現在のなかの歴史 加藤周一著 1976/10/20 新潮社

現在のなかの歴史 加藤周一著 1976/10/20 新潮社

Oへ

元気か。まだ仕事しているのかな。僕は定年と同時に仕事から解放され、悠々自適の生活だ。年金は月に十万円ほどしかないけどね。退職金で家のローンも払っちゃったので、なんとか生活はできている。

もう何十年も会ってないけど、未だに常に本を手にした生活か?溜まった本は相変わらず捨てている?送料払うから、捨てる前に送ってもらおうかな(笑)。

僕は、ほとんど外にも出ず、「引きこもり老人」やっている。人と話をすることもない。最近文章を書いている。読んでくれる人もいないんだけどね。君と話をしたいと思っているけど、電話するのもなんか恥ずかしいし、メールもわからないから、手紙にするよ。

カネがないのもあって、最近は古い本ばかり読んでいる。君にもらった本や、図書館からもらった本なんかだ。

加藤周一の『現在のなかの歴史』を読んだ。

この本は、たぶん君が「面白いよ」と勧めてくれた本だ。憶えてる。君が本を推薦してくれたのは、たぶんこれが最初で、最後だったんじゃないかな。あの時は「ふ〜ん」という感じで、冷たい反応をしたと思う。今思えば、君は寂しかっただろうな。僕はわかろうとしていなかったんだ。そんな傲慢さに気づくのに40年かかったよ。恥ずかしいけど、仕方がない。

今トライしているのは、そういう自分の傲慢さを見つけることなんだ。小さい頃から植え付けられ、当たり前だと思っていたことを捨てていく試みだ。積み重ねたものをどんどん削っている。いくらか小さくなったかもしれないけど、まだまだ「作られた自分」は小さくならない。下腹ばかりがどんどん膨れる(笑)。もちろん、「本当の自分」なんてものはないのは知っているよ。

君からもらった本は全てカバーがない。見返しの「遊び」が破ってあるのも君の本の特徴だ。でも、この本は奥付けまで破ってある。これでは、発行年月日もわからないじゃないか。まあ、「初出一覧」があるので、単行本の発行年月日よりも、そちらが大切だけどね。

面白かった。1971年から1976年頃までに書かれた文章なので、著者が50代なかば頃の論考だ。僕はその頃、労働組合からも疎んじられて、「このまま万年係長で退職するのかなあ」なんて思い始めていた。実際そうなったけど。「どうして解ってもらえないんだろう」と思いながら、どこか諦めきれないでいた。「自分は正しいことを知っている」と信じていた。学生時代から、すこしも成長していなかった。今は少しは謙虚になったかなあ。とにかく読む本が全部面白い、というか、すごいなと思う。そして、著者はどんどん死んでいる(笑)。

この40年の間に加藤周一も吉本隆明も死んだ。フーコーもイリイチも死んだ。デヴィッド・グレーバーも死んじゃった。死んだ人の本の感想を書いても反論されないのはいい。反論してほしいけどね。

古典の作者の幸福なる所以は兎に角彼等の死んでゐることである。

我我のーーあるいは諸君の幸福なる所以も兎に角彼等の死んでゐることである。

(芥川龍之介『侏儒の言葉』全集第七巻、1978/02/22 岩波書店、P.396)

芸術について

Oよ、僕は毎年仲間とグループ展をやっていたんだが、新コロの影響で展覧会ができなくなってしまった。それまでは、展覧会のために、毎年何点か絵も描いていたんだが、描かなくなってしまった。絵は、僕にとって自己表現だったし、それは「反体制」の表明でもあったんだけど。

芸術家の目的と手段との関係は、ここではほとんど逆転し、かつての手段(自己表現)は目的となり、かつての目的(創造)は手段となった。(P.16)

もともと、絵がうまいわけでもないし、デッサンの練習をするわけでもない。それでも「〈美〉なるもの」を描きたいと思った。「真実」を求めるようにね。技術とは関係なく描けると思ったんだ。つまり、「イデア」を表現しようとしていたんだ。特に女の子の「可愛さ」をね。でも、そんなものはない。

「物数を極めて、工夫をし尽くして後、花の失せずところを知るべし」美しい「花」がある、「花」の美しさといふ様なものはない。彼の「花」の観念の曖昧さに就いて頭を悩ます現代の美学者の方が、化かされてゐるに過ぎない。肉体の動きに則つて観念の動きを修正するがいゝ、前者の動きは後者の動きより遥かに微妙で深淵だから、彼はさう言つてゐるのだ。(小林秀雄『当麻』筑摩書房 日本文学全集42 「小林秀雄集」 1970/11/01 P.366)

小林秀雄なんか読む僕じゃなかったんだけどね。

芸術を越える何ものかが、芸術全体の意味を保証するとき、その全体に新しい要素を加えること(創造)が芸術家の目的となり、彼自身の自己の表現はそのための手段となる。(P.15)

「自己の表現」あるいは「自己そのもの」が「絶対のもの」「崇高なもの」「イデア」だと思っていた。「芸術を越える何ものか(イデア)」がないとすれば、あとに残るのは「自己表現」だ。

すでに環境が芸術家の立場からみて望ましくないのであるから、それを描写することに意味はないとする傾向(抽象的・非具象的傾向)。どういう手段を用いても自己を表現することが、芸術家の目的であるとする考え方(表現主義的傾向)。公衆はーー殊に商業的に組織された公衆は、芸術家がそのなかで「疎外」されているところの現代社会そのものであるから、芸術家は作品を通じて彼らと「コミュニケート」することではなく、彼らを驚かすことを主な目的とすること(何か新しいことを思いつく必要)。(P.142)

抽象的(または非具象的)傾向を徹底させれば、作品と現実の世界(芸術家の環境)との対応関係が失われる。そういう作品を通じて、世界を拒否することはできるかもしれないが、批判することはできない。(P.143)

すべての他人を受入れながら、自己を主張することはできないからである。(P.31)

「和解」が必要だった。他者とも、美術とも、そして〈自己〉とも。

美術について

対象に意味を発見しようとすれば、考えられる無数の関係の中の一つを択ばなければならない。ところが「超リアリズム」の芸術家は、特定の関係を示唆していないから、観点の選択は見る人の自由である。すなわちわれわれは、対象の無意味さと意味づけの恣意性(偶然)との間で動揺せざるをえないだろう。別な言葉でいえば、「超リアリズム」は、対象と観察者との具体的な関係から切りはなされた現実の対象そのものの多義性を、あらわにするものである。これほど現実生活におけるわれわれの視覚的経験から遠いものはない。(P.145)

「超リアリズム」、あるいは「写実主義」でもいいんだけど、「人間はカメラのような仕組みで写真のように現実を見ている」という思い込みがある。これが「思い込み」であるのは、「カメラのように人間の目が作られた」「写真のように現実が作られた」というが変だというのと同じだ。「神は自分に似せて人間を創った」というのと同じだ。

人間は「文化」によってものを見る。古典ギリシアの彫刻はとても「リアル」だけど、当時の絵画は(壺などで見るかぎり)とても「稚拙」に見える。それを「当時の技術は稚拙だった」と思いがちだ。モネの睡蓮も、ゴッホの杉の木も全然「リアル」じゃない。もともと「3次元」のものを「2次元」に落とすのだから、その2次元のものから「現実の存在(実在)」を読み出すためには、「文化のコード」が必要だ。画家も、絵を描く時「文化のコード」によって描いている。言い換えれば「画家にはそう見えている」ということだ。写真を見ることも一つの文化に基づいている。そのコードを知らなければ、写真に写っているものを特定できない。白黒写真で人物や風景、時代などを読み込めるのはその証拠だ。

彫刻だって、実在のものとはちがう。土偶を創った人たちは、技術が「未熟」だったわけじゃない。彼等にはそう見えていたということ、別の言い方をすれば、「見る」ということが違っていたのだ。

言語そのものが、実在を文化のコードに従って音声(あるいは文字)で表現したものだ。だから、そう見えていると言ってもいい。日本語話者にはリンゴは「あか」く見え、英語話者には「red」に見える。そして、たぶん「あか」と「red」は違う。

進化と歴史

「西洋的なもの」は、新しく、進歩を代表し、合理性や能率の良さ、便利と快適さを内容とする、「日本的なもの」は、古く、停滞(と同時に自己確認)を代表し、感情の機微と行動様式の高度に分化した体系、美的感受性の洗練を意味する。(P.45)

「新しいもの」「進歩」にプラスの価値をあたえ、「古いのも」「停滞(退化)」にマイナスの価値をあたえる教育を僕は受けてきた。「鉄腕アトム」や「鉄人28号」が活躍する「科学の未来」は「良いもの」で「正しいもの」だった。僕のなかでは「科学」は絶対だった。「正義」だった。同様に「自由・平等・独立」等も。そして、現実の社会は、自由でも、平等でも、科学的(論理的)でもなかった。その正義を実現するためには「科学的社会主義」が必要だんだんだ。進化論は、その前提として疑う対象ではなかった。対象としての客観(客体)の存在も疑ってはいけなかった。たぶん、Oはそう考えて(割り切って)はいなかったんだろうね。

古い権威や人間は、「軽蔑」すべき存在だった。「存在してはいけない」「否定すべき」ものだった。

一個人にとっての世界は、自分自身と環境からなり、環境は物(と物相互の関係が決定する空間)、他の人間(とその相互の関係である社会)、および象徴の体系(と殊にその基本的な部分である国語)から成る。(P.49)

世界も、歴史も、両親も「現在の自分」と関係させるときにだけ意味をもった。その限りでのみ存在していたんだ。だって、それらは「乗り越えるべきもの」でしかなかったんだから。

おそらくその人間が、あるいは町が、生きてきた歴史の長さと無関係ではあるまい。十代の男女の顔が、美しいことはあっても、個性的であることは少ない。(P.48-49)

こんな文章が、当時の僕の心に引っかかるわけがない。自分の周りにあるもの、街も、国家も、世界も「否定されるべきもの」としてしか見えなかったんだ。

僕は今でも、客観的存在(実在)を疑ってはいない。でも、(西欧的)論理(ロゴス)は「一つの思考方法」でしかないと思い始めた。つまり「西洋近代科学」もだ。「西洋的倫理」も「日本的道徳」もそれぞれの「文化」にすぎない。

過去も、現在も否定すべきものでしかなければ、価値のあるのは「変化(進化)そのもの」でしかない。それは「発展」することにしか価値を見いだせない、とても「資本主義的」は発想だった。「高度経済成長時代」に育てば当然の発想だと思うけど。

その発想が「ちがう」と思えてきたのは、経済状況もあるんだろうけど、自分が「乗り越えられるべき」老人になったというのが大きいんだろうね。

あまりにも早い変化は、個人の適応能力の限界を越える。他方、新たに流れこんで来た人口と、新しい世代によって、変化・発展はいよいよ加速される。かくしてそのような社会では、だれにとっても老いることがむずかしい。今日の青年は明日の老人であるから、老いることのむずかしさは、いわば予感された不安として社会に充満せざるをえないだろう。(P.62)

傲慢だった自分に「バチ」が当たったんだろうね。「老い」をどう生きるかが今の僕の問題だ。

ことにたとえば、写真資料と録音テープは、芸術家が利用することのできる芸術についての知識を、時間的にも空間的にも著しく拡大した。(P.9)

知識の蓄積は巨大になり、とりまく世界は時間的にも空間的にも大きくなった。その分「自分〔個人〕」は小さくなったんじゃないかな。「進化」しているのは、拡大し、相対的になった自我の歴史だけだ。無力感だけが拡がっていく。

人間存在自体は変わっていないじゃないかと思う。親と子どもも、ホモ・エレクトゥスと現代人も。そして、「先進国」に住む人と「発展途上国」に住む人も。

歴史を持つ社会では、「客観的に蓄積された知識」がどんどん大きくなる。単一の個人はその知識のすべてを持つことはできなくなる。たとえ「学者(知識人)」であっても。

他方、細分化された知識を求め、秩序づけ、綜合して、一箇の対象を処理するためには、専門家を組織することが必要である。たとえば行政における官僚組織、産業における技術者の組織など。このような組織の行動の主体は、組織内の特定の個人には還元されえない。すでに述べたように、一つの社会における組織の役割の増大は、社会的行動の主体の非人格化を意味し、そういう傾向の著しい社会のなかでは、仕事を通じて自己の人格を実現しようとする個人、ことにそのような個人の典型としての芸術家が、人間として疎外される。かくして芸術家は社会の支配的な価値とは相反する価値を保持し、社会の典型的な認識方法とは異なる仕方で事物に接し、社会の大多数の人々とは根本的に違う生き方を求める。現代美術の含む問題の多くは、そういう状況に対する芸術家の反応の仕方との関連において、理解されるだろう。反応の仕方には、大別して三つがある。すなわち、自己表現第一という態度、社会への反撃、および社会との和解の試みである。(P.14)

知識が蓄積されること、(科学)技術が発展することが「個人の自由」を増やすように思ってきた。史的唯物論なんかはその典型だよね。

彫刻をはじめるまえに、ミケランジェロが選んだのは、大理石か青銅かということであったろう。今日の彫刻家はプラスティックから自動車のタイヤまで、ネオン・ランプから歯みがきまで、何を使って何を使わぬかを決めなければならない。対象が多ければ多いほど、選択の偶然性は増す。すなわち芸術家の精神の自由は減ずるだろう。(P.224)

西洋論理は「必然」を求めるけど、それが「偶然」に支えられていることを忘れがちだ。進化論も量子物理学も確率論も、いかに偶然を隠蔽するかに尽力しているように見える。

「究極の真理」を見つけるまで、〈自我〉は満足しない。つまり〈自我〉は満足しないんだ。「自我の拡大」という幻想のもとに、「個人」はどんどん小さくなっていると思う。学問が細分化され、対象がどんどん分解されていくように。

快適さ

君も僕も「コンビニ」がなかった時代を知っている。なくたって、別に生きていけるし、不便だとすら思わなかった。飲食店以外は夜は営業していなかったし、週に1回の定休日もあった。年末年始は休みだったし、「棚卸し」の休みだってあった。

技術文明に特徴的な価値の体系は、世俗的である。その内容を消費面からみれば、物質的な「快適さ」であろう。可能な最小限度の努力で得られる「快適さ」が理想とされる。たとえば、ボタンを押し、「つまみ」を回しさえすれば、番組が出るテレビの機械は、その理想に近い。椅子から立って「つまみ」を回す努力さえも省き、遠隔操作で番組を変えることができれば、なおさら理想的であろう。病人用でないテレビの機械がそういう方向に「進歩」することと、番組そのものが、知力または想像力にかける負担の最小限度で、楽しみを与えるように(つまりどんな馬鹿にもわかるように)工夫されることとの間には、明らかに並行関係がある。このような価値が、芸術家にとって容易に受入れがたいのは、当然だといわなければならない。芸術家が求めるのは、「快適さ」ではなくて、表現だからであり、ーー自己表現は快適であるとはかぎらないーーまた努力の最低限ではなくて、おそらくは大きな努力や注意を通じてのみ得られるだろうところの楽しみの最大限だからである。

他方、生産面で、技術的、工業的社会に特徴的な価値は、最小の手段で最大の目的を達成すること、つまり「効率」のよさである。目的と手段を鋭く区別し、「効率」を標準として、手段を合理化するとき、重要な役割を演じるのは、「手段」という概念である。(P.12)

若い頃、「合理化反対闘争」をやった。その当時は「合理化」というのは当局のごまかしだと思っていた。「合理性」というものそのものを疑うことはなっかんだ。合理的とは「科学的」「論理的」そのものだからね。その時思っていたのは「合理性」は進化と同じで、目指すべきものだったから、コンピュータの導入を反対することには矛盾があるということだ。自宅に帰れば、毎日のようにプログラムしてたんだから(今でもやっている)。

合理化に反対するということは、自分のやっていることそのものを否定しなければならなかったんだ。プログラムも、リモコンでテレビを操作することも、酔っ払った帰りにコンビニに寄ることも。「合理化反対闘争」そのものも。

「和解」が必要だった。

理解・和解

「北」側からみて、「南」側を理解することが困難なのは、支配者が被支配者を理解することが困難だからである。殊に支配者側が、相手方についての豊富な情報をもち、公正で、合理的で、平等の立場での競争を主張するときに、相手方の心情を含めてその全体を理解することはほとんど不可能にちかい。豊富な知識は判断への妥当性を強め、公正な行動は道義的な正しさへの自信を固くする。しかも合理的な普遍主義は、それが徹底すればするほど、特殊な立場における人間の心情の内側からの理解(それは想像力によるほかない)を閉め出す。(P.228-229)

被支配者の側から支配者を理解することは、同様に困難である。その立場の特殊性から出発し、議論の普遍的な合理性に達することは不可能にちかいからである。(P.230)

前述の通り、今は「普遍」、つまり「イデア」や「合理性」というのは、「一つの考え方(思考方法)」「文化」に過ぎないと思っている。それでは「和解」は不可能なのだろうか。

(「外人にも芭蕉がわかるでしょうか」。これは修辞的な質問であって、答えははじめから「否」である。彼らにはわれわれのすべてを解るはずがないし、原則として解ってはならない。)欧米人の側からみえれば、日本人は群を成して行動し(商社の支店から団体旅行まで)、個人としては、最良の場合に、退屈な話し相手であり、最悪の場合には、本心を明かさず何を考えているのかわからぬ策士である。集団主義的な社会では、集団即個人、個人即集団、その絶対矛盾の自己同一を離れて、欧米流の個人は存在しない。個人の本心は、明かさないのではなく、少なくとも明瞭に意識された形では無いのが普通であるーーという文化的特徴がこちら側にある。(P.231)

「和解する」、いや「解り合う」ことが可能なのか。それは「否」なのだ。それは、「私が間違っている」「あなたが間違っている」とか「日本人はおかしい」「欧米人はおかしい」とかいうことではない。それは「文化がちがう」ということで、「意味づけの枠組」がちがうということだ。

古典的な父子の対立は、共通の「意味づけの枠組」のなかでの対立であった。息子は親父の青年時代を反復していたにすぎない。「ヒッピーズ」に典型的にあらわれた米国の青年層における価値の転換は、新しい「意味づけの枠組」の出現を示す。かつての父子は、十分に話し合えばわかり合えるはずであったし、少なこともそういう期待が双方にあった。今日の父子の間には、しばしばわかり合えないことを当然とする関係がみられる。新旧の世代は別のことばを話す。別の枠組のなかで感じかつ考える。個別的な問題についてどれほど議論をしても、枠組の相違は克服されず、確認されるだけである。将来新世代が成長したときに、今日の「サブカルチュア」が米国社会全体の「カルチュア」となるかならぬか、価値体系の転換が行われ、米国社会が変わるのか変わらぬのか、今のところわからない。今明らかなことは、「意味づけの枠組」の根本的な相違のために、先進国内、殊に米国で、世代間のいわゆる「断絶」が深まっているということである。(P.233)

欧米に比べての日本の後進性がよく指摘される。たとえば「ジェンダー平等」とか。「ジェンダー」の意味が分かってるのかなって思うけど、問題は「平等」とはどういう意味で、それがどのような「価値」を持つのかということ。「自由」「平等」「個人の尊重」、あるいは「生命の尊厳」などの「意味づけの枠組」は他者(たとえば「先進国」が「後進国」)に「強制する」ものじゃないと思う。「解るはずがないし、原則として解ってはならない」ものなんだ。

それじゃあ「絶対に解らないもの」「和解できないもの」なのか、といえば、それはちがうと思う。「解る」とはどういうことなのか、どうして「解って欲しい」と思うのかということを、「解って欲しい」と思う側が考えなければならないんじないかな。

「解って欲しい」と思っているのは「私」だということ。そして「私(自我)」があるのは、特定の文化の特定の時代だということだ。私があるのは当たり前だと思われているけど、たとえば「物心がつく前」の子供時代には「私」はなかったと思う。人間は「文化」によってものを見る。「私」がある文化では「私」でものを見るんだ。他者も、他の国の人も、歴史も。

僕は「私」を大切に持ちながら生きてきた。人よりも〈自我〉が強かったかもしれない。だから「傲慢」だったんだ。「私」を持っていることを否定する必要はないけど、「そうじゃない世界がある」ことを知ることは、〈私〉を持っている人」には必要だと思う。それは〈他者〉、他の民族・文化や歴史を知ることだ。それは〈私〉がどのように作られているかを知ることだと思う。Oはどう思う?

僕は「へんな道」に進んでいるかもしれないなあ。今、とっても会いたい。そして、もし「へんな道」に近づいているのなら止めてほしい。

Oは酒が苦手なままか?できれば、又居酒屋に付き合ってほしいな。

[著者等]加藤周一(かとう しゅういち)1919年(大正8年)9月19日 - 2008年(平成20年)12月5日。日本の評論家。医学博士(専門は内科学、血液学)

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