完訳 ファーブル昆虫記 山田吉彦・林達夫訳 1989/04/17- 岩波書店

完訳 ファーブル昆虫記 山田吉彦・林達夫訳 1989/04/17- 岩波書店

トイレ本です。トイレで用を足している間だけで、全10巻を読みました。総ページ数は数えてないけど4,000ページ以上です。これは自慢です。

戦前に発行(戦後に再刊)された文庫本を単行本にしたものです。原書は10巻。岩波文庫版はそれを20分冊で発行していましたが、これは原書の構成どおりに10巻としました。

ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル(1823年12月21日 - 1915年10月11日)の著作で、原書の出版は1878年から1907年までです。

各社から翻訳が出ています。大杉栄の訳は見てみたいのですが、1巻だけでしょうか。

ジャン=バティスト・ラマルク(1744年8月1日 - 1829年12月18日)が「生物学 biologie 」という用語を作ったのが1802年。そして「用不用説」「獲得形質遺伝」の法則を発表しました(1809年『動物哲学』)。チャールズ・ロバート・ダーウィンの(1809年2月12日 - 1882年4月19日)『種の起源』初版が出版されたのは1859年(第6版 1872年)。グレゴール・メンデル(1822-1884)の「メンデルの法則」が発表されたのが1865年です。

突然変異を発見し、命名したのはオランダの生物学者ユーゴー・ド・フリース( 1848年2月16日 - 1935年5月21日)で、1901年です。1940年代から1950年代の実験によって、デオキシリボ核酸(DNA)が遺伝情報の分子的記憶装置であることが示されました。

生物学や遺伝学が「目覚ましい発展(進化)」をしている中で書かれたものです。


登場する虫たち

私は虫が苦手です。「苦手」なんてもんではありません。「虫!」という言葉を聞いただけで、その姿が見える前に全身が硬直し、震えると同時に「わぁ〜ぁ〜」という声を上げてしまうほどです。小さい頃は昆虫採集もたくさんしたし、直接触ることも出来たのですが。

この本には、昆虫のイラストや「写真」がたくさん出てきます。その写真やイラストに触ることもできないし、なるべく見ないようにして通り過ぎなければなりませんでした。読み終わって、その嫌悪感は少しは薄らいだかも知れませんが。

この本で有名なだいこくこがね聖たまこがね)も実物を見たことはありません。日本に生息しない(あるいは私の住んでいるところにはいない)昆虫のほうが多いと思います。存在しないものには、名前、つまり「和名」が付いていません。訳者は昆虫学者の協力を得て、学名(ギリシャ語やラテン語が元になっているもの)、フランス名を頑張って日本語に訳しています。身近にそれがいたら、もっと面白く読めたのに、と残念です。

第8巻に「テレビントのわたむし」が出てきます。気になって調べてみたら、わたむしは私の地方で「ゆきむし」と呼ばれているものでした。晩秋に突然何日間か「綿」のような虫が乱舞します。「ゆきむしが飛ぶと数日後には雪が降る」といわれています。いつからか、「それが耳に入ると耳が聞こえなくなる」ともいわれるようになりました。年によってその数は違うのですが、一時期、ほとんど見なくなりました。農薬や河川の汚濁のせいか、あるいは私自身が虫なんか気にしない生活を続けていたせいか、私にはわかりません。夕焼けを眺める気持ちもなく、新緑に感動することもない生活を続けていました。

最後の方には、数種類の「くも」がでてきます。

分類学が理解するところではくもは昆虫ではない。そしてかかるものとしてこがねぐもがここに顔を出すのは場所違いのように思われよう。だが分類学なんか馬に食われろ。虫に六本ではなく八本の足があろうと、気管ではなく肺があろうと、本能の研究はそんなことに構ってはいられない。なお、くも類は体節の付いた動物、順々に端と端とを寄せた切れ端からなる体制を持つ。すなわちインセクト  きりこみあるもの  (昆虫)という名前、およびエントモロジー  きざみあるものの学  という名前が暗示しているものの構造をもつ群に属している。

この群を指すために昔は関節動物(アルティキュレ)といったものだ。これは耳ざわりが悪くないし、誰にも分かるという欠点を持っていた。これは旧式の学問でのことだ。今日ではアルトポロポダ(節足類)というえも言われぬ言葉を使っている。しかもその進歩を疑う人間がいるのだ。ああ、何という出来損いだ。まずアルティキュレと発音して御覧なさい。それからアルトロポダと鼻にかけてやってごらんなさい。すると分かったでしょう。虫の科学がいかに進歩しなかったかが。(第8巻、P.372-373)

同じ理由ではありませんが、私はくもにも登場してほしくありませんでした。くもの巣から、蜘蛛の子が「蜘蛛の子を散らすように」出てくるのを想像するだけで、背筋がゾッとします。


チャールズ・ダーウィン
この章と次の章とは、今ではウェストミンスター寺院でニュートンに向かい合って眠っている著名なイギリスの博物学者、チャールズ・ダーウィンに手紙の形で送られる筈のものだった。我々の文通の間に、彼が私に暗示した幾つかの実験の結果を、私は報告することになっていた。(中略)昆虫記(この本・・・引用者)の第一巻を読んだ時、一つの事実が特にこのイギリスの学者の頭に残った。それはぬりはなばちが遠いところへ連れて行かれても、自分の巣に戻る能力を持っているということだった。(第2巻、P.104)

ダーウィンは鳩(多分伝書鳩)の研究をしたかったのだけれども、いそがしかったので、ファーブルに蜂で実験するよう提案したようです。

要するにチャールズ・ダーウィンが提案していることはこうだ。蜂を一匹ずつ紙の袋に入れ、  これは私が最初の実験で私がやったことだ  それを放そうと思う場所の方向と反対の方に百歩ばかり運び、そこで俘どもを丸箱の中に入れ、それを軸中心に一方向に、次で他方向に回転させる。こうすれば蜂の方向感覚はしばらくの間駄目になるだろう。方向感を失わせるこの回転が済んだら、踵を返して放す場所にゆく。(同、P.105)

それでも蜂はすぐ戻ってきます。

私は最初の否定的結果、ぐるぐる回しの結果をダーウィンに知らせた。彼は成功を期待していたので、この失敗には大層驚いた。彼の鳩も、彼に実験の暇があったら、私の蜂と同じに振る舞ったことだろう。この問題は別の方法を必要とした。で、次のようなものが私に提案された。

「蜂を感応コイルの中心に置いて、蜂がどうも持っているらしい磁性、あるいは反磁性の何かの感覚を妨害してみたら。」

蜂を磁針並みに扱い、これを感応コイルの中に入れてその磁性あるいは反磁性を破壊する。これは、隠さずにいうが、想像力が策に窮したあげくの奇想としか受け取れない。(同、P.124)

ファーブルは「そんな装置はありません」と答えます。

この貧弱ぶりが解ると、もう一つの方法が提案された。これは前のものより簡単であるが、ダーウィン自身の言葉に従うと、もっと確実な結果を持つものである。

「極細の針を磁化する。それを非常に細かく切断しても、そのおのおのはなお磁性を持っている。この小片を一つ実験用の蜂の胸に何かの糊で定着させる。私はこう考える。こんな小さな磁針でも、それが蜂の神経系のすぐ近くにあるということのために、地磁気よりも強く作用すると。」(同、P.124-125)

その実験は失敗するのですが、ファーブルの結論は、

磁石であろうが何であろうが、蜂の胸に道具をくっつけておいて、蜂のノーマルな行動を期待するなどは、まさに犬の尻尾にフライパンを吊るして気違いにした上で、犬の平常の習性を研究しようと望むようなものだ。(同、P.128)

したがって猫(ファーブルが飼っていた老猫ジョーネ・・・引用者)とぬりはなばちの戻りを説明するためにはダーウィンの考え方を断念せねばならない。(同、P.138)

以上すべての不可思議を説明するためには、結局は一つの不可思議、言い換えると、人間の性質にはない特殊な感覚をどうしても持ち出さなければならなくなる。ダーウィンの堂々たる権威は誰一人否みはしまい。その彼も同じ結論に達している。(同、P.140)

なぜ我々にそれがないのか。それは生存競争にとってすばらしい武器であり、どれほど役に立つか解るまい。人のいうように人間を含めた動物全体が、唯一の原型である根元の細胞から出て、世代を重ねる間に進化し、よりよく備わったものを栄えさせ、それほど備わらぬものを滅ぼしたのなら、この不思議な感覚が、幾つかの卑しい動物に分かち与えられているのに、動物系統樹の頂点にある人間にその痕跡もないというのはどうしたわけか。我々の祖先はこんなすばらしい遺産をみすみすなくしてしまうなんて、よほどの見当ちがいをやらかしたものだ。尾骶骨や口ひげなんか残しておくよりずっと大切なものだったのだ。(同、P.141)

人間は「五感(視覚、聴覚、触覚、臭覚、味覚)」に感じたものを認識します。それ以外の感覚は、認識できないし(少なくともとても困難)、それでも認識しようとするなら「類推(あるいは変換)」しなければなりません。視覚が味覚に大きな影響を与えるように、各感覚は強く関連しています。

見えないものは「電子顕微鏡」や「レントゲン写真」で「視覚可能なもの」にします。そして「写真」や「ディスプレイ」に映った「画像」を「実物を認識した」と考えます。

電子やレントゲン線は「可視光線(プリズムや虹で見られる赤から紫)」より波長が短いものですから、そこには「色」というものはないのですが、電子顕微鏡写真に色を付けたり、レントゲン写真に色を付けたりします(あまり気持ちがいいものではないので、後者は流行りそうもない)。NHKの『人体』の新シリーズが始まりました。おもしろいのですが、細胞内の「CGキャラクター」にはそれぞれ派手な色がつけられています。色素は別として「色のない」世界ですから、何色にしようと「間違っている」わけではありませんが。でも、そうやって「目に見える形」にする(さらに色を付ける)ことによって、「存在を認識した」と思い込みます。そしてそれを「体験した」かのように「記憶」します。

「予言者(占い師)」や時たま「超能力者」がマスコミに登場します。「インチキだ」と思う人もいれば、「すごい」と思う人もいます。「ロマンだ」という人もいます。私は信じませんが、「五感以外のもの」を否定することも出来ません。五感それぞれの感覚が優れている人はいるし、それぞれの感覚間をうまく統合して認識する人もいます。目が見えない人や耳が聞こえない人もいます。目が見える人でも、見えたものをすべて見ている人は稀です。たいていは「見ようとしているもの」しか見えません。第一、右の眼で見ているものと左の眼で見ているものは同じではありません。たまたま「五感があった」り、「五感しかなかった」りするだけではないでしょうか。

いつからか、五感のうち「視覚」が優先される社会になりました。「自分の目で見たもの」が最優先される世界です。しかも、その「視覚」とは「頭蓋骨に付いているカメラに写ったもの」の意味になっています。「フェイク画像」や「フェイク動画」も「写真」や「映像」と同様に、「ニセ物」だろうと「本物」だろうと「存在」として認識されるのです。

言ってみれば、昆虫の中には何かしらただの記憶よりもっと微妙で我々にはそれに似寄ったものもない一種の本能的な方位感があるとも言えよう。外にそれを指す言葉がないので私は記憶と呼んでおくがこれは定義出来ない一つの能力だ。知らぬことには名のつけようはない。(第1巻、P.289)

「フンコロガシは単一の明るい星を道しるべにしているのではなく、天の川の光の帯を目印にしていることがはっきりした、と研究チームは考えている」(「天の川が甲虫の道しるべ」『natureダイジェスト』、『ナショナルジオグラフィック日本語版』にも同様の記事「天の川を見て方位を知るフンコロガシ、日中は?」)。「見る」とか「知る」とか「記憶する」とか、人間の五感や思考や記憶に「類推」して考えざるをえないのはわかりますが、それを「同じもの」だと思うのは人間の傲慢さではないでしょうか。


本能

ファーブルは本当に昆虫が好きなんですね。文章の端々からそれが伝わってきます。訳者の力量もありますが、文章もすばらしいです。彼が生きているうちにノーベル文学賞をとってほしかったなあ。虫にかけるその少年のような純粋さと情熱と、彼の博識が全編に流れています。

日本には『堤中納言物語』に「虫めづる姫君」という話がありますが(12世紀頃)、いまでも虫取りは少年たちの心躍る遊びです。それは狩猟本能でしょうか。女の子のままごとは母性本能でしょうか。多分違いますね。それらはいわば「文化」です。ジャンダー論者?はどう考えているのでしょうか。

特に、知性を持ち出して昆虫の行う多くの行為を説明出来ると信じた進化論は、その主張を少しも証明したとは思えない。本能の領域は我々のあらゆる学説が見逃している法則によって支配されているのだ。(第1巻、P.7)

ファーブルが研究したい(関心を持っている)のは昆虫の生態、つまり生きている昆虫の行動です。それをファーブルは「本能」という言葉で表現します。標本や化石などの「死骸」ではその行動は観察できません(将来も出来ないかどうかはわかりません)。

箱を串刺しにした虫類でいっぱいにする。これは誰でも手の出せる仕事だ。同じ昆虫でもその生活様式、その労働生活、その習性を辿るとなると、これは全く別な話だ。分類学者には暇がない。そして多くはそんな趣味もない。(第4巻、P.150)

ダーウィンは1881年4月16日付けの手紙で、友人で動物学者のロマーニズにこう書いています。

というのは本能は化石状態では存在しないのですから。唯一の道しるべは同じ目の他の連中の本能の状態でしょう。(中略)ファーブルの論文はその後彼の嘆称すべき『昆虫記』の中でさらに深められています。(同、P.239)

大航海時代以降、西欧では「博物学」が大はやりでした。世界中の動植物の標本(たまに生きたものも)がヨーロッパに届けられました。地球が「丸い(球形だ)」、つまり「果てがない」ということが再発見されてから、世界の「外部」がなくなりました。外部がないということは、「内部」もない(すべてが内部であれば意味がない)ということです。でも、同時に「私という中心」が「自我(エゴ)」という形で再発見され、内部の中の「非自我(他者)」「対象としての外部」を人びとは求めていました。怖いもの見たさ、興味本位の「見世物小屋」から「博物館」などの学術的なものまで、同じ要因が働いていると思います。

動物はその為していることを少しも会得せずに、彼をそうさせずにはおかない本能に従っているのだ。だが、この崇高な霊感は一体どこから来るのか。隔世遺伝説、淘汰説、生存競争説はそれを理屈に合うように解釈する力があるのだろうか。私および私の友にとって、これは世界を支配し、無意識をその霊感の掟に従ってみちびく言外の論理の一番雄弁な顕現の一つであったし、現在もそうである。(第1巻、P.246)

理論をでっち上げる、そういうことは、私はあまり好ましく思わない。私は理論はすべて眉唾ものと考えている。疑わしい前提で雲をつかむような議論をすることもやはり私にはむかない。私は観察する。私は実験する。そして事実に語らせる。その事実、その語るところを、我々はいま聞きたいのだ。さあ今度はめいめいがきめる番だ。本能は先天的能力であるか、あるいはまた獲得習性であるかと。(第3巻、P.44)

「獲得習性の遺伝、用不用説、自然選択」など、進化論者は様々な理論を作り、「神が現在ある種(しゅ)を創造した」ということを否定し、「徐々に(何千・何万世代をかけて)」現在の種(とその本能)が形成された、とします。でも、それは理論で証明されてはいません。ファーブルの観察はそれとは逆のことを教えてくれます。昆虫の世界では、子供が親の行動を見ることはむしろ例外です。子供が成虫となるときには親はもういないことが多いし、卵を生んだ後、親が卵の面倒を見ることすら稀です。ですから、

この能力は能力としては最初から完成されたものだ。(第4巻、P.74)

と言わざるをえません。でも、昆虫は機械的に(石が坂道を転がるように)動いているのではありません。

純粋本能の行為と、識別力の行為とを同じ見出しの下にごたまぜにしてしまう限り、果てしない論争に陥って論戦を尖らすだけで問題は一歩も進みはしない。昆虫は自分でしていることを意識しているか  然り、かつ否、同時にそうなのだ。もしその行為が本能の領域に属していれば然りだ。昆虫はその習性を変化しうるか  もし習性上のその行為が本能に関連していれば否、絶対に否だ。それが識別力に関連していれば然りだ。(第4巻、P.75)

人間の赤ちゃんは、「栄養を取ろう」と思って母乳を飲むわけじゃないし、立とうと思って立つわけじゃないし、話そうと思って話すわけではありません。ましてや「日本語を話そう」と思って日本語を覚えるわけではありません。

記憶能力の点で人はかなり恵まれている。だが、その我々のうちの誰が母の乳の味を少しでも憶えているか。もし我々が母の腕に抱かれた赤ん坊を一度も見なかったら、我々も最初はそんなだったなどとは夢にも思えまい。(第7巻、P.112)


本能と器官(道具)

ダーウィンは「用不用説」を支持します。器官は何かを行う「ため」に存在するのですから、使わなくなった器官は「経済的に」(economic『種の起源』)不要となります。ダーウィンにとって「本能はどこまでも獲得習性」(本書第4巻、P.239)ですから当然です。

昆虫の工芸は使用する道具の形に規定されているのだろうか。反対にこの二つは別々のものだろうか。本能を支配するのは生体の構造なのか、それともいろいろの能力は解剖学の与件だけでは説明のつかない源に発しているのか。(第7巻、P.185)

彼ら(とげもものちょっきり・・・引用者)は能力が同じで器官が相違しているということはありえないことではないと裏書きしてくれた。逆に、同じ道具をもって異なった職業に従事することもできる。形が同じだからといって、必ずしも同じ本能があるとは限らない。(同、P.201)

そうだ、形態は本能を定めるものではなく、道具は職業を強いるものではないのだ。(同、P.226)

アリストテレスが、「寝ている大工は大工か」という問いに、「そうだ。寝ているときは可能態(デュナミス)として、働いているときは現実態(エネルゲイア)として」と言う時、能力とその行使とは別に存在しているわけではありませんでした。これはプラトン(ら)が「イデアは個物とは別に存在する」という論を批判しているのですが、同時に「道具(ギリシャ語でオルガノン)とそれを使う人」とを「別のもの」とかは考えていなかったということです。

それはまだ道具をその使用者(ユーザー)から区別することはできませんでした。ようやく十三世紀になって道具因は、動力因を構成する一つの部分集合として区別されました。(イバン・イリイチ『生きる希望』邦訳、P.138)

動力因(始動因とも訳される)は形相因、質料因、目的因とともにアリストテレスの四原因の一つです。原因(ギリシャ語でアイティア、ラテン語で causa)は、日本語の「(原因結果・因果応報とかの)原因」よりも「要因」とか「原理」とかに近い気がします。プラトンはそれを「イデア」とも呼び、個物を個物ならしめる要因であるとしながら「変化する個物」とは別な「普遍的なもの」と考えたわけです。でも、アリストテレスは四原因を個物を個物ならしめているものであって個物と別には存在しない、と考えているのです。

どうでしょう。身体を精神の「道具」と考え、「別のもの」と考えれば、臓器移植を認めてもいいでしょう。私の体とは別に「私のアイデンティティ」はある、と言い換えてもいいかも知れません。私は神を信じません。魂の存在も信じません。体がなくなれば心もなくなると思っています。それでも、私の体は、(他者や対象物よりも「近い」としても)やっぱり精神とは別なものとして存在すると思ってしまいます。主体的に行動する(体を動かす)どころか、考えて行動することなどほとんどないにも関わらずに、です。自分に身体(からだ)があることすら普段は気にしていません。痛かったり痒かったり「異常」があった時にだけ、その存在を意識します。見えなくなったときに自分の視力に疑問を抱き、見えない世界を怖れます。

彼らは我々に告げる。本能の源は器官とは異なった場所にある。それはもっと上にさかのぼっている。それは生物の原初の法典に刻み記されている。本能は道具に従っているのではない。かえってその道具を駆使して、ここではこの仕事のため、かしこではあの仕事のためと同じ巧みさで身についた道具を使用する能力を持っているのだ。(第7巻、P.196)

器官とは別に(もっと上に)ある本能。それは「生命」、あるいは「神」と言ってもいいかも知れません。それがたまたま人間には「精神」として現れているだけなのかも知れません。

もし環境があまり無理をいい出したら、動物の方は迷惑な暴力に抗議して、変化するよりもむしろ死んでしまうのだ。もし環境が穏やかにやってくれたら、虫の方はこの試練にどうにかこうにか順応するが、しかし現在通りのものでなくなることは頑として拒否する。自分が出てきた鋳型通りに暮らしていくか、でなかったら滅亡する。そこには他の解決策はありはしない。(第6巻、P103)

昆虫は自分に強制された新条件に順応し得るかぎり、いつものやり方で労働する。それができない場合には、技能を修正するよりはむしろ死んでしまうものだ。(第7巻、P.90-91)

「人間には昆虫にはない意思があり理性がある」と言う人もいるでしょう。そうかも知れません。蜂や鳩の帰巣能力、あるいはフンコロガシ(スカラベ)が天の川を目印にする能力の代わりに、意思や理性があるのかも知れません。

進化がそうしなかったとすれば、我々人間は多くの人が主張しているように、細胞にふくらんで細胞となった最初の蛋白のアトムが世紀を追い、世代を経るうちに完成した進歩の一番高い表現であろうか。(第2巻、P.266)



動物実験

前記のとおり、ファーブルは野原に出て観察していただけじゃなく、多くの実験をしました。家の中でたくさんの昆虫を飼ったり、庭に実験装置を作って蛇の死骸を置いたりしました。貧乏だったので、大した「装置」は作れませんでしたが。

また、自分の体でも実験しました。毒素と思われるものを抽出して肌に貼り付け、ひどいことになったことも書いてあります。家族は実験台にこそしませんでしたが(キノコ料理を一緒に食べたことは書いてあります)、部屋や庭にいろんな昆虫がいるのは迷惑だったかも知れません。コンラート・ローレンツ(『ソロモンの指環』など)を思い出しました。

昆虫の餌として別の昆虫を同じガラスケースに入れたこともありますし、実験に失敗して多くの昆虫を死なせてしまったこともあります。

私だって経験を積んで成熟し、少しは文化的になり、物事がわかり始めたとはいっても、私も同罪であることは認めないわけにはいかないのだから。彼らは遊び興じるために苛める。私は学ぶために苛める。結局同じことではあるまいか。学問のための実験と、幼い者のいたずらとの間に、はっきりとした区画線があるだろうか。私にはわからない。

被告に口を割らせるのに、むかし野蛮な人間は、拷問という手をつかったものだ。私が虫にものを訊ね、幾らかの秘密を、彼らから無理にでも引き出すために、ぎゅうぎゅう問いつめるとき、私は一人の拷問役人以上のものであろうか。(第8巻、P.9)

私はいつも虫の苦しみを可哀そうに思って来た。一番ちっぽけなものの生命にしても、それは尊いものだ。このあわれみの情から私の心を外らすには、科学的研究の要求、時としては惨酷なその要求が必要であった。(第10巻、P.234)

ファーブルがどれだけ昆虫が好きだったか、そしてそれを「科学」的探究心、好奇心、「知りたい」という気持ちが上回ったのかがわかります。どうして自分で自分を実験台にするのかはわかります。家族もそんなファーブルの気持ちはわかっていただろうし、応援しようと思ったり、一緒に楽しんだのかも知れません。でも昆虫は「いいよ」とも「嫌だ」とも言えないし、その「命」を奪ってしまったのです。

いまでも細菌やウィルスから始まり、動物、植物、そして「合法な」人体実験も行われています。科学の名の下に。それが「美談」として語られることすらあります。


知る

どうして人間は「知りたい」と思うのでしょうか。

先に「内部と外部」のことを書きました。内部はいわば「自分」、主体です。「自分を知りたい」(三田誠広『僕って何』1977年)とか『ルーツ』(1977年)とか、ある意味自明だった主体の存在を問うことがそれほど昔ではないのは想像が出来ます。デカルトが「我思う、ゆえに我あり」(『方法序説』1637年)と言わざるをえなかったのは、その「自明性」を再確認するためだったのではないでしょうか。つまり、その時点でその「自明性」が揺らいでいたのです。

デルポイの神殿には「汝自身を知れ γνῶθι σεαυτόν」という言葉があったそうです(プラトン『プロタゴラス』343b、旧全集第8巻 P.187、など)。でもこれは「(我でも汝でも「それ」でもある)主体(主語)としての自分自身」であって、「近代的自我 ego 」ではありません。それは認識の主体であり、動作・運動の主体です。「認識する・動く」ものであって、それが「認識される・動かされる」もの、つまり客体(述語)に対峙します。主語が「何であるか」は述語によって述べられるのであって、主語が主語を説明することは出来ません。アリストテレスは、実体の定義として「主語となって述語とならないもの」つまり「それ自体で(自体的・自在的に)存在するもの」と言っています。「自体的 καθ´ αὒτο 」が「(汝自身の)自身」です。「αὐτό 」はラテン語では「 idem 」、「同じ」ということです。「同一性(同じであること) ταυτότης 」はラテン語で「 identitas 」。これがエリク・エリクソンの心理学用語「アイデンティティ ego identity(自己同一性・自我同一性)」として復活し、「私が私であること」、つまり「主体(主語)が主体(主語)であること」、主語を自体的なものから「それ自身で説明されるもの・されなければならないもの」とするのです。

アリストテレスは「主語で主語を述べる」ことの不可能性(不条理)を説いていたと思うし、西欧自体がそう思っていたと思います。でも、アリストテレスがそう書かなければならなかったこと、あるいはデルポイの神殿にそう書かれたときから、それの困難性は始まっていたのかも知れません。「あたり前のこと」は、わざわざ文字に刻んだり、本にすることはないでしょうから。


学ぶ

主語が述語で述べられる(説明される、定義される)と言う時、主語自身はそれだけでは「何ものとも言えない(認識できない・存在すると言えない)」のです。

  • 「A(主語・主体) is(コプラ・繋辞) a(述語・対象).」例( Socrates is a white human. )
  • 「A は a である。」例「ソクラテスは白い人間である。」

「ソクラテス(質料・質料因)」は「白い人間(形相・形相因)」によって初めて「個物(実体)」となります。日本語だと「ソクラテスは(が)いる(ある)」と言うだけで、ソクラテスが「人間」であろうと「犬」であろうと「白」くあろうと「黒」くあろうと「存在(オン)」を表します。

アリストテレスやプラトンは「 εἶναι(be動詞にあたるもの)」を普通は「〜である」の意味(本質を表す)で使うことが多いのですが、それは「〜がある」の意味も持っています。「白い」「人間」は「ソクラテス特有のもの」ではありませんから、ソクラテスがいなくなってもあり続けます。だからイデアは「普遍」だとプラトンは言います。でもアリストテレスが、ソクラテスは「白い人間」という形相(エイドス)と一体となってしか存在しないと言う時、「 εἰπί 」は「存在(オン ὄν )」を表す(主語を存在させる)役目を強くもちます。

同じようなことが「生成(ゲネシス γένεσις )」にも言えます。「 gen- 」という語根は「命を与えること、子孫を作ること、繁殖・家族に関すること」などを意味します。「ジェンダー gender(ラテン語では「種類」の意味、フランス語なら「ジャンル」)」などで使われます。接尾語「 -gen 」は「生成物」です(アレルゲンとか)。これは日本語の「〜がなる(が生まれる)」と「〜になる(〜に変わる)」の両方の意味を持ちます。まさしく「生」と「成」です。印欧語では「人間が生まれる」と「人間に成る」が同じ単語で表されます。なのでゲネシスは「運動」や「変化」の意味もあるのです。

先に子供は「自然に乳を飲む・自然に話す・自然に立つ」「ようになる」と書きました。同様に「自然に知る・自然に学ぶ(ようになる)」とは言えないのでしょうか。ファーブルが「知ろうとした」のは「自然に知ること」ではないでしょう。「自然に学ぶ」ということは、現代の日本では、むしろ「あってはならないこと」です。間違ったこと(?)を知ったり学んだりしないように、「(正しい)教育」が必要なのです。「子供は白紙で生まれてくるので、大人(親)が正しい知識を与えなければならない」のです。子供は「教育されなければならないもの(入れ物)」として生まれてきます。教育によって「人間(一人前)に成る」ということです。教育されない(学校に行けない)子供は「可哀想」な存在で、一人前の大人とは認められず、差別の対象となります。

しかしたいていの人々は、知識の大部分を学校の外で身につけるのである。人々が学校の中で知識を得るというのは、少数の裕福な国々において、人々の一生のうち学校の中に閉じ込められている期間がますます長くなったという限りでそう言えるにすぎない。ほとんどの学習は偶然に起こるのであり、意図的学習でさえ、その多くは計画的に教授されたことの結果ではない。(イヴァン・イリッチ『脱学校の社会』邦訳、P.32-33)

「学校 school 」の語源はギリシア語の「スコーレσχολή (閑暇・ひま)」です。ギリシャの市民は、労働は奴隷に委せて、自分たちが「善く生きる」ために勉強をしました。近代の学校制度が出来たのはせいぜい500年前です。

ファーブルは豚が走り回る教室で勉強したことを面白く綴っています。

それから歴史と地理は?  われわれの誰も一度もそんな話を聞いたことはなかった。地球が丸かろうが四角だろうがわれわれは一向平気だった。土地に物を育てて貰うむずかしさはどちらにしても同じだった。(中略)言葉を正しく書いたり話たりするのはやっている中にひとりでに覚えられるべきものだった。それにわれわれの誰もそんな心配はしていなかった。学校を出たら羊の群れのお守りだ。そんなに学者になったって何になるのか。(第6巻、P.61)

そしてこう書きます。

学校で受ける科学的教育などは絶対にないのだ。私は試験の計尺に掛かるためを除いては一度も大学に足踏みしたことはない。教師もなく、指導者もなく、怖ろしい窒息機である貧苦にも拘らず、私は前進し、志を変えずに試練を凌いで行った。こうして何も押しつぶせなかった才はその貧弱な内容を遂に見せることになったのだ。(中略)私は生き物好きとして生まれて来た。なぜに?またどうして?それに答えはありはしない。

われわれはこのように各々異なった方向にまた大小の程度にわれわれに特殊な標徴(しるし)をつける特別な性質を持っている。その性質がどこから来たのかは測り知ることができない。この天賦は遺伝されない。才能ある者も子供に馬鹿者を持つこともある。それは獲得されることもない。それは習練によって発展される。その萌芽を血管に持たない者は、温室的な教育の手をどんなに尽くしても、それを持つことはないであろう。(P.76-77)

ファーブルは「教えられた」のではありません。学んだのです。学ぶべくして学び、知るべくして知ったのです。経験すべくして経験したのです。

それはファーブルが「本能」と呼んだのもに近いのではないでしょうか。




[著者等]

ジャン=アンリ・カジミール・ファーブル(フランス語: Jean-Henri Casimir Fabre、1823年12月21日 - 1915年10月11日)は、フランスの博物学者であり、また教科書作家、学校教師、詩人としても業績を遺した。昆虫の行動研究の先駆者であり、研究成果をまとめた『昆虫記』で有名である。同時に作曲活動をし、プロヴァンス語文芸復興の詩人としても知られる。(Wikipedia



動物学科学・自然、各巻ケース付き



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