世界認識の方法 吉本隆明著 1980/06/10 中央公論社

吉本隆明VSミシェル・フーコー

古本です。たぶん100円。出版されたのは1980年ですから、40年以上前です(もちろん、消費税が始まる前です)。

冒頭は西欧の巨匠と日本の巨匠の対談です(その他は、当時のインタビュー)。読んだ当時(去年?)は、二人が噛み合ってないなあ、と思ったのですが、読み直してみると、結構いい対談になっています。通訳の問題はあったのかもしれませんが。

著者の思索はこのあとも続きますが、読んでいないので、とりあえずこの本の内容に限っての感想です。

フーコーは『性の歴史』第1巻を出版して、第2・3巻を出版する間の時期です。当時のフーコーにとっては(その前からそうだけど)権力や真理が思索の中心になっていたとおもいます。その時点では、すでにフーコーにとってはマルクスとの対決は中心ではなかったとおもいます。著者にはまだ、マルクスと対決する必要があった、その距離感が「噛み合っていない」ような印象を生み出しているとおもいます。

西欧においては、マルクスは西欧哲学の一つの帰結であって、それは西欧の歴史、あるいは哲学史の中に位置づけられています。マルクスと対決することは、アリストテレスやニーチェと対決することと同じです。でも、日本におけるマルクス、あるいはマルクス主義は日本の思想史の流れの中には位置づけられない「外来の思想」です。親鸞や荻生徂徠と対決することとは異質なのではないでしょうか。

(フーコー)つまりマルクス主義とは、いわば権力的諸関係の総体というか、権力のメカニスムと権力の力学の総体なのです。(P.16)

(フーコー)というのは、それが一つの理性的なというか合理的な考え方の中で、一つの科学、つまりサイエンスとして現れてきたものだからです。西欧社会のごとくいわゆる合理的なる社会が科学というものにいかなる権力関係の力学をゆだねているかといえば、それは科学がたんに真理とみなされうる命題の総体として機能するという点につきるものではない。それと同時に、一連の拘束力を持った命題と深いかかわりを持ったものでもあるのです。つまり、科学である限りのマルクス主義は、歴史の科学、人類の歴史の科学として、しかるべき真理をめぐっての拘束作用をもった力学としてあるわけで、そのディスクールは、たんに過去ばかりではなく、人類の未来に対しても、ある真理の拘束力を波及させるという予言的な科学でもあるわけです。つまり、科学と予言性とが、真理をめぐる拘束力として機能しているという点が重要です。(P.16-17)

これが、フーコーのマルクス(主義)に対する評価です。それに対して著者は、「マルクス主義」を批判し、「マルクス」をマルクス主義からすくい上げようとしているようにおもえます。学者たちは、共産党や社会主義協会、あるいはソ連や中国の社会主義が「いかにマルクスの言葉と違うか」をマルクスの著作をこねくり回して取りあげ、「これが真のマルクスの言葉である」と競っていました。私も「マルクス(レーニン)主義といわれているのは、エンゲルスの考えだ」とか、「共産党は、解釈を間違っている」とか、「これが本当にマルクスがいいたかったことだ(真実のマルクス、マルクスの真実)」などと、散々言ってきました。そうやって、自分の考えの正当化のためにマルクスを使ってきました。なんでもマルクスの言葉を拾ってきて説明しようとしました。でもそのなかで、説明できないもの、民衆を納得できないもの、そもそも自分が納得ができないものがありました。著者は、日本での(戦後の)マルクス主義を総括します。

(吉本)日本の戦後のマルクス主義は、主体性唯物論というような言い方で、マルクスが捨ててなかったヘーゲルの全観念的な骨格を、ロシアで展開されたマルクス主義唯物論にねじ込んで復活させようという問題意識をとってきました。これはフランスのマルクス主義的のやり方と、たぶん正反対じゃないかなとぼくにはおもえます。日本の主体性マルクス主義は、ヘーゲルのいう国家哲学の領域から宗教論の領域、個人道徳の領域、自己意識の領域までも、全部マルクス主義の中に包括して復活させようと試みてきました。そういう流れの上で、ヘーゲルの体系を全部意志論というように総括しているのです。(P.32)

(吉本)ぼくは市民社会という概念はマルクスの〈自然〉哲学の〈疎外態=表現〉として成り立っているとおもいますから、〈マルクス主義〉者とはまるでちがってしまうかもしれません。(対談ではなく、インタビュー。P.128)

そレに対してフーコーは、

(フーコー)結局のところ、何が正しいのか、何が正しくないかという、いわば真理の力とかその効果といったものにとらわれた視点ですね。つまり、正しい真実のマルクスは何かといった、いわば真実の効果といったようなものと、この国家的な哲学のマルクス主義というものをいかに結びつけているかいないかといった視点がわれわれの思考を貧しくしているということです。(P.19)

つまり、「正しい・正しくない」とか「真理」とかはどうでもいい(?)のです。それよりも「真理」あるいは「正しい」とは何か、それが「権力」とどのように結びついているのか、というより、権力はいかに「真理」を通じて作用するのかを問うているのです。

構造

「資本家VS労働者」という図式も、学者達の中ではくずれていました。「支配者(階級)や資本家などは存在しない」といわれていました。私は、それは「支配者(階級)の思うつぼだ」と感じていました。では、どうして労働者(階級)(である私)はこんなにつらい思いをしているのでしょうか。階級に取って代わったのが「構造」です。フーコーを「構造主義者」と呼ぶ人もいるようですが、私はそうは思っていません。

資本家ではなく資本主義という構造だ、というのはわかります。創業者が死んでも、会社は存続します。政権政党・総理大臣が変わっても日本という国家、日本の資本主義は続くのです。私たち個々人という「歯車」は、取替が効きます。「構造」が「人」に取って代わったことによって、「私」はどんどん弱くなっていきます。「私のせいじゃない。構造のせいだ」と責任逃れをすることができそうですが、責任はけっして個人からはなくならないようです。

私には「構造」の意味がわかりません。「有機(的)」と同じくらいよくわからない言葉の一つです。辞書的な意味なら調べればわかるのでしょうが、西欧における学術用語は日本とはちがって殆どがほぼ日常語です。ですから、それは文化や言語構造のなかで、独特の意味を持ちます。日本語における「道(みち)」が「道路」の意味だけじゃないように、有機(オルガン)は楽器のオルガンでもあり、生物の組織でもあり、炭素を含んだ物質でもあります。私には「いろいろなものが複雑に絡み合って、集まっているもの」という印象です。

「構造」は、「すぐには目には見えないもの」「目に見える部分を影で支えるもの」という感じです。有機が集まっている物を中心に考えているのに対して、構造はそれらの関係を中心に考えているのではないでしょうか。建築物もストラクチャーですが、まずそれは「生物」ではありません。そして、建物を建物として成り立たせているものが「構造」です。だから、木の塊を机として成り立たせているもの、それは〈木のイデア〉です。とてもプラトン的なのもを感じます。それと比べると、有機はアリストテレス的でしょうか。

社会(文化)の目に見える部分ではなくて、それを背後で成り立たせている「親族関係」に注目したのが構造人類学です。それぞれの言語(あるいは単語)ではなく、それを成り立たせている構造に注目したのが構造言語学です。言語の構造はまさに「文法」です。それを具体的な諸言語ではなくて、「言語」を成り立たせている根本のものを考えた時に、「普遍文法」や言語を使う能力としての「生成文法」が出てくるのだろうとおもいます。

西欧の学問の基本は分析的であることです。たとえば、言語を文や単語、さらに音素に分けます(分割、分類)。そして、その要素相互の関係をかんがえます。これは綜合(統合)です。その基本にあるのは、「全体は部分の集まりである」という考え方です。部分(個、特殊)とその関係がわかったとき、あるものが「わかった」「真実を見つけた」ことになります。これが「西欧的知」です。

個物と全体のどちらに重点を置くかによって、西欧的知は行ったり来たりをしていました。全体に重点を置くと「全体主義」になります。ゲシュタルト心理学はその全体の方に重点を置いたものだとおもいます。

さらに、近代的学問が見逃していたのが、そもそも、その「あるもの」を「思索(考察)の対象とする」ということはどういうことか、いかにしてそれが可能なのかということです。対象になるものがあるということは、それを対象にする(据える)「主体」があるということです。主体(ego)の存在こそ近代西欧知の暗黙の前提なのです。

基本的には、それを問うてはいけないのです。それを棚上げすることで「客観的真理」が成り立つからです。主体の関与がなくても成り立つもの(それが、個物であっても全体であっても)が西欧的知・学問(科学、Wissenschaft)なのですから、それを問うことは自分が学者であること自体を問うことなのです。フーコーは言います。

(フーコー)ありとあらゆる体験を語らせ、言葉を失った者たち、排除された者たち、死に瀕した人たちに耳を傾ける必要があるのです。というのは、我々は外部におり、そうした人たちこそが闘争の暗く孤立した側面を実質的に扱っているからです。そしてそうした言葉に耳を傾けることこそが、今日西欧に生きる哲学するもののつとめであろうと思います。(P.44)

フーコーが対象(労働者であろうが、国家であろうが、「構造」であろうが)に耳を傾けたり対象を考察したりして、自分が哲学者であろうとするためには、自分が「外部」に立っていなければなりませんでした。外部に立って存在(存在者)を見つめる目は「神の眼」です。フーコーはそれを自覚していた、自覚的だったと私はおもいます。それは、フーコーが神だというのではありません。外部でなければ語り得ないという自覚です。

存在(オン τὸ ἐόν、esse、Sein)

語り得ないものを語るということ、吉本氏はこう言います。

(吉本)現象学的な理念が出現してから以後に気づかれたことです。フーサールやハイデッガー自体そうですし、その影響を受けたサルトルやメルロ=ポンティでもそうなのですが、マルクスが意識しないですんだことで、じつはほんとうは意識しなければ誤差を生ずるという問題が生みだされてしまったことだとおもいます。それは現代では、人間が現実から膜のように隔てられてしまったという自意識の繰込みに関係があることです。

それは、理念として描かれる現実世界のなかで、行為や実践と具体的な現実そのもののあいだには亀裂があるという意識の問題であり、また人間が、現実に働きかけるということと働きかけた具体性とはちがうということです。(P.137-138)

(吉本)〈対象〉自体と人間が対象としたときのその〈対象〉とは、まるでちがうものだということを現象学は発見したのです。(P.139)

この「膜」「亀裂」は、何も現象学が気づいたものではありません。パルメニデスは気がついていたし、ピタゴラス学派がひた隠しにしていたことです。ハイデガーは、私たちが考察の対象にするのは「存在(Sein、存在そのもの)」ではなく「存在するもの・存在者 Seiende」であるとしました。そして、その存在者を存在者たらしめているもの、つまり人間を「現存在 Da-sein」としました。これは対象(客体)とそれを考察する主体です。主体と客体のあいだには「乗り越えられない亀裂」「膜」が存在します。「我と汝」の間にある溝です(「男と女のあいだには深くて暗い河がある」野坂昭如『黒の舟唄』)。その溝は、主体である自分〈我〉が作り出したものですが、西欧的知は〈我〉が溝を乗り越えること、対象を知ることにやっ気になってきた(「Row and Row 振り返るな Row」)西欧近代の知(科学や哲学)は、肝心の「存在そのもの」を「忘却するふり」をしていたのです(私は、フッサールもハイデッガーもメルロ=ポンティも読んだことはありません)。

意識(主観・自我)を持つとき、対象としての存在は、視点とは関わりなく「存在者」となってしまうのです。科学がどれだけ発展しようと、多様な視点を取ろうとも、あるいは無限の〈神〉の視点を取ろうとも、「存在するもの」あるいは「自己・現存在」を「存在そのもの」としてとらえることは不可能なのです。存在は「語り得ないもの」なのです。

意志

(フーコー)西欧哲学はなるほど意識については語った、欲望や情念については語ってきたのですが、いま吉本さんのいわれた意志というものは、西洋哲学にとっての最大の弱点ではなかったかと思います。(中略)意志ー自然ー力と考えるか、意志ー法ー善悪と考えるか、いずれにせよ意志をめぐる西欧哲学の思考はこの二つの図式に還元されてしまうものでした。(P.23)

私には何でも対象として考察してしまう習慣があります。それを「論理的なこと」「正しいこと」だと教えられてきたし、そう信じていました。日常でも、もちろん仕事でも「そうあろう」としてきました。学者と言われる人たちは、もっとそうでしょう。そうあることが仕事の人たちである、とも言えます。

周りのものを対象とするということは、自分が主体であろうとする「意志」です。主体であるということ自体が意志なのです。戦後の民主的教育で育った私は、「自分らしくいなさい」とか「自分の意志をもちなさい」と言われ続けてきたのです。でも、自分を持てば持つほど他者は遠くなります。対象にするということは、自分よりなるべく遠くに離すということです(近すぎると見えません)。できるだけ自分を入れないことが「客観的」ということです。でも、物や他者だけでなく自分自身も対象とすると、自分の思考や肉体すら論理的には説明できません。

孤立した自己は論理的に説明できないもの、深層の無意識とか狂気とかに惹かれてしまいます。フロイトが「無意識」を「ある」と考えたのは私にはそういうことなじゃないかとおもえます。それは「意識」ではないのですから意識で考えようがないのです。でもそれは「存在しないもの」「超自然のもの」ではありません。幽霊だってそれを意識(認識)した時点で「存在(者)」となります。「ないはない」(パルメニデス)のです。無意識はそういうものではありません。私は「存在そのもの」だとおもいます。誤解を恐れずに言えば「自然そのもの」です。無意識や狂気、そして私にとっては〈性〉も「存在する」ものです。でも、それらを「主体(自我)」として考察の対象とした途端、それは「存在」から「存在者」になってしまいます。そして、それらは存在者となったと同時に、私にとっては「疎遠なもの」として、私に「対峙(敵対)する」のです。

私はいまは外部の人間です。引きこもり老人の私はもうプロレタリアートではないし、プロレタリアートを対象と考えることがすでに、自分が外部にいるということです。私が私を対象と見ていたように、私はプロレタリアートの内部にいるときからすでに外部にいたのです。労働運動が私にもたらした様々な矛盾は、まさにその対象化にあったようにおもえます。「〜べき」に対する違和感も、つまり論理と倫理の矛盾もその対象化がもたらしたものでした。そしてそれはそのものとしては納得できないものです。

国家

(フーコー)国家というものは、きまって宗教の上に基盤を置いていたわけです。したがって哲学国家など存在しようもなかったわけです。(中略)そこで要約してみるなら、こうしたマルクス主義の三側面、つまり、科学的ディスクールとしてのマルクス主義、予言としてのマルクス主義、そして国家哲学または階級的イデオロギーとしてのマルクス主義が、権力関係の総体と深い関係を持たざるをえない。(P.18)

主体(主観、自我)を中心に置く文化における宗教(神)と存在そのもの(自然)を中心に置く文化における宗教は異なります。後者はアニミズム(汎神論)と言われたりしますが、日本人には親しみがあるものです。主体を中心に置く文化にとって対象化してしまった自然や他人との関係はとても難しくなります。私と外界、他者とをつなぐものそれが「神」です。もともとは「存在そのもの」であった自然や他者、そして私自身は「神のもとに平等」であり、「神は対象とならないもの」「考えてはいけないもの」「信じるもの」となります。神は「疎外された存在そのもの」なのです。

神が死んだ(ニーチェ)とき、それに取って代わるのは「人間」「主観」そして「科学」でした。科学というのは、理性であり、論理です。宗教ではなく理性での政治(国家経営)。いわゆる自然も、社会も、国家も理性(科学)で制御(支配)できるという考え方は、主観的な文化の必然的結果です。「計画経済」はまさにその成果です。

先進国といわれる国の多くは「計画経済は失敗した」と言いました。そして「社会主義は失敗した」と。果たしてそうでしょうか。その先進国といわれる国々は「科学」あるいは「理性」が支配している文化の国です。自然(山や川や動物や植物・・・)は理性でコントロールできると思っているのに、なぜ国家や社会はコントロールできないものとされているのでしょうか。たぶん、それは国家や社会には人間、つまり「主観の意志」があると思っているからでしょう。

(吉本)政府は、いってみれば国家意思のボディ、肉体であって、国家意思そのものではありません。国家意志というものと国家機関とは、まず分けてかんがえなければいけないと思います。階級闘争至上主義といいましょうか、あるいは目的のためなら手段は選ばない、いわゆる道徳的な問題、善悪の問題、宗教の問題、そんなものは全部無視してしまう、無視しないまでも、従属的意味、第二義、第三義の意味しかないというところにもっていってしまったのは、たぶん国家意志と国家機関とを、すぐに同一視してしまって、階級抑圧と直接結びつけたからではないかとおもっています。(P.45-46)

社会主義国家はたぶん、この肥大した主観が倫理や宗教を抑え込み、理性(科学)を絶対視したものなのでしょう。

歴史

(吉本)つまり現存在とか主体という考え方とかいろいろありますが、それなくして歴史という概念は成り立たないという考え方が、〈歴史〉の立場の根本にあるようにおもわれます。また歴史という考え方には、時間という概念がどうしても入ってきます。どう時間を処理するか個別的であるとしても、時間という概念はどうしても歴史という概念につきまといます。その場合、構造という考え方では、歴史という概念に、偶然の系列化あるいは、フーコーの言い方では、非連続という概念を入れていこうとします。これは非連続の系列化といっても非連続の体系化といってもいいんです。(P.55-56)

(吉本)人間という概念は、ヘーゲル=マルクス系統の考え方では、歴史という概念自体が人間という概念に付着しているもので、歴史を考えることは人間を考えることと同義だということになります。フーコーは、人間という概念が登場したのはたかだか二世紀以来のことにすぎないといういい方をしています。これはたいへん新鮮ないい方のようにおもえます。対談のなかでもいいましたけれども、そういう考え方が成り立つためには、世界という概念を放棄しなければならないんじゃないでしょうか。結局、世界認識の総合性という概念を放棄した代償とおもいます。全体的な世界像を放棄することには、世界の総合性という概念がすでにかんがえるに価しないという見方がふくまれているとおもいます。それはフーコーにはじまったわけじゃなくて、ヘーゲルに異議申立てをした最初の古典学者であり歴史学者だと自認していたニーチェが同時代に、世界史とか世界認識という概念は記述の次元でなければ成り立たないので、具体的な歴史は、偶然だとか必然だとか歴史の段階だとかいうふうに移行しているわけではない、記号的な概念のところでそうかんがえているだけだと述べています。(P.63-64)

ヘロドトスが書いた「歴史」(ἱστορίαι, ラテン文字転記: historiai)は「調査・探求」という意味です。そして「知っていること・知り得たこと」を書き残したものです。歴史は「書かれた歴史」です。歴史は「書かれた歴史が残っている文化」にしかありません(有史)。

主観性の文化は、主観を対象化せざるをえません。対象化は「声に出すこと」からはじまります。でも、一番いいのは外在化させること、目に見える形にすることです。主観を固定すること、声を固定すること、つまり文字です。文字についてソクラテスは、

じっさい、パイドロス、ものを書くということには、思うに、次のような困った点があって、その事情は、絵画の場合と本当によく似ているようだ。すなわち、絵画が創り出したものをみても、それは、あたかも生きているかのようにきちんと立っているけれども、君が何かをたずねてみると、いとも尊大に、沈黙して答えない。書かれた言葉もこれと同じだ。(中略)それに、言葉というものは、ひとたび書きものにされると、どんな言葉でも、それを理解する人々のところであろうと、ぜんぜん不適当な人々のところであろうとおかまいなしに、転々とめぐり歩く。そして、ぜひ話しかけなければならない人々にだけ話しかけ、そうでない人々には黙っているということができない。(『パイドロス』プラトン全集第5巻、P.257)

と言っています。ではどうしてプラトンは師匠の言葉に逆らって、本を書いたのでしょうか。

〈幻想〉

(吉本)〈歴史〉が共同性に強いてくる内在性は〈共同幻想〉として、その領域で内的にうけとめなければならない。そこでは内的な〈共同幻想〉はこの幻想と位相を異にしていて〈逆立〉する関係にあります。そのときかれは、頭脳と観念の行為で参加すべきものを身体でしか参加できないという悩みと交換しているのです。

政治運動や社会運動の実践という観念は〈否定性〉の領域にあり、それ自体は〈歴史〉を構成するものではありません。〈歴史〉を構成するものも〈歴史〉を具現するものも〈否定性の否定〉という観念の幻想領域にあるものです。(P.146-147)

(吉本)ぼくは〈家族〉の共同性が〈親族〉の共同性へ〈親族〉の共同性が〈氏族〉共同性へと転化し展開していくその原動力を、すべて〈対幻想〉の領域とみなしました。ただこの展開のためには〈性〉的な親和と禁止の二重の同在を想定しなければならないとおもいます。

そのばあい〈家族〉は〈対幻想〉の自然的な基盤であり、同時に〈家族〉の〈自己疎外〉態が〈対幻想〉だとかんがえているわけす。〈家族〉が〈親族〉に展開するためには最初に〈性〉的な禁制の概念が家族内的な同世代に導入されることになります。(P.150)

吉本隆明を理解するキーワードが〈幻想〉です。それは、単純には「関係」や「構造」ととらえることもできるでしょう。あるいはそれらを含めたゲシュタルトであると言ってもいいかもしれません。それは一面では「存在そのもの」を表現しようとしたものです。それは「幻想」や「超自然のもの」ではありません。夫婦や親子や村や社会は存在し、ある「関係」をもっています。ただ、それを「存在するもの」「存在者」としてしまった途端に、その存在は消えてしまいます。

フーコーが性的(セクシャリテ)であることを強制されているとしたのは、近代です。それをさかのぼって古典ギリシャまで行きますが、そこに西欧近代につながるものを発見したとしても、それもあくまでも「西欧」ということです。そこで発見したのが「自己への配慮」であり「快楽の活用」です。それを「ego」として、プラトンに再発見したのはローマ人(キリスト教)であり、アリストテレスに再発見したのが近代(デカルト)です。「自我」や「自己」が明治前後の日本語であるように、それまで日本には「わたし」はあっても「自我」「個人」はなかった(だから西欧でいう「社会」もなかった)。「自我」が「自己」に見つけたのが、食欲であり、性欲です。それは「自己」と「他者」に対応するかもしれません。対応させなければならなかったのです。自己にとっては、他者のみならず自己の身体も対象であり、「疎遠なもの」として「我が物にならないもの」として立ち現れます。それを否定することはできなかった。もし、できたとすれば、西欧はいま存在しないでしょう。

(吉本)しかし人間にとっては、〈性〉というのは、自然的動物的行為であると同時に、幻想的行為であるという二重性をもっています。(P.150)

「人間にとっては」ではなく「西欧にとっては」、あるいは「主観にとっては」です。幻想を主観性から見る時に「二重制」がみえます。それは「存在」と「存在者・現存在」です。でも、それを吉本氏に確認することはもうできません。

〈世界〉の認識

人は他者によって作られたじぶんに責任を負わなければならない。それが虚像であるばあいも真実の所在する場所だからだ。そしてこのばあい虚像であるかないかはどうでもいいことで、真実の所在する場所ということが重要なのだ。

わたしはこの期間の〈世界〉の変動にたいして、この本に収められた対話で、〈世界〉はどう捉えうるのかという課題として耐えてきたことになる。もうすこし正確にいえば〈世界〉という認識の仕方は可能か。」(あとがき、P.192)

私は、私の文化(もちろん言語も含めて)で作られたものです。生んでくれた親より、社会を考えてきた自分がいます。親に感謝するどころか、「こんな世の中に生みやがって」と思っていたくらいです。

ほぼ社会から外れてしまった現在、自分の意識、思い込み(虚像)が「作られたもの」であることに気づきました。私の中の〈私(ego)〉からそれを除外すると、〈私〉はなくなってしまいます。この歳になって、いままでの人生そのものを全部否定することになります。でも、どこかでそれにケリを付けなければなりません。

私の中の「エゴ」は、消えそうにありません。それがなくならなければ「存在そのもの」としての〈世界〉を認識することはできないだろう、という予感はあります。こうして文字を書いているうちはだめだともおもいます。考えてることを形にしたい、残したいと「エゴ」が考えているのですから。

いま私は、文化の中にいながらも外部にいます。残された時間がどのくらいあるのかはわかりませんが、自己を否定し続けること、今まで否定したことの中にある「存在そのもの」を救い出すこと、それが外部にいる私にとっての「世界認識の方法」なのだと思っています。







[著者等]

吉本/隆明
1924(大正13)年、東京生まれ。詩人、文芸評論家、思想家。東京工業大学電気化学科卒業。52年『固有時との対話』を発行し、詩人として出発。その後、思想家・評論家として精力的に活動し、「戦後思想界の巨人」と呼ばれる。2012年3月没


新しい歴史理念の構築を目ざす著者が、マルクス理論の有効性をめぐるミシェル・フーコーとの激論を機に、ヘーゲルから構造主義までの思想課題を検討し、あわせて自己の思索的営為のすべてを語る。


[ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4120009440]

シェアする

フォローする