
女の子の話し方、たとえば、
「でもそれ本当よ。私、経験的にそれを学んだもの」と緑は言った。(下巻、P.185)
この「よ」とか「ないのね」、「私」は「あたし」に近いんだそろうと思います。女の子(女性)の話し方は男の子(男性)の話し方と違います。大人と子供の話し方も違います。そこに大人は子どもの「子供性」を感じます(子供は大人の言葉遣いに「大人性」を感じます)。女の子は女性の「お姉ちゃん言葉」に憧れ、男の子は「お兄ちゃん言葉」に憧れます。声の高さも違うし、イントネーションも違います。「赤ちゃん言葉」を研究している言語学者は多いようです。「ごはんでちゅよ」とか「たったしましょうね」とか、「わんわんですよ」「ぶーぶーがきた」とか。それが「言語の本質」あるいは「起源」を解明する鍵になっていると。ギリシャ語の「バルバロイ」が「野蛮語」とか「未開語」とかと訳されたりします。日本語なら「ベロベロと話す人」ということです。
赤ちゃん言葉や幼児語は「発展(発達)途上」の言葉で、「直っていくもの」(直子の「直」です)あるいは「直すべきもの」と考えられ、「劣っている」という価値判断がなされます。同様のことが「方言」にも言えます。「男性語」「女性語」という言い方がされるかどうかわかりませんが(「男ことば」「女ことば」の方がふつうですね)、「日本では女性は〈お〉という接頭辞をつける」と誰かが言っていました(サピアだったかな)。〈よ〉という助詞も同じです。〈お〉という接頭辞を、丁寧語、尊敬語、謙譲語などで説明すると、それが「女性性」を表すということがぼやけます。
この本を今の日本女性が読んだらどう思うのでしょうか。その話し方、考え方を「差別的」だと思うのでしょうか。『虎に翼』で、土居志央梨さんが演じた同級生の「山田よね」は、男装で「男言葉」を話すのを「不自然」だと思わないのでしょうか。そして、その言葉は「法廷」ではその不自然さが減少します(彼女の姿が法廷で違和感を指摘されると同時に)。
山田よねが求めた「男女平等」は、「ジェンダー平等」に言い換えられました。なぜ「ジェンダー」という言葉を使うのでしょうか。ふつう「男女という生物学的性ではなく、社会的性役割を表すのがジェンダーだ」と説明されます。そして掃除炊事洗濯や子育てという「性役割」を「女性」に押しつけるのは不平等だ、と。さらに「生まれながらの性ではなく、自分が感じる(生きたい)性」として「LGBT」という少数者の権利を認めるのだ、と。
そう言っていれば、「進歩的」だとか「革新的」だとか思われるのです。一世紀前なら「ヒューマニスト」だとか「啓蒙的」だとか言われたのと同じです。
『ノルウェーの森』で、直子や緑やレイコさんが言うことは、私には「分からないけど分かる」のですが、女性なら「分かるけど分からない」と思うのではないでしょうか。私はその違いが「ジェンダー」だと思うのです。「掃除炊事洗濯」や「子育て」、あるいは「レズ」や「ホモ」のことではありません。
どちらもが思う「不完全さ」、それはイリイチが「相互補完的非対称性」(『ジェンダー』)という言葉で表そうとしたものでしょう。
ソクラテスはアリストパネスの説として「両性具有 Ανδρογυνισμός 」の話をしています。昔人間は「男(男男)」と「女(女女)」と「男女」がいたけれども、神々を攻撃しようとしたのでゼウスが怒って二つに分けたというのです。
まことにそんなわけで、このような大昔から、相互への恋(エロース)は人々のうちに植え付けられているのであって、それは人間を昔の本然の姿へと結合するものであり、二つの身体を一体にして人間本来の姿を癒やし回復させようと企てるのである。(プラトン『饗宴』191D、旧全集第5巻、P.51)
したがって、完全なものへのこの欲望と追求に、恋(エロース)という名が付けられているのだ。(同 193A、邦訳 P.53)
この「恋(エロース)」というのは、男女の恋だけではなくて、男男・女女の恋も含みます。
ソクラテスの師匠、「マンティネイアの婦人ディオティマ」は言います。
ともかく、自分は欠けたところのある人間だと思わない者は、欠けているとも思わないものを自分から欲求することは決してありません(同 204A、邦訳 P.81)
「私は不完全な人間です。」(直子の手紙、本書、上巻 P.157)と似ていませんか。
ディオティマは、
しかし私の説によれば、恋の対象というものは、友よ、いやしくもそれが何らかの意味でよきものというのでなければ、半分でも全体でもないのです。(中略)つまりわたしの思うのに、各人自分のものならありがたがるというものではないからです。(同 205E、邦訳 P.85)
死は生の対極としてではなく、その一部として存在している。(上巻、P.46)
親友キズキ(キズキは気付き?)が死んだとき、「僕」はそう感じました。仏教的(禅問答的)に聞こえます。
ソクラテスは、
だから考えてほしいのだが、君が自分は現に有るものを欲求するという場合には、それは、現在有るところのものが将来にわたっても存在してほしい、というまさにその意味ではないだろうか(『饗宴』100D、邦訳 P.71)
直子を失ったとき、「僕」は思います。
「死は生の対極にあるのではなく、我々の生のうちに潜んでいるのだ。」
たしかにそれは真実であった。我々は生きることによって同時に死を育んでいるのだ。しかしそれは我々が学ばねばならない真理の一部でしかなかった。直子の死が僕に教えてくれたのはこういうことだった。そのような真理をもってしても愛するものを亡くした哀しみを癒やすことはできないのだ。どのような真理も、どのような誠実さも、どのような強さも、どのような優しさも、その哀しみを癒やすことはできないのだ。我々はその哀しみを哀しみ抜いて、そこから何かを学びとることしかできないし、そしてその学びとった何かも、次にやってくる予期せぬ哀しみに対しては何の役にも立たないのだ。(下巻、P.223)
主人公がさまざまな困難に遭ったり、旅に出たりして戻って来る、そして主人公は成長している。「成長物語」とか「成長譚」がいつから生じたのかわかりません。多分「子供」という近代概念とともに、生まれたのでしょう。そしてそれは、世界(歴史)も人間も「成長するものだ」「成長しなければならない」という一つの考え方です。子供より今のわたしが、前の世代よりもわたしの世代が、「進んでいる(発展している)」という考え方です。まさに「進化論」です。
でも村上春樹は「僕(我々)」は、経験し、それを記憶していても、「成長している(進んでいる)」のではない、と言っているように思います。獲得形質は遺伝しないし、突然変異も起こりません。
それは「1970年」前後という時代の空気でもありました。
一九六九年という年は、僕にどうしようもないぬかるみを思い起こさせる。(下巻、P.159)
人々は変革を叫び、変革はすぐそこの角までやってきているように見えた。でもそんな出来事は全て何もかも実体のない無意味な背景画にすぎなかった。(同)
学生闘争も労働運動も、もう「希望」という力を失っていました。その後「オイルショック」は「真理」よりも「トイレットペーパー」を求め(多分、戦後の「物がない」時代の記憶を持つ人がまだ多かったのでしょう)、「バブル景気」は「実体」よりも「価値」を求めることになります。「希望」は「期待」になります。人が努力したり、子供が一生懸命勉強したりするのは、「成長(進化)するため」というよりは「失わないため」になります。それは「一九七〇年」の「絶望」の裏返しとしての「期待」として、新自由主義やポストモダニズムを生み出していきます。
ディオティマはソクラテスを諌めます。
『これおやめなさい、何ということを言うのです。・・・それとも、美しくなければそれは必然的に醜い、と思うのですか』(『饗宴』201E、邦訳 P.75)
ソクラテスが「A でなければ非A だ」と言ったのを怒っているのです。
プラトンの弟子であるアリストテレスは、これに歯向かいます。
それはすなわち、「同じもの〔同じ属性・述語〕が同時に、そしてまた同じ事情のもとで、同じもの〔同じ基体・主語〕に属し且つ属しないということは不可能である」という原理である。(中略)だがとにかく、これがすべての原理のうちで最も確かな原理である。(中略)けだしなんぴとも「同じものがあり且つあらぬ」と信じることは不可能であるから、たとえ或る人々はヘラクレイトスがそう言ったと思っているにしても。(『形而上学』1005b、旧全集第12巻 P.101)
いわゆる「矛盾律」です。どうしてそれが「最も確かな原理」なのか、
ある人々はこの原理〔矛盾律〕についてまでも論証を要求するが、これはかれらが教養を欠いているためである。というのは、なにについては論証を求むべきであるが他のなにについては求むべきでないという区別を心得ていないのは、教養のない証拠だからである。(同 1006a、邦訳 P.102)
アリストテレスは現実的です。そんなことを考えるのではなくて、それを原理として進まざるを得ないじゃないか、ということです。
ヘラクレイトスは「万物流転(パンタレイ Πάντα ῥεῖ)」と言いました。「誰も同じ川に二度入ることはできない」(Wikipedia「万物流転」)。仏教の「諸行無常」に似ています。
行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。(鴨長明『方丈記』、青空文庫)
こちらのほうが日本人にはしっくり来るのではないでしょうか。
明治の「文明開化」「啓蒙主義」以降、日本は「発展・発達」「進化」という考えのもと、日中戦争、太平洋戦争(第二次世界大戦)へと進みます(「大東亜共栄圏」は西欧の「植民地化」よりもずっと日本的です)。でも戦後、それが180°転換したわけではありません。高度経済成長は同じ考えのもとで起こります。「発展」でなければ「衰退」であり、「生」でなければ「死」です。その「現実的なもの(原理)、実質的なもの」が失われるのが1970年代です。
「A は非A ではない」というときには、すでに「 A 」と「非A 」が区別されています。これを「二分法」と呼びます。あるものを「 A 」と「非A 」に分類することは「全体」を「 A 」と「非A 」という「部分」に分けることです。「 A 」はさらに部分に分けることができます。全体は複雑でも部分は単純であり、明確であると考えるのは「還元主義(要素還元主義)」と言われます。
「そう」と私は言った。「テーマが明確だと融通性が不足するんだ。(村上春樹『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』、P.600)
『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』で、「自我」と「心」の関係として捉えたものを『ノルウェーの森』では「歪み」と捉えています。
私たちはたしかに自分の歪みにうまく順応しきれないでいるのかもしれません。だからその歪みがひきおこす現実的な痛みや苦しみをうまく自分の中に位置づけることできなくて、そしてそういうものから遠離るためにここに入っているわけです。(上巻、P.160)
「療養所」と「その外の世界」との関係です。
直子が死んで、レイコさんは療養所を出る決心をします。
だってそうでしょ、やっと自由の身になって、行く先が旭川じゃちっと浮かばれないわよ。あそこなんだか作りそこねた落とし穴みたいなところじゃない?(P.230)
「そうねえ、考えておくわ、それ」とレイコさんは言った。「でも人は旭川で恋なんてするものなのかしら?」(P.254)
生か死か、あるいは直子か緑かという問いに答えはありません。「内か外か」「成功するか失敗するか」「愛しているかいないか」「セックスをしたかしないか」という問も同じです。「ゼロかイチか」という「デジタル」な思考です。
予想し、何かを為してその成果を「期待」することはもうできません。何かを自分で「考える」ことすら求められていません。天気は「天気予報」やスマホが教えてくれるからです。恋愛は「恋愛小説」が教えてくれます。
それでも人は悩みます。療養所にいても、旭川にいても。
『ノルウェーの森』は恋愛小説ではありません。恋愛は教えられるものではありません。「100%の恋愛小説」(本書の帯)、『これおやめなさい、何ということを言うのです』。もし旭川に何かがあるとすれば、それは「期待』ではなく「希望』です。
