![]() ヴェニスの商人の資本論 面白い本である。さまざまな材料を使って、既成の経済学をずらすそのユーモアは、「バカゲー専科」に勝る知的遊戯である。そのエスプリは、村上春樹に通ずるところがありとても面白く読んだ。ずらした後の論理にちょっと疑問が残る部分もあるが、このようなずらす試みそれ自体が大切なのである。 ずらす試みは、思想界のみならず、TVのバラエティー番組まで幅広く行われている。そしてそれらは商品として流通しているのである。ここにも資本主義が自らの敵対物を取り込み、自らの一部としている過程がある。 ずらしや差異化を楽しむのは昔からの庶民の文化である。それは、権力の存在の有無に関わらず、生きる楽しみであり、権力があるときにはその権力に対抗する力となってきた。体制は、そのずらしを「娯楽」あるいは「ふまじめ」にくくることによって体制の一部とする。 小林よしのりのおもしろさもその論理のずらし方にある。同じずらし文化でもそれが体制に組みするものか、反体制かはわかるものである。その文化が、「まじめ」につながることを認められたとき、それは体制に組みする。「まじめ」あるいは「理性的」であることが近代の体制の表面面であるからである。 「まじめ」でも「ふまじめ」でもなく、あるいは「まじめ」でかつ「ふまじめ」なずらしを続けていくこと、それが庶民の戦略である。 本書の内容にほとんど触れなかったが、これは、あとがきにあるように学術論文等に収まりきれなかった文章を集めたものであるから、この感想文は、本書にのみあてはまるのであって、その他の岩井氏の著作を読んでいない私は見当違いをしている可能性もある。 |
(2000年記)

