
今回、不思議なことが立て続けに起こりました。引き受けたからには村上春樹を読み直すのが最低限のマナーだな、と思ったのですが、家に帰ってデビュー作の『風の歌を聴け』を探したのですが、見つかりません。文庫本を持っていたはずだし、その背表紙を何度も見た記憶があります。でも、何度捜してもないんです。困りました。BookOff に行けば100円(税込み110円)で売ってるかもしれませんが、何しろ足がないので買いに行けません。バス賃やガソリンを出すくらいなら、ネットで買っちゃったほうが早いかな、ということで注文しました。
最近、100円・200円なら一所懸命探すより買っちゃえ、と思ってしまいます。いけませんねえ。なんせ「大役」を引き受けたんだから、と言い訳が立ちます。
で、読んだんですが、全然覚えていないんです。本を読んだことも、文庫本を買ったこともみんな夢か妄想なんじゃないかと。なんか最近、そんなことが多い気がします。
で、読んだ観想ですが、これが全然面白くない。「僕」という一人称。中国人の「ジェイ」、親友の「鼠」。何人かの女の子たち。ちょっと変わったストーリーがあるようなないような。
舞台は1970年。多分東京ではない(米軍基地のある?)地方都市と東京。主人公は29歳。青春真っ只中でもないし、中年にはまだまだ早い。そんな年頃です。
村上春樹っぽいっちゃ、ぽいけど、セリフのいちいちがキザです。パッとしない主人公が、頭がいいのはわかるけどね。当時、こんな会話をしてたっけ。「言葉を大切にする人」なんだろうけど、こんなキレッキレの話し方をする人は嫌いです。疲れちゃうからね。話している方も疲れちゃうと思います。いくら習慣になっていても。酒でも飲んで、高ぶった精神を落ち着かせるというか、麻痺させなくっちゃ、眠れない気がします。
これは、次の『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』で洗練され、角(かど)が取れていきます。
