
「性の歴史」の理解を助けるとともに、書かれなかったフーコーの晩年の考察を知るのにとてもいい。
7章(グッドマン)8章(ハチトン)9章(フーコー)がおもしろい。
Mon Jun 24 01:20:08 2002
〈impressions〉
It is very good for helping to understand "the history of sexuality" and for learning about Foucault's later thoughts that were not written.
Chapter 7 (Goodman), Chapter 8 (Hachiton) and Chapter 9 (Foucault) are interesting.
Mon Jun 24 01:20:08 2002
It is very good for helping to understand "the history of sexuality" and for learning about Foucault's later thoughts that were not written.
Chapter 7 (Goodman), Chapter 8 (Hachiton) and Chapter 9 (Foucault) are interesting.
Mon Jun 24 01:20:08 2002
いかにして自己を主体化するか―この問いの探究は、「真理と権力」を考察したフーコーの初期の問題系へと立ち帰っていく。自らの思想遍歴を語ったインタヴュー、《自己の主体化》を論じた講義録は、未完におわったフーコーの構想を展望させる貴重な記録となっている。
私たちは自分を捜し、自分の過去、自分の出自(ルーツ)を探し、あるいは自分たちの歴史を知ることによって、自分が何かを知ろうとしてきた。少しでも知ることによって安心しようとしてきた。そして他人に対してもそういう目で見ようとする。
しかし、過去を知ることによって現在の自分(他人)を規制してしまっては何の意味もない。あくまでも私たちは現在を生きるのであり、いま、自分が何をしようとするのか、その決定こそが大切なのである。過去はそのための材料にすぎない。
02/06/02
自分は存在しない。というより「いわゆる人間」なるものも存在しない。
自分が存在しないという言い方が悪ければ、「自己は存在する。しかし主体は存在しない。」
存在しない主体が、自分の行動を決定する。
服従する主体と、自己を決定する主体。
「自分」「自己」「主体」という言葉は紛らわしい。しかし、それらを定義することはできない。定義すること自体が、その否定になるからである。しかし説明することは必要である。それぞれの地域、それぞれの時代の言葉で。
02/06/24
フーコーは西洋の思考の中で、西洋の思考を解体しようとした。それは、日本にはそのまま当てはまるわけではない。日本には日本の特殊性があり、日本型思考の中で、日本型思考を解体することが必要なのである。
[ ISBN-13 : 978-4000040563 ]
