セックスのしかた

セックスのしかた

同級生3人(かなみちゃん、リンちゃん、ななちゃん)、おとなしそうで、わたしの好みです。

青春時代を思い出します。私は就職するまで童貞だったけど。(笑)

誰にでも「はじめて」はあります。みんな誰かに教わってセックスをします。それがAVだったり、先輩だったり、同級生だったり。誰に教わるかで、その後の人生は変わります。おなじAVでも、このAVを見た人と強姦物を見た人では、セックスに対する行動が違ってくるかもしれないのです。

昔は共同体のしきたりに応じて、共同体が教えました。それが若者衆とか、夜這いとかで伝わりました。もちろん、当時も(今でいう)性欲が強い人・弱い人は(男にも女にも)いたと思います。嫉妬深い人・そうじゃない人もいたでしょう。だから共同体のしきたりに反した行動を取る人もいて、その人は村八分になったりしました。

子どもがすぐできる人も、なかなかできない人もいました。養子の制度や間引きの制度も生まれました。姥捨の制度もそれに似たものかもしれません。当時だって、好きな人を失う悲しみや自分の子供・親と離れる悲しみ、人を殺すこと・傷つけることに対する罪悪感はあったでしょう。

でも、その感情は現代の人が感じる(抱く)感情と同じだったとは思えません。

『源氏物語』を現代の感情で読むと、ただの宮廷のゴシップになってしまうでしょう。現代のゴシップ誌がよく読まれるのは(ワイドショーや「情報番組」がよく観られるのは)「悪い事・してはいけない事をしている」というだけでないのは確かです(もしそうなら、一般紙でも取りあげられるでしょうから)。現代の人がゴシップに抱く感情も「現代社会」が作る出しているに違いありません。でも、嫉妬や妬みの感情を「人間に本質的なもの」と言ったり、それを祭り上げたりするのも、現代社会が作り出している感情ではないのでしょうか。

最近、親子の愛情、特に母と子の愛情を前提にしたドラマが増えてきているように思います(恋愛をテーマにしたドラマはあいかわらす多いですが)。「母性本能」なるものが本当にあるのかどうかはわかりません。それが「社会的に作られたもの」ではないという証拠もないと思います。「性欲の表現方法(あるいは性欲そのものかもしれない)」が社会的に作られたものであることはほぼ間違いありません。セックスを絶対視するのは、セックスを嫌悪する感情と同じなのではないでしょうか。過食症と拒食症は、個性に起因する部分もあるでしょうか、同じことの「うらおもて」だと思います。

セックスが「だれにでも平等に」気持ちいいわけではありません。「ちんちんを突っ込めば女はだれでも気持ちよくなる」なんて思っている男に言いたい。どんな気持ちでセックスするかによって、気持ちよさは違うでしょ。たとえどんなに社会の規範に反発していようと、その感情(反発・快感)は社会が作っているのではないでしょうか。

日本のAVでは女の子が大きな喘ぎ声を出して、辛そうな痛そうな顔をします。欧米の「ポルノ」では、女の子はほとんど喘ぎ声を出しませんでした。そして嬉しそうに笑いながらセックスをしていました。「Come on! Come on!」とか言いながら。喘ぎ声を出したり、辛そうな顔をするのは白人と黄色人種の差かもしれません。でも、喘ぎ声を出すことで女の子自身の感情が高まったり、男の子の気持ちが高まったりする面はないでしょうか(だから、女の子が嫌がっているのかどうか分からなかったりするんだけど)。「気持ちよさ」は感情で変化するし、感情は文化によって規定される面が(思っているより)大きいのではないでしょうか。(これを「人間は頭でセックスする」と言います。)

それが最近、変わってきています。日本のAVでは喘ぎながらも「もっと」「いっちゃう」とか話すようになり、欧米のポルノは女の子が辛い顔をするようになりました。私は欧米のポルノがJapornの影響を受けて、日本のAVが欧米のポルノの影響を受けていると思っています。

「正しいセックスの方法」とか「正しい感じ方」があるわけではありません。それは相手との関係の中で作られるのかもしれません。どうすれば気持ちがいいのか、どこが気持ちがいいのかも個人差があります。食欲も性欲も個人差があります。でも、何を美味しいと感じるのかが文化によって違うのと同じように、何を気持ちいいと感じるのかも文化の影響を大きく受けているのです。

そんな意味で、このAVを推薦します。(笑)

[]

シェアする

フォローする