
どうして借りようと思ったのかは忘れました。最近、物忘れが激しくて。確か、
ニューヨークのメトロポリタン美術館で行われている「Chroma: Ancient Sculpture in Color(クロマ:古代彫刻の色彩)」展(2022年7月5日〜23年3月26日)
という記事を偶然見つけたのです。古代ギリシャの彫刻には極彩色に彩られていた、という研究から、当時の彩色を復元した展覧会です。面白そうなので関連記事を探していた時にこの本の存在を知りました。
とはいっても、この本は美術館系の本ではありません。図書館で美術のコーナをいくら探しても見つからず、職員に尋ねたら「世界史」のコーナーにありました。まあ、世界史といわれればそうなんですけどね。メインはギリシャ神話。ギリシャの神々の本です。
ギリシャ神話は『世界文学全集』(筑摩書房)で読んだことがあります。第2巻『ギリシア神話集』です。ヘーシオドス『神統記』(広川洋一訳)、アポロドーロス『ギリシア神話』(広川洋一訳)、オウィディウス『転身譜』(松本克己訳)が入っていて、一通り読んだのですが、なんにもおぼえていません。ヘーシオドス『仕事と日』は読みました。『イソップ寓話集』は、ちゃんと読みたいと思っています。ヘロドトス『歴史』、トゥーキュディデース『戦史』は「世界の名著」で持ってますが、数ページでギブアップしました。
ギリシャ神話(「ギリシア」でないところが素敵です)の神々、ゼウス、アポロン、アフロディテ(ヴィーナス)、ポセイドンあたりは日本語でもよく出会います。ヘルメスは「エルメス」ですよね。でも、それらの神がどんな神なのかはどうしてもおぼえられません。
今更おぼえてもどうしようもないですけどね。
どうやら古代ギリシャの彫刻は、極彩色に着色されていたらしいのです。パルテノン神殿も。
1939年に発覚した大英博物館の大スキャンダル、「所蔵するパルテノン神殿のフリーズに対する破壊行為」事件。
これは「本来、美術品は元の状態で保護するのが大原則なのに、職員が意図的にフリーズの表面に残された色を残らず金ダワシでゴシゴシ削り取った。結果としてパルテノン神殿の色彩は永遠に再現不可能になってしまった」という衝撃的なものでした。(P.19)
冒頭に参照した展覧会の写真に写っているけばけばしい彫刻は、ギリシャっぽくありません。どちらかというとエジプトっぽいというか。「重さ」を感じないのです。大理石としての重さだけじゃなく「歴史の重さ」も感じません(復元だけど)。
小林泰三著『日本の国宝、最初はこんな色だった』(2008/10/20 光文社新書)で、CG復元された仏像や絵巻は、やっぱりけばけばしくて、「ありがたみ」を感じません。でも、極彩色だったんでしょう。そしてそれを見た当時の人々が感じたことと、私が感じることとは違っていたんだろうと思います。
小林さんは言います。
デジタル復元とは、時代認識の修正作業なのである。(前掲書、P.18)
古代ギリシャ人は青をはじめ、いろいろな色を判別することができなかったのでしょうか?それとも、目で見えていてもそれを表す言葉がなかっただけでしょうか?(中略)この答えとしては、まず「色」の概念のちがいが挙げられます。私達にとって「色」といえば第一に色相の違い(赤、黄色、緑、青・・・)ですが、彼らにとっては「明るいか、暗いか」「白いか、黒いか」といった明度や彩度の違いのほうが大きいのです。(P.24-25)
さらに、ギリシャ人の表現する「色」は、もののうわべや表面的な色ではなく、質感やそれ自体が持つ性質を表すことがあります。
たとえば、古代ギリシャ語の「緑色」は、豊かさやみずみずしさ、生命力を持つもの全般に使われます。朝露、涙、血、汗、手足などです。
考えてみれば、漢字の「色」も「いろいろな」意味がありますね(精選版 日本国語大辞典)。英語の color (私は中学校で colour と習ったけど)にもいろいろな意味があります。ラテン語の「外見、おおい」が語源だそうです。まあ、あまりにも日常で使われることばなので、各国語でどう表現するのか、調べる気もないけど。
現代の日本人にとっても、色は対象を識別するだけじゃなくて、対象の性質を感じさせます。「温かい」とか「男っぽい」とか。闘牛の赤い布(ムレータ)は、人の気持ちを高めると言います(牛は色盲だそうです)。草木の緑を見ると、心が落ち着く気がします。なので、古代ギリシャ彫刻が大理石の「冷たい」白なのか、極彩色なのかでは印象がまるで異なります。
白や灰色は「石のように」「動かない」イメージがあります。だから、動かない大理石の彫刻が「躍動している」ように見えることこそが、ギリシャ彫刻の素晴らしさだと思うのですが、古代ギリシャでは、
さらに「白」はすばやく動くもので、犬や馬などに使われます。(P.25)
「色がついていたかどうか」というのは、「どう見えていたか」という問題ではなくて、さらに「どう感じていたか」でもなくて、「ものの感じ方」「考え方」の問題です。2000年前も今も「同じ物」があって、人は「同じ感じ方をしていた」というのは、はっきりいって「思い込み(幻想)」に過ぎません。
私が知っている古代ギリシャの彫刻は神か、神話上の英雄です。仏像は「仏様」です。ユダヤ教やイスラム教では「偶像崇拝」を禁止していますから、神の像はありません。
古代ローマ人は「神には形がない」と考えていたので、後に同じポジションに該当するギリシャの神々の見た目を借り受ける。(P.48)
「古代ローマ」がいつのことだかわかりませんが、キリスト教が公認される(313年)前か、国教化(388年、異教の禁止392年)以前のことでしょうね。キリスト教で「神」がどのように捉えられていたのかはわかりません。キリストの姿はイメージできるのですが、「神そのものの姿」も「目に見える」ものとして崇拝されていたのでしょうか。
古代ギリシャにおける神と人間は、ちょうどこの人間と虫との関係に似ています。つまり神々は、「人間から見ると強大な力を持つ超越的な存在だが、慈悲深いわけでもなく、ましてや人類全体を愛してもいない」ということです。(P.48)
この辺は仏様(菩薩)とはだいぶ違いますね。そして日本では「神は万物に宿る」と言われます。「神そのものの姿」ではありません。それは非常に「具体的」であるともいえるし、非常に「抽象的」とも言えるでしょう。どちらでもないと言えるのかもしれません。「ものの感じ方」「考え方」そのものが異なります。
神が違えば、「信じること(宗教)」も違ってきます。
まず、古代ギリシャ語には「宗教」という言葉はありません。彼らにとって神に祈り、儀礼を捧げるのは、父祖から受け継いでいる「慣習」です。(P.223)
日本には「宗教(宗あるいは仏の教え)」という言葉はありましたが、
英語の religion (宗教)という言葉は、ラテン語の religio (再び結びつける)から来ている。
日本語の「宗教」は19世紀に英語の religion の訳語として定着した。(P.223)
ということは「 religion 」としての宗教は、日本にはなかったということです。あったとしても、それは今一般に日本語として使われている「宗教」とは別のものだったのです。
偶像(エイドス、イドラ、イデア)は「アイドル」として大人気です。
皆さん容姿ばかり褒めているが、それもそのはず、古代ギリシャは「カロカガティア(美即善)=美しいものはそれだけでいいもの」という、究極の「かわいいは正義!」社会だった。(P.239)
最後に「戦争」について。
しかし古代ギリシャ人にとって都市同士の戦争は、夏の間しか起きない年間行事のようなものでした。夏は農閑期でヒマ、食料も足りなくなるので、「よし、となりの都市と戦争でもして収穫でも奪ってくるか!」ではじまるのです。ですから、古代ギリシャ人は夏しか戦争をせず、戦争の最長記録もスパルタの40日間程度でした。
夏に戦争を始め、秋になれば「あっ、やばぇ!もう秋だ!俺ブドウの収穫あるから帰るわ!」「解散!」「また来年!」という感じで戦争は終結。そして戦場の死者は一割にも満ちません。食料を得るための戦争で人が死ぬのは本末転倒だからです。(P.221-222)
ウクライナ侵攻から3年。戦争は終わりそうにもありません。それは「食料を得るための戦争」ではないからです。それは「権力」や「権利」、あるいは「名誉」や「理念・思想」のための戦争でもありません。トランプが「カード(切り札)」と呼ぶ「鉱物資源」のための戦争でもありません。「物(あるいは有用性)」にはおのずと「限界」があります。トランプやプーチンやゼレンスキーの命にも限界があります。限界がないもの、それは「数」です。つまり、「数としての価値」です。
近代戦争が悲惨なのは、「具体的な物」ではなくて、「抽象的な価値」を求める戦争だからです。
そう、古代ギリシャ人にとっての破滅の日とは、自然災害だとか、技術の進歩だとかによってもたらされるものではありません。それは人間の心からモラルが崩壊する日のことでした。(P.221)
「モラル(道徳のこと。文化史的に固有な意味合いをもつことばなので、しばしば原語のまま用いられる。モラルはもともと習俗、風習を意味するラテン語「モーレス」moresからきている 日本大百科全書)」という「日本語」の意味はよくわかりませんが、それは「ものの感じ方」「考え方」のことでしょう。
それが古代ギリシャと現代日本で「異なる」ということに気づかせてくれるいい本だと思いました。
[著者等]
藤村 シシン(ふじむら ししん、希: Σισιν Φουζιμουρα、1984年11月8日 - )は、日本の古代ギリシャ研究家。(Wikipedia)
青い海、青い空、白亜の神殿、ロマンチックな神話といった、
私たちが日ごろイメージする古代ギリシャとはちょっと違う、
「古代ギリシャのリアル」がわかる一冊。
なぜ古代ギリシャ人は血や涙を「緑色」と表現するのか?
なぜ古代ギリシャの主神ゼウスはあんなに浮気性なのか?
そして「壺絵の落書きにみる同性愛」に至るまで、
ネットやツイッターで大人気の著者が詳細かつ面白く解説。
【オリンポスの神々履歴書】【神話・古代・現代 ギリシャ地図】
【未来・現代・古代 神話時代までのギリシャ年表】【ギリシャ神話、神々の相関図】付き。
【目次】
■第1章 「古代ギリシャ」の復元
●漂白されたギリシャ
コラム(1) なぜ血や涙は「緑色」なのか? 古代ギリシャ人の色彩の世界
●「ギリシャ史」1000年の空白を超えて
コラム(2) パルテノン神殿の七不思議 “百足の宝物殿"から瓦礫の中のモスクへ
■第2章 ギリシャ神話の世界
●ギリシャ神話のリアル
●オリンポス十二神とその履歴書
アポロンの履歴書
コラム(3) アポロンの神託・名(迷)回答集
ゼウスの履歴書
ヘラの履歴書
ポセイドンの履歴書
コラム(4) 古代ギリシャの地震予知と耐震技術
アテナの履歴書
もっと知りたいギリシャ神話の謎 なぜこのレリーフでハブられている人がいるのか
ヘファイストスの履歴書
アレスの履歴書
もっと知りたいギリシャ神話の謎 なぜギリシャの神々はローマに入ると名前だけ変わるのか
アフロディテの履歴書
コラム(5) 愛の女神の恋愛事情
アルテミスの履歴書
ヘルメスの履歴書
デメテルの履歴書
ペルセポネの履歴書
ハデスの履歴書
ヘスティアの履歴書
ディオニュソスの履歴書
●神々の終焉からの世界
■第3章 古代ギリシャ人のメンタリティ
●労働観と人間性
●時間感覚と宗教観
コラム(6) 古代ギリシャの夢占い
●愛と病、そして死と永遠
コラム(7) 『ハレイオス・ポテールと賢者の石』~古代ギリシャ語訳版ハリー・ポッターを読む~
