼女は来る、5月になれば彼女は私のもとに。

6月になれば彼女は変わる、7月になれば彼女は飛び立つ。

8月になればきっと彼女は死ぬ。9月になれば私は彼女のことを思い出す。

新しい恋は古びていく。

まちがっているかもしれないけど、そんな歌です。ビートルズの『ノルウェーの森』の雰囲気とも似ていませんか。そして村上春樹の『ノルウェイの森』とも。

英語の詩なんですが、ご存知韻を踏むのがほぼ鉄則です。「April」「will」、「May」「stay」とずっと韻を踏んでいるわけです。日本語では、俳句の「五七五」とか、和歌の「五七五七七」とか、音数の縛りです。「韻」という考えもないことはないのですが、「です・ます」とか「〜でした」「〜ました」、「(白)い、(赤)い」とか、比較的簡単に韻を踏んじゃうんです。語順の最後に、形容詞とか助詞とかが来るんで仕方ないんです。

漢詩では、「五言絶句」「七言律詩」とか、音数と韻と両方です。中国語の語順は英語に近いので、こんなことになるのかもしれません。

で、『ノルウェイの森』なんですが、

Isn't it good Norwegian wood?

で、「good」と「wood」で韻を踏んでるわけです。ダジャレじゃないですが、ジョンは「good」の流れで「wood」という単語を持って来たかった、で、机の上にあった雑誌か何かが目に入って、「Norwegian wood」という歌詞を作ったんじゃないでしょうか。私の勝手な妄想ですけど。


音楽と言葉(文学)

直子が死んで(言っちゃった)、レイコさんは療養所を出ることを決心します。東京の「僕」の所に立ち寄ったレイコさんは言います。

だってそうでしょ、やっと自由の身になって、行く先が旭川じゃちょっと浮かばれないわよ。あそこなんだか作りそこねた落とし穴みたいなところじゃない?(P.230)

まあ、これで旭川はなんか変な形で有名になったというか。

そして、「悲しくない、素敵なお葬式」をするのですが、レイコさんはギターで50曲も弾きます。どうしましょう。


ビートルズの『フール・オン・ザ・ヒル』


音楽を聞くとか、匂いを嗅ぐとか、味わうとか、は言葉で考えるのとは違いますよね。「これはビートルズの曲だ」とか「この匂いはメロンだ」「この味はサンマだ」とか言ったり考えるときは言葉、たまたま日本語だけど、音そのものでも匂いそのものでもありません。そしてその「そのもの」というものは、世界中、いつでも同じでは「ない」のです。欧米人に嫌われがちな納豆を思い描いてください。納豆だって、今のようなネバネバして糸を引くものをそのまま食べるようになったのは、多分近世以降です。

村上春樹は、それでもそれを表現しようとします。「螢」を『ノルウェーの森』にしたり、『不確かな壁』を書き直したり。40年前に「壁」を書いたときには、それができるかもしれないと思っていたんじゃないか、と思います。でも、40年経っても結局できなかった。文学・文字・言葉にこだわる限り、それはできないんです。私は今はそう思っています。


今日はお付き合いいただいて、ありがとうございました。






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