おとはじめ、アンリリースド・ライヴ・レコーディングス1981-1983 CHAKRA

おとはじめ、アンリリースド・ライヴ・レコーディングス1981-1983 CHAKRA
おとはじめ

CHAKRAの新しい(?)アルバムです。音源は、デビュー作『チャクラ』発売前のスタジオ録音。未発表曲が中心です。四十数年前ということになりますね。美潮ちゃん二十代前半。いいです。


アンリリースド・ライヴ・レコーディングス1981-1983

一緒に買ったのは、

アンリリースド・ライヴ・レコーディングス1981-1983

タイトルのとおり、1981−1983年のライブレコーディングです。「国内正規版」とあるのは、きっと「海外版」があるのでしょう。ファンが自主制作したそうです。同じなのかなあ。著作権の関係で違っている可能性はあります。

音はひどいですが、ライブの雰囲気は伝わってきます。「お地蔵さん」がいいなあ。何を言ってるのかわからない部分があるけど、それも美潮ちゃんぽくていい。もう少しMCが多かったら良かったなあ。


初めてマイクで遊んだ時

初めてマイクを持って、スピーカーから自分の声が聞こえたときのことをおぼえていますか。いまでも小さい子はその経験を持っているはずです。

私と美潮ちゃんはだいたい同じ年なのですが、私が小さい頃にはマイクで話すということは一般的な子どものすることではありませんでした。せいぜい運動会で大人が手持ちの拡声器を使う程度です。家庭でそれを体験することはありませんでした。田舎暮らしの私と都会ぐらしの美潮ちゃんでは状況が違うでしょうが。

マイクを持って喋ると、前(あるいは後ろ、横)のスピーカーから自分の声が聞こえてきます。はじめは自分の声だと気づかないですね。だから、「あー」とか「う〜」とか、「うぇい」とか適当に喋ります。口を小さくして「ホ〜」と言ったり、口を大きく開けて「あう」とマイクを食べてしまいそうに話したり。自分の声が「大きく」なっていることに気がつくと、面白くて仕方ありません。鏡(や水面)に映るのが「自分の姿」だと気づいたときも同じような感動があったのかなあ。

その時の感動が、美潮ちゃんの歌い方にはあります。民謡のようなこぶしや、演歌のようなシャクリやビブラート、オペラのファルセットのような歌い方、語りかけるような甘えた歌い方、などが混在しています。音程がしっかりしていて、遊びゴゴロもあります。民謡を習っていたんじゃないか、と勝手に想像しているのですが。

会ったこともないので、普段どんな話し方をしているのかわかりませんが、曲の中に時々入っているセリフやMCを聞くと、美潮ちゃんの性格そのものが歌に表れていると思ます(思いたい)。

きっと気が小さいんじゃないかなあ。橋本一子や戸川純の堂々さの中では、大人しく小さくなっている感じがします(背は結構高いです)。まあみんな、どこか「病んでいる」感じがしてそこがいいのです。「病弱な・ひ弱な女の子」というと、「ジェンダー差別だ」と言われるのでしょうが。椎名林檎のように、それを克服してしまうような「強さ」は、逆に私には「怖い」のです。


小川美潮

チャクラの中では、結構自由にやらせてもらってたんでないかなあ。練習もいっぱいしただろうけど、バンドのメンバーが彼女を守り盛り上げることに力を注ぎ、それを力にして安心して歌っている気がします。

どちらかのブックレットに、板倉が「チャクラが解散したのは美潮と別れたからではない」と書いていました。やっぱり付き合ってたのかい。それは明白だったけどね。板倉は美潮ちゃんに「エロい歌」は歌ってもらいたくなかったようです。でも、ビクターの営業サイドからの注文があったそうで、板倉としては不満だったようです。1曲中で2オクターブ以上も音程差がある曲を歌わせたりもしたそうで、「美潮ならできるけど」といいつつ、美潮ちゃんの声を守るためにそれも不満だったでしょう。

バンド全体として音楽の方向性が、板倉が目指していたものと違っていったのはわかります。板倉は「音の流れそのもの」を作りたかった。美潮ちゃんは歌いたかった。でも、レコード会社はそれを理解しなかった。そんな気がします。

チャクラのLPは3枚買いましたが、その後CD化された時にボーナストラック付きで発売されたので、3枚ともCDも買いました。その後、美潮ちゃんのソロアルバムを2・3枚買ったはずです。

美潮ちゃんは「歌うのが、いちいち楽しい」という感じで、板倉はいろいろ気を配りながら「音楽を作るのが、音を出すのが楽しい」という感じが溢れています。


板倉文

私は美潮ちゃんが好きすぎて、板倉は恋敵でした。だから板倉の音楽性はあえて無視してきました。改めて聞くと、変拍子や大胆な変調、当時最新のギターの弾き方、どれも見事です。美潮ちゃんもそれについていきます。

ドラムもベースもキーボードも、美潮ちゃんの歌をもり立てるように一生懸命なような気がします。

男たちに囲まれて、美潮お姫様が安心して歌う。そして、美潮ちゃんもできるだけのことをして、それに答える。いいバンドだと思います。

美潮ちゃんの声がギターっぽいのが、美潮ちゃんの声質にあうエフェクターを使っているのか、どちらかわからない箇所がたくさんあります。

ライブ盤では、美潮ちゃんが「歌うところが少ないので面白くない」と言っていた曲がありますが、そういう美潮ちゃんの歌の比重が小さい曲では板倉のギターはぶっ飛んでいます。


作詞

『空の友達』(作詞板倉)に「ビルのてっぺんから飛び落ちた」という歌詞があります。「飛び降りた」ではなくて「飛び落ちた」です。実際に友人が「飛落」自殺をしたのでしょう。「飛び降りる」のは「主体の能動的行為」です。「飛び落ちる」というと「主体の能動性」がへる気がします。意志的にしたのではなくて、そうせざるを得なかった、そういう状況にあったんだろうと思います。

板倉の作詞は、正面からではないのですが、多分に哲学的な要素がはいいています。日本語の持つ可能性をしっかり知っていると思います。

『おちょーし者の行進曲』は、美潮ちゃんらしい曲です。スカートをはいて、ケッチラカシて進みそうです。

『いとほに』は「ドレミファソラシド」を「はにほへといろは」に変えて歌っているので、歌詞の意味はありません(ないと思う)。「音としての歌・曲」です。

『マヌカン』は鈴木博文作詞です。私にとってはとても意味深い曲です。この曲の前だったか、後だったか、マネキンに恋をする話の映画シナリオを作って、「ATG」に応募したことがありました。一次で落ちたのですが、その数年後にハリウッド映画で『マネキン』『マネキン2』が公開されました。基本プロットは同じです。当然、ハリウッドのほうが「興行的に受ける」内容なのですが、「人形愛(あるいはフェチ)」の表現については、私のほうがいいと思ったし、「盗作だ」と思っています。

当時「ニュー・ウェイヴ」と言われた日本の歌手やバンドは、それなりに過激な歌詞や派手なパフォーマンスをしていましたが、美潮ちゃんは音楽に合わせて体を動かすだけです。

YMOがアルバムデビューしたのが1979年です。シーナ&ロケッツの『ユー・メイ・ドリーム』も1979年。トーキング・ヘッズの『サイコ・キラー’77』は1977年。同じ年、セックス・ピストルズの『勝手にしやがれ』が発売されました。それらの流れのなかで、日本的なものを打ち出したのはYMO、日本語にこだわったのがチャクラだと思います。


再びマイクについて

当時学生だった私は、仲間と居酒屋で酒を飲むと、手拍子とアカペラで歌を歌っていました。「音痴」な人も「拍子が取れない」人もいましたが、だれも気にしません。というか、みんなでフォローしあったり、一緒に歌うということ自体が楽しかったのです。そこに「8トラ」のカラオケが登場しました。一つのカセットに8曲のカラオケが入っていて、10本とか20本のカセットで、超有名な歌を歌っていたのですが、それでもみんな手拍子をしていました。一緒に歌う人もいたし、たまにマイクの取り合いもありました。もちろん、聞いていない人もいたでしょうが。

ビートルズが解散した後ですから、エレキ(エレキギター、エレキピアノなど。今なら平賀源内のエレキテルを連想する人も多いでしょうが)はもちろんあって、マイルス・デイヴィスなどもエレクトリック・ジャズをやっていました。レコーディングはもちろんマイクで録音するのですが、基本は「録音するためのマイク」で、「音を拡大するためのマイク」ではなかっただろうと思います。それがいつしか、「拡声器(ラウドスピーカー、いわゆるスピーカー)」になったのです。

イリイチは、彼が育ったブラチュ島(現ユーゴスラビア)に「拡声器」が上陸した時(1926年)のことをこう書いています。

その日まで、男も女のすべて、多少の優劣はあるにしても、同じように力強い声で話していたのです。しかし、それ以来、事情は変わりました。それ以来、マイクに近づくことが、だれの声を拡大するかということを決定するようになったのです。いまや、静けさはコモンズ〔みんなのもの〕ではなくなりました。静けさは、拡声器がそれを奪いあう対象として資源になったのです。(イリイチ『生きる思想』邦訳、P.52)

いまはどうでしょう。カラオケボックスは、カラオケを歌うところなので仕方ないでしょうが、カラオケが置いてあるスナックでは、歌が始まると話ができなくなります。歌が「うまい」か「へたい」かは関係ありません。そこはコミュニケーションをする場ではないのです。自分が歌っているあいだは気持ちいいのですが。

初めて自分の声をラジカセに録って聞いたときのことをおぼえています。自分の声だとは思えませんでした。モゴモゴと滑舌が悪く、こんな話し方をされたら聞き取りづらいなあ、と思いました。

それまでは、自分の声は「内側」からしか聴いていなかったのです。スピーカーも、自分の声を「外側」から聞く経験です。たぶんマイクとスピーカーができる前は、そんな経験をしたことがないのです。せいぜい「やまびこ」くらいでしょうか。

それまで、自分の存在は「自分の中だけ」に主観的にありました。それが、自分の存在が「自分の外」にもあるという「客観的」な存在になったのです。ラジオ、レコード、テレビがすでに家の中にありましたから、それが「異質なこと」だとは感じませんでした。

文字に自分を表すこと、そういう意味で「表現すること」は、特段「異質なこと」ではありません。そういう文化に育ったからです。でも、文字を書くことが「自分を表現すること」になった、つまり、「文字に著者の心が表れる」と考えるようになったのは、イリイチによれば西欧では12世紀のはじめ頃です。それまでは、本(文字表現)というのは、自分の考えや思いを伝えるものではなくて、神の声、あるいは自然の摂理を表すものだったのです。文字は「声(あるいは音)」から独立してはいなかったのです。


私の祖母の時代は、鏡に「覆い」がしてありました。使わないときは、カーテンや風呂敷のようなもので鏡を隠していました。手鏡は、必ず鏡の面を下にして置いていました。「鏡が汚れるから」という理由もあったでしょう。

昔は(いまも)多くのものに「覆い」を被せます。テレビでも、ラジオでも、お茶碗でも、何でも覆いを被すか、箱にいれるか、戸棚にしまうか、しました。ホコリが溜まるからですし、日に焼ける(劣化する)ことを防ぐためでもあったでしょう。物がぶつかって壊れる(割れる)ことを防ぐ効果もあったでしょう。

でも、鏡はそれとは違って、もっと恐ろしい「何か」があった気がします。「夜に鏡を見ると・・・」という話はいくつもあります。手鏡を表にしておくと、雷が落ちるということを聞かされた記憶があります。それを「神話的」なものと片付けてしまうだけじゃなくて、きっとそこには「社会的なもの」が含まれているはずです。つまり、物理的、生物学的なものとは別の「文化的」なものです。時代、地域によって異なっているはずですから。まあ、私は怖がりなので、鏡や暗い所は怖くて仕方ないのですが。

やまびこも、同様に「神秘性」があります。それも同様に地域性や時代性があるでしょう。やまびこは「避ける」ことがむずかしいのですが、鏡は「避ける」事ができます。女性にとって(最近は男性も)鏡は日常的な必需品ですが、古墳時代(弥生時代)の銅鏡を「化粧のために用いた」と思ってしまうのは今の感覚を投影しているからで、化粧のために鏡が必要になったのはもっと後のことです。そもそも(鏡の普及具合とは別に)、自分で自分の化粧をするというのは近代的な「自我意識」に引きずられた感覚です。「見る」ことと「見られる」ことが区別されることは、言語学的な要素が大きな気がします。

「見る」「見える」あるいは「見られる」というのは、英文法の「能動・受動」や「可能」などとは大きく違います。「 I see. 」「 I can see. 」「 I've seen. 」「I'm seen(?)」と違うことは、何となく分かると思います。

「見る」を「他人が自分をどう見るか(自分が他人にどう見えるか、でもいいのですが。以下同じ)」「自分が他人をどう見るか」「自分が自分をどう見るか」「他人が他人をどう見るか」と区別してみましょう。日本人にとっては、「それは見る角度(方向)が違うだけだ」と思えるでしょうが、英語話者には(訊いたことないけど)日本人以上にまったく別のことに思えるのだと思います。

「化粧をするのは自分のため」という日本語が普通に聞こえる昨今ですが、それは自分と他人との区別が(西欧とは違ったかたちで)日本人にできてきているからです。自分の顔は自分では見えないのですから。

音(声)も同じです。自分の声は自分の顔と違って、常時内部から聞こえているのですが、それを客観的に認識することはなかったのです。


視覚と聴覚

マクルーハンは、これらのことは表音アルファベットに特有なことだといいます。

絵文字も、表意文字も、象形文字も人間を非部族化する表音アルファベットのような力を持ってはいない。表音アルファベット以外のいかなる書字法も、すべてが相互に依存しあい、あらゆる物を密接な関係に保つ聴覚的性質を持つ世界の外へ人間を移し代えはしなかった。(マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』旧邦訳、P.64-65)

それゆえ、表音アルファベットのみが、人間を部族社会から文明社会へ、と移し代え、人間の耳の代わりに眼を与える力を持っているのである。(同、P.73)

表意文字は、感覚の分離や、専門化、あるいは文字の形と音と意味の分離(これは表音アルファベットの特徴であるが)を引き起こすことはない。(同、P.87)

それはそのとおりなのですが、漢字と仮名を使う私から見れば、ちょっとアルファベットを買いかぶり過ぎなように思えます。私がカラオケスナックで経験する「もどかしさ」「寂しさ」は、それとは別な気がします。

人間のどれか一つの感覚が技術(テクノロジー)によって拡張、あるいは外在化される結果、人間の諸機能が分離してしまうという現象が十九世紀にあまりに広く見られたので、ようやく今日われわれは、歴史上初めてどうしてこのような文化の転換が起こったのということを意識するようになったのである。それがアルファベットであれ、ラジオであれ、新しいテクノロジーの影響を最初に経験する人々は、最も強い反応を示すものである。その理由は、目や耳が技術によって「拡張」されると直ちにわれわれの諸感覚感の比率が新しいものに変わるために、われわれは驚くほど新しい世界を経験することになるのであるが、その新しい世界は、われわれの感覚全体に、力強い新しい「閉鎖(クロージャー)」の現象〔固定した一定の様式が生み出されること〕あるいは相互作用の新しいパターンを喚起するからである。(同書、P.65-66)

マクルーハンがこの本を書いたときには、「ウォークマン(ソニーの登録商標)」はありません。私は外を歩きながら、初めてイヤホンで音楽を聴いたときの経験をおぼえています。いままで一体化していた視覚と聴覚が初めて「明確に」分離したのです。その「めまい」のような「車酔い」のような感覚は、今でも忘れられません。足が地から浮いたようで、うまく歩けないのです。「初めて自転車に乗れた時」「初めて自動車や汽車に乗った時」「初めてジェットコースターに乗った時」、のような感覚です。視覚と聴覚、そして体の動きやその感覚は、連動しているというか、切り離すことはできません。


文字

そういう「感覚の分離」という経験が当たり前になったとき、そういう文化の中で生まれ育てば、それは「当たり前」のことで、「人間とは(世界とは)そういうものだ」、「普遍的(な法則)」だと思ってしまいます。

見ているものと、聞こえているものが「別だ」と思う感覚は、見えているものとその本質、言葉とそれが意味すること、さらに、話し手が言おうとしている「思い(心の内)」とは別のものだという感覚を引き起こします。「ああ言っているけど、本心はわからない」「騙されているんじゃないか」という発想は、「詐欺事件」などの報道で日々強化されていますが、そういう感覚を持つようになったのは日本では(西欧でも)それほど昔のことではありません。それを「聴覚(聴触覚)と視覚の分離」と考えること自体は間違ってはいません。マクルーハンはそれを「印刷技術(グーテンベルクの活版印刷)」と結びつけたのですが、活版印刷がその感覚の分離を一般化したとしても、それが一般化するためには、すでに「本」と「文字」と「言葉」が分離していなくてはならないし、一般化したということは、その分離が当たり前になってたということです。

その分離の「始まり」を、文字が流入し「話すこと」と「書くこと」の違いに驚いた古典ギリシャに求めることもできるし、文字を発明したといわれるシュメールに求めることもできるし、古代エジプトや、甲骨文字時代の中国に求めることもできるでしょう。

「見る」ことと「話すこと・聞くこと」が別なことだというのは、「目と耳は違う」というのと同じような意味で、別です(異なります)。「心と体は違う」という意味で違います。「宇宙(ブラフマン)と自分(アートマン)が分離している」という意味で分離しています。


『今昔物語』(読んだことがないけど)

「今は昔・・・」で始まります。口承文学で、神話や昔話をするときも、その話を「今のこと」として話そうとしました。できるだけ近づけようとしました。「今は昔だと思ってください」。

「 long、long ago (昔々)」と随分違うと思いませんか。現実(今・ここ)から離れないように務める文化と、できるだけ離れようとする文化。大きな違いがあります。

何から離れようとしているのでしょうか。何を離そうとしているのでしょうか。それは「自分(主体〉」です。最近は体臭(匂い)からも離れようとしています。生きているということから、他者から、自分から、離れようとしているのです。

五感を切り離すこと(分離すること)は不可能なのですが、文字文化は切り離そう、切り離そうとしています。ウォークマンで視覚と聴覚を。スマホで、現在の場所を別の場所に。小説、映画、写真、レコードなど、みんなそうです。文字そのものが「今・ここ」を越える力を持っているからです。それでも、読む人、見る人、聞く人はなんとか「その世界に没入」し、そこに「現実(事実、今・ここ)」を見つけようとします。


エレクトリック

『グーテンベルクの銀河系』が書かれたのは1968年です。日本でラジオ放送が始まったのは大正末期、テレビ放送が始まったのは1953年です。1960年にはカラー放送が開始されました。ステレオ(音声多重)放送が始まったのが1978年。ちなみに地上デジタル放送が始まったのは2003年、2012年に完全移行しました。

テレビの前に、映画が大流行していたのですが、映画も「電気」を使って「光」を増幅しています。

文字(本)が「視覚文化」だとすれば、ラジオは「聴覚文化」です。そしてテレビ(映画)は「視覚文化と聴覚文化の混合」だと言えそうです。

マクルーハンは、「感覚のバランスの変動」を重要視しています。エレクトロニクスの普及がそのバランスを変えたのだと。

マクルーハンは、「二十世紀の文化の、アルファベット的局面と電子的局面との衝突において、活字は〈内なるアフリカ〉への回帰を阻止する決定的な役割を演じる」(前掲『グーテンベルクの銀河系』旧訳、P.106)

われわれはもはや、未開人や、非文字文化の経験を理解するのに何の困難も感じない。それはただ、われわれが、自分自身の文化の内部に、非文字文化的経験をエレクトロニクスによって再創造したからである。(同書、P.107)

一世紀以上も前に電磁波が発見されて以来、現代人は、古代人の持っていたすべての次元の中に、これまでになく完全に包まれつつあるのだ。(同書、P.151)

まだ、『グーテンベルクの銀河系』はここまでしか読んでいないので、予想的な感想ですが、マクルーハンは暗に「アルファベットの優位性」を確信し、それから生まれた「西欧科学の優位性」を自慢しているように思います。エレクトロニクスが「再創造」した「非文字文化的経験」は、「分離した諸感覚の再統合」なのでしょうか。文字(文字文化・活字文化)は再統合の「桎梏」でしかなくなったのでしょうか。

カラー、〈4K〉〈8K〉などで、映画やテレビの画面は、「見えているもの」に近づいています。モノラルがステレオになったことで、音に「包みこまれる」ような感覚が増しています。映画館で「風」を送って、皮膚感覚(触覚)を感じるようになっているそうです(私は体験したことがないけど)。ドコモの「フィールテック」は「触覚を記憶したり、他者へ共有することができる技術」だそうです。そのうちに「匂うテレビ」ができるかもしれません。それらはきっと、私がウォークマンで感じたような「新たな経験(体験)」を作るのでしょう。

でも、それらが「感覚の統合」を創り出すとは思えないのです。活字は「デジタルデータ」に代わりました。「電荷」に置き換わったのです。でもそれは、「活字文化」がなくなったことでも、「アルファベット」がなくなったことでもありません。

これ以上、活字文化のことに触れるのは『グーテンベルクの銀河系』を読み終わってからにしたいと思いますが、別の視点で一言。

ドラマや映画というものには「カメラ」が使われているということです。つまり、制作者が見せたいものを見せたい角度から、見せたい大きさで撮っているということです。俳優が熱演している先には、相手方の役者がいるのでも視聴者がいるのでもなく、カメラがあるということです。その後ろには、カメラマンや音声さんや監督やメークさんや衣装さんなどがたくさんいます。その場で聞こえているはずの虫の声や波の音や、たまには監督の怒鳴り声などが「ない」ということです。そして実際には流れているはずのない「BGM」が雰囲気を盛り上げています。寒い季節に水着で演技したり、暑い季節にコートを着て演技をしています。最近では、役者さんはロケ地にもいず、相手の役者すらいない状況で、特殊撮影の「グリーンバック(ブルーバック)」の中で演技をしています。

それでも観客は、まるでその現場(場面)にいるような思いでそれを観ているのですが、そのように観る「技術(感覚)」こそが、活字文化(あるいは文字文化)が生み出したものだということです。


歌手と聴衆

歌が上手い人、下手な人がいます。練習してうまくなる人もいるし、練習してもうまくならない人もいます。歌う能力も、話す能力も、それを聞く能力も、みんな(全員ではない)持っているでしょう。能力(ポテンシャル、デュナミス)としては先天的に持っているけどある特定の言語や音楽を聞いたり(聞き分けたり)、話したり歌ったり演奏したりする能力(アクティビティ、エネルゲイア)は後天的なものだという人もいます。今ならそれを「ジャンクDNA」の中に見つけようとする人もいるでしょう。探したい人は探せばいいのですが、私はアインシュタインの脳に「科学遺伝子」が見つかるとは思いませんし、長嶋茂雄の細胞に「野球遺伝子」が見つかるとも思わないし、美空ひばりに「歌遺伝子」が見つかるとも思っていません。きんさんぎんさんに「長寿遺伝子」が見つかるとも思わないし、がんになった人に「がん遺伝子(がんになりやすい遺伝子)」が見つかるとも思いません。

見つかったとしてもどうなるものでもありません。長寿遺伝子が見つかれば、「長寿の薬」ができるかもしれません。さらには「若返りの薬」ができるかもしれません。「若返りの薬」ができたら、ほしいとは思います。まあ、できたとしても、私が買える値段ではないでしょうが(貧富の差、命の価値の差が広がります)。それに、今更若返って「何をするか」という大問題が発生します。それは今まで散々考えてきて、考えるのが嫌になった問題ですから。

美潮ちゃんの歌声がとても好きです。それが先天的なものか、練習の賜物かわかりません。どちらもあるでしょう。そして板倉を始めとするバンドメンバーの力でもあるでしょう。いずれにしてもダンカン・ワッツのいう「偶然」に過ぎません。それには、「私がCHAKRAに出会った」「私がCHAKRAを好きだ」という偶然も含まれます。そして、それは「起こってしまった」以上、否定することはできないのです。


福の種

私が住んでいる地域では、盆踊りの音楽も、神輿のお囃子もトラックの上に載せたスピーカーから流れます。和楽器(和太鼓や笛)を演奏できる人がもう地元にはいないのでしょう。

先日、チャクラの唯一の(?)ヒット曲『福の種』をスナックで熱唱しました。チャクラの曲が入っているカラオケは珍しく、たまたま見つけたので歌いました。民謡調で、ノリの良い曲です。盆踊りに使えるかも。最後の「し〜あ〜わせの〜〜た〜〜〜ね〜〜〜〜え〜〜〜〜〜を〜〜〜〜」を歌ったときは、気持ちよかったなあ。

でも、まばらな拍手があっただけで、全然ウケませんでした。みんな知らないのですから仕方ないのですが。まあ、自分が気持ちよかったんだからいいか。

チャクラは数年で解散します。音を作りたい板倉と、歌いたい美潮ちゃんと、アイドルグループのように売りたいビクターとの溝は埋められるはずがありません。板倉のその後は知りません。美潮ちゃんはその後も歌い続けます。坂田明との「 wa-ha-ha 」は良かったなあ。私は、坂田明は美潮ちゃんに「アホ坂田」と言ってもらいたいがために、そのバンドを作ったのではないかと思っています。

今回Youtubeで「仙波清彦とはにわオールスターズ」のライブを見直しました(1991年)。いいですねえ。美潮ちゃんは4人(5人?)の女性ボーカルの一人です。美潮ちゃんが一番真面目に歌っています。

一度調べ始めると止まりません。で、最近の美潮ちゃんの動画も観てしまいました。私とほぼ同じ歳なのですから、当然おばあちゃんです。話し方も歌い方も、昔と変わりません。いい歳のとり方をしたんだろうなあ、と勝手に想像しています。




『おとはじめ』

内容紹介
■Track List
1.つゆ
2.雨
3.Chinom Tabogari
4.小舟
5.おにわそと
6.音無月
7.はねる
8.魔法のチーズケーキ
9.福の種
10.島の娘
11.東京スウィート モーニング・トップス~オープン・スペース~あこがれ~グッドナイト東京)

ギタリストでありコンポーザーでもある板倉文が中心となって結成され1980 年7 月に1st アルバム『 CHAKRA 』 をリリースしたCHAKRA 。今回のアルバムは、'78 年にVocal 小川美潮が加入してCHAKRA として始動してから1st アルバムレコーディング直前までに3 箇所で行われたスタジオ録音の貴重な秘蔵音源集。2 曲目の「雨」以外は初出の音源であり、スタジオ録音音源としては未発表曲も多い。
アルバム『 CHAKRA 』 には単曲として収録されている「あこがれ」は元々、組曲「東京スウィート」に含まれており組曲全曲、作詞も板倉文による原型のバージョンが収録されている。「島の娘」も同様に、原曲の板倉文作詞バージョンを収録。また、デビュー曲となった「福の種」も若干違う詞となっている。
活動期間は短かったものの、今も海外にも根強いファンを持つ伝説のバンドCHAKRA 。今回の発掘秘蔵音源集は、世界中のCHAKRA ファン騒然の1 枚となること間違いなし。マスタリングは、後にCHAKRA メンバーとなる近藤達郎が担当。

以前からいつか出したいと思っていた音源が、ついに世に出ることになった今年。気がついてみればチャクラ45周年の節目でした。なんか祝福されてるようで嬉しくて、みなさんにもお分けするので、一緒に喜んでくれたら大好きよ♪
小川美潮

ネム音楽院で意気投合した友貞一正と板倉文は自分達のバンドを組もうと、僕はDrm の水村敬一と、Vo の山際祥子 以後Q ちゃん 友貞一正 以下ガンちゃん はGuit の南明徳を連れて来て、key.. の勝俣真悟はオーディションでチャクラの母体が出来たんです。
都立大学駅からそう遠く無い所に学習塾のなかに練習する個人スタジオががあって水村君の知り合いからそこを使えるように手配して貰ったんです。塾の始まる頃は音を出せないから午前中から練習してました。6段筋のような体操から始まり瞑想音楽、ブルースのセッション、それからレパートリーの練習。週3 日ほどそれを続けていました。最初のVo.Q ちゃんが瞑想音楽が嫌だったみたいで、脱退しました。
さて、新しいVocalist にオーディションをしますが、そこに小川美潮がやって来て正式メンバーに迎えいれられました。オリジナル曲を中心にレパートリーが、ライブが出来るくらいになってガソリン アレイをはじめに都内のライブハウスでチャクラと名乗り活動をこなしていきました。レコード会社も視野に入れるようになって、デモテープを録ったのが今回世に出る事になり、とても感慨深いです。レコードデビューする際に不本意ながら6 人から5 人になりオリジナル曲の歌詞も変えることになりましたが。この『おとはじめ』は本当の意味で、オリジナルです。
板倉文

世界中のレコード・ディガーによる発見作業が続くチャクラは、実はまだ歴史の一部分が発見されたに過ぎなかった。デビュー前、スタジオで録音されていた驚愕の秘蔵音源が遂にお披露目。こんな完成度の高い世界がデビュー前にスタジオで作り上げられていたとは。無国籍、エスノ、オリエンタル、サウダージ、アヴァンギャルド、ニューウェイヴ。80 年代に重要なキーワードとなる種は、既にこの時点でまかれていたのだ。玉手箱を開けた瞬間、音が現在と未来につながっていく。これを希望と呼ばずして何と言おう。こういう時代だからこそ、「福の種」はもっともっと世界中にまかれなければいけないのだ。
(小暮秀夫 / 音楽ライター)

メディア掲載レビューほか
ギタリストでありコンポーザーでもある板倉文が中心となって結成され1980年7月に1stアルバム『CHAKRA』をリリースしたCHAKRA。今回のアルバムは、`78年にVocal小川美潮が加入してCHAKRAとして始動してから1stアルバムレコーディング直前までに3箇所で行われたスタジオ録音の貴重な秘蔵音源集。2曲目の「雨」以外は初出の音源であり、スタジオ録音音源としては未発表曲も多い。アルバム『CHAKRA』には単曲として収録されている「あこがれ」は元々、組曲「東京スウィート」に含まれており組曲全曲、作詞も板倉文による原型のバージョンが収録されている。「島の娘」も同様に、原曲の板倉文作詞バージョンを収録。また、デビュー曲となった「福の種」も若干違う詞となっている。活動期間は短かったものの、今も海外にも根強いファンを持つ伝説のバンドCHAKRA。今回の発掘秘蔵音源集は、世界中のCHAKRAファン騒然の1枚となること間違いなし。マスタリングは、後にCHAKRAメンバーとなる近藤達郎が担当。 (C)RS

『アンリリースド・ライヴ・レコーディングス1981-1983』
内容紹介
オリエンタルな浮遊感に包まれた総天然ポップ・サウンドは年月を経るとごとに評価を増し、2019年レコードの日に細野晴臣プロデュースの2nd『さてこそ』がアナログ復刻されたことも話題のチャクラ!!
ライブでしか聴けなかった7曲の未発表曲を含むレア・ライブ集。海外で限定自費出版された秘蔵盤が早くも国内盤でリリース決定!!! ブックレットには中心メンバー・板倉文&小川美潮の最新インタビュー(!)や未発表写真も掲載した、ファン目線の最強レア・トラック集!!!
[海外盤掲載の英文インタビュー原文(日本語)付]

メディア掲載レビューほか
オリエンタルな浮遊感に包まれた総天然ポップ・サウンドは年月を経るとごとに評価を増し、2019年レコードの日に細野晴臣プロデュースの2nd『さてこそ』がアナログ復刻されたことも話題のチャクラ!!ライブでしか聴けなかった7曲の未発表曲を含むレア・ライブ集。海外で限定自費出版された秘蔵盤が早くも国内盤でリリース決定! (C)RS

アーティストについて
戸川純と人気を二分するジャパニーズ・テクノ・ポップの歌姫、小川美潮と天才・板倉文によるニューウェイヴ・テクノバンド。今も世界中に根強いファンを持つCHAKRA。海外の熱心なファンが自費で制作したライブでしか聴けなかった9曲の未発表楽曲も含む秘蔵音源2枚組の国内盤。板倉文さんならびに小川美潮さんへのインタビューや未発表の写真や資料が載った豪華なブックレット付。おそらく輸入盤と同価格くらい。CDSOL-1524『南洋でヨイショ+6』2012年1043枚

戸川純と人気を二分するジャパニーズ・テクノ・ポップの歌姫、小川美潮と天才・板倉文によるニューウェイヴ・テクノバンド。今も世界中に根強いファンを持つCHAKRA。海外の熱心なファンが自費で制作したライブでしか聴けなかった9曲の未発表楽曲も含む秘蔵音源2枚組の国内盤。板倉文さんならびに小川美潮さんへのインタビューや未発表の写真や資料が載った豪華なブックレット付。おそらく輸入盤と同価格くらい。CDSOL-1524『南洋でヨイショ+6』2012年1043枚

曲目リスト

ディスク: 1

1 空の友達~過渡期
2 お地蔵さん
3 走象
4 床入り(華の夜)
5 めだか
6 テクニック
7 いっしょに
8 はねる
9 福の種
10 キリエ(マテギ)
11 BAVANCO
12 島の娘
ディスク: 2

1 FREE
2 いとほに
3 微笑む
4 ミュンミュン
5 南洋でヨイショ
6 YOU NEED ME
7 おちょーし者の行進曲
8 鳥~山
9 まだ
10 テーマ
11 空の友達
12 めだか



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