性暴力

性暴力

とっても可愛いです。すごく可愛いです。ピチピチです。本当に旬だと思います。


「旬」というのは、人間に使っていいのかはわかりません。


性暴力(性犯罪)に関する刑法が変わるとか。焦点は「同意」とか、「拒否(拒絶)の意思表示」とかだそうです。何が「暴力」で何が「傷害」なのかもよくわかりません。


性暴力の被害者が、何年も何十年もその影響が残るようです。基本は女子でしょうが、男子も同じですよね。多分。


いずれにしろ、どういう行為が認められ、どういう行為が罰せられるかは「その文化」が決める「独特」のものです。当然、時代によっても変わります。普遍(不変)のものはありません。


私が気になるのは、民衆の意思としての慣習がどんどん「成文法」になっていくことです。それは固定されて民衆の行為を規制します。基本にある考えは「良心」「良識」「理性」が「ある」という前提です。それはとても西欧的な発想で、日本にはありませんでした。新憲法はもちろんのこと、明治以降の話です。それらが「漢語」であることからもそれはわかるでしょう。


そのうち、道の歩き方、足の動かし方すら法律で規制されるかもしれません。「右側通行」がそうですよね。そういう民衆の同意があるのはとても便利です。でも、それは法で決められることでしょうか。みんな右側を通るけど、場合によっては左側を通らなければならないときもあります。法はそれを許しません。


なんかおかしいと思ってしまいます。




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