アイヌ文化に出会う旅 旭川 アイヌ文化にかんする施設とスポットの紹介 企画:旭川市教育委員会社会教育部文化振興課文化振興係

アイヌ文化に出会う旅 旭川 アイヌ文化にかんする施設とスポットの紹介 企画:旭川市教育委員会社会教育部文化振興課文化振興係
頂き物

いつ作られたものだか分かりませんが、映像はきれいです。価格も著作権マークも付いていないので、配布されたものでしょう。

もらっておいて、ケチを付けるのは心苦しいのですが、パッケージデザインについて。

メインタイトルは「アイヌ文化に出会う旅」。大きな明朝体フォントで、位置も大きさもいいと思います。副題「アイヌ文化にかんする施設とスポットの紹介」はゴシック体。太さも文字サイズに合っていていいと思います。でも、少し小さいかな。この副題に気づかずに観たので、あれ?と思いました。

よくないと思うのは「旭川」の文字。黄色い地を黒文字で抜いているのですが、これがメインタイトルの一部なのか、何かのシリーズの「旭川編」を表しているのかが分かりません。つまり「アイヌ文化に出会う旅」というシリーズ(北海道作成?)があって、その「旭川編」のように見えてしまいます。制作者にそういう意図はなかったのだろうと思うし「アイヌ文化に出会う旅」を強調したかったんだと思いますが、これはメインタイトルの前に(上に)大きく書くべきでした。「旭川 アイヌ文化に出会う旅」のほうがいいと思います。逆に同じ明朝体で「アイヌ文化に出会う旅・旭川」とメインタイトルの一部(同格)にしてしまう方法もあります。

黄色がなくなると、全部が白黒になってしまうので、副題を黄色にするか、「アイヌ文化」だけを黄色にするという方法もあります。

地に薄っすらと浮かぶ「アイヌ文様」はとても素敵です。これが「アイヌ文様」かどうかは、私には判断できませんが。


内容

「アイヌ文化」の紹介というよりは、「文化施設・名所(スポット)」の紹介です。まさに副題どおりです。ほぼ観光案内ですね。中にチラシが一枚入っていて、紹介された施設やスポットが掲載されています。どうせなら地図をつけてほしかったかな。

アイヌ文化そのものについては、詳しい説明がありません。最後のナレーションを引用します(多分、著作権は主張しないでしょうから)。

・・・口伝えで文化を語り継いできた、アイヌの人々。その暮らしは豊かな自然とともにありました。いまその考え方、その哲学が、さまざまな意味で注目されています。環境への意識、価値観の多様化、そんな社会だからこそ、彼らの生き方に私たちは学ぶところが多いのかもしれません。アイヌ文化に触れ、学び、知る。旭川は、そうした最適の地域、ぜひ上川アイヌゆかりの場所や施設に行ってみてください。そして素晴らしいアイヌ文化に触れてみてください。きっと何かを得ることができるはずです。・・・。

「文化に触れる」とはどういう意味でしょう。googleさんに英訳してもらった所、

experience the culture

と出てきました。「 experience 」は「経験・体験」ですね。「見る」だけじゃなく、「触(さわ)る」ということでもあるのでしょう。「触れる」ことによって、文化がわかるのでしょうか。多分、分かるんでしょうね。逆に触れてみなくては、「わからない」ということでしょう。本を読んだり、DVDを観たりしているだけでは駄目だということです。

知識として「知る」ことと「体験する」こととは大きな違いがあります。自転車の乗り方を知識として知ったとしても、自転車に乗ることはできません。逆に、自転車に乗るには知識は必要ではないともいえます。赤ちゃんは「歩き方」を知って歩くのではないし、「おっぱいの吸い方」を知って吸うわけではありません。呼吸の仕方、心臓の動かし方を知らなくても、問題ありません。知識としての「自転車の乗り方」「歩き方」の技術は、「あとから」必要になることがあるかもしれません。サドルの高さ、ペダルの踏み方などには色々な技術(知識)があります(「三角乗り」をしているときには、そんな知識は必要ありませんが)。


誰が誰に?

このDVD(そして最後のナレーション)は、「誰が」「誰に」「何のために」作られたのでしょうか。

「誰に」は「アイヌ文化を知らない人に」でしょう。あるいは「アイヌ文化に興味がある人に」「アイヌ文化を知りたい人に」かもしれません(私はそのひとりです)。「興味のない人」「知りたいと思わない人」には無意味でしょうから。

「誰が」というのは単純には「旭川市教育委員会が」です。そしてそれが前提しているの「旭川市民が」ということでしょう(紹介された施設が、ではないと思います)。

「誰が」が分かれば「何のために」に近づくはずです。「アイヌの人たちが」と言えるでしょうか。

アイヌの人たちと話したことがないので、彼らがどう思っているのか分かりません。

「その暮らしは豊かな自然とともにありました」。その豊かな自然は今はもうありません(少なくともその説明はありませんでした)。その自然の喪失とともに、その文化はなくなるように思えます。「自然」がなくなっても、その文化は「考え方や哲学として残る」とDVDは言いたいのでしょう。とてもノスタルジックだと感じました。

その考え方・哲学は、「さまざまな意味で注目されています」。誰にでしょうか。「アイヌの人たち」ではないですよね。「環境への意識、価値観の多様化」「そんな社会」が注目しているということです。それは、「誰に」にあたる「アイヌ文化を知らない人」「アイヌ文化に興味がある人」「アイヌ文化を知りたい人」のことだと思います。それは「誰が」「誰に」にあたる人たちなのではないでしょうか。

つまり、「私(私たち)が私(私たち)に」作ったということです。とするならば「何のために」というのも見えてきます。「自己確証(アイデンティティ)」のため、です。「免罪のため」と言ってもいいのかもしれません。何故なら、その人たちが「自然を破壊」したからであり、「破壊し続けている」からです。ヒグマが「神の使いだ」などと考えず、「駆除」することばかりを考えている人たちです。聖なる土地がダムに沈むことより、スマホの充電を大切にする人たちです。「多様化(多様性、ダイバーシティ)」として「アイヌ文化」は認めても、「豊かな自然」を復活しようとは思わない人たちです。


歌と踊り

「アイヌ文化に触れて得ること」は何でしょうか。チセ(アイヌの住宅)を見て思うのは、「私も住みたい」ではなく、「寒いだろうなあ」ということです。それよりも数分間で燃え広がる「高層住宅」に住めることが「幸せ」だと思うのでしょう。

私は運動音痴で、人前で踊ることが恥ずかしいのです。ついでに人前で歌うことも苦手です。でも歌ったり踊ったりすることは「楽しい事」で、若い頃(小さい頃)は歌ったり踊ったりしていたはずです。でも、自分が「見る」側になって、歌手やダンサーを観ていると、歌ったり、踊ったりするのが恥ずかしくなってきます。そして結局踊らなく(歌わなく)なります。

DVDでは、ムックリ(ムックル)や、歌と踊りも紹介しています。それは「誰に」対して歌い、踊っているのでしょうか。私は、歌や踊りは「言葉」と同じく、仲間に向けて、あるいは共同体に向けて、もっと一般的に言えば、文化・社会に対して、あるいは「その神」に対して歌われ、踊られているのではないかと思います。少なくとも、それは共同体の(つまり自分たちの)外部に向けられているものではないと思うのです。カラオケができる前、(もちろん「歌手」と言われる人たちはいましたが)宴会での歌は、その場にいる仲間たちに向けて歌いました。それがカラオケの普及とともに変わってきました。ほかのグループのお客さんはもちろん、自分のグループのメンバーでさえ、その歌を聞いていません。

その歌や踊りが「観光客」に対するものだ、と言っているのではありません。私は観光客相手に歌ったり演奏するガムランやケチャを連想します。それは寺院ではなく、ホテルの宴会場で行われます。あるいは、フラダンスやよさこいソーラン、阿波おどりなど。それぞれは簡単にできるものではなく、一生懸命練習してできるようになるものですが、どこまでが「観光客に対してではない」ものなのでしょうか。さらに、私は公園にできた「見世物小屋」を連想してしまいます。

どうして私はそんな連想をするのでしょうか。それは、私が「商品社会(貨幣社会)」のなかに生まれ育ったからでしょう。お金を出さないで手に入るものは「価値のないもの」だと思いこんでいるのです。歌っている人、踊っている人が「報酬(金品)を得ている」かどうかではないのです。そういう目で歌を聞き、踊りを見ているのです。


文化と自然を取り戻す

自然、あるいは「それを支えるもの」がなくて、文化は存在するのでしょうか。「その暮らしは豊かな自然とともにありました」というナレーションは、「それを支えるもの(自然、事物と言ってもいいけど)」がなくては「文化はない」という意味と、「それを支えるもの」がなくても「その考え方、その哲学」があり得るという両義を持っています。ムックル(楽器)がなくても「アイヌ音楽はある」というのは、「アイヌ語がなくてもアイヌ文化はある」というのに等しいと思います。文化は道具(たとえば「イクパスイ」という神に酒を捧げる道具)や、衣服や文様、家、食べ物、言語などとして「ある」のです。言語がない文化を想像することはできません。

アイヌ文化を取り戻すためには、それを支えるものを取り戻さなければならないのです。でも、このDVDを作った人も、このDVDを観る人も、「アイヌの人たちにこの土地(北海道や旭川市)」を返そうとは思っていないでしょう。

でも、「返そうとしている」と想像してみましょう。アイヌ文化を復活させるには、鮭が登ってくる川を作らなくてはなりません。壊された自然を取り戻すには、どれくらいかかるでしょうか。ひょっとするとその「自然が作られるのにかかった時間」が必要かもしれません。何万年、何億年です。もっと現実的な例を挙げます。スポーツ選手が怪我をして、練習を再開し、復帰するまでには、「休んだ期間」が必要だと言われます。北海道が「開発」され始めて二百年ほどになります。開発される前に戻すには二百年が必要だということになります。その間、鮭を取らないでどんな生活をするのでしょうか。

もう少し可能性がある話をします。から二百年に向けて作業を進めていくのはどうでしょうか。少しづつ川をもとに戻し、森をもとに戻していくのです。スマホを捨て、電気を捨て、水道を捨て、車を捨て・・・。このDVDを観ている人は、DVDの再生装置(DVDプレーヤーやパソコン)を持っている人です。その人たちのほとんどは「電気はいらない」とは思っていないだろうし、水道や自動車はいらないとも思っていないでしょう。文化は、「見たい時に見る」「行きたい時に行く」というような「商品(あるいは観光資源)」ではありません。それはその中にいる人には「避けられないもの」です。逆に言えば「存在しない」ものなのです。日本人にとって日本文化や日本語は「普段気が付かない」つまり「存在しない」ものです。「家に入るときには靴を脱ぐ」ということに普段は「気が付き」ません。気が付かなくても「脱ぐ」あるいは「脱ごうとする」のが文化です。自分が話している「方言」には気が付かないものです。それに「気を付ける」ようになったとき、方言の崩壊が始まります。

「アイヌ文化に触れる」ということは、「自分の文化に気付く」ということにほかなりません。「そういう文化があるんだ」ということではなくて「そうではない自分の文化とは何なのだろう」という気持ちを持つということです。それがなければ、それを単なる「客観的存在(今の社会では商品)」として、「自分の存在(今の社会では自我)とは別のもの」と見てしまうことになります。私が「見物人」あるいは「観客」「観光客」あるいは「消費者」として、「アイヌ文化」を見てしまうのは、私が「そういう文化に生まれ育った」ということにほかなりません。


〜がいること、〜であること、〜に生まれること、〜になること

「そういう文化があってもいいんじゃない」「そういう人がいてもいいんじゃない」というのは多様化(多用性)とは関係ありません。それは「他人(ひと)事」だからです。それが言えるのは、多くは「自分じゃないから」「私に関係ない限りで」ということです。それは「私が私であること(アイデンティティ)を認めろ」と言っているのと同じです。

アイヌ文化に触れることで得ることがあるとすれば、それは「私が私であること」が当たり前(普通)ではないということを知ることではないでしょうか。

アイヌの人が「アイヌであること」も当たり前のことではないのです。でも、そのことを知ること(識ること)と、体験(体感)することとはまったく違うことです。

私は私でありたい、とどうしても思ってしまうのです。碇シンジのように「それでいいんだよ」と言ってくれる人はいないし、私自身もそれでいいとは思っていないのですが。

人は(私は)いつからアイデンティティ(「私がいること」とは別の「私であること」)を持つようになったのでしょうか。

いくつか文章を挙げてみます。

  • 日本人がいることと、日本人であること
  • アイヌがいることと、アイヌであること
  • 人間がいることと、人間であること
  • 男がいることと、男であること

別の言い方をすると、

  • 日本人に生まれることと、日本人になること
  • アイヌに生まれることと、アイヌになること
  • 人間に生まれることと、人間になること
  • 男に生まれることと、男になること。

「これで君も日本人だ」「これで君も男だ」「これで君も社会人だ」などと言われると嬉しくなるかもしれませんが、それは「その共同体の一員となれた」という意味である以上に、その共同体のマジョリティになれたという意味です。逆にいうと、マジョリティにならなければ、「〜ではない」ということです。つまり、いくらその共同体の中にいても、そこには「マジョリティ」と「マイノリティ」がいる社会だということです。このような社会は「当たり前(普通)」なのでしょうか。

「私がいること」「私であること」「私になること」が「分離している社会」、つまり「アイデンティティが必要な社会」、その社会には「マジョリティ」と「マイノリティ」が必要です。「私じゃないもの」からしか「私であるもの」は考えられないし、「マジョリティ」は「マイノリティ」を必要とするからです。

「大人になる」、つまり「成人」は「人に成る」ということですから、それまでは「人でなかった(人でなし)」ということになります。今、日本で考えられる「人」は「人間」のことで、「 man 」とか「 human 」「 homo 」の訳語の意味です。西欧でも「人間」という概念ができたのは近代になってからです。また、「大人」ということは、「子供(子供期)」があるということですが、「 child 」「 enfant 」「 puer 」が概念として成立したのは近代西欧においてです(アリエス『〈子供〉の誕生』)。

昔は(年齡で区別される以前は)、元服後の男子、裳着(もぎ)を済ませた女子を「大人」と言いました。そしてそれは「年齡」のことではありません。「責任能力」とも関係ありません。成人年齢を20歳から18歳に変えるのは責任能力が「早くつくようになった」からだとは思えません。「大人になる」ということは、共同体内の別の集団(子供組とか、若者組とか)に入ることを意味しました。今の法律による「子供(期)」の考え方は、西洋近代の子供概念に近いものです。父か母が日本人なら、子供は生まれたときから「日本人」ですが、「人」になるのは「成年」になってからです。


私が私になること

「私が私になった」のはいつでしょうか。多分、「物心(ものごころ)」がついたときでしょう。そのあと、小学校に行き中学校に行く間、「私は私であれ」「自分で考えること」「自主・独立(自立)」などを叩き込まれ、「自由・平等」を「尊いもの」「本来的なもの」「自然なもの」と教わってきました。

そのあとしばらく経って、私がいること、私が私であることに「齟齬」が生じ始めました。それが「思春期」ということで、普通はそれを乗り越えて「大人になる」のだ、と思っていました。そのための「モラトリアム期間」こそが、いちばん「私らし」かった期間かもしれません。

でも、モラトリアム期間が終わっても、「私(がいる)」と「私であること」はどこかギクシャクしています。きっと物心がついた時に、「私が私であること」に気付かないまま、なくしてしまったのでしょうね。それからは「本当の私ではない何か」が「私であるもの」として独り歩きしていたのだと思います。まるで「私を演じる」ように(『もしもこの世が舞台なら、楽屋はどこにあるのだろう』フジテレビ系)。シェークスピアは、ちょうど『グーテンベルクの銀河』が始まり、西欧近代自我(「我思う、ゆえに我あり」デカルト『方法序説』、1637年)がはっきりとした時期に活動しました。この「我あり」こそ、「我ある」と「我ある」を混乱させた大きな原因です(フランス語やラテン語などの印欧諸語では同じだから)。それは「同じもの」でなければならなかったもです。

「私が私である」ということは、私にはわからないんじゃないかと思います。「私が私である」ことを認めるのは私ではないのです。「お前らしいなあ」、「お前はお前だ」と言う人、つまり私じゃない人が「私が私である」ことを認めるのです。どんなに「自分は人間だ」と思っている犬も、人間や他の犬が「お前は人間だ」と言ってくれなければ、それは人間ではないのです。

私にとって、「言葉」とは「日本語」です(それは「方言」かもしれません)。それは「家に入るときは靴を脱ぐ」のと同じように、当たり前(普通)のことで、それは私にとって「文化」ですらありません。私は日本文化は「存在しない」のです。「存在しない」ものこそが「文化」なのです。それは「アイヌ語」や「アイヌ文化」など、「日本語」や「日本文化」じゃないものによって、初めて「存在」するものです。私は「日本文化」は「日本文化じゃないものじゃないものとしてしか知りようがありません。それを知ること、ソクラテス風に言えば「私は自分が知らないということを知っている(無知の知)」ということです。

それを「価値観の多様化」と言ってしまったとき、「存在を始める」とともに「永遠の不在となる」のではないでしょうか。





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