対象の本質と作品の本質

対象の本質と作品の本質

爽やかでフレッシュ。とっても可愛いです。


アイドルらしいアイドルです。つくられたイメージです。こういう女の子が普段どんなのかを見てみたいと思ってしまいます。


どんな作品も創られたものです。映画もドラマもAVも小説も・・・。当たり前です。そこには「事実」と「フィクション」が入り混じっています。この爽やかな笑顔が創られたものか、本物かなんて本人にもわからないでしょう。そこには必ず真実もあるからです。でも、嘘もかならずある。創られたものというのはそういうことです。


「存在そのもの」「本質」を描こうなどというのが人間のおごりです。


技術を上げれば、その本質に近づくことはできるかもしれません。ギリシャ彫刻では、その真実の追求が見られます。絵画ではルネサンス以降にそれが見られます。作家は、作品に別の真実を見出します。それは描こう(創ろう)と思った対象とは別の真実です。抽象芸術はまさにそれです。写実的な作品は、単なるコピー、贋作、偽物、まがい物だとも言えるのです。


日本における現代の美術評論は、その近代以降の西洋の思想を体現したものなので、本来の日本的な価値観とは異なります。写実的ではない日本画などに「対象の本質」(季節感、樹木の生命感、女性の色気など)が表れているなどというのは、西洋的には正しいでしょうが、200年前、500年前の価値観とはずれているのではないでしょうか。




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