
初出 「朝日新聞」日曜家庭欄連載 1992.11.1〜1993.10.31 「アイデンティティ」から「青春」まで書き下ろし
いつ読んだか、忘れました。私の「読書済み」の棚にしばらくありました。ペラペラとめくってみると、数カ所に赤線が引いてあるので、読んだことは間違いありません(書き込みも数か所あるので間違いありません)。間違いありませんが、読んだ記憶がないくらいですから、内容は覚えていないし、いまは読み直す気もでません。
それでも感想文を書かないと、「読書済み」の棚が溢れてしまいます。なので、とりあえずの感想。
著者についてはとくに説明するまでもないでしょう。文化庁長官をしていた人ですから知らないという方がおかしいのですが、私は著者の兄河合雅雄(サル学)の方を以前から知っていたので似た名前として混乱していました。著書は何冊か読んだことがありますが、いまだにすぐ区別できるかどうか確実ではありません。
随筆を遠藤周作さんから受けつぐことになり、荷が重いなと思ったが、性来の「はなし好き」なので気楽に「おはなし」するようなつもりでお引き受けすることになった。(P.9)
少しも気取ることなく、ふだん着のような文章ですが、どれも味があります。
人間は、おはなしを必要とする。自分が生きている間に経験するいろいろなことを自分の体験にするためには「おはなし」が必要である。これは個々の人間としてだけではなく、ある文化のある時代の人間が集団として共有できる「おはなし」を必要としている、と言ってもいいだろう。(P.142)
「夢」が昼間経験したことを整理するためにある、というような話を聞いたことがあります。経験自体は言語ではありませんから、それを整理し「体験」にするためには、言語化し「おはなし」とする必要があるのかもしれません。少なくとも、その経験を「体験」として伝えるためには。
体験(たいけん)Erlebnis ドイツ語個々人に直接的に与えられる、知的な諸操作が加えられる以前の非反省的な意識内容をさす。経験が外界の知的認識という客観的な意味をもつのに対し、体験はより主観的、個人的な色彩が濃い。すなわち、知性による整序や普遍化を経ていない点で客観性を欠き、具体的かつ1回的なできごととして情意的な内容までも含んでいる。([野家啓一]日本大百科全書(ニッポニカ)、「体験」の項)
なるほど。私は知りませんでした。体験は個人的で、経験は「客観的」なのでしょうか。「戦争を経験した日本は」とか「リーマン・ショックを経験した世界」とか言いますね。経験したのは「個人」ではなく「社会」で、個人は「体験」したのでしょうか。どうもそう割り切れない気がします。
宇宙の一元素
洗い流す水は、ティーターン神族のなかに位置づけられることで、記憶の源となり、文化の水源となり、そして女性の諸特徴を付与されたのである。しかしながら、壮大な叙事詩の口承文化が廃れたとき、口承文化における最初の女性もまた忘れ去られてしまう。古代ギリシャの詩人は、以来、記憶するのに「はるかむこう」の力を必要としなくなるのである。詩の源はテクストとなって、凍結されてしまう。(イバン・イリイチ『H2Oと水』邦訳 新評社 P.77)
著者は言います。
歴史書には外的に起こらなかったことを書くことはできない。しかし、多くの事実のなかのどれをいかに書くかということで、それは「おはなし」性をもってくる。(P.164)
「客観的」とはどういうことなのでしょうか。
集団が共有する「おはなし」は「神話」や「昔話」、あるいは「宗教」です。それを伝えてきたのは主に「母」や「祖母」でしょう。
私はおそらくその鍵は「女性」ということだと思っている。王朝時代の、とくに「つくり物語」のほとんどは女性が書いたものと私は思っているが、そこに示された「女性の意識」というものが、その価値をもう一度見直されるべきものとして浮かびあがってくるように思えるのである。二十一世紀のおはなしは女性の意識から生まれてくるだろう。(P.144)
現代の(あるいは半世紀前の)「男性は外で働き、女性は家にいる」というイメージから言っているのではないでしょう。戦後の核家族の話でもありません。都会では戦前から女性の立場は弱かった、という幻想がありますが、田舎ではそうとはかぎりませんでした。核家族化が進んだのも都会からでしょう。
戦後生まれの私には、戦前戦中のことはわかりません。田舎で育った私は、テレビが普及するまで都会のことはわかりませんでした。テレビが普及すると、都会のことや世界のこと、あるいは戦前戦中のことはテレビで知ることになります。核家族では、家族から戦前戦中のことを聞く機会はほとんどありません。時代劇はもとより、戦争映画やドラマ、バラエティなどで都会や世界や歴史や人間を知ることになります。1970年の大阪万博は、行けるはずもなかったけど、テレビや雑誌でよく観ました。アポロ11号が月面に人間を運んでいました。
今日も昨日も「親子愛」をテーマにしたドラマを観ました。親子愛といっても、内実は「母子愛」です。女性に育児を押し付けるのはいけない、と言いながら、「母子愛」は女性の本性(本能)だから仕方がない、と言っているように思えます。それが「ジェンダー差別」ではなくて「男女差別」をすすめているということを制作者は気づいていないのだろうと思います。
女性が「昔話」を、あるいは「おはなし」を、女性が語り継いできた(守ってきた)のだろうと私も思います。でも、いまはそれもなくなってきました。親が「昔話」を知らないからです。料理、洗濯、掃除などの家事労働も伝えられません。「職業選択の自由」は、仕事そのものを伝えることができません。親がどんな仕事をしているのかをテレビを通じてしか知らない人が多いのではないでしょうか。
もし日本で「おはなし」は女性がつくり、女性が伝えてきたのだとすれば、それこそが「ジェンダー」の問題です。家事労働が「余計なもの」で、会社で(社会で)働くこと(賃労働)が「大切なもの」だと考えることが「ジェンダー不平等」、内実は「男女差別」なのではないでしょうか。
専門の、心理療法の話もあります。
著者が子供の頃の「夏休み」について、
午前中ずっと、何もしなかったり空想してたりしたことは、たしかに、現在の心理療法という仕事をするうえで、だいぶ役に立っていると思われる。心理療法の本質は、治療者が「なにもしないでいる」ことなのだ。(P.170)
それじゃあ、心理療法家(心理分析家)は何をしているのでしょう。
フロイトやユングも、その理論の根拠としたのは自分自身の分析の経験であった。どちらも自分の心の病を克服するために自分の内界の探索を行い、その経験をもとにして、それぞれの理論を打ち立てたのである。何といっても、それはまず自己理解のための方策だった。(P.194)
それでは、心理療法家とか分析家とかいう人は何をしているのだろうか。それは、相談に来た人が自己理解をしようとするときに、その手助けをしているのであり、その助けのひとつとして深層心理学の理論を提供しているのである。従って、それをどう使うかは本人にまかされている。治療者が理論を他人に「適用」などできないのである。(P.194-195)
相談に来た人(患者)を「治す」のではないのです。患者は「治る」のです。当たり前ですが、薬が「風邪」を治したり、「傷」を治したり、「うつ」を治したりするのではありません。患者が「治る」手伝いをするだけです。その「材料」を提供しているだけです。
今の医療は、それを忘れている気がします。
「おはなし」は人間の全存在をあげて、それにかかわってこそ意味をもってくる。(P.211)
著者は「自分の全存在」をあげて、「おはなし」をしているのだろうと思います。
とはいうものの、近代という時代は、なるべく死のことは隠すように努めてきた、と言えるだろう。それは科学・技術の急激な発達によって、人間がいかに便利に豊かに生きるかということに関心をもち、それをどんどんとやり抜いてきたので、自分の生きる世界を拡大することに力を注ぎすぎ、死の方には手がまわりかねた、ということもあるだろう。生の拡張を考えるときに、死のことを考えはじめると、なんとなく足を引っ張られる感じがするので、そのことはしばらく忘れることにして・・・と思っているうちに、ほとんど忘れきってしまうほどになった。ところが、困ったことに、死の方は人間のことを忘れてはくれない。それはいつか必ずやってくる。(P.209-210)
アリエスは言います。
かねてより信じられてきたように、人間はみずからが死にゆくことを知っている唯一の動物だ、ということは、実は確実ではありません。そのかわりに確かなことは、人間が死者を埋葬する唯一の動物だということです。(フィリップ・アリエス『図説 死の文化史』、邦訳 P.2)
墓地ないし墓は、いつの時代にも人間が住んだ跡のしるしとなり、死と文化との関係の変わることのない一側面を、証言してくれることになります。(同)
近代西欧において、死は「自己(自我)の喪失」となります。
十五世紀には、横臥像は遺体をあらわすものへと地滑りをおこします。もはや、死によって平穏を迎えた美しい身体ではなく、地中において解体の力が破壊をすすめる醜悪な遺骸おぞましい(マカーブル)移行状態へと、そしてもっとのちには遺骨、すなわち干からびた死の最終状態へと、表現は移っていくのです。(同書、P.92)まずは貧しさ、そしてよりひそやかなかたちでは、自己愛、および告解と医術の実施。これら三つの要因が作用して、死にゆくものをその属する共同体から引きはなし、みずからのうちに閉じこもらせる動きが、はじまったのです。
キリスト教の考え方と、啓蒙思想の考え方と、死についてのの二つの考え方は、いずれも同一の反撥の極をもっていました。すなわち、孤独ということです。(同書、P.174)
死が「孤独で恐ろしいもの」になりました。この「こわいはなし」を子どもにどう語ればいいのでしょうか。
そこで、子どもたちの信頼する大人にこわい話をしてもらうことは、人間関係によって安全感を確保しながら、「こわい」体験ができるときにはそれを楽しめるというわけで、これは子どもにとって非常に好都合な状況なのである。(P.174)
つまりは人間関係なのです。
これについて考えるためには、「人間関係」というものの質の違いを認識しておく必要がある。日本人の人間関係は、まだまだ非言語的で感情的な一体感をもとにしてつくられている。(P.190)
西洋人が人間関係を維持するために払っている意識的努力や日本的な一体感などについて、その在り方や意味に関して深く考えてみることによってこそ、日本の家族が今後とも幸福に暮らしていけることになると思われる。(P.191-192)
この「非言語的」というのは、西欧風に言えば「非論理的(ロジカルじゃない)」ということになります。「以心伝心」などと、「口にしない」ことに大切さを感じる日本人は、たしかに「非言語的」です。これは先程の「体験」にも関係してきます。「経験」という「客観性」が生まれるのは、「言語化」ということと似ています。「建前と本音」とか、「議論・対立を避ける」「自己主張が少ない」「忖度」「長いものには巻かれろ」「目立ちたがらない」「感情を表に出さない」「周りと同じ行動を取りやすい」・・・、などの日本人気質につながります。
だからといって、著者は「西洋人」のように「意識的努力」によって「日本人気質を捨てろ」と言っているのではありません。核家族化を含めた日本社会状況(政治・経済状況)がそれを許さなくなって、日本人気質との間に軋轢が生じていると考えているのだろうと思います。
このあたりは「読書済み」の棚にあるもう一冊の著書『日本文化のゆくえ』の感想文でかければいいなあ、と思いながら、とりあえずこの本は「読書済み」の棚から別の棚に移します。
[著者等]
河合 隼雄(かわい はやお、1928年6月23日 - 2007年7月19日)は、日本の心理学者。教育学博士(京都大学)。京都大学名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。文化功労者。元文化庁長官。国行政改革会議委員。専門は分析心理学(ユング心理学)、臨床心理学、日本文化。(Wikipedia)
