日本文化のゆくえ 河合隼雄著 2000/05/26 岩波書店

日本文化のゆくえ 河合隼雄著 2000/05/26 岩波書店
図書館リサイクル本

いつ読んだか、忘れました。一年くらい前かなあ。私の「読書済み」の棚にずっとありました。棚と言っても、幅25cm位のスペースで、何故かいっぱいになります。今、本を読むのはトイレかお風呂でだけなのですが。

一九九六ー八年にかけて、岩波書店より『現代日本文化論』全十三巻が出版された。私はその企画に参加し、全十三巻にわたって、その巻にふさわしい編集者をそれぞれ依頼し、私と共に共同編集をしていただくことにした。そして、各巻ごとに最終章に私の論を載せることにした。

その際の私の論をまとめ、多少の加筆訂正を加えたものが、本書である。(P.259、「あとがき」)

著者は「日本のユング派心理学の第一人者」です。ユングは読んだことがありません。ユングは曼荼羅とのイメージがつよくて、なんとなくニュー・サイエンス的(あるいはオカルト的)に感じていました。それに対してフロイトが「論理的」かどうかというと、はっきりとは言えませんが。


ユング

ユングは、集団的無意識(集合的無意識、 collective unconscious )を提唱しました。

彼が「集団」と呼ぶとき、それはいろいろな範囲のものが考えられるが、それをもっとも広く拡大すると人類一般ということになる。この点を強調して、私はユング心理学を紹介するときに、 collective unconscious を「普遍的無意識」と訳した。そのほうがユングの意図を伝えやすいと思ったからである。

しかし、この集団はすぐに人類一般にまで拡大しなくても、家族や文化、などに限定してもいいわけであるし、実際、ユング派の人たちのなかには、「家族的無意識」、「文化的無意識」などという表現をする人もある。(P.134)

「無意識」はもう日本語になっていますが、「意識がない(意識的ではない)」ということです。「意識」は昔からある日本語(元は仏教用語)ですが、それが「ない」のが無意識です。仏教用語としての意識は、五感(感覚)で感じたものを心が認識することでしょう。普通に使われている「意識」は、「気がついている」「目が覚めている」というような意味ですね。でも、「無意識」は「気を失っている」「眠っている」ということではありません。ではどういう意味かというとよくわかりません。「意識できない」のが「無意識」なので、それを説明することは困難です。特に日本語では(日本人には)説明が難しいと思います。なぜなら「意識ある」ということと「意識ある(意識的ある)」こととは日本語ではまったく別のことだからです。「本ある」と「本ある」とはまったく違うことです。欧米が使っている印欧諸語では、これはどちらも「 be動詞」のようなもので表されます(繋辞と存在)。なので、見た目が同じなのです。


無意識

無意識が分からなければ、「集合的無意識」が分かるはずがありません。ですが、フロイトやユングがドイツ語でそれを一生懸命説明しようとしているのですから、なんとか日本語でも理解しようとしてみましょう。

ユングはこのような考えをさらに押し進め、自らの病的体験とその克服の過程のなかから、当時のヨーロッパにおいてはもっとも重要だと考えられていた「近代自我」を超える存在を、心の奥底に仮定せざるをえないと考えるようになった。彼は、近代になって確立された自我(エゴ)と区別して、それを超える存在を自己(ゼルプスト)と呼んだ。(P.17-18)

ゼルプスト  selbst は、多分英語で「 myself, yourself 」とかの「セルフ」です。「自己・自分」というより「自己・自分であること」の方がニュアンスが近い気がしますが、「自分的」というと、範囲が広がってしまいます。似たような単語に「オート auto 」があります。これは古典ギリシャ語から直接来た言葉で、「自ずから」とか「同じ」とかいう意味です。古典ギリシャ語の「 ταυτότης 」がラテン語「 identitas 」と訳されます。のちの英語「アイデンティティ」です。「エゴ」同様、古典ギリシャ語、ラテン語など、古典時代からの西洋思想を作ってきた単語なので、歴史も文化も違う日本語の「私」とは違います。「私ある(私いる)」と「私ある」と比べるなら、自我も自己も「私である」に近いでしょう。「私がいる」ことと「私が私あること」(これがアイデンティティ)は、日本では「普通のこと」であり「同じこと(別だということが奇異)」です。「自分らしく」なくたって「自分は自分」です。子犬が「子犬らしい」、子どもが「子どもらしい」、彼が「彼らしい」と言う(思う)ことはありますが、自分が「自分らしい」と思うとすれば、それは近代の文学的表現です。「子犬らしい」「子どもらしい」「彼らしい」というのは、「子犬」「子ども」や「彼」ではない人がそう感じるので、「自分」で「自分」を「自分ではない人」として見る(感じる)ことはできないからです。でも西洋では(インドも含めて)、何千年も「自分自分あること」を考えてきたのです。


「マリ」はね、

「ずっとそうだったのか」ということはわかりません。なんせ、文献として残っているのは、都市の知識階級が考えたことだけだからです。ちょっと想像してみてください。ある村(東洋でも西洋でも)に住んでいるとしましょう。隣の家に子どもが生まれました。親は(あるいは祖父母や地主や神主や僧侶が)「マリ」と名付けました。それはその子のご先祖の名前かもしれませんが、多分、身近に同じ名の人間はいなかったでしょう(いる場合は、「マリの子」「マリ jr. 」と呼べばいい)。その子は成長します。(その地域で話されている)言葉も覚えるだろうし、いたずらもするでしょう。その子が話すことはいろいろです。前の日と「同じこと」を言う事もあるでしょうが、大抵は別のことも話します。寒かったり暑かったり、転んだり、山で狸に会ったり、川で魚を捕まえたり、その子自身が変わっている(成長している、経験している)とともに、その子が置かれている状況も変わっているからです。その子が何を話しても、嘘をついていても、昨日と反対のことを言っても、その子はその子です。周りはそう思っているし、本人は「自分は自分だ」とすら思っていないでしょう。「マリ」というのは、「自分」のことでも「あの子」「その子」「この子」のことでもなくて、つまり、「マリ」という個物(個体、個人)の中にあるのではなくて、その村、いうなればその「社会」にあるのです。だから、「マリ」がいなくなっても「マリ」という言葉は残ります。

「マリ」という言葉がなくなるときがあります。それは、「忘れられたとき」とか「言うことを禁じられたとき」です。

昔のことはわかりませんが、現在でも「マリはね、リンゴが好きなの」と「マリという子ども」が言うことがあります(特に女の子かな)。この時の「マリはね、」は「私はね、」ではありません。その話されている時間・空間にいる「マリ」という「ものごと」です。そこにある親子関係、友人関係、身分関係、などを取り上げることはあまり意味がありません。それは話している「マリ」にも、聞いている人にも共通してあるけれども、どちらの内にも、外にもないものです。

「わ(私)」というのは(印欧諸語の一人称単数も)、「こっち」というような場所的、方向的な意味だったそうです。それは単独で存在するものではありません。いわば「関係」として存在するのです。


本質

アリストテレスが、「それそれある(ありつつあった)ところのそれ τὸ τί ἦν εἶναι 」と表現したものを、ラテン語では「本質 essentia 」と訳しました。アリストテレスはそれを「ウーシア  οὐσία 」とも言いましたが、ウーシアは「実体 substantia 」とラテン語訳されました。日本語で「である」と「がある」と区別するところを、アリストテレスは別の区別を(あるいは同義のもの、接続詞 καί 、英語の and で結ばれたものと)したのです。インド哲学はわかりませんが、「梵我一如」なども「である」「がある」の別の表現でしょう。

羨ましいのは、ゼルブストにしてもエス(フロイトの無意識、イド id )にしても日常用語を使っているところです。日本語に訳されたときに「自我」、「超自我」とか「無意識」とか日常用語ではない単語にしてしまうと、それを認めたり、批判したり、吟味したり、ということができなくなります。それは「なんだかよくわからないけどそういうもの」として通用して、そのまま日常語になってしまいます。そしてその意味に西洋のものではなくて日本的なものが付け加えられます。「エネルギー」とか、最近では「ジェンダー」とかもそうです。ゼルブストを「自己」と訳した途端に、それはユングが込めた意味がなくなってしまいます。違う言語なので仕方ないのですが、まあ「自己(ゼルブスト)」のように表現するしかないのでしょうね。


「私」の二重性

著者は「多重人格」を例に挙げていますが、統合失調症(分裂症)も同様でしょう。なぜ西洋でそれが問題となるのでしょうか。

「私」という存在がこの世において、唯一無二の存在であることを、誰しもが信じている。考えてみると、子どものときから大人になって老いていく一生の間には、相当に変化するものだが、ともかく「私」という一貫して不変な存在があるのは自明のこととさえ感じている。「私は私であって、私以外の何者でもない」ことは当然とさえ言える。(P.16)

つまり、「私がいる」ということを言うためには、「不変な私があり、かつ、私はその(この)私でなければならない」ということです。でも「これが犬である」と言うより「これが私である」と言うことのほうが断然難しいのです。クリームパンとジャムパンがあって、「私、クリームパン」と選ぶとき(「私自身」が「ジャムパン」でも「クリームパン」でもないのは当然ですが)、その選択をしたのが「私」で、「私らしさ」を表現したことになります。でも、1週間後、あるいは今後一生、同じ状況で私がクリームパンを「選ばなければならない」とするなら、それは嫌ですね。あるときは「クリームパンが好きなのが私らしさ」で別のときには「ジャムパンが好きなのが私らしさ」あるいは「なかなか選べないのが私らしさ」なように思います。


キリスト教

きわめて限定された「私」という存在が、何らかの永続性をもったものと関連づけられないと、どうしても安心して生きておられない。(P.8)

個人はそれを「支えるもの」を欠くと、非常に弱くなったり、不安定になったりする、かと言って、「支えるもの」の力が強くなりすぎると個人の自由を圧迫する、というジレンマがある。(P.9)

このような状態のなかから、西洋の長い歴史において、人間が徐々に力を得て、人間の主体性や自由意志の存在を重視するようになったが、やはり、それは「神の支え」を背後にもっているからこそ、「個人」の重要性を主張できたのだと思う。(P.10)

個人主義はキリスト教を支えにしているのだ。(同)

私のイメージでは、キリスト教では「神」を描きません。古代ギリシャのような神の彫刻はありません。描かれるのは「イエス・キリストの姿」です。偶像崇拝を禁止したユダヤ教の影響があるのでしょう。神はイエス・キリストに「受肉」しています。なので一神教と言っても、神そのものを信仰するというよりは「イエス・キリスト(に体現された神)」を信仰します。日本的に言えば、「現人神」に近いのかもしれません。

しかし、西洋の場合はすでに述べたように、個人主義を裏打ちするものとしてのキリスト教があった。現代は、そのような神を信じることなく個人主義を生きようとして、いわゆる、ミーイズムになる問題が欧米では生じてきている。(P.251)

ヨーロッパの科学技術についても同様です。

ヨーロッパに生まれた科学技術が世界を席捲したのだが、その背景にキリスト教があることを忘れてはならない。。

もちろん、近代科学の体系そのものはキリスト教と無縁である。近代科学は誰でもどこでも学び研究できる。とはいうものの、それが生まれてきた背景にキリスト教があり、それを駆使して生きてゆく態度を支えるものとしてキリスト教がある。しかも、問題を複雑にするのは、キリスト教文化圏内部においては、近代科学はキリスト教と対立するような形で出て来ており、両者のダイナミズムのなかで、ヨーロッパが、そしてアメリカが発展してきている。従って、現代においては、キリスト教文化圏内部の人間が「普遍的」な考えを世界にひろめようとするときに、それにキリスト教的な意味合いが入っていることに気づかない、ということもある。

グローバリゼーションはアメリカナイゼーションだと言われたりする。これは、アメリカにすれば「普遍的」で「正しい」ことだから世界中で行うのは当然と思っているわけだが、そもそも世界に通用する「普遍的で正しい」ことがあると確信するところに、アメリカの特徴があると言っていいし、その確信はやはり一神教によって支えられていると見ていいだろう。(P.ⅵ-ⅶ)

普遍的(つまり不変的)で正しい神の言葉を信仰することと、普遍的(不変的)な「私」を信仰することがパラレルです。

西洋においてはすべては神のもとにありました。そして人間はその神の意志を垣間見ることができるだけだったのです。山や川や動植物も、神の御心のなかにありました。しかし、

モスレムのように、あまりにも一神教の神が人間から隔絶すると、「すべては神の意志」ということになりすぎて、人間が法則を見出すなどとは考えられなくなるのではないだろうか。キリストという、言わば神と人とをつなぐイメージを持つことによって、人間が主体的に考える場が得られるのではなかろうか。(P.119)

イエス・キリストは自分たちと同じ「人間」です(そういう意味では天皇は人間ではありませんでした)。

一神教の神がすべてを作ったということは、神とキリストの関係、キリストと自分の関係によって意味がズレてきます。神は自然の法則( law )を作ったのですが、その law は神自身ではありません。

ルネ・デカルト(一五九六ー一六五〇)の思想では、それぞれの存在は、それみずからの性情、つまりそれがそれ自身として何であるかということのうちに、ただ単に存在することに対してではなく、それがどのように存在することへの根拠と要求を見ています。事物は、もはやそれらが神の意志に呼応しているが故に存在するのではなく、神が、わたしたちが今や自然と呼ぶことになったもののなかに、それによって事物が展開する法則を置いたが故に存在するのです。(イバン・イリイチ『生きる希望』、邦訳 P.130-131)

デカルトが「我思う、ゆえに我あり」を疑えないと言ったのは、そこに神の存在を見つけたからです。その「自我 ego 」にとって、自然を探求することは「神が作った法則」を探求することでした。ここにも「それある(存在する)こと」と「それ自身として何あるか」というアリストテレス以来の対立が存在するのです。


近代法

それだけではありません。神の掌中にあった自然(宇宙・世界)は、神の手から離れ、人間の探究、制御(コントロール)、支配の対象として、人間の掌中にあることになりました。

宇宙が一旦、神の手から奪い取られるや、宇宙をその掌中に収めることもできるのは人間です。そしてこれは、自然が最初、神の掌に置かれることがなかったならば、生じようがなかったのです。(イリイチ、同書 P.134)

そして、ただ偶然性の感覚の落日と最終的な消滅と共に、世界は神の掌中から人間の掌中に落ち、そしてテクノロジーの発展に向けられた自制が抜け落ち、道具が無制限に称賛され、完全なテクノロジー社会への道が開かれるのです。(同書 P.143)

これがいわゆる「近代」です。自分たちを取り巻くもうひとつの部分、「社会」についても同様です。自然の法則 law は人間(人間社会)の法律 law になります。古典ギリシャの「善・悪」は、「美・醜」とともに神の世界にありましたし、キリスト教においても「善(美)・悪(罪)」は神の世界にあったのです。でも、罪は「犯罪」となりました。

それが、十二世紀、この罪に満ちた不貞は犯罪となります。婚姻の誓約は愛を合法化し、罪は法律上のカテゴリーとなります。キリストはわたしたちを法から自由にするために来たのでした。しかしキリスト教は、法的思考法をまさに愛の心臓部へと打ち込むことを許したのです。(同書 P.161)

キリストがおこなったのは、人々を当時のユダヤ教の「律法」から自由にすることでした。法に決められているから善行や罪があるのではなくて、法には定められない「愛」あるいは「慈悲・慈善の心」を裏切ることが罪だったのです。

罪はですから、(中略)いかなる意味においても法の違反ではありません。(中略)それは一つの不実です。しかし、それを犯罪化することによって、最初の千年紀にあった罪の感覚は変わります。それは規範の違反となります。(同書 P.318)

日本にも「ご法度」がありましたが、明治政府が輸入した「(プロイセン)法」は、この近代西洋の法です。そのキリスト教的であり、近代西洋的であり、自我 ego をもとに作られた法律が、日本社会に馴染むわけがありません。法に違反しても仲間を助ける、あるいは自分を助ける、そういう気持ちは近代以前の西洋にも(そして現在の西洋にも)、日本にもあると思います。仲間を裏切ること、あるいは自分を裏切ることこそが「罪」だったのです。それは日本人の欠点、人間の弱さでしょうか。逆にそれが人間らしさ、人間の強さなのかもしれないのです。

ところが、そうは思われないし、そういう結果として現われないのです。それがなぜかを私は知りたいのです。


「私」を支えるもの

個人はそれを「支えるもの」を欠くと、非常に弱くなったり、不安定になったりする、かと言って、「支えるもの」の力が強くなりすぎると個人の自由を圧迫する、というジレンマがある。もちろん、個人の自由などという概念がない間は、人々はそれほど問題を感じずに生きているわけである。実際、アジアの国々では、個人主義などというのは生まれてこなかったのである。(P.9)

このような状態のなかから、西洋の長い歴史において、人間が徐々に力を得て、人間の主体性や自由意志の存在を重視するようになったが、やはり、それは「神の支え」を背後にもっているからこそ、「個人」の重要性を主張できたのだと思う。(P.10)

自分の信念と友人と、どちらが「心の支え」になるのでしょうか。友人がいなければ、信念に頼るしかありません。でも、信念とは何でしょうか。それは「信じること」ですね。何を信じるか、神か、自分か、あるいは友人か。

私は「無宗教」で、「無神論者」です。いや、「反宗教」で「反神論者」です。宗教と闘ってきた、あるいは自分の中の信仰と闘ってきました。何かを信じることと闘ってきたのです。それが私の信念でした。でも、最近思うのです。なぜ闘ってきたのか、なぜ信じてはいけないのかと。なぜそれが「正しいこと」、「正義」だと思ってきたのかと。その理由はいまだにわかりません。

でも気づいたことはあります。今まで「当たり前」だと思ってきたこと、やってきたことが「当たり前」ではないようだということです。「民主主義」というのは怪しいと思ってきましたが、その基になっている「自由」や「平等」はどうでしょうか。私が「自由」でないのは明らかです。では何に縛られているのかというと、それは政治でも法律でもお金でもありますが、根本的には「いま・ここにいること」です。「それでも心は自由じゃないか」とも思いますが、その「心」(それを意識と言おうが無意識と言おうが超自我と言おうが)、それ自体が「日本語」でできていたり、今までの「経験」「体験」「記憶」でできていたりします。それから自由になることはできません。「平等」はどうでしょうか。一人ひとりが違うことは明らかです。絵が上手い人、字が上手い人、話が面白い人、人付き合いが上手い人、お酒が強い人、・・・、逆にそれらがだめな人がいます。努力すればうまくなるのでしょうか。たぶんならないことのほうが多い気がします。それに、もしもみんなが上手くなったら、「上手い人」がいなくなります。


学歴

少子化が地球温暖化と同等の危機だと騒がれ、養育費や教育費の高騰に、どの政党も「対策」を掲げて選挙戦を闘っているようです(毎度のことですが)。国際の発行高が1000兆円を超えているそうです。日本人一人あたり1000万円の借金をしていることになります。生まれてくる子どもは、生まれた瞬間から1000万円の借金を背負わされます。親もそれぞれ1000万円の借金をしていることになります。

この点について経済学者の森嶋通夫が興味深い指摘をおこなっている。彼の意見を簡単に要約すると、経済的に考えると、子どもに対して教育に投資するよりも、そのお金を投資信託にして預金しておくほうが子どものためになると思われる(今は低金利なので、このとおりとは言えないが)。にもかかわらず、フランスやイギリスなどに比して、どうして日本人は経済原理を無視してまで、子どもを大学にやらせようとするのかと考え、その答えとして、日本人は今だに知識人階級と一般庶民をはっきりと区別する儒教的階級観にとらわれているからだと答える。これは韓国、台湾でも同様で、「受験地獄は、教育体制が平等主義的であることによるのではなく、人びとが儒教的社会観に基づいて行動していることの結果である」と森嶋は結論している。(P.55)

儒教的かどうかはわかりません。たぶん違うでしょう。知識人(学者、専門家)と庶民の間に区別をつけるのは西洋でも同じです。ただ、西洋においては、大学に行って学者になるということは近代になっても「乞食になる」ことと変わりありませんでした。日本ではどうだったでしょうか。知識人と庶民との間に区別が付いたのは、たぶん、標準語(共通語)ができて以降です。公家と武家との言葉が違っていたように、知識人(権力者)と庶民の言葉は違っていて、「同じ人間だ」とすら思っていなかったのではないか、と私は思います(知識人、権力者の歴史しか残っていないのでわかりませんが)。それを明治以降「階級制度」と呼ぶことになります。同じ言葉を話すようになって、「区別」が必要になったのではないでしょうか。

学校に行くのがあたりまえで、学校に行けない人は「可哀そう」だと思っていました。みんなが学校に行けるように「なるべきだ」と思っていました。でも、イリイチを読んでいると「みんなが学校に行くこと」が「可哀そう」な人を作っているのだと感じるようになりました。大学進学率が高くなりました。大学を卒業していることと、仕事ができるということが無関係なのは、半世紀前と変わっていません。そして、学歴と収入が比例していることも半世紀前と変わっていません。大卒が多くなると、大学の「格付け」が高まるだろうとは思いますが、それ以上に重要なことは高卒や中卒の人の「格付け」がどんどん低くなる(差別、格差が広がる)ということです。「学歴詐称」がなぜ、こんなに大きな話題になるのでしょうか。

日本人は「個人」ということを発想の出発点に置くのが極めて苦手である。(中略)日本人の序列好きのことに関しては、これまで他に繰り返し論じてきたので、その理由などは省略するが、要は個人が各人の個性に基づいて判断を下すことはせずに、前もって決まっている序列によって、その人の位置を定めてしまう。(P.55-56)

「普通がいい」と言われますが、「普通でいること」のレベルがどんどん上ってきて、普通の生活をすることは、いつまで経っても大変なことです(むしろ、普通でいることがどんどん大変な努力を必要とされるようになっています)。自動車をもつことが、自動車を持てない人を作っています。病院に行って薬を飲むことが、病院がない地方に住む人を「可哀そう」だと思わせます。でも、痛みや熱をなくすこと、つまり「感じなくすること」「意識からなくすこと」は、病気を治すことではありません。自動車と引き換えに失ったのは、何億年もかけて身につけてきた「歩く技術」「走る技術」です。薬と引き換えに失ったのは「痛む技術」「悩む技術」です。パソコンやスマホは、それを買えない者、使えない者の地位を低下させます。

「人手不足」だと言われます。私には実体がわかりません。店員の代わりにセルフレジが増えています。ロボットが料理を運んできます。介護施設(老人ホーム)では、老人が AIロボットと話をしています。介護ロボットも普及されようとしています。レジの仕事も、料理を運ぶ仕事も、介護も、会話でさえ「ロボットでもできる仕事」になりました。家事労働やケア労働は「そういう仕事」程度に格下げられたのだと思います。自動車などの交通機関の「発達」は、走ること・歩くことを「卑しいこと」とまではいかないにしても、「趣味」程度までは格下げしています。


お金を払えば自動車を買うことも、飛行機に乗ることも、宇宙に行くこともできるようになりました。空を飛ぶことや宇宙に行くことは、幼い頃の私の「夢」でした。

夢があまりにもつぎつぎと現実化されて、夢のほうが貧困になってきた。(P.155-156)

そもそも「夢」というのは、なかなか実現されぬところに特徴があった。時に実現されるとしても、よほどの努力とか幸運によるものであった。それが誰にもどこでも確実に実現されるのだから、近代科学技術の成果というものは、まったく測り知れぬ意義をもっている。しかし、そのことによって、人間は現実の多層性ということを忘れ、極めて単層的な世界に住むようになったのではなかろうか。それは没個性的な世界になってくる。(P.160-161)

このようなことが生じる最大の原因は、現代人の生きている現実が単層化している、ということである。その現実は、ほとんどすべて数量化可能であり、それはお金に換算可能なものになる。そのような単層な現実が肥大化してくると、どうしても人間の「夢と遊び」を奪ってしまう。

なぜこのようなことになったのだろう。それは近代科学の提示する「現実」は、人間のコントロールに服すからである。こうすればこうなるということが必ず言える、安心な現実である。(P.161)

遊びは、「偶然性」「予測不可能性」「意外性」「知的・感情的意外性」「違和感」などで成り立っています。「いま・ここにある」「いま・ここでこれこれである」とは違うもの、完成して存在(実在)するものではないもの、変化するものです。結果が決まっているものは遊びではありません。面白くないからです。結果がまったくわからないわけではありません。それでは「行為」ができませんから。知恵を働かせ、体を動かし、何かを求めて行為は行われます。でも、その行為がなにかの結果を必ずもたらすのではありません。

何かを植えること、何かを狙って矢を放つことと同様に、買い物をしてお金を払うことは、その目的を果たすことになるとは限りません。でも、植えたものが実らないことや、矢が獲物から外れることと、買い物で容器と中身が違うこと、買ったものが使う前に(使うとすぐに)壊れることとは、感覚的に異なります。後者には「偶然性」が許されないからです(福袋まで中身がわかるようになっています)。

お金で買えるようになるというのは、なんと「もの」を陳腐な、単層的なものにするのでしょうか。手作りのプレゼントよりも、ブランド商品のほうが嬉しがられるかもしれません。「手作り」、つまり商品として作られないものは「趣味」になりました。

創ることと癒やすこととの間には深い関係がある。しかし、それは安易に直結しているものではない。(中略)ここにはいろいろ誤解があるが、ひとつの大きいポイントは、たんなる「表現」と「創作」とは異なることを見逃している点にある。「表現」という場合、その本人にとってもわかっていること、知っていることを他人にどう伝えるかということになる。これでも大変なことであるが、ともかく本人にとっては既知のことである。しかし、創作となると、本人の意識を超えたもののはたらきが、そこにある。それでこそ、癒やしにも通じるのである。それはそれほど簡単なことではない。(P.182)

創るときに自我を超えた力がはたらくので、これは極めて危険なことでもある。癒やしどころか、極めて破壊的ですらある。(P.183)

人が「話す」というのは、「起こってしまった事実」や「でき上がった言語」を「言葉にする」わけではありません。でも、「会話」「コミュニケーション」をデータのやり取りと思ってしまうと、AIロボットでも、生成AI でも「表現している」ということになってしまいます。「話す(おはなし)」がそういうものではないことは、私よりも著者のほうが遥かに知っているはずです。

「話すこと」「何かを創ること」が「大変なこと」であることは、言語学者や脳科学者もよく知っています。それでも多くの言語学者は「でき上がった文法」に固執し、脳科学者は「電気信号」に固執しています。五感に刺激がなくても、脳に電流を流せば同じ「意識」ができるのでしょうか。ドコモが「フィールテック(触覚共有技術)」を発表しました。「触覚」というのは「データ」なのでしょうか。もし、「話す」ということが「データのやり取り」だとすれば、言語を介さなくても「意思が通じる」ということになります。

文字の発明以来(?)、音としての言葉を介さないことが当たり前となりました。でも、書道をやっている人なら分かるでしょうが、「書く」ということには「個性」があります。活版印刷術とともに、文字には個性がなくなりました。出版社ごとの活字の個性のようなものは残っていますが、デジタルデータにはそういう個性すらありません。

ある会社のAIロボット・生成AIと、別の会社のAIロボット・生成AIは違うでしょう。それは「個性」でしょうか。AIロボットや生成AIは「経験」をデータとして蓄積し、「個性」のようなものができあがります。

『ブレードランナー』という映画があります(リドリー・スコット監督、1982年)。私の大好きな映画です。原作はP・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』です。「レプリカント」と呼ばれる人型ロボットの話で、「感情移入度検査法」でレプリカントを見分けます。「個性」をもった AI は、感情や意識をもつのでしょうか。つまり「夢を見る」のでしょうか。夢は、昼間の(覚醒時の)経験を整理するものだとも言われます。脳科学的に言えば、神経細胞(ニューロン)の再構成(再構造)化とでもなるでしょうか。そういう意味では、データを整理する作用が「意識」だとも言えます。


おはなし

AI が「表現(表示)する」ものは、整理された後の(単層化された)データです。著者は、

人間は、おはなしを必要とする。自分が生きている間に経験するいろいろなことを自分の体験にするためには「おはなし」が必要である。これは個々の人間としてだけではなく、ある文化のある時代の人間が集団として共有できる「おはなし」を必要としている、と言ってもいいだろう。(河合隼雄『おはなし おはなし』P.142)

と言います。そういう意味では、現代人は AI が「表現するもの」を「経験」するけど「体験」はしていないということです。つまり、その表現は「おはなし」ではないのです。

あとになってそれに該当する感情を経験したときに、「ああ、これが(あの物語で知っていた)恋愛というものなのね」と得心することを「経験の定義」といいます。あらかじめ知っている概念がなければ、経験に名前をつけることはできません。(上野千鶴子、鈴木涼美『往復書簡』P.76)

上野千鶴子がどういう意味で「経験の定義」を使っているのかはわかりませんが、概念(つまり命名されたもの)が「在って」、それで経験を整理し、「体験」にする、ということでしょうか。


言葉

わたしたちは「印刷された本」を読むことに慣れています。人の「話し」よりも「印刷された(固定化された)」もののほうが、「信頼できる」という感覚すらあります。あらかじめ作られた活字で印刷された本は、(語られた)「おはなし」でしょうか。さらに、「書かれた」物語は、「おはなし」でしょうか。

この問いは、究極的には、「あらかじめ作られた言葉」で「話された」物語は、「おはなし」なのか、という問いになります。

ホメロスの叙事詩は読んだことがありません。ホメロスが語った(謡った)言葉を、(古典ギリシャ語の)文字にして、それを日本語に翻訳して、印刷されたものが、ホメロスの詩を伝えているとは思えません。ホメロスは幾晩も続けて謡ったそうです。語られる内容をギリシャ叙事詩の形式でリズムや韻を踏み、あるときには繰り返し、あるときは言い直して謡ったそうです。それは「作られた(固定した)物語」を語ったのではなくて、まさしく物語を創ったのではないでしょうか。

言葉を、「あらかじめ作られたもの、でき上がったもの」だと考えることが、単相的(あるいは一神教的)な考えだと思います。


物語

語られる物語は、「(内容として)同じ」であっても、語られるたびに異なります。ある物語は廃れ、ある物語は新しく創られるとしても。それは、語られることによって、集団的無意識に加えられます。

その物語は「在る(物語ある)」のではなくて、「として有る(物語ある)」、いわば「イデア」のようなものとしてあるのです。

「物語」は「もの+かたり」であり、その「内容(意味)」のことではありません。それが「(文字として)書かれて」いてもいいのですが、大切なのは、内容ではなく、「語られる」ということです。つまり、「小説(文学)」のことではありません。

日本語には「ひらがな(カタカナ)」があります。仮名は、表音文字です。仮名で書かれたものは、漢字(真名、表意文字)で書かれたものとは違って、内容・意味を伝えるものではありません。それは「音」を伝えるものです。つまり「もの+かたり」は「お話し」「おはなし」なのです。

物語文学は作り話の内容を昔話的伝承の行われるような場所へ意図的に帰していったところに成立する。昔話的伝承の行われるような場所へ帰していった、と言っても、事実上そうするのではなく、書物のなかにそのような語りの場を作りだすことによってそうする。つまり語り手をなかに据えて語るように書く、という基本の態度が設定される。そのためには、一字一音の、しかも語りにふさわしい速記の、あるいは速読の可能な文字がなくてはかなわなかった。(藤井貞和『物語の起源』ちくま新書、P.219-220)

自身は語るものではなく、書かれた存在であるのに、内容上は”語り”をもつという、矛盾する在り方を特徴として物語文学は成立する。(同書、P.220)

かな文字文学の成立です。

ホメロスの叙事詩が「語られたもの」であるように、『平家物語』も琵琶法師によって「語られたもの」と言われます。それはこう始まります。

祇園精舍の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き者もつひにはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

これは「出来事の描写」でもないし「在ったこと」とも言い切れません。昔話の「むかしむかし、あるところに〜」とか『今昔物語集』の「今(は)昔〜」のような「お話しの導入部」「まえがき」のようなものです。

『吾輩は猫である』は、「吾輩は猫である。名前はまだ無い。」、『走れメロス』は「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。」で始まります。これらは「事実を提示」しています。これらは「創作」であり「小説」です。

或る出来事や物事を描写しよう(話そう、書こう)としたとき、「これがその出来事です」と「見せる」ことはできません。「吾輩は猫である」と思っている猫や、「激怒している」メロスを見せても、『吾輩は猫である』や『走れメロス』にはなりません。様々な要素がある(多層的な)ことをそのまま提示することはできません。

出来事や物事を提示することそのものが「創作」です。言い換えれば、出来事や物事を提示(書く、語る、話す)することはできても、提示されたもの(書かれたもの、話されたもの)は出来事や物事ではないのです。つまり、それは「エンコード(符合化)ーデコード(復号)」の関係ではないということです。録音した音の再生、録画した映像の際も同じです。それはデジタル化された現代でも同じなのですが、その取り違えは拡大しています。フェイク動画です。


文字

アルファベットは表音文字ですが、それが「音」ではなく「内容・意味」を伝えるようになるのは、つまり、本が「テクスト」になるのは、西洋においては12世紀です。

ハングルは15世紀に作られた表音文字です。でも、それは漢字に対する仮名と同じように、「卑しい文字」「女子供の文字」とされました。日本語と同じように漢字ハングル混じり文も使われましたが、ハングルだけの記述が一般化し、公式なものとなったのは20世紀です。韓国の時代劇を観ていると、『論語」などの漢文を韓国語で「読み下して」います。これも日本と同じです。

中国は漢字、つまり「意味」を表している文字(表意文字)です。象形文字は「もの」の似姿です(アルファベットも元は象形文字だったようです)。漢字の多くは、それを組み合わせたものですが、「音」を表しているのかどうかはわかりません。偏(へん)が意味で旁(つくり)が音だと思っていましたが、そうではないという人もいます。なんせ、同じ漢民族でも地方によって発音は違うし、漢字を使う民族はあまりに多いのです。

いずれにしても、その社会が文字や語りをどう捉えるかと、それが表すものは、相互に影響を与え合っています。

アルファベットが「もの」を表すことは、比較的早く忘れられます。それは「音を表す形」であって、「ものを表す形」ではなくなります。そしてその「音」は、「内容そのもの」でした。音とは別のものとして「内容・意味」がある、内容・意味と音が分離されるのが、つまり音とは別に「内容・意味」が自立するのは、12世紀(近代)だということです。そして、分離された「内容・意味」は「心」、つまり「個人」と結びつきます。「個人」が成立しようとしていたことと、音(ことば)と意味が分離したことは同じことなのかもしれません。

ソシュールが「意味するもの」と「意味されるもの」を分けたのは、こういう社会の中での言語を分析した結果です。これはアリストテレスの「数える数」と「数えられる数」の現代版ですが、アリストテレスは「数える数」を個人に帰して(属して)いません。日本語では「である」と「がある」になりますが、これも「個人」に帰される(属される)ものではありません。

「個人」、つまり「近代西洋自我 ego 」の存在が、すべてをややこしくしています。


造語

アリストテレスは、

ところで、説明方式は幾つかの語から成らざるをえず、しかも定義するものは新語を造ってはならない(なぜなら、新語は人々に理解されないから)、しかるに既成語はその表すすべての事物に共通である、だからして必然に、或る事物の説明方法をなす諸語は、その事物より以外の事物にも属し適用される。(アリストテレス『形而上学』1040a、邦訳旧全集 P.260)

と言いました。

言葉というのは、私個人(話し手、聞き手)にあるものではなくて、共同体(社会)にあるもの、というより共同体によって創られるものとしてあるのではないでしょうか。それは創るものでも、あらかじめ在るものですらないのではないでしょうか。

それをプラトンは「コーラ」と呼びました。プラトンは宇宙を構成するものとして「三つの種族(ジェンダー)」を挙げました。

まず一つには、同一を保っている形相といいうものがあるのですが、これは、生じることも滅びることもなく、(中略)理性の働きがその考察の対象として担当しているところのものなのです。そして、以上のものと同じ名で呼ばれ、また以上のものに似ているものが、二つ目です。これは、感覚され、生み出され、いつでも動いており、ある場所に生じては、再びそこから滅び去っていくものなのでして、思わくによって、感覚の助けを借りて捉えられるものなのです。そして、さらにまた三つ目に、いつも存在している「場」の種族があります。これは滅亡を受け入れることなく、およそ生成する限りのすべてのものにその座を提供し、しかし自分自身は、一種の擬(まが)いの推理とでもいうようなものによって、感覚には頼らずに捉えられるものなのでして、ほとんど所信の対象にもならないものなのです。そして、この最後のものこそ、われわれがこれに注目する時、われわれをして、「およそあるものはすべて、どこか一定の場所に、一定の空間を占めてあるのでなければならない、地にもなければ、天のどこかにもないようなものは所詮何もないのでなければならない」などと、寝とぼけて主張させる、まさに当のものにほかなりません。(『ティマイオス』52A-B、邦訳全集 P.83-84)

一つ目は「イデア」、二つ目は「具体的な個物」、三つ目が「コーラ(場)」です。「コーラ」は、物自体でも性質(イデア)でもなく、それらを受け容れるもの、母のようなものです。そこで万物が生成し、消滅するような場です。プラトンは、自分がそこで生まれ、人々がそこで育ち、ソクラテスを殺した「アテナイ(ポリス)」をイメージしていたのではないでしょうか。それは「ふるさと」であり、そこで交わされるギリシャ語の会話だったのだろうと思います。

アリストテレスは、

プラトンも、その著『ティマイオス』の中で、質料と場〔コーラ、空間〕とを同じであると言っているのである。というのは、受容するものと場とは一であり同じであると言っているからである。(アリストテレス『自然学』209b、邦訳旧全集 P.125)

と言ってしまうのですが、アリストテレスにとっては、アテナイは「場所・空間」であり、「ふるさと」ではなかったのです。「住む」ことと「寝泊まりする」こと、「生活する」ことと「生存する」ことの違いです。

私たちは、コーラのなかで話すことしかできません。たとえば母語のなかで話すとき、それはコーラのなかで話をしているのです。

完全な(完成された)文字はありません。完全な言語を持っている文化もありません。もしそういう言語があるなら、その言語は変化しません。完成された、つまり固定された言語は衰退して消えてしまいます。ラテン語のように。使う言語、つまり話される言語は、変化することによって存在(生成/消滅)し、継続します(コセリウ『言語変化という問題』参照)。

AI が表示する(話す)ものは確かに変化します。でもそれは、小説が映画(ドラマ)になったようなもので、「固定的(実在的)」、著者の言葉で言えば「単層的」なものには変わりありません。たとえそれに、「触覚的」「嗅覚的」なものが加わったとしても。


特殊化

言語の固定化は、生物進化における「特殊化」を連想してしまいます。どうして特殊化するかは別の問題として、化石から見ると、特殊化した種からは新しい種が発生せず絶滅しているようです。それは環境の変化に適応できないからだ、とも言われます。子どもは成長しておとなになり、老衰していきます。そして「個」は入れ替わります。その逆はありません。各臓器になった細胞は、別の臓器になることはありません(それを可能にしたのが iPS細胞ですが)。どれだけ個体や細胞が入れ替わっても、全体としての「種」や「人体」は変わりません。

われわれの体は細胞から成り立っているんですけれども、この細胞それぞれが生存競争をやっているかというと、やってへん。原則的にはみんな協調しているんです。(今西錦司、吉本隆明『ダーウィンを超えて』中公文庫 P.57)

その点で、どれが死んでどれが生き残ろうと、種が維持されないようなことではだめだということです。(同)

どの個体が死んでも、どの細胞が死んでも、全体(種、人体)は(秩序は)維持されます。遺伝情報は、皮膚の細胞にも臓器の細胞にも共通してあります。山中伸弥教授は、ある意味で今西の考えを引き継いでいるのだろうと思います。

私(という自我、自己)が今死んでも、人間という種は変わりません。フロイトは、意識の他に、無意識や超自我を持ち込みましたが、「個体」という枠の中にありました。ユングは集団的無意識を持ち出すことによって、「個体」の枠を越えようとしたのではないでしょうか。フロイトはあくまでも「私」探しをしたけども、ユングは諦めたと言えるのかもしれません。「私」の中(意識にも無意識にも)にはそれは見つからなかったのです。


家族

「私」の外にあって、「私」に一番身近なもの(だと思われている)が、家族です。

家族は「自己実現」の手枷、足枷であろうか。

この問題を考えるヒントとして、日本でもすでに平安時代に、家族が自分の意志を妨げる存在として強く意識されていた事実をあげたい。それは、「家族の絆(ほだし)」という言い方で表現されていた。絆(ほだし)は馬の脚などをつなぐ縄で、自由を束縛される意味をもっている。(中略)つまり、あの世に向かって旅立とうとするときに、この世の情にほだされて妨害されると考えるのである。

この考えの大切な点は、死の方の視線から人生を見ていることである。そう考えると、「イエ」を大切にして、死後は「御先祖様」になると考えて安心するのも、「死」のほうから家族を見ている態度である。キリスト教文化圏においても、かつては、天国に至る階梯として家族との関係を重んじてきた。これらのことを考えると、現代人の生き方は「死」のことをあまりにも無視したり、忘れたりしている生き方ではないかと思われる。(P.46)

「私(自我)」を持っていなければ、家族は自分の手足のような存在です。普段は、その存在すら気にかけませんが、うまく動かせなくなったりすると、とたんにそれは「存在」を始めます。「何でうまく(自由に)動かせないんだろう」と思うのです。

これに対する答えは簡単で、アメリカの学生は早くから親離れしているので、親と人間としてつき合うのを結構楽しんでいる、それに対して、日本の学生は親離れしていないので、ひたすら接触を避けている、ということになるだろう。(P.31)

西洋で「子ども期」というものが、つまり「子ども」という区別ができたのは近代、あるいは現代においてです。それまで子どもは「小さな大人」でした。

すなわち、意識的な教育の実施も、反省を加えることで生まれる「子供にかなった」態度も、小さき者を「母の立場で扱う」ことも、衛生観念のしつけもなかった。また、大人の遊びと区別された「子どもの遊び」もなかった。なぜなら子供は事実上、小さな大人だったからである。一八世紀の経過の中でようやく、こうした文化の原型の変容が、まずは市民階層、現代の小家族の「パイオニア」とみなすことのできるこの市民階層においてみられるようになった。この時期、旧来の子供の養育方法に反対する広範な市民的改革運動が起こり、彼らの主張する程度に応じて「母の役割」が生じるようになった。幼児期というものがつくられるとともに、子供部屋での女性の仕事が余計に生じることになった。(B.ドゥーデン、C.v.ヴェールホーフ『家事労働と資本主義』P.19-20)

ピアジェの認知発達論は(読んだことがないけど)、その「子ども期」が出来上がった後の子どもについて研究したものだろうと思います(「子ども期」がなければ考えようがなかった)。

男女の関係、親子の関係は性本能や母性本能などと説明されてきました。「本能 instinct 」という単語はシェイクスピアも用いているようですが、19世紀頃から学問的用語となり、20世紀後半には使われなくなりました。多分、そういう仮定は「神」の存在ですべてを説明すること(つまり説明しないこと)と変わらないでしょう。

「他者としての家族」は、「自我としての私」と同時に生まれます。Wikipediaによると、ピアジェの認知発達論で「前操作期2〜7歳、他者の視点に立って理解することができず、自己中心性の特徴を持つ」と言われるものが、つまり、親離れできない状態が、日本ではずっと続いているということになります(日本語の「物心がつく」とはまったく違います)。西洋からみれば、これは「発達障害」なんでしょうね。

そこに持ち込まれた「自我(無意識を含めて)」が、何を引き起こすのか。

ヨーロッパにおいてなされた工夫は、たましいとかかわる男女関係には肉体関係を伴わないことにした。これがヨーロッパの中世の騎士たちの間に生まれてきたロマンチック・ラブである。愛する女性に命を捧げるが、それはあくまでも精神的なものであり、日常生活の結婚と区別された。

そのうちに、ロマンチック・ラブは、唯一の相手と永遠に相思相愛の関係を誓い、結婚するという考えに変化する。非日常性と日常性がひとつに溶け合って、いうなればこの世に「たましいの楽園」を建設するような考えである。このようなことが生じてくるのも、個人が唯一の神との関係によってアイデンティティを打ち立てる、という考えが後退していった、つまり、神に対する信頼が人間関係に置きかえられていったという、キリスト教文化圏における、神から人へという傾向によるものと思われる。(P.39-40)

イリイチの言う「神の手から人の手へ」です。結婚式で「永遠に愛することを誓いますか」という問いに、私は心の底から「誓います」とは言えないのです。たとえその時に「愛している」と思っていたとしても、愛するようになったのが「偶然」であったように、愛さなくなることも「偶然」なのではないでしょうか。愛し合うようになったのが「必然」「運命」「前世から決まっていた」と言われても。私は「不純」でしょうか。無神論者だからそう思うのでしょうか。

結婚生活と愛情とは、一八世紀にはいるまで厳密に区別されていた。フランスのカトリック教会の告解解説についての分析が示すところでは、結婚生活に注がれる「愛情」は、障害ではないとしても、ふさわしくない感情の動きとして理解されていた。感情的に中立であればそれで十分だった。教会が、互いに「愛し」合うようにと教え諭すとき、それは、夫婦はおおっぴらに憎しみ合うべきではない、という意味なのだった。古い社会で「愛情」という言葉が結婚生活に関して用いられる場合、それは、共同生活が完全に崩壊してしまうほど憎しみ合わないことを意味するにすぎなかったのである。高い死亡率という点からすれば、生涯をとおしての「しあわせ」はどのみち幻想だったのだろう。婚姻全体の三〇パーセントまでは、少なくとも夫婦のどちらかが二度か三度目の結婚であった。相手が死亡したあとで新しい結婚生活にはいるという性急さの本質は、共同でやっていかねばならない家の経済( Ökonomie )の中にあった。(前掲『家事労働と資本主義』、P.32)

結婚生活は争いの場であり、対立するものが対決する場であった。(同、P.34)

結婚が法制化される以前、つまり不貞が犯罪になる以前、「あの世」がなくなる以前、私と神の関係は、「私とあなた」の関係ではありませんでした。あるいは「私とあなた」に対する第三者の関係でもありません。


第三者

最近、「第三者委員会」とか、「第三者機関」とかが大流行です。日本人の多くは、「第三者〜」が「公正・中立」だとは思っていないと思うのですが。思っているのでしょうか。政治が「公正・中立」でないことは、選挙を見れば明らかです。裁判所は「公正・中立」でしょうか。たとえ、裁判で勝訴しようと敗訴しようと、それで納得できないのが日本人のような気がするのです。「寃罪」や「再審請求」が大きな話題になるのは、それが正義だということでも、社会的公正ということでもなく(それらを「大義」ということもある)、元々「法律」ということに対する考えが西洋とは違うのではないでしょうか。

個性を伸ばそうとする者は、何らかの「戦い」を避けることはできない。他と異なるものとしての自分の存在を現していこうとする限り、他との衝突が生じる。しかし、そのような「戦い」や「衝突」によってこそ、人間は磨かれていくのではないだろうか。一神教としてのキリスト教を信じている文化圏では、結局は「正しい者が勝つ」という信念が強い。このことは「勝った者は正しいはずだ」という考えにつながってくる。従って、生じてくる戦いを避けたり、なくしたりして世界の秩序を保とうとするのではなく、戦いを「公平(フェア)に」やろうと努力することになる。戦いがフェアに行われる限り、勝った者は正しいものだ、と考えるのである。(P.60-61)

しかし、「正しい者は勝つ」がだんだんと「勝つ者は正しい」に変化してきている感もするが、一神教にもとづく楽観主義があるように思う。(P.ⅶ)

日本にも「勝てば官軍」という言葉もありますが、明治以降の話だし、意味は逆で「勝てば正しくないことも正しいと言われる」という意味です。

インフォームド・コンセントが求められるのは、今や、医者でさえも、「真理」を知らず、適切な処置に確信をもっていないからである。つまり、ここでは、第三者の審級が機能してはいない。そのために、患者の自己決定が義務化されるのだ。(大澤真幸『不可能性の時代』岩波新書、P.143)

コロナ禍以降、強まった感があるのは、病院での「丁寧さ」です。「お熱測ってもよろしいですか」「体重お聞きしてもよろしいですか」など。「お熱測ります」でいいのです。それが診察に必要だと医者が判断したのであれば。

倫理委員会が個別の課題が浮上するたびに組織されなくてはならない理由は、インフォームド・コンセントが必要になる理由と同じである。何が妥当かを知っているはずの超越的な他者の存在を想定できない以上は、「われわれ」が自己決定するほかない、というわけである。(同書、P.144)

誰も、命令(「殺せ」「殺すな」)を下してはくれないからである。ここでは、命令を発し、責任を負ってくれる超越的な他者(第三者の審級)が、どこにもいないのだ。だから、人は、この禁止に従ったり、これを無視したりすることの責任を自ら担わなくてはならない。要するに、神的暴力とは、その形容詞とはまったく逆のことを、つまり神(第三者の審級)の不在やその無力をこそ含意する行動である。(同書、P.271)

大澤にとって、「第三者」とは何なのでしょうか。それは「私・我(一)」と「あなた・汝・他者(二)」に対する第三者でしょう。「神」という第三者の不在とともに、個人の「自由」が発生します。そして、その自由は「責任」と表裏一体です。でも、神がいる時に、「我と汝」があったのでしょうか。

キリスト教には「告解」という制度があります。それは「罪の許し」という秘跡のための制度です。1215年のラテラノ公会議で年1回行うことが義務付けられました。それは犯罪の告白(自供)ではありません。法律は教会ではなくて、国王が定めたものです。この義務化が教会の力を弱め、国王の力を強めます。同時に国王(領主)に対するブルジョアジー(市民階級)の反発を強めます。それが「プライバシー」という概念を作りました。だから、神の下での平等と、法(法律)の下での平等はまったく違います。

どれが原因で、どれが結果かわかりません。でも、それが「近代西洋的自我 ego 」と同時に起こったことは間違いないでしょう。逆に、それまでは「我と汝」は(近代的な意味では)なかったのです。ですから、神は「第三者」ではなかったのです。近代的な「我と汝」における「第三者の審級」は、日本にはなかったものです。戦争責任の追及が「一億総懺悔」になった日本の特質はそこにあります。「自由」とか「責任」ということは、今でも日本に定着していないと思います。「第三者機関」はもとより「第三者委員会」も、結局は責任を曖昧にするため(回避するため)に設置されます。「監視カメラ」が「防犯カメラ」となって普及する理由もここにあります。日本に「第三者の審級」を当てはめるとすれば、それは「世間の目」ということになりますが、それはキリスト教的な(一神教的な)第三者ではないのです。日本には「回帰する第三者の審級」はありません。もし第三者の審級が現われたのだとしたら、それは「はじめて」現われたのです。そう考えると、西洋における「第三者の審級の回帰」というのは、現代の見方を過去に投影したものだということがわかります。歴史は繰り返されません。かといって、一方方向に進化し続けるわけでもありません。螺旋状に上昇しているのでもありません。目的(目標、テロス)に近づいているのでもありません。一つ一つのものには目的があるかもしれません。細胞が生まれて死んでいくこと、人間が生まれて死んでいくこと。個物には始まり(原理、アルケー)と終わり(テロス)はあります。それは「点」、あるいは「瞬間」のようなものですが、それは人間の頭のなかで作り上げたものです。人間が認識(意識)できるのは、「点」や「瞬間」ではなく(これらを数える数と言ってもいい)、「もの」「出来事」「時間の流れ」(これらは数えられる数)です。


正義

アメリカ(トランプ)は、勝ち続ける間は正しい(正義)でしょう。負けたときには「悪」でしょう。彼が(アメリカが)そう思っているのだから仕方ありません。自分を「善」、相手を「悪」だと言っている間は、どちらも「善・悪」ではないのですが、勝った瞬間、自分は「正義」になり、相手は「悪」となります。その正義は「悪」を作らざるを得ません。「悪」の上に成り立つ正義です。

日本人がそう思う必要もそうする必要もありません。日本人は、正義でも負けると思っていていいと思います。そもそも、戦わなければいいのです。

人は、近隣の人間たちに対立させてみずからを定義するようになるのである。(中略)イギリス人はできるかぎりフランス人のようにならないように、フランス人はできるかぎりドイツ人のようにならないように。なによりかれらはみな、議論するさいにはたがいの差異を誇張するものなのである。(デヴィッド・グレーバー、デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明』邦訳、P.66)

先に述べたように、分裂生成とは、たがいに接触している社会が、おたがいを区別しようとしながらも、結局は共通の差異のシステムのうちで結合することを意味している。(同書、P.204)

どちらの社会(アテネとスパルタ・・・引用者)も、他方の社会の鏡像である。それによって、どちらの社会もたがいにとって必要な不可欠な分身となり、いっぽうの社会に対しては、そうあるべきではないものを示す必要不可欠の実例となるのである。(同書、P.205)

「アイツらは悪いやつだ」と言って「自分たちを正当化」するわけです(同族嫌悪、近親嫌悪も近いのかな)。私には、「イギリス人」も「フランス人」も見分けがつきません。イギリスの文化もフランスの文化も、西洋文化と一括りに考えてしまいます。ベイトソンは読んでいないのですが、この「分裂生成」の説明からすると、「私」が自らを定義する(「自分探し」)ということは、「(同じ)人間と認め」かつ「ほかの人間と違う」という「共通の差異のシステム」として「他者」と結合していることです。何となく、近代的自我の香りがしますが、そう考えるとイスラム内部の争いや、第一次世界大戦・第二次世界大戦、ニューギニアやアマゾンの諸民族(部族)の関係などがわかるような気がします。イリイチが男と女の関係(ジェンダー)を「対照的に相互補完的な二元性」と呼んだのも似たような意味かもしれません。その関係は、「争いの場」や「対立するものが対決する場」ではなくて、むしろ戦いを避けて共生するための場なのではないでしょうか。相手の存在が自分の存在を支えているのですから。そこには第三者の場はありません。第三者は、それぞれのなかに別々にあります。私の中に、イギリスやフランス、アテナイやスパルタ、キリスト教圏やイスラム教圏の中に。それは「分裂生成システム」の現象形態としてあるのです。その第三者(神、正義など)の中に他者を引き入れてしまうことで戦いが生じます。それは「分裂生成システム」を壊す要素ですから、排除しなければならないことになるでしょう。

戦いは、「正義」を押し付けることから生じます。これは著者のいう「一神教」と結びついているのかもしれません。かといって、「正義はそれぞれにある」と「多様性(ダイバーシティ)」「共生・共助」を気取っても仕方ありません。とくに「私のなかの第三者」は孤独や閉塞感を生み出すだけです。親と子、男と女が「存在してゆく技術」、イリイチの言葉で言えば「サブシステンスの技術」は無くなってしまったのでしょうか。


たましい

私には傷む技術も、生きる技術も、死ぬ技術もありません。それらは「制度(システム)」に代わってしまいました。私はそれらの技術を学んだのではなく、それらの制度の使い方を学んできたのです。技術は受け継がれなければ失われます。「おはなし」と同じです。可能性として、その多層性の部分は文字などの記録や「物」として残っているかもしれません。50年前、100年前の道具が古い民家から見つかることがあります。それらすら、何に使ったのか、どうやって使ったのかがわからないことが多いのです。私は失った技術を取り戻すことはできないでしょう。

希望があるとすれば、それは私が生きているということです。これを読んでいるあなたも生きているでしょう。そして、あなたも多分「生きる技術」を失っているでしょう。でも、生きているわけですから、「生きる技術」が完全になくなったわけではありません。今・ここで、たとえば日本という場所で、日本語という言葉で、コーラで。

自動車や病院は、つまり科学や法制度は、それを奪うことはできても、それを作ることはできません。むしろ、その「生(生きること)」を搾取し続けることでそれらは存在しています。生きる技術は、個人の中に生じるものではありません。意識の中にも無意識の中にも生じるものではありません。客観的な「物」として生じるものでもありません。それはユングが考えざるを得なかった集合的無意識として、あるいは著者がいう「たましい」として存在するしかないと思います。

「おはなし」を聞いて、楽しかったり、嬉しかったり、悲しかったりして心が動くとき、「たましい」が共鳴します。それは「あなたの中にあるんじゃないんだよ」と言っているように思えます。

「おはなし」そして「たましい」は、本の中、文字の中、声の中、心の中(つまり場所)にあるのではなくて、「話すこと」によって(コーラとして)創られるものだと思うのです。




[著者等]

河合 隼雄
(1928-2007)兵庫県生れ。京大理学部卒。京大教授。

日本のユング派心理学の第一人者であり、臨床心理学者。文化功労者。文化庁長官を務める。独自の視点から日本の文化や社会、日本人の精神構造を考察し続け、物語世界にも造詣が深かった。著書は『昔話と日本人の心』(大佛次郎賞)『明恵 夢を生きる』(新潮学芸賞)『こころの処方箋』『猫だましい』『大人の友情』『心の扉を開く』『縦糸横糸』『泣き虫ハァちゃん』など多数。


臨床心理学者として活躍する著者が,現在の日本社会の急速な変化を日本文化の深部から考察し,個と普遍,伝統的価値と現代的価値をいかに再構成するかを現代人の生き方の問題として探っていく.文化を臨床的に解くその方法は,河合文化論の集成といえよう.



[ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4000017572]

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