
古本で買いました。平野純さんの『ゼロの楽園 村上春樹と仏教』で引用されていたので。300円くらいだったかな。
アメリカでは「ムラカミエスク(村上春樹的)」、中国では「非常村上(すごく村上的)」、韓国では「ハルキ世代(セデ)」……新語も出来るほど、世界的なハルキ・ブームの只中、16カ国・19人の翻訳者、出版者、批評家、作家が一堂に会し、各国のハルキ事情を縦横に語り合った。日本人の知らない〈村上春樹〉が浮かび上がる、画期的なシンポジウムの全記録。(出版社からのコメント、Amazonから引用)
これは単行本のコメントで、文庫版では
17カ国23人の翻訳家・作家・出版者が、村上春樹について多面的に語った。2006年に日本で行われたシンポジウムの全記録(Amazon)
と、国の数も人数も増えています。最近も(記事の訂正を含め)話題の文春です。
それはともかく、多くの国から村上春樹作品を翻訳した翻訳家が集まっています。当然日本語が上手な人たちで、シンポジウムはほぼ日本語で行われました。
冒頭のリチャード・パワーズさん(アメリカ)の基調講演が「柴田元幸訳」となっているのですが、どういうかたちで講演がなされたのはわかりません。英語の原稿があって、パワーズさんが英語で講演し、柴田さんが日本語で通訳したのかもしれません。
翻訳家の人たちは、日本語で村上春樹の作品を読み、気に入って翻訳をしたようです。つまり、出版社から頼まれて「仕事として」翻訳をしたのではなさそうです。だからみんな村上春樹の小説が好きです。
それにもかかわらず、皆さん「客観的」に春樹を語っています。何をもって「客観的」というのかは難しいところです。それぞれが日本語以外の言葉を使えて、その言葉はその地方(国)の文化を担っているので、もちろん思う所は違でしょうが。
若干温度差を感じるとすれば、四方田犬彦さんです。
わたしはこの山中湖に滞在していて、さる女性の翻訳者とたまたま廊下で二人っきりになったことがあった。四方田さん。ひとつ聞いていい?と彼女は尋ねた。あのね、あなたは本当はハルキって、全然好きでも何でもないのじゃない?この三日間ほど打ち合わせを含めてあなたの発言を聞いていて、ほかの人たちとはどこか違うなって思ったのよ。
わたしが黙っていると、彼女は最後に言った。だいじょうぶ。他の人には黙っててあげるから。(四方田犬彦「Afterwards」、本書 P.290)
村上春樹の小説に出てきそうな文章ですね。
たぶん翻訳家は、二つの文化を仲介するかたちで村上春樹を見ているし、四方田さんは、村上春樹を通して文化(世界)を見ているのでしょう。
パワーズさんの基調講演から。
サル自身の腕の動きを司るまさにその部位が、
自分以外の腕が動くのを見て狂おしく反応し、その動きにシンボリックに参加する。外界に存在するサル自身の腕と、他者の腕に共感してシンボル空間に発生した腕の概念とが、同じニューロン機構によって制御されていたのです。新たに発見されたこのメカニズムを、リツォラッティたちは「ミラー・ニューロン」という名で呼びました。(本書 P.41-42)
共同体に属す夢。それはわれわれのなかにある部屋ですが、そこにはわれわれが相続した他人の所有物があって、われわれはそれを探求し発見しなくてはならない。(P.45-46)
それがいまや、心は何百もの分散したサブシステムに分解され、それら一つひとつが、ゆるやかに絡み合った連合関係を成して、それぞれ個別に信号を発しているのです。(P.51)
すなわち、意識というものがまっとうで、堅固で、予測可能であるのは、脳がわれわれに対して時々刻々成していることわわれわれが自覚せずにいる限りのことでしかないのです。(本書 P.56)
たくさんのことが意味されていますが、柴田元幸さんは、
基調講演でリチャード・パワーズは、「私」というものが国家や言語によって決定される一貫したものなどでは決してなく、様々な要素がリンクしあい影響しあってそのつど「とりあえず」の「私」を作っている「騒々しい会議」のようなものだと指摘した。(柴田元幸「騒々しい議会」、本書 P.267)
とまとめています。
「意識(精神)と肉体」「主体と客体」などの二元論に対する批判とも受け取れます。ここでいわれている「私」「わたしたち」は英語の「 I 」「 we 」でしょう。
フランスのコリーヌ・アトランさんはこう言います。
日本語とフランス語の違いでおもしろいと思うのは、日本は個人よりも集団を大事にする社会で、フランスは個性の強い国だといわれるのに、日本語には「僕」「俺」「私」と、いろいろな言い方があって、フランス語には「 je 」しかない。そこが村上作品を訳すときにちょっと困ります。『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』では、主人公が「僕」で、影は「俺」ですが、フランス語では訳し分けようがない。いくら悩んでも訳せないところです。(本書 P.112)
「 je(英語の I )」は一人称単数です。日本語の「私」に近いのですが、印欧語の一人称単数はもともとは「こちら」というような(場所の)ニュアンスが語源です。日本語の「僕」「俺」「私」は、むしろ関係を表しています。だから、自分の子供に対して「お父さんは」と言える(いうべきだと思われている)し、他人の子供に対しては「おじさんは」と言えるのです。もちろん、まったく違うのではなくて、日本語でも場所(空間)的な表現があります。「此方(こなた、こち、こっち、このかた、このほう)」「其方(そなた、そのほう、そっち、そのかた)」などは、そのニュアンスが強いでしょう。
関係をあらわすということは、相手がいなければ意味をなさないということです(当然、省略されても構わない)。ところが一人称単数は、相手がいなくても意味をなします。「 je( I )」は相手がいなくても「存在」します。「 je( I )」は「自分というもの(性格・性質)」を表すと同時に、「私の存在」をも表すのです。それは〈いま・ここ〉を「存在」とするのです。「アイデンティティ」の存在です。
もう一つ、パワーズさんの基調講演から。
『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』の英訳では、
すなわち、 a や the などの些細な単語を別とすれば、このすぐれて鏡像的な小説の英訳において五番目に頻出する総計なんと二百三十四回、ずばり「世界」( world )という単語の九倍にあたる頻度で使われる単語は、「影」( shadow )なのです。(本書 P.47-48)
パワーズさんを含め、出席者の皆さんは御存知だと思いますが、「影」は「 shadow 」ではありません。古い辞典しか持っていませんが、
影 形声。意符の彡(美しい意)に音符の景(ケイ→エイ。日の光)を加えて、美しい光を示し、のち景(日光)と区別して「月光」「かげ」の意に用いる。
彡 象形。毛なみやはけ目のそろった形を示す。部首(さんづくり)として、美しく飾りととのえる意を示す。
景 形声。意符の日に、音符の京(ケイ。あかるい意→烱けい)を加えて、あかるい太陽の「ひかり」の意を示す。(『新釈漢和辞典』四版、明治書院、1981/03/01)
『星影のワルツ』の「星影」は「星の光」です。「山影」は「山の姿」です。もちろん「 shadow 」の意味(漢字ではむしろ「陰」でしょうか)もあります。どうして反対の意味を持つようになったのでしょうか。
なぜ〈かげ〉の語がこのような両義性をもつようになったかという理由を明らかにすることはむずかしいが,古代日本人の宇宙観ないし世界観が〈天と地〉〈陽と陰〉〈明と暗〉〈顕と幽〉〈生と死〉などの〈二元論〉的でかつ相互に切り離しがたい〈対(つい)概念〉を基本にして構築されてあったところに,さしあたり,解明の糸口を見いだすほかないであろう。(改訂新版 世界大百科事典 執筆者:斎藤 正二)
「二元論的」と「対概念」というのは微妙な表現です。「二元論」は「どちらも存在する」という感じが強いし、「対概念」は一緒にしか存在し得ないものです。つまり関係を表しています。現代において「光と影」は、関係というより「光の存在」がまずあって、それが「物質の存在」に当たって「影(陰)ができる」と思うのではないでしょうか。光(と物質)が「有」であって影は消極的にいえば「有がない」、積極的にいえば「無」なわけです。日本人にとって「有がない」ことと「無」とは別のことです。「両義性をもつようになった」のではなくて、もともと二つの意味をもっていた、あるいは同じ意味だったのです(現在のフィルターで過去を見てはいけない)。西欧は「有の文化」、つまり「be 動詞(繋辞)の文化」です。無は有の否定( not be )でしか表現できません。ゼロが(インド・中東から)ヨーロッパに伝わったのは1202年だと言われています。それまでは「アリストテレスは真空を嫌う」と言われるように、非存在(無)は避けられていました。
西欧において「光と影」が問題になったのは近世以降(12世紀以降)です。絵画に光と影が描かれるのもそれ以降です(それまでは、物は目から出る光・「眼差し」で見えていたから光も影もなかった)。日本で積極的に絵画に「かげ」が描かれるのは明治以降です。日本人は光と影を分けて考えなかったのです。当たり前ですが、光があって同時に影があるから。強いていえばそれは関係であって、存在ではないのです。「僕」と「 je( I )」の関係と同じです。
日本においては「有(色)」と「無(空)」は対(対立)概念ですらありません。「色即是空、空即是色」です。「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。(鴨長明『方丈記』、青空文庫)」というのが「もののあはれ」「無常」として、日本文化のなかに流れています。
村上春樹は、この二元性(対概念)を上手に使っています。切り離された影が独立(自立)して存在して話しかけてくるというのは、西欧人と違う感覚を呼び起こします。
影を主題とした小説にキャミッソーの『影をなくした男』(原作1814年)というのがあります。これは影を主題としたというよりも、影という「隠喩」でしょう。
安部公房の「バベルの塔の狸」(『壁』所収)で、主人公「ぼく」は自分の影を食べられてしまいます。同じ『壁』の「S・カルマ氏の犯罪」では「ぼく」は「名前(名刺)」を失くします。多分、どちらも同じものなのでしょう。それを仮に「アイデンティティ」と呼んでおきます。
『壁』(1951年)と『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』(1985年)には30年以上の差があり、その間に社会、作者・読者も大きく変わりました。
「心」は「私」と密接に関係しています。ヨーロッパ(西洋)においては「アイデンティティ」と関わっているわけです。
ロシアのドミトリー・コヴァレーニンさんは、
日本語の「心」をどう訳せばいいのか。アルフレッド・バーンバウム訳では ’ mind ' となっていたので、二〇〇二年にはじめて村上さんにインタビューをしたとき、「村上さん、' mind ' で大丈夫ですか」と訊きました。彼は、「ウーン、どうですかね。' soul ' でもない、 ' mind ' でもない、' heart ' でもない。三つの言葉の意味が少しずつ入っているけれども、さらに必ずあたたかみを付けるように。頑張ってください」と言われました。私は一生懸命頑張った結果、訳さないようにしたんです(笑)。「もののあはれ」のような考え方をいちばんよく訳すには、それを翻訳しないことだと思うのです。(本書 P.95)
多分、彼は私より「もののあはれ」のことをわかっているんだろうと思います。わかっているけど(わかっているからこそ)訳せない。それはそういう単語がないということじゃなくて、そういう考え方自体がないということでしょう。翻訳というのは「もの」を訳すだけじゃなくて「考え方」も訳すのです。それも訳者の「考え方」を通してです。
「翻訳が可能だ」と思うのは、「言葉」にする前の「もの」「感覚」「感情」や「考え方」などが「ある(存在する)」という思いがあるからです。それは言語化する前の「普遍的なもの」あるいは「概念」です。「私」や「 je( I )」や「精神」や「ミラー・ニューロンの電荷」が前提にしている「有(存在)そのもの」です。
「概念 category 」という言葉はアリストテレスの頃からありました。プラトンの「イデア」もそのひとつです。でも、それが「もの」から独立して存在すると考えられるようになったのも12世紀以降です(ある意味アリストテレスからプラトンへの先祖返りです)。本は「テクスト text 」になります。
ユーグ(サン・ヴィクトルのフーゴー、1096-1141・・・引用者)より前の時代の人々にとって、書物は著者の話や口述の記録である。しかしユーグ以後になると、書物は徐々に著者の思想を蓄えたもの、つまりまだ声になっていない考えを映し出すスクリーンとなってくる。(イヴァン・イリイチ『テクストのぶどう畑で』法政大学出版局 P.103)
彼らは書物をもはや、ぶどう畑であるとか、楽園であるとか、あるいは冒険に満ちた巡礼行にとっての景色であるといったように考えることはなかった。むしろ彼らにとっては書物は、財宝置き場であり、貯蔵庫であった。すなわちそれは検討することのできるテクストだったのである。(同書 P.103-104)
「テクスト」になった本は、1980年代に再び大きな変化を遂げます。
コヴァレーニンさんは言います。
私は四十歳ですけど、われわれの世代あたりがたぶん紙の本を読んで育ってきた世代としては最後だと思うんです。わたしたちの子どもたちはもっぱらコンピュータから情報を得ながら育てられている。(本書 P.95-96)
テクストは「情報」つまり「データ」となりました。「0(ゼロ)と1」です。「無と有」がそれぞれ意味を持つようになります。それが一緒になって「数字」という「意味」、「価値」になります。
ポーランドのアンナ・ジェリンスカ=エリオットさんは、
クリエーティヴな作品には必ず母国が必要なのではないでしょうか。(本書 P.251)
と言います。ポーランド人が「母国」と言うときには、日本人とは違う思いがあるでしょう。
コリーヌ・アトランさんは、
普遍性というのは、日本の伝統的要素とアメリカナイズされた要素を併せ持つということを意味するのではなく、村上春樹の小説が精神という普遍的なテーマを核にもつのだということです。また、村上文学の鍵となる「鏡」と「迷路」という概念もひじょうに普遍的なものです。カフカでもジョイスでもそうでしたが、真に普遍的な、国際的な文学というものは、自分の文化の良さをもち、そしてそれを超えて最も深い精神、民族を問わず共通する根底的な部分に触れるものです。(本書 P.252)
母国か、祖国か、故郷か。「自分の根っこ」の問題です。
『ルーツ』というテレビドラマが日本で放送されたのは1977年です。三田誠広さんが『僕って何』で芥川賞を受賞したのも1977年です。その頃から日本でも本格的にアイデンティティが問題になったと記憶しています。「自分探し」というのも流行りました。
びっしりと蔦が絡みついた図書館の壁に沿って、一日じゅう陽のあたらない湿っぽい日かげの帯が続いている。そのひんやりとした陰の中に僕は包まれている。(三田誠広『僕って何』冒頭、1977/07/29、河出書房新社 P.3)
ついでに私の本棚から「僕」つながりで、
一九六九年七月二十日の午前十時少し過ぎ、開店直後の新宿紀伊国屋のエスカレーター昇り口のわきのところで、ぼくは一体自分が第三者の眼にはどんな若者にうつってるのかを初めはちょっと相当に気にしながら、激しい夏の陽ざしの中に突っ立っていた。(庄司薫『ぼくの大好きな青ひげ』冒頭、1977/07/25、中央公論社 P.3)
ほぼ同時に刊行されています。さらに、村上春樹のデビュー作、
「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」
僕が大学生のころ偶然に知り合ったある作家は僕に向かってそう言った。(村上春樹『風の歌を聴け』冒頭、1979/07/23、講談社、文庫版1982/07/15 P.7)
キザな文章です。
安部公房の「バベルの塔の狸」はこう始まります。
一、ぼくは空想しプランを立てる。ぼくのことをお話しましょう。
ぼくは貧しい詩人です。
ぼくはよくP公園のベンチに座って空想しプランを立てます。(新潮文庫版 P.184)
安部公房の「ぼく」と、村上・三田・庄司の「僕(ぼく)」はまったく違うように感じます。安部公房の「ぼく」の方が、パリにいても、プラハにいてもいいような気がします。気がするだけですが。
四方田さんは言います。
つまり、村上春樹は政治的変動の後の喪失感にアピールするということもわかってきました。(P.250)
日本における安保闘争や学生運動、ベルリンの壁の崩壊、ソ連の崩壊、文革と天安門事件、プラハの春、韓国民主化運動・・・。その後の「喪失感」。そこで何を「失った」のでしょうか。それはそれまで「もっていた」ものなのでしょうか。
グローバリゼーション
もう一度パワーズさんの基調講演に戻りましょう。少し長く引用します。
彼の小説は、グローバリゼーションの時代精神を捉えているだけではありません。彼の小説自体が、時代精神
そのものなのです。(P.59)村上春樹の作品は、後期グローバル資本主義がもたらす、〈いま・ここ〉の感覚が失われる恐ろしさを、そしてそのなかで生きるわれわれの内なる難民としてのありようを、あらゆるレベルで理解しています。(P.61)
商品化された生活がもたらす不安な流動性、何ごとも取り替え可能になってしまう恐ろしさを、村上春樹はいかなる現代作家にもましてよく把握しています。(P.61)
個人に疎外感を与える力において、グローバリゼーションは、分散した意識のモデルを用いて今日のニューロサイエンスがあざやかに説明している、もろもろの混乱した意識の病理と奇妙に似ていないでしょうか。(P.63)
村上春樹の物語は、分散した自己を生きること、古い国家が消えていくなかで新しい世界主義(コズモポスタニズム)を生きることにめざましい心地よさを見出しています。(P.64-65)
戦後の高度経済成長は、日本を「経済大国」にしました。つまり、徹底した「消費社会」「商品社会」にしたわけです。「金の卵」と言われた地方からの集団就職が東京などの都市に集中します。彼らが「自ら望んで」上京したかどうかに関わりなく、彼らは故郷を捨てました。「都会」は憧れるべき場所で(今でもです)、その生活は「アメリカのホームドラマ(ソープドラマ)」が手本とされました。「自由」で「平等」で「民主主義的」な「理想的な場所」です。そして、労働者や学生は、「その実現(現実化)」を望んだのです。
それらは「理想」であり続けながら、「実現」はできませんでした。公害問題やオイルショックはその「理想」の対立物として、またその「結果」として現れました。そこで生まれたのが「喪失感」だろうと思います。故郷(ルーツ)喪失、根無し草、根っこがないということ。自分が依って立つ「現実」は「理想」ではありません。理想と現実に対する失望は、「超」現実的なものへの志向に取って代わります。70年代終わりから80年代です。
その一つは「お金」です。「理想じゃ飯は食えない」といかにも現実的なもののように思えますが、お金は「飯」ではありません。それが「バブル」に繋がります。もう一つは「ネットの世界」「ヴァーチャル・リアリティ」や「コンピュータ・ゲーム」です。「データの世界」です。お金は「現金」という殻を脱ぎ捨てて、本来の「価値」「観念」そのものになっています。
コズモポスタニズム、居住地・国がないこと。商品のように国境(ボーダー)を越える(超える)こと。個人のアイデンティティそのものがそういう存在(「分散した自己」)になっています。
四方田さんは言います。
世界が村上を読む。大いに結構です。だがその場合の「世界」とは何なのか。端的にいって勝ち組の国家や言語だけではないのか。ここに排除されているものは何なのか。誰なのか。(P.258)
このシンポジウムに村上春樹自身が出席しているわけではありません。なので、彼自身がどのように考えているかはわかりません。あくまでも、出席者はそれぞれの文化のなかで育ち、その上で思うことを述べているに過ぎません。村上春樹をどう読もうと、それは読者の勝手です。ただ、それを通して「世界を見る可能性」は村上作品の中にあるだろう、と私は感じます。
