
ついにアメリカとイスラエルが、イランを攻撃しました。ハメネイ師が死亡し、戦争はまだ続きそうです。これは「体制」の争いなのでしょうか。みんなでアメリカ製品不買運動をすればいいのに(輸出入を止めてしまえ!)。
トランプやネタニヤフがなにをしたいのかわかりません。トランプはさかんに「協議・交渉 negotiation 」「取引 deal 」と言いますが、多分日本人が考えるものとは違うのでしょう。
ニュースで、原子力空母から攻撃機が飛び立つ映像を流していますが、本当に有人の攻撃機が攻撃したのでしょうか。同じニュースで無人自爆機が使われたと言っています。イラン製を真似た安価で大量生産可能な自爆機だそうです。人間が乗ったら「神風特攻隊」や「人間魚雷」です。これが使われたのだとしたら、原子力空母から攻撃機のシーンは「イメージ操作」ですね。
自爆機は片道だけの燃料・データ・操縦・耐久力で済むので安価にできるのでしょうが、これまでもドローンによる攻撃は行われていたのですから、なぜ今さら「自爆型無人機」などを取り上げて発表したのかはわかりません。
だれでも、人を撃ち殺したものは、必ず殺されなければならない。(レビ記二四章17−22節、本書P.166から引用)
巻末の「著者略歴」によると、
Isaiah BenDasan
大正7年 神戸に生まれる
:
昭和22年 離日、イスラエルへ行く、テルアヴィヴに在住
:
昭和30年 離日、渡米、以後、商用その他でたびたび来日
とあります。
著者は「山本七平」。
山本 七平(やまもと しちへい、1921年(大正10年)12月18日 - 1991年(平成3年)12月10日)は、日本の評論家。山本書店店主。評論家として、主に太平洋戦争後の保守系マスメディアで活動した。(Wikipedia)
つまり、日本人が書いた日本人論です。1970年代は「日本人論」が大流行だった気がします。それはたんに「自分を見つめ直す」ということではなくて、「世界の中の日本」というものが大きく意識されるようになったからでしょう。「自国民論」がこんなに流行る国って、ほかにもあるのでしょうか。
私はこの原因には、戦後の民主教育を受けた世代がおとなになったこと、心理学などとともに「自我(アイデンティ)」が問題化されたこと、などがあると思います。伝統的な「内と外」の仕組みが大きく変化しました。その揺り戻しが80年代の「僕って何」「自分探しゲーム」につながります。
これを「創作(つくりもの、文学)」と読む(呼ぶ)べきか、「評論(事実を書いたもの)」と読む(呼ぶ)べきか、はたまた「社会学書」と読む(呼ぶ)べきか、わかりません。
とにかく面白いです。
「つくりもの(物語)」だとすれば、すべての翻訳書は翻訳者の作り物だともいえるし、評論書はもちろんのこと、学術書だって作られたものです。
ユダヤ人が書いたことになっていますから、日本人著作家を批判しても、あるいは誤読したとしても、問題になりません。この著者(外国人だから)は知らないんだ、と思えばいいわけです。その日本人論が可怪しくても問題にならないし、ユダヤ人についての話が間違っていたとしても日本人(のほとんど)にはわからないので、これも問題にはなりません。
最近、毎日のように報道されているイスラエルのガザ地区への侵攻ですが、私が生きてきたあいだにさまざまな「中東戦争(問題)」があったにも関わらず、私は中東のことはほとんどわかりません。歴史も知りません。キリスト教のこともユダヤ教のこともわかりません。そういう日本人は多いと思います(かといって、仏教や儒教のことを知っているということではありません)。
わからないことだらけなので、章ごとに感想を書いていきます。
「イスラエル歴五七三〇年 イヤルの月の第十五日 イザヤ・ベンダサン」だそうです。
身の安全を考えれば、彼らは、どのカトリック教徒よりもカトリック教徒らしく振舞わねばならず、すこしの嫌疑もうけないためには、教会や僧院に多額の寄附をしなければならない(これはちょうど、アストリア・ホテルの部屋代のようなもので、安全のための多額の費用である)。(P.12)
日本人にはこういった経験はない(隠れ切支丹を除けば)。日本人は常に自由であった。(P.13)
「隠れ切支丹」のほかに、「共産主義者」と「無政府主義者」を加えるべきでしょう。それは私の経験からです。
とすれば敗戦の悲劇も、戦後の議論の混乱も、「安全と水とは無料が当然」という生得の考え方に発している。これは考え方といったような生やさしいものではない。もう、問答無用の自明の公理なのである。(P.22-24)
私も軍備には反対で、それ(安全と水)を「お金で買う」という意識はありません。銃を向けながら「さあ、ディール(交渉、取引)しよう」というトランプの考えがわかりません。それは私が「日本教徒」だからかも知れません。軍備をもつのはどういうことか、1887年(明治20年)に書かれた『三酔人経綸問答』の三人の論議は、140年たった今も同じです。
難しい(わからない)本は面白くありません。この本が面白かったのは、「わかる」からです。どうして「わかる」のでしょう。私はこの本の「文面」がわかるのでしょうか。それとも「行間(言外の言)」を読んでいるのでしょうか。
日本人の大きな特徴の一つは牧畜生活を全くしなかったこと、遊牧民と全然接触しなかったこと。従って遊牧民的思考と牧畜民的行き方が全く欠如していることである。(P.30)
日本は山ばかりで、牧畜生活をするほど広い平野・高原がなかったのかも知れません。でも、弥生時代以降、日本人がずっと定住農耕生活をしていたのかどうか。私にはわかりませんが、狩猟採集生活は長かっただろうし、たぶん、比較的近年まで狩猟採集生活をしていた人たちはいたでしょう。昔話や民話ではなくて、です。また、アイヌ民族のことでもありません。いまでは、食料はスーパー(やコンビニ)で「買うもの」ですが、農家だって(というか農家こそ)食料を採集する割合は高かったと思います。毎年きのこ狩りをして死ぬ人(熊に襲われる人、転落する人)がいます。(野草を含めて)食べて死ぬ人もいますが、知恵の伝承が途切れていることも原因かも知れません。
「牧畜民と農耕民」あるいは「砂漠の民と山海の民」というのは、文化を説明する要因としてはいいと思いますが、それですべてを説明できるというのは安易です。顔つきや体つき、遺伝子で「文化」が説明できるというのと同様のことだと思います。
また春が来ます
これを見るとつくづく、日本人とは「九十日の民」だという気がする。(P.36)
日本は地域によって長短はありますが、約三ヶ月毎に季節が変わります。世界には乾季と雨季しかない地域や、ほとんど雨が降らない地域、一年中高温で湿度が高い地域、一年中雪と氷に閉ざされた地域、半年が明るく半年が暗い地域など、さまざまな地域があります。当然、耕作の仕方、あるいは牧畜の仕方でさえも、地域ごとに違っているでしょう。
パレスチナ周辺でのアラブ人が行っていた農業とは、麦をばらばらとまくと家畜をつれて移動してしまい、稔ったころ来て刈り入れるといった行き方であり、また同じ稲作といっても、フィリピンに行けば、米は年に三度もとれるのだから、みなそれぞれ自分の好む時期に適当にもみをまいているにすぎない。こういった農業と日本の稲作を比べれば、日本の農業はまさにキャンペーンであって、私はこれを「キャンペーン型稲作」と名づけている。(P.37)
中世の日本では人口の八五%が農民だったというから、国民のほぼ全員が、一千数百年にわたってこういう訓練をうけつづけてきたわけである。従って、一定期日を定めて、そこから逆算し、いわゆる秒きざみのスケジュールで事を運ぶ点では、全世界広しといえども日本人の右に出るものはない。真珠湾の攻撃であれ、オリンピックや万国博の開催であれ、また戦後のさまざまの会社の復興であれ、まさにキャンペーン型稲作の現代版的行き方である。(P.39)
日本人は全員一致して同一行動がとれるように、千数百年にわたって訓練されている。従って、独裁者は必要でない。(P.41)
一定の家畜がいれば、その持主は文字通りマイ・ウェイを行く。かつては(今でも)国境などが考えられぬ無限の草地を、家畜の意に従って歩きまわっていればよかった。こういった民に、一定の方向に向かって統一行動を取らせようとすればコーランと剣、すなわち宗規と強権が絶対に必要であり、打ち勝たねばならぬ強大な敵か競争相手が必要であった。(中略、毛沢東は)端的にいえば、中国人を日本人に改造しようとしているのであろう。この試みが成功するか失敗するか私は知らないが、ただ一つ確言できることは、それをするには毛沢東が必要だという事実であり、このこと自体、中国人は日本人たりえないことを証明していると思う。(P.42)
遊牧民は、クローノスの首に跳び乗っているのが常態なのである。(中略)時の経過に乗って自分も同じように過ぎて行く。こういう世界では「永遠とは今」であり「千年も一瞬も共に神の時」である。(P.43)
聖書には「待つ」という言葉があるが、日本人にとってこれは「まだか、まだか、まだか・・・」といらいらしながら待つこと(すなわち、時期の成就と、迫りくるクローノスの首を二つながら絶えず意識していること)だが、遊牧民にとっては、時の流れに乗っている状態にすぎないのである。(P.44)
日本の列車やバスは、世界一時間に正確だそうです。私も「まだか、まだか、まだか・・・」と待つ方ですが、日本人が古来からそういう民だったかどうかはわかりません。
私の家にはたくさんの時計があります。私はその時計が「ずれている」のが嫌です。なので、その中のいくつかは電波時計です。パソコンやスマホも正確に時間を表示します。
私が時間を気にするのは、学校や職場に遅刻しないようにしようという気持ちからです(実際には職場で一番遅刻していましたが)。いまは引きこもり老人ですが、それでも時間を気にするのは、テレビの影響でしょうね。テレビ放送は時間に正確ですから。
私が小さい頃には、農作業は時計を見ながらするものではありませんでした(だれも時計を持っていなかった、持っていても作業中はつけていなかった)。太陽を見あげて「そろそろお昼にしようか」と言ったものです。
空を見上げることが少なくなっているような気がします。多分、空の見方がわからなくなっているのでしょう。今日のこれからの天気や、明日の天気が空を見てもわからなくなっているのではないでしょうか。テレビやスマホで天気予報を見るからです。「いまの天気」を知るためにも、窓まで行かず、スマホを見るようになっている気がします。
寒さや暑さもスマホの表示を見ます。そして暑いときはどうするでしょうか。服を脱ぐのではなく、エアコンのリモコンを探すのではないでしょうか。
これらを日本人の国民性(民族性)だと決めることはできないような気がします。
(省略)
祭儀と行政司法、日本でいえば朝廷と幕府の権力を同時に認めることについて、
事実、祭儀と行政司法と宮廷生活とが混合していた中世ヨーロッパの政府は、「政府」などといえるしろものではなかった。(中略)そこでここでは、日本人が、二権分立というユダヤ人が夢みて果たせなかった制度を、何の「予習」もせずにいとも簡単にやってのけ、しかも自らは少しもそれを高く評価していないという事実は、中扉に載せたラビ・ハニナ・ベン・ドーサの言葉を思い起こさせるということを指摘するにとどめよう。(P.58-59)
西欧中世まで絶対的な権力を持っていたキリスト教(教会)が、近世には王権(帝政)との並立していたのは明らかです。近代の「市民革命」が可能だったのは、そういう並立状態のおかげです。日本において「市民革命」が起こったわけではありませんが、朝廷と幕府が一時並立していました。どちらも「予習」したわけではありません。
この章では、恩田木工(おんだもく)の『日暮硯』(江戸中期)から10ページにわたって、そのまま引用されています。これもめちゃんこ面白いです。1988年に岩波文庫の新訂版が出ているので、そのうち読んでみたいと思います。
今のべたような「人間味あふるる判決」とか、また「人間性の豊かな」「人間ができている」「本当に人間らしい」とかいう言葉、またこの逆の「人間とは思えない」「全く非人間的だ」「人間って、そんなものじゃない」「人間性を無視している」という言葉、さらに「人間不在の政治」「人間不在の教育」「人間不在の組織」という言葉、この、どこにでも出てくる、ジョーカーのような「人間」という言葉の意味する内容すなわち定義が、実は、日本における最高の法であり、これに違反する決定はすべて、まるで違憲の法律のように棄却されてしまうのである。(中略)というのはこの法律は「人間性を無視しない範囲内」では厳然として存在し、それをおかせば罰せられるのである。(P.83)
ただ私すなわち一ユダヤ人の考え方からすると、これは一種の宗教的規定だといわざるを得ない。(同)
日本人が無宗教だなどというのはうそで、日本人とは、日本教という宗教の信徒で、それは人間を基準とする宗教であるが故に、人間学はあるが神学はない一つの宗教なのである。そしてこの宗教は、「人間とはかくあるべきだ」とはっきり規定している。つまり一つの基本的宗規が存在するのである。(P.84)
神でもなく、動物でもなく、自然でもない「人間」の概念は、西欧ではいつできたのでしょうか。ドイツ人でもなく、ユダヤ人でもなく、イヌイットでも、アイヌでも、隣の村の人でも、自分たちでもない「人間」、それは近代にできたものです。そこには女性や子どもは含まれていませんでしたが、次第にそれらも含まれるようになっていきます。いわゆる「ホモ・サピエンス」です。
「私は神は信じないけど科学は信じる」「私は神は信じないけどお金は信じる」・・・、「私は法も警察も政治も司法も信じないけど人間は信じる」、たしかに日本人的なのかも知れません。日本において「人間」は「ホモ・サピエンス」のことではありませんでしたが。自然法や人権、そういったものがローマ法とキリスト教とが結びついて、西欧の近代法概念となります。近代の「社会契約論」は、神との契約(旧約、新約)の流れです。
ユダヤ人は、契約が最初に来るから、まず既得権を作りあげるという離れわざができない。(P.74)
グレーバーは、
また、英語の ' free ' [自由]という言葉が、ゲルマン語で ' fruebd ' [友人]を意味する言葉に由来していることにもふれてきた。自由人とは異なり、奴隷は誓いを立てること、つまり約束することができないために、友人をもつことができないのである。(グレーバー他『万物の黎明』、邦訳 P.486)
と書いています。これは西欧的な発想でしょう。
このような「法概念」は日本にはありませんでした。神と約束したこともなければ、自然と約束したわけでもありません。
何も信じないというのは、言葉を用いずに話をするようなものなので、言葉にしようが「言外の言」であろうが、一歩踏み出す時、そこに「地面があること」はどこかで了解されています。
これは世界でもっとも強固な宗教である。というのは、その信徒自身すら自覚しえぬまでに完全に浸透しきっているからである。日本教徒を他宗教に改宗することが可能だなどと考える人間がいたら、まさに正気の沙汰ではない。(P.90)
漱石、この西欧の古典、日本の古典、中国の古典、仏典までを自由自在に読みこなし、自分の作品の中に縦横に駆使しえた同時代の世界最高の知識人が到達したのは、「人間を作ったのは人間だ」という、日本教の古来から一貫した根本的な考え方である。この世界には猫は住めても神は住めない。皮肉なようだが、旧約聖書には猫という言葉が全く出てこないのと対蹠的である。猫は主人公だけど神のいない世界、神が主人公だが猫はいない世界、この二つの世界に同時に住めると思う人がいたら狂人であろう。(P.93)
日本では「以心伝心」で「真理は言外」であるのだから。従って、「はじめに言外あり、言外は言葉と共にあり、言葉は言外なりき」であり、これが日本教『ヨハネ福音書』の冒頭なのである。(P.94)
西欧は言葉(ロゴス)の中で考えます。日本人は「言葉の外」で考えます。言葉の外、言葉にする前のもの、西欧においてはそれは「感覚」や「感情」でしょう。フロイトが「無意識」と言ったとき、西欧はなかなか認めませんでした。日本人は、はじめから「意識の外」で考えていたと言えるのかも知れません。
(省略)
以上のことから三つのことが明らかである。まず「人間性」「無心」「身を投げ出す」、問題はここだ。日本教とは人間教であるから、神の方へ人間がタッチして行く。従って「さわらぬ神にたたりなし」である。(中略)この考え方の中に、一口にいうなら神と人との関係は「水臭いものではなく」「肉親的なものである」という考えがある。(P.114-115)これは、ユダヤ教の「神・人関係」が、一口にいえば血縁なき「養子縁組」だからである。不思議に思われるであろうが、これは真実なのだ。一体「養子」とは何なのか。契約によって親子になったので、契約が破棄されれば、はっきりと、何の関係もない他人(この場合は他神?)なのだ。旧約聖書に記されているように、「神はイスラエルを選んで自分の民とした」ということは、多くの民の中から選ばれて「養子」にされたことで、養子になるには当然、さまざまの契約があったわけである。この「選び」をユダヤ人の選民思想というが、選民思想という言葉を、エリート意識と誤解してはならない(日本の解説書ではよくこれが混同されている)。一方、旧約聖書には、「イスラエルはヤハウェを自分の神とした」とはっきり書かれているが、日本人キリスト教徒はこの言葉を口にしたがらない。(P.116)
モーセの一生は養子である。端的にいえば彼は捨て児で、ファラオの娘にひろわれて育てられ、長づるに及んで自分がヘブル人であることを自覚し、横暴なエジプト人の監督を殺したがゆえにミデアンの地(シナイ)に逃れ、ここで、ミデアン人の祭司エテロの養子となった。(中略)有名なモーセの十誡の第一誡には何と書かれているか「汝、われのほか、何ものをも神とすべからず」と。この言葉は何を意味するのか。これは養子縁組の根本条件である、すなわち今日から「お前は、おれのほか、絶対だれをも父親としてはならない」ということと同じであって、これが破られればすべての関係は無になる。(P.117)
イエスもパウロも、もちろんこの考え方を基本にしているのであって、これを否定しているのではない。「律法よりも人間味」といった考え方は彼らにはない(P.118)
契約・約束についてはすでに書きました。旧約・新約という考えはここから来ているんですね。日本における「養子」は、家系(家、イエ)のためですが、それは契約関係ではありません。もっと肉親に近いものでしょう。仏(菩薩)と人間の関係はとても肉親的な「親子関係」のようなものです。古代ギリシャでは全く違いました。
古代ギリシャにおける神と人間は、ちょうどこの人間と虫との関係に似ています。つまり神々は、「人間から見ると強大な力を持つ超越的な存在だが、慈悲深いわけでもなく、ましてや人類全体を愛してもいない」ということです。(藤村シシン『古代ギリシャのリアル』P.48)
(省略)
処女から産まれた者、
そのうち西方の有名な人をあげればナザレのイエスとプラトン、東方では清朝の始祖であろう。実に中国人は三百年にわたって、処女降誕者の子孫の支配をうけ、西欧人は二千年以上にわたって二人の処女降誕者の精神的支配をうけたのだから、これは実に面白い問題である。(P.133)
ところが、処女から生まれた人間が絶対に存在しなかった民族が二つある。一つはユダヤ人であり、もう一つは日本人である。(同)
清朝の始祖は「ヌルハチ」のことでしょうか。
聖胎告知も、天使の祝福も記しているのはルカだけである。ユダヤ教徒の目から見れば、ルカは実に異教的でギリシヤ的で、ギリシヤ密儀宗教的である。無理もない。ルカはユダヤ人ではない。彼はおそらくアンティオキア生れのギリシヤ人であり、セボメノイといわれた、ユダヤ教への改宗者であった。またルカの著作は、ユダヤ人を対象としたものではない。おそらくはローマの高官であったと思われるテオフィロスという人を対象に書いているのである。これは、ギリシヤ人がローマ人を読者として、非ユダヤ化したイエスを描いているのであって、ユダヤ人がユダヤ人を読者としてユダヤ人について書いたものではない。ということは、ユダヤ人には関係がない書物だということである。(P.135-136)
「ユダヤ人がユダヤ人を読者としてユダヤ人について書いたものではない」というのは、本書につながるものでしょう。
生れながらにして偉大なる人間などというものは、ユダヤ人の歴史には存在しなかった。モーセ、ヨシュア、サムエル、ダビデ、エリヤから偉大なる預言者たちに至るまで、すべて、生れたときはただの人である。(中略)これは神の一存によるのであるから、その使命によってある地位についたからといって、それを自分の所有物のように子孫に譲渡することなどはできない。これがユダヤ人の根本的な考え方であった。従って指導者はカリスマ的指導者となる(このカリスマという言葉は、驚くなかれ、近ごろは日本のジャーナリズムにまで登場している。しかしどうも孫引きらしく、「贈物・下賜品」という原意を知らずに誤用されている場合もあるから注意してほしい)。従ってユダヤ人の根本的考えは王制と相いれない。(P.137)
いわばイスラエルでは、神の召命ということで、その人間の系図や出生と関係なく一つのことが始まるがゆえに処女降誕はありえないし、一方日本では全くこの逆で、すべては系統をたどった相伝されるがゆえに処女降誕の余地がないといえる。(P.139)
神との縁を切った西欧では、すべてが人の契約関係、つまり法・経済関係になります。日本では法関係(つまり契約関係)抜きに経済関係になりました。
生殖が利殖であり製造業であり生活の手段である民族では、性も生殖もその生れたものも情緒の対象だけではないし、またそうであってはならない(子はカスガイでもなく、まされる宝でもない)。従って、私が「少しく違う」といったこと、それは日本人には非常に理解しにくいと思うが、簡単に言えば利殖はよいが守銭奴になってはならない、といった感じの関係である。(P.140)
従って、性を浄不浄という観点から見るのでなく(この観点自体が情緒的であるから)、そういう見方をしてはならないということなのである。性と生殖は、牧畜民にとって、農夫が畑をたがやす(この耕すは多くの農耕牧畜民では性行為と同じ言葉が使われる)のと同じく日常のことであり、少しも神秘性はないし、あってはならないのである。(同)
しかし日本人はそうではなかった。性行為を利殖と関連づけうる日本人はいまい。日本人にとっては、実に神話時代から、性はあくまでも情緒の対象である。(中略)さらに日本人は性を、『源氏物語』の昔に、神秘的で幽玄なものにしてしまった。牧畜民と絶縁していたこの民族は、性の面でもこれと断絶しており、従ってこれをどこまでも情緒化し芸術化していっても、少しもさしつかえなかった。(P.141)
同じ性関係(恋愛関係)・経済関係といっても、その内実(意味するもの・意味されるもの)はぜんぜん違うのでしょう。
ということは、強大な世界的支配力をもつ超重工業国と比較的貧しい一般的消費者原住民の中間にあって、円が世界一強い通貨といわれるほどの利益を蓄積しているということである。かつての植民地におけるユダヤ人やアラブ人あるいは架橋やインド人の地位は、世界的な規模で日本に移ったといってよい。好むと好まざるとにかかわらず、今世界を支配しているのは、まだ、キリスト教徒白人と共産主義者白人である。日本人は、かつてのアレクサンドリアのユダヤ人のように、名目的には同じ地位にある「名誉白人」だが、実質的には握っているのは経済力だけであって(これがなくなれば、だれも日本に見向きもしない)、世界を動かす政治力でも軍事力でもない。(P.152)
1971年、1ドル360円が308円に切り上げられました。そして1973年には完全に変動相場制に移行します。本書がそれにどんな影響があったのかはわかりません。その時代を映し出していたことは間違いないでしょう。高市総理が物価高騰について「円安は輸入業者には悪いが良いところもある」と発言するだけで問題になりますが、野党もマスコミもそれをうまく批判できなかったようです。当たり前のことですから。
変動相場制が明確にしたのは、お金が「金(きん)」ではなく「商品」だということです(マルクスが150年前に言っていたことです)。そしてそれは、商品が「もの(使用価値)」から完全に離床し、物象化が完成したということなのではないでしょうか。
お金が金(きん)から離れ、紙幣から離れていきます。文字が本から離れ、神から離れ、デジタルデータとなります。お金もたんなる数値データとなり、ビットコインのようにデータが売買されます。個人情報が、インフォーメーションからデータとなり売買されます。
商品そのものがイメージ(表象)となり、ケアはサービス(という商品)となります。
お金や商品というより、そのイメージが流通します。生産は流通のためにのみ経済的となります。消費は影(シャドウ)になります。
「お金がすべて」の世界になります(お金のためなら死んでも殺してもいい)が、西欧人はそれを契約とみなし、日本人はケアとみなします。
日本人にとって、お金は「必要悪」で、どこか「きたない物」です。この50年間で、日本人のこの感覚は薄れている気がします。デジタルマネー、キャッシュレス決済は、「きたない物」の「物」という感覚を取り去ってくれます。触る必要がない、というか触れないものです。
苦情が6つ挙げられています。
一つ目、「『嘆きの壁』はソロモンの神殿の壁ではない」。
二つ目、「ユダヤ人はパレスチナを去ったことは一度もない」。
ただ彼らは政治的独立を失い、国籍上は、パレスチナを領有する国家の国民に編入されていたにすぎない。従って、二千年の間、パレスチナにユダヤ人がいなかったという主張は、三十余年にわたる日本の統治期間には朝鮮半島には朝鮮人はひとりもいなかった(なぜなら彼らも日本人であったから)、という主張と同様なのである。(P.158)
「中世ギリシャ人」はひとりもいませんでした。
紀元前2世紀ごろからローマの支配を受けるようになったギリシャ人たちは、次第に自分たちを「ロマイオイ(ローマ人)」と称するようになります。そのほうが政治的に得だったからです。
すると次第に「ギリシャ人(ヘレネス)」という言葉は「野蛮人」を指す言葉へと変わっていきます。こうしてギリシャ人はアイデンティティを喪失し、6世紀には「ギリシャ人」を名乗る人はひとりもいなくなってしまったのです。(前掲『古代ギリシャのリアル』P.28)
「国の領土」「国民」等を、近代国家機構・制度で考えてはいけません。
三つ目は、「パレスチナの争いは民族の争いでも土地争いでもない」。
それはあらゆる争いと同じく体制の争いである。非常に不思議なことには、日本の進歩的人士があらゆる地の争いを体制の争いとしながら、ことパレスチナとなると、これを民族の争いとか土地争いとか言い出すことである。パレスチナは今もなお過疎である。(中略)そして今でも、イスラエル共和国に残るアラブ人、たとえばドルーズ教徒などは、自らの政府・議会・裁判所をもつ完全独立の自治共和国であって(イスラエル国会にも議員を送っている)、自らの軍隊をもち、自らの意思で動員令を下す、イスラエルの最もたのもしき味方となっている。(P.162)パレスチナをめぐる争いは、大地主・農奴・軍閥・利権・買弁体制と、キブツ・モシャブ・協同組合体制との争いなのである。(中略)イスラエル共和国は、ユダヤ人とアラブ人の連合国家であり、公用語はヘブル語とアラビア語、判決も国会の討論もすべて両国語でなされる。またヒスタドルート(イスラエル労働総同盟)の加盟組合員の一割余はアラブ人、国会議員はもちろん、公務員から警察官まで一割余はアラブ人である。(中略)従って、多数のアラブ人をイスラエル共和国の中に包みこみ、周囲は億というアラブ人に囲まれながら、イスラエルは存立して行けるのであって、軍事力にのみたよっているのではない。(P.163)
この辺の事情は変わってきているようです。2009年、アラブ政党からのクネセト(国会)議員の立候補は禁止されました(アラブ人が個人で別の政党から立候補することはできる)。2018年には、イスラエルを「ユダヤ人の国家」と定義する法案が成立し、公用語からアラビア語が除外されました。
四つ目は、「侵略でも領土拡張でもない」。
イスラエル共和国を西欧の国のように考えるのはやめていただきたい。これは、日本を西欧の国と考えるのと同じように誤りである。従って、いかなる面から見ても、彼らは侵略者ではない。(P.165)
五つ目は、「テル・アヴィヴ」。
六つ目は、「目には目を、歯には歯を」。
もちろんプールサイダーというのは氏(山本七平・・・引用者)の造語であって、オクスフォードの大辞典には載っていまい。これは、プールサイドにいて、人の泳ぎ方を実に巧みに批評する人びとのことで、その批評が余りに巧みかつ的確なので、だれでもその人のことを水泳の達人と思わざるを得なくなっているような人物のことである。ところがこういう人物に限って、プールに突き落としてみるとたいていカナヅチであるという。(P.172)
日本における知識人とか文化人とか言われる人びとも、多くはまさにそれで、主として西欧で流行している思想を、実に巧みに自分の脳細胞にまとうから、それがまるで、生まれるときからそういう思想をもっていたかのように見えるのである。ということは、あたかもその人が、その思想を生み、育て、かつ発表しているような錯覚を人びとに抱かすのである。(P.174)
確かに「思想」「イデオロギー」といわれているものは、衣装であり、ファッションかも知れません。
しかし、どの民族でも、教育には二種類ある。一つは意識的教育であり、もう一つは無意識的とでもいうべきものであろう。(P.176)
すぐに頭に浮かぶのが「数」と「言葉」の比重の差である。日本人は、すぐに数の教育をはじめるから、数を扱わせれば(それがさらにソロバンで訓練されると)まさに世界一である。特に暗算の確かさと迅速さには、デパートで買い物をした外国人なら、だれでも驚嘆しているといって過言ではない。これは、幼児からの伝統的な徹底的訓練と、ソロバンという五進法計算器の習熟と、万という単位の採用にあるのであろう。
またアラビア習字と長らく接触せず、従って筆算ができなかったということが、逆にソロバンという五進法計算器を極限まで活用する道を開き、同時にこれが徹底的に普及して(一種の計算器がかくも長期間、一国民に徹底的に利用されている例は他にない)、玉で(ということは数字という文字なしで)数を自由自在に扱うに至ったというのは、全く特異な現象である。(中略)だいたい、数の訓練といえば、日本人にはすぐにピンと来るが、言葉の訓練などといっても、さっぱりピンと来ないのである。特に会話の練習を、ソロバンのように的確に徹底的に習熟さす伝統は日本には全くない。従って、正面切った会話を主体とした文学作品は日本にはない。(中略)母親が子供に「チャント・オッシャイ」という場合、明晰かつ透明(英語ならクリアー)に言えということではなく、発声・挙止・態度が模範通りであれ、ということである。だが、クリヤーということは、原則的にいえば、その人間が頭脳の中で組み立てている言葉のことで、発声や態度、挙止とは全く関係ないのである。(中略、プラトンの著作『クリトン』において)もちろんソクラテスは寝ている。だがどう読んでみても、ソクラテスが起き上がって、威儀を正して、法の遵守を説いて、クリトンに反論したとは思えない。ソクラテスは、おそらく最後まで寝っころがったままで話しているのだ。従って、この場合、純粋に、ソクラテスの言った言葉(ロゴス)だけが問題なので、かれの態度や語調は全く問題にされないのである。(P.178)
そろばんのような「計算機」は世界のいたるところにありそうです。いまは一桁に、5を表す玉がひとつ、1を表す玉が4個ですが、昔はそれぞれ2個と5個でした。この個数の違いで、10進法以外も計算できます。これで「位取り」計算ができるとともに、「ゼロ」を表すこともできます(計算尺とは考え方が違う)。日本で初等教育を「読み書き算盤」と言いますが、
農村に〈読み書きそろばん〉が浸透し始めたのは,主として14世紀以降,畿内を中心にして自律的共同体としての惣村が成立し,村請制が普及してからである。この村請制によって,村落の指導者である地主層は,請け負った年貢などの課役の村民への配分・徴収,領主との交渉などをみずからの手で行い,これを記録する必要にせまられ,また地主としての経営を独自の計算でなさなければならなくなり,これらの能力を必須のものとする条件が生まれたのである。(改訂新版 世界大百科事典「読み書き算盤」津田 秀夫)
何を教育の科目とするかは、地域や時代によって異なります。
寺子屋などでは「読み書き算盤」を教えたのでしょうが、学校教育でそろばんを教えることは少なかったようです。また、「読み書き」というのは「話し言葉」の教育(能力)ではなくて、書き言葉の教育(リテラシー、文字能力)でした。
西欧において書き言葉が成立するのは、多分ネプリハが「カスティリャ語文法」を出版した1492年でしょう。コロンブスがアメリカ大陸を「発見した」年であり、グーテンベルクが活版印刷をはじめた約50年後です。言葉が「文法」と「単語」からなる「数式」のように考えられるのはそれ以降です。
ヨーロッパ人にとって、言葉とは本来そういったものであり、文章とはある意味では言葉の数式だから、これは当然のことといえるが、このお嬢さんにとっては、驚異だったのであろう。(中略)ロゴスに計算という意味もあることを知っている日本人はいるのだろうか。
どうしてこんなことになったのか。逆説的な言い方をすれば、まず、日本語が(日本語として)余りに完璧だからである。実に完璧なので、数式的・意志的訓練もうけずに、別の訓練で自由自在に駆使できるからである。一体どうして日本語は、こんなに軽々と(ある意味では無責任に)駆使できるのか。ヘブル語でもギリシヤ語でもフランス語でもロシア語でも、到底こんなに気易く使うことはできない。言葉を使うということは、「重い戦棍を持ちあげて振りまわすほど」大変なことのはずなのに、日本人は、まるで箸を使うように、何の苦もなく自由自在に使い、かつ使いすててしまう。使いすての時代などといわれるが、日本人ほど安直に言葉を使いすててしまう民族は、おそらく他にないであろう(数字ならそうは扱わないのに)
そしてこれが、プールサイダーや脳細胞ファッション・モデルの活躍の素地であろうが、同時に日本には、使いすての結果生ずる別の言葉が厳として存在するからであろう。問題はおそらくここだ。(P.178-179)
私の世代は、英語は「 This is a pen. 」から習い始めました(荒井注のギャグにもなりました)。なので、外国語を勉強するということは「文法」と「単語」を覚えることでした。それは外国語の「文語(文章語)」を覚えるということなので、何年勉強しても「会話ができない」ということになります。いまは小学校から英語が必修ですが、何から学ぶのでしょうか。「 Hello, John. 」あたりでしょうか。
日本語は「国語」として教えられます。これは標準語で、一種の文語(文章語)です。これは「母語」でもないし、「母国語」でもありません。
こういったように、ひとつの単語の意味に両端があるのが、当たり前の国から日本語を見ると、日本語の単語は「重い戦棍」でなく「軽い羽根」ともいえるし、また一方が、重い底と鋭い先端のある円錐とするなら、一方はボールであるともいえる。仮に、単語という円錐の上と下とを、「抽象端」と「具体底」とでも名づけておこうか。この抽象端を口にすれば、どうしても具体底がくっついてくるから、内容のない抽象的な議論はできないし(具体底に目をつぶるなどということはできない)、もしそんなことをすれば、相手の言葉を(故意にでなくても)具体底で受けとって、それをそのまま口にする(いわば鸚鵡返しにする)だけで、立派な反論になる場合も出てくる。こういった反論をされれば、された方は一言の再反論もできない。こんなことになれば、言葉を語る資格なしとされても致し方ない。これが「言葉は重い戦棍」である理由である。しかし日本語の抽象的な言葉にはこの「具体底」がない。いや、ないだけでなく、日本人は、(特に対話の際には)この具体底を切り離してしまうか、無理にでも軽くする。(P.180)
具体的なことを言うと、つまりはっきりと(クリアーに)言うととても重く感じられるので、避けがちです。なので抽象的な表現(内容のない表現)、「ぼかした表現」になります。つまり、「言外の言」「行間」で表現することになります。「お金」から具体的な物(金や紙など)を取り去ることが、ここでも現れています。
漢字二文字の単語(それを重ねた四文字の熟語)の多くは明治以降に翻訳語として作られたもの、あるいは従来からあった漢語をヨーロッパの言葉の翻訳語として使って意味が変わったり二重になったりしたものです。自然 nature とか社会 scoriety とか情報 information など、もとの語は西欧で古来からさまざまな意味を加え、場合によって意味が変じた単語です。その歴史的な重みを翻訳語は持たないので、抽象的な語として使いやすいのです。あるいは、古い西欧語(古典ギリシャ語やラテン語、元々は日常的な俗語)から学術用語となって、それが近代西欧において専門家によって再俗化されたものもあります。たとえば「エネルギー(もとはアリストテレスのエネルゲイア・現実態で、デュナミス・可能態と対になる言葉)」です。このような単語をウヴェ・ペルクゼンは「プラスチック・ワード」と名づけました。これは日本における翻訳語同様、西欧の人にも中身のない言葉です。そういう言葉をカタカナのまま取り入れることは、とても日本的です。言い方を変えれば、「知に足がついていない単語」「皮膚感覚で捉えられない単語」です。そういう意味では「安直に言葉を使いすててしまう民族」なのかもしれません。それに随伴している「物」がないのですから。
私はよく冗談に、日本人の頭のなかには「語呂盤(ゴロバン)」というものがあると人に説明する(いやこれは冗談とはいえない)。あらゆる単語の「具体底」は切り落とされ、円錐は玉に削りなおされて、頭に浮かべたゴロバンにはめこまれ(ここまでは意識的にやって)、あとは、これらの抽象概念に乗って「舞い」つつ全く無意識のようにこの玉を動かして思考をまとめていき、最後に明確な具体的結論を出す(いや、結論が「出る」)のである。これに完全に習熟した人の、目にもとまらぬ早さで出したものが、いわゆる「カン」であろう。従ってこういう場合、この「カン」の出てきた過程を説明してくれと言っても、それは無理である。(P.183)
プールサイダーは、ソロバン的思考の過程を、数式になおして、説明してくれる人だと言えば良いであろう。(同)
「数」は「具体的」なのでしょうか。そのヒントは「出す」のではなくて「出る」というところです。アリストテレスは数は二種類あると言いました。「数えられる数」と「数える数」です。「数えられる数」というのは「二匹、三個」というような具体的で、人間にとっては外的(客観的)な数です。「数える数」というのは人間の中にあって、対象を数える時に使われる観念的(主観的)な数です。頭の中のソロバンから出る数は「数える数」に近いといえるかもしれません。このような「能動(態)・受動(態)」「主観(主体)・客観(客体)」という対立は日本にはありませんでした。西欧においてもそれが明確になるのはネブリハの文法やデカルトの自我などによってです。
電卓が出現して、ソロバンは見かけなくなりました。レジスターは自動的に合計金額やお釣りを表示してくれるようになりました。元々私はソロバンも暗算も苦手ですが、電卓世代の人の暗算能力はどうなるのでしょう。
「クリアーな話し方」とは文法に則った話し方、あるいは文字になるような話し方なのではないでしょうか。そのためには、文字になるように思考し、それを言葉にしなければなりません。言い方を代えればテレビで話されるように話し、そのように考えるということです。最近、面白いドラマが少なくなりました。その理由は、ストーリーはもちろんのこと、セリフや話す間が予想できてしまうからです(CMが入る前にリモコンの「次のチャプター」ボタンを押す準備ができます)。アナウンサーの言葉のように、ドラマのセリフや間、カメラワーク、BGMなどのほとんどが「既成の部品(技術)」の組み合わせにすぎないからです。日本人の話し言葉から創造性が抜け落ちている感じがします。その最たるものが「生成AI」です。「生成AI」は既成の部品を集めて、「可能性が高い」言葉を組み直した(再構成した)ものだからです。
語は有限な文字を組み合わせたものにすぎなく、文字を組み合わせた語を文法に従って組み合わせたものが文になると思われています。『自閉症は津軽弁を話さない』(松本敏治著、続編もあります。)にはタイトル通り、周りの人が津軽弁で生活していても、津軽弁は話さないけどテレビ番組のセリフはよく覚える(模倣する)ASDの子どもが出てきます。第三弾『自閉症は英語がお好き?』はまだ読んでいませんが、日本における標準語(文字言語)と英語には似たところがあるのでしょうか。柳田國男は、
日本語の語彙は今とても決して豊富ならず、新しい経験はいつも叙述の器物を溢れ、「言うに言われる」情感ばかりが、日ましに複雑になって、どんな粗末な表現の仕方でも、誰かがきっと真似するという世の中に、どうして惜しげもなく古いものは棄ててきたか。(ちくま文庫版『柳田國男全集 21』P.316)
私どもの地方では転び方に三つあった。アタケルというのは縁側などから落ちる事、マクレルは土手などの傾斜から転げる事、コケルは平らな所で躓いたりして立っているものが倒れる事であった。東京の子供には着物の汚し方は一つしかない。(中略)、ただ転んだというより他ない。(中略)広島の痛いには三通りある。ニガルはしくしく痛むことで、腹がニガルなどという。ハシルは歯などの差し込むように痛むのをいい、歯がハシルという。ウズクは腫れ物などの痛むにいう。この区別のできぬような者は低能とされるのである。(同書 P.619)
奈良県の人だって「責任ある積極財政」という言葉に具体的内容を見出すことはできないのではないでしょうか。
方言の中で生活していると、方言であることに気づきません。日本語で話をしているとき、日本語で話していることは意識しません。日本教が意識されないのと同様です。学校でどんな「国語の授業」があったのか、私は思い出すことができません。多分、私の言葉は両親と本とドラマで学んだものです。
戦後日本では「意識的思考を排除する」教育がすたれ、「考える教育」が行われている。この結果、二種類の日本人ができてきた。(中略)もう一つは失敗例で、ソロバン的思考も数式的思考もできなくなった人間である。(中略)そのとき私は、つくづく中学生の時に漢文で習った「別の国へいって、その国の歩き方をまねしたため、自分の歩き方もできなくなり、ついに歩けなくなって、這って故郷へ帰った男」の話を思い出し、私のほうが、つくづく情けなくなるのである。(P.184-185)
『荘子』秋水篇一三の「邯鄲(かんたん)の歩み」です。ドラマが面白くなくなったのは、私が歳を取ったせいかも知れません。考えているうちに、自分の言葉自体がわからなくなりました。自由とか平等とか平和とか、単語の一つ一つの意味がわからなくなったのです。
方言の中で生活していると、方言であることに気づきません。日本語で話をしているとき、日本語で話していることは意識しません。日本教が意識されないのと同様です。
(省略)
アメリカのセールスマンに「レジ」はどういう機械かと訊けば、
異口同音に、「これは人間を正直にする機械です」というであろう(彼らはそういう教育をうけているらしい)。(中略)これを人間関係にあてはめれば、「人が誘惑にかられやすい環境を作ることは悪」なのである。(P.204-205)
では日本人は、どういう「たてまえ」でレジを備えるのか。(中略)一言でいえば「自分が、人にあらぬ嫌疑をかけ、相手をきずつけ、人間としてまことにいやな状態にならぬためだ」という。
レジを備え、売上げの窃取を防いでいる(もちろんそれだけではないが)のは、日本もアメリカも同じである。だがそこへ至るたてまえの方向は逆である。従ってレジを目にしたからといって、日本もアメリカと同じようなものだと考えてはならない。また自然保護といっても、ドイツ人なら「自然に整形美容の手術」を加える行き方であり、日本人なら「静かな山ふところに抱かれる」という、人間が自然に保護される行き方であって、自然保護の「現実」の外観が同じだからといって、同じ考え方だと思ってはならないのである。(P.205-206)
現象(結果)が同じであれば、その原因(意図)も同じであるとは言えません。現在が原因となって、未来という結果が予想される(作られる)と考えると、現在における自分の存在や意志が「必然」となり、自由が形式的なものになってしまいます。
感想は以上です。
日本という土地は、日本国という国と同じだと考えられています。そこにあるのが日本文化で、そこにいるのが日本人です。そこに住む「外国人」は、今のところ「例外」扱いです。多分、ヨーロッパ(西欧)、中東、アフリカ、アメリカなどはそういう環境ではないのでしょう。同じ国、同じ地方に、別の文化を持つ人が暮らすことは例外ではないのでしょう。私は隣りが別の文化の人だという経験をしたことがありません。例外扱いかもしれませんが、そういうことは増えているのかも知れません。また、隣の人がユダヤ人だったとしても、その人は自分がユダヤ人であることをひたすら隠しているのかも知れません。戦後の日本においては、それが中国人であったり朝鮮人であったりしたでしょう。
「ユダヤ人」とは何なのか、私は知りません。ユダヤ教徒であるということ以外にユダヤ人であるということはどういうことなのでしょうか。「自我」が西欧近代的な考えだとすれば、ユダヤ人がユダヤ人であるのはその「アイデンティティ」にあるのではないでしょう。どうやって「ユダヤ人」であることがわかるのでしょうか。服装や話している言語でしょうか。あるいは顔形や「におい」でしょうか。
西欧人には同じ顔に見える東洋人も、東洋人なら中国人とか朝鮮人とかわかるのでしょうか。わかる気もするし、わからない気もします。日本人は戦前戦後、中国人、朝鮮人、あるいはアイヌ民族を差別してきました。西欧はアメリカ人(先住民)を差別してきましたが、それはコロンブス直後ではありません。アメリカ先住民は、考え方・物の見方・違憲が異なる隣人として西欧人に衝撃を与えました。アメリカ先住民やアフリカ、アジアの先住民を「未開」「発展途上」「野蛮」「幼稚」「古代人」のように見做すのは、西欧で「自我 ego 」が確立されていくのと歩調を合わせています。「自我」が「アイデンティティ」を作る過程で「他者」を作っていきます。「分裂生成」はそれを「自我」の側から見たものではないでしょうか。
ユダヤ人は西欧で、中東で、北アフリカで、差別・迫害されていたのでしょうか。そうなのかも知れません。大きな戦争や小競り合いがたくさんあったでしょう。それを民族の争い、宗教の争いだと見るのは、体制の争いと同様に「自我」の側から見たものではないでしょうか。
「いいこと悪いこと」は文化によって違います。たとえば「盗み」は(その定義は別として)どの文化でも悪いこととされているかもしれません。その罰を「死刑」とするところも、「鞭打ち〇〇回」とするところも「返せばいい」というところもあると思います。ローマ法のような家父長的権力のもとでは「女性を盗む」ということもあったかもしれません。そういう社会では、女性も家財の一部であるから「盗む」ことができたのです。私の知る限り、西欧のような「所有権」を日本はもたなかったので(多分中東も同じ)、日本では「女性」や「命」は「盗む物」ではなくて「奪うもの」でした。西欧人だって、「命」を盗んだからといって、それを「使う」ことは(直接的には)できないのです。
この本ではキリスト教をユダヤ教キリスト派といって、その継続性と違いを書いています。私には西欧人(キリスト教徒)もユダヤ人(ユダヤ教徒)もわかりません。私にとってはそれらは「非日本人」であり、非日本教ですが、著者のいう通りの意味で「人間」です。人間は「物理的に存在する人間ではない」からです。
この本に書かれていることが真実・事実かどうかはわかりません。物語でもいいのです。日本人はそれを言外の言、行間として読むからです。この本が面白いのは、その言外の言がわかるからです。ここに書かれていることが「事実」かどうかは関係ありません。西欧人は文字として、データとして(クリアーなものとして)読むでしょう。データが「存在」するかしないかが重要なのです。
言語・思考、人間、あるいは真実・事実が(何が真実・事実か、というのも人間の側にあります)、存在すると考えるのも、やはり一種の宗教です。
日本教、日本人論は、プールサイダーだけが(つまり外にいる、客観視できる、外国人)気づいてしまうことだし、その人は考えざるを得なくなります。靴を脱いで家に入ることを、靴を脱がない文化の人は「気づいて」しまうけど、普段日本人は玄関で靴を脱ぐこと自体を変だとか、なぜなんだろうとか考えることはありません。脱いだ後どう並べるかは気にすることがあるでしょうが。
日本教、日本文化、日本人論は、気がつかないのが普通で、気がついたからといってどうするのでしょうか。玄関で靴を脱がないようにするのか(明治以降の日本はそんな道を歩いていた気がする)、気ままに脱いだり脱がなかったりするのか。あるいは、脱ぎ方を忘れるのでしょうか。日本教のもとで日本文化を生きるあいだは、考えずに脱げばいいだけです。日本教以外の文化と接触したとき、たとえばユダヤ人の家に行ったとき、その時だけ考えればいいのです。そして、どうするかはユダヤ人と話しましょう。そのまま入ってくださいと言われるかも知れないし、脱いでも大丈夫なようにきれいにしていますと言われるかも知れないし、あなたが靴下(足袋?)が汚れても脱いだほうが楽なのでと言うかも知れません。そこで争う必要はないし、折り合いがつかなければ家に入らなければいいのです。その家に行くこと(移動すること)、その家から離れること(拒否すること)、折り合いをつけること(新しい関係を作ること)、グレーバーの言う「三つの実質的自由」です(『万物の黎明』参照)。グレーバーが西欧的に言っていることは明らかですが、西欧人には彼の言うことがわかるだろうし(クリアーだから)、西欧的に考えはじめている日本人にもわかるだろうと思います。少なくともプールサイダーにはわかるでしょう。
どう生きるかはどう死ぬかと同じように、文化が意味づけします(個人が決めることはできません)。楢山節考は読んだことがないけど、「死に方」を知っている時代の話です。死に方は地域、文化、時代によって別々です。地域独特(ヴァナキュラーなもの、イリイチ参照)なものです。西欧近代においてそれは「禍々しいもの」になりました(アリエス参照)。「私(自我)」にとってはそれは禍々しい以外のもの、避ける以外のものではないのです。けっして避けることができないのに、それを忘れようと必死です。それを先延ばしにしようと、コントロールしようとして、それを定義します。脳死判定の基礎は「自我を失われ、取り戻せないこと」であって、生物学的な死ではありません。西欧も独自の仕方で「死に方(あるいは忘れ方)」を模索しているのです。
薬や医療で寿命は伸びたと言われます。そうなのかも知れません。でもそれは死に方を忘れさせます。それは死や老いを「禍々しいもの」に転化し続けます。
日本は、今は核家族化していて、山に連れて行ってくれる子ども自体がいません。老人は一人暮らしで、あるいは施設で「自然」とお金を「消費」しながら生きています。ボーヴォワールは『老い』で、さまざまな文化・時代における老人の扱いを描いています。それは死に方(死のあり方)が書かれているわけではありません。むしろ死に方(老い方)を忘れた現代人を描いています。
西欧で、言語が文法だ(数式だ)と言われるのはネプリハ以降です。日本人を文法を通過せずに数学に入りました。従って数字の持つ意味は違います。
私は歩き方を忘れた人間同様、学校・大学で学んだことを否定し続けています。論理的に話そうとすると、話すことができなくなります。情緒的・感情的に話そうとしても、言葉が見つかりません。
いまの日本の社会は男尊女卑といえば男尊女卑ですが、日本人は(ウーマンリブやセクハラという言葉で)それに気づいたのではありません。そのヴァナキュラーなものを失ったのです。死に方を失ったように。著者は日本的なものが悪い(劣っている)と言っているわけではありません。優れていると褒めているわけでもありません。日本的なものを浮き彫りにして、それに「日本教」という名前をつけることで、ヴァナキュラーなものを、つまり、日本人の行き方(生き方)・死に方に気づかさせてくれます。
世界は「クリヤー」になってきています。言語を文法化(文字化)することによって、「単純化」しているのです。西欧は、文法化や数式化を通じて、世界を単純化し続けています(還元主義)。文法的に単純な言語(たとえば英語)が世界を覆い始めています。日本で標準語が方言を撲滅していくように、世界の多くの言語が消滅していっています。各地の独特なもの(ヴァナキュラーなもの)は「商品化」され「単純化」されることで消滅します。世界の価値観が均一化しているように思います。われ(自我)は、数えられる数となり(人口や平均寿命)、数える数(イメージ、意識、主体)に従属されるようになっています。
西欧人は死に方を忘れ、長寿ワクチン(不老不死の薬?)を実用化しようとしています。いまは若い人(他人)の血を使っていますが、iPS細胞で自分の細胞から、自分用の長寿ワクチンが作れるようになるかも知れません(そういう「治療」を受けられるのはごく一部のお金持ちだけでしょうが)。
私は、そうではなくて、ヴァナキュラーな生き方・死に方を再生(再創造)しなければ、肉体だけを再生してもだめだと思います。
私は死に方を、荘子の歩き方のように、這いつくばって探したいと思います。それは西欧から学ぶものではありません。日本人の歩き方・死に方は日本にしかないのです。西欧人から学ぶとすれば、それが「日本と違う」ということです。ベイトソンの「分裂生成」のように、それが「日本人のアイデンティティ」と作るとしても、それはその結果であって、目的ではありません。自我から見れば「アイデンティティ(自己同一性)」かも知れませんが、日本教にはそういう自我はないので。「数える数」と「数えられる数」を分離しなかったことが、日本教の特徴です。
