
著者のことは全く知りませんでしたが、先日、柄谷行人の『探究Ⅱ』をチラ見していたら出てきたので、不思議な縁だなあ、と感じました。
具体的な例を挙げたり、いくつかの図を書いたりしながら、わかりやすく書こうとしているのだろうと思います。句読点の打ち方からもその感じが伺えますし、できるだけ「哲学用語」を使わずに(使う時は説明を加えながら)書いている気がします。でも、そもそも、時間という目に見えないもの(レントゲンを使っても、電子顕微鏡を使っても見えないもの)を取り扱うのは難しいのです。普通はそれを前提として、目に見えるもので科学(物理学や化学)は成り立っていますし、数学も「時間そのもの」を表示できるわけではありません。
でも、時間がなければ、私たちは何かを認識をすることも、意識をすることも、存在することもできないのです。
時間や空間は、いつの時代でも、どこの地域でもあった「普遍的存在」のように思えますが、日本語に「時間」や「空間」という単語ができたのは明治以降のようです。
時間の語誌
( 1 )明治初頭、time の訳語としては「時(とき)」「時刻」などが用いられ、「附音挿図英和字彙」の初版(一八七三)では「時間」は space の訳語として「間」「広」「空所」「間隔」「字隔」とともに挙げられている。
( 2 )「哲学字彙」(一八八一)に至り、time に「時間」、space に「空間」をあてて、「附音挿図英和字彙」の再版(一八八二)では、space と time の双方の訳語になっている。「改正増補和英語林集成」(一八八六)では、長さや区切りを表わす場合には「時間」、ある刻限を表わす場合には「時刻」という区別が見られる。(精選版 日本国語大辞典)
それまでは日本に時間や空間がなかったわけではありません。「隣の村までどのくらいありますか」という問いに、「日が暮れるまでには行けるよ」と答える感じで、時間と空間は一緒に考えていたのだろうと思います。つまり、「自分(男、女、大人、子ども)が「移動する」ということと、時間や空間は「別のこと」ではなかったのでしょう。なんせ、普通の人は長距離を測る道具や、時を測る道具(時計)を持っていなかったのですから。
空を見上げて、「そろそろお昼にするか」(庶民が一日三食になったのは江戸時代です)、「日が暮れたから帰るか」という感じです。落語に「時うどん」(江戸落語では「時そば」)というのがありますが、それは寄席があるような江戸時代の大きな都市の話で、田舎には「うどん屋」も「そば屋」もなかったし、普段お金に接することもありませんでした。「今何時?」という問いは、とてもあたらしいものです。
それでも「哲学的考察」ですから、哲学用語は出てきます。専門用語がわからないのは仕方ないのですが、私が気になるのはむしろ普通の言葉です。「過去・現在・未来」は、当たり前に使うのですが、どれももともとは仏教用語のようです。まあ、漢字と仏教が一緒に入ってきたのだから、もともとある漢字熟語はたいてい仏教用語ですが。仏教用語としてはそれぞれ「前世」「現世」「来世」のことです。
「出来事」は events の訳語でしょうか。
「物」は things ですが、「事物」は何でしょうか。「物事」なら「ものーごと」という意味ですが、「事」は events の意味ですから紛らわしいことになります。
「実在」「実在性」は、多分 real, reality の意味でしょう。これがよくわかりません。日本では「観念」「観念性」 idea, ideal と対になる語として、「客観的存在」「外在的存在」のような意味で使われますが、多分哲学用語としては「現実 actuality 」「現実性 actual」(「実際には」、「本当は」)に近い意味です。「見えるもの・手で触れるもの」という意味で理解しようとすると混乱します。日本語の「現実」は「現在あるもの」になってしまうので、時間を考えるのにはふさわしくありません。「実在」を「頭の中で考えたもの(観念)ではなくて、現実にあるもの」という意味で捉えると、何を言いたいのかわからなくなります。
「存在」は本書の中では、ほぼ existence でしょうが、私はほぼお手上げです。
彼はむしろ、何かしら実在の系列が存在することを認め、・・・(P.99)
それぞれの単語を説明しようとすれば、それぞれ何冊もの本になってしまいますから仕方がありません。というか、「時間」を含めてそれぞれ、さまざまな哲学者が説明しようとしてきたことです。それぞれが西欧哲学の歴史です。それを日本語で説明しようとするのですから、著者の苦労がわかります(苦労はわかるけど、意味はわかりません)。
ただ日本と違うのは、西欧においては、それらすべての言葉が「日常語」だということです。つまり、西欧人の思考は、これらの単語のイメージから成り立っているということです。日本には(少なくともこの本で使われているような意味では)なかった単語ですから、日本人の思考には馴染んでいません。
「数」は number でしょう。似た単語に count があります。こちらは「数える」という意味でしょうか。数や「数える」ことはとても当たり前のことで、「数がない文化」を考えるのは難しいのですが、ケイレブ・エヴェレットの『数の発明』を読むと、数や「数える」文化が決して当たり前ではないことがわかります。
「数える」というのは、例えば目の前のリンゴを「1個、2個、・・・」と数えることです。指折り数える(指と対応させる)数え方もあります。この(リンゴでも指でもない)「1、2、・・・」が数です。
アリストテレスは「1個、2個、・・・」を「数えられる数」と呼び、「1、2、・・・」を「数える数」と呼びました(当時、「1」は数というより測るための「単位」でした)。「数える数」と「数えられる数」があって、それを媒介する(成立させる)のが「数える」という行為かも知れません。私の理解では、この「1、2、・・・」は、「赤い」とか「大きい」とかと同じイデア(性質)で、「リンゴ」とか「犬」とかというのが質料(基体)に対応します。前者は日本語の「観念的」、後者は「実在的」に近い気がします。
- ソクラテスは人間である。
という文章は、「ソクラテスがいる、そしてそれは人間である」という2つのことを同時に表しています。これは、
- ソクラテスは色白である。
とは幾分違っていて、ソクラテスが「色黒」であってもソクラテスですが、「人間」でなければソクラテスではありません。人間であるのは「必然的(自体的)」で、色白であるのは「偶然的(偶有的)」なので、この必然的な規定方式(定義、述語、ロゴス)を、のちの人は「本質 essence 」と呼ぶことになります。
混乱してきそうなので、アリストテレスの言うところを引用しておきます。
実体という語は、それより多くの意味でではないにしても、少なくとも主として次の四つの意味で用いられている。すなわち、(1)もののなにであるか〔本質〕と、(2)普遍的なもの〔普遍的概念〕と、(3)類とが、それぞれの実体であると考えられており、さらに第四には(4)それぞれの事物の基体がそれの実体であると考えられている。ところで、基体というのは、他の事物はそれの述語とされるがそれ自らは決してのなにものの述語ともされないそれ〔主語そのもの〕のことである。(『形而上学』1028b-1029a、邦訳全集 P.208)
この「実体」が「ウーシア οὐσία 」です。もう少し引用しておきます。
ところで、(1)或る意味では、質料がそうした基体と言われ、(2)他の意味では型式が、また(3)或る他の意味では、これら両者からなるものがそれである。ここに私が質料と言っているのは、たとえば銅像について言えば、青銅がそれであり、型式というのはその銅像の型であり、両者からなるものというのはこれらの結合体なる銅像のことである。(同)
つまり、いろんな人がいろんな意味で使っているということです。アリストテレスはむやみな造語はしません。また、いくつもの意味がある語は、それをどういう意味で使うかを示さなくてはならないと言っています。アリストテレスは既存の語が含んでいる意味を「分解・分類」し、その一つひとつを丁寧に説明しています。
「数える数」「数えられる数」と訳されているように、ここには印欧語の「能動と受動」という考え方が含まれています。「愛する love 」は他動詞で、主語(例えば「私」という実体)と目的語(例えば「あなた」)とセットで使われます。「私はあなたを愛しています」。そして主語と目的語を換えれば「あなたは私に愛されています」という受動態になります。「愛」という「実体(本質・行為)」があって、それを行使する主体とされる客体がある、ということです。本来(旧来)の日本語ではこういう表現はしません。「好きです」というのは、「好きである」「好きという状態」になったということで、そこには状態の主役(主語)とされる「私」の「意図・意志」はありません。「雨が降っている」という状態があって、その状況の中にすべてがあるという感じです。「親を愛せない」「子どもを愛せない」というのは近年の考え方で、それまでは(そして今でも)「親を好きになれない」「子どもを好きになれない」(好きという状況に陥らない)ということでした。
さらに、近代、その主体は「自我 ego 」に変わっていくのですが、これはアリストテレスのあずかり知らないものです。
デカルトは、「ソクラテスは人間である」つまり「ソクラテスがあり、それは人間である」をひっくり返してしまいました。
- 我思う、ゆえに我あり。
つまり、「我は考えるものである、だから我がある。」ということです。「人間は考える」ということと、「考えるのは人間だ」は全く違うことです。「犬は吠える」と「吠えるのは犬だ」とが違うように。「数える数」と「数えられる数」との逆転とも言えるでしょう。この取り違えはその後もつづきます。例えば、「体内に新型コロナウィルスがいる」ということと、「新型コロナウィルスになった(新型コロナウィルスである)」ということが区別されにくい、というようなことです。
その二つの形象とは、「永遠の円環運動」と、「はじめと終わりをもった、上昇する直線」とである(クルマン『キリストと時』)。前者は、自然の円環的循行を重んずるギリシア人によって愛好され、後者は、キリスト教の終末論的世界観に結びついて展開されたのである。(P.39)
多分どの文化でも、時間感覚は季節(旬夏秋冬、乾季・雨季、星座の移動など)や太陽の昇り降りとしてあるでしょう。繰り返されること時間感覚とは共通することが多いだろうと思います。時間が分割可能であるということも、のちの時間の均質性(絶対時間)も、「(同じことが)繰り返される」ことの変形だとも言えます。仏教における「輪廻転生」も繰り返されることです。「前世・現世・来世」はそれを表しています。古代ギリシャにおいても、(長いスパンではありますが)「生まれ変わり」ということが信じられていたようです。
キリスト教(ユダヤ教)では、『創世記』があり「終末論(最後の審判)」があります。仏教にも「末法思想」がありますが、日本人の多くは「生まれ変わり」のほうが親しみがあります。これは「死」というものをどう捉えるかということと関係がありますので、「天国・地獄」があるということと、「自分がなくなる死」「禍々しい死(アリエス『図説 死の文化史』等参照)」というものが同じものではありません。これは「命」「魂」「生命」「生きること」をどう見るか(感じるか、考えるか)ということですから、文化による違いはもちろんのこと、同じ文化でも時代によって異なります。
「直接的に一方方向に上昇する直線」は、まさしく「ダーウィン的進化論」なので、説明せずとも今の日本では「常識」となっています。「経済成長」という名称で、毎日なども聞かされます。「成長し続けないことは破滅」なのだと。
「直線的に一方方向に流れる時間」と「繰り返される時間」とが未だに両方とも力を持っていることは、現代の「ループものSF」によく表されています。
『涼宮ハルヒの憂鬱』の「エンドレスエイト」(2004年)。使いまわしを徹底的に行なった画期的作品です。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)も似た作品です。同じような作品はは昔からあった気がしますが、『ブラッシュアップライフ』(2023年)のような「人生やり直し物」とは違います。登場人物が気づいているか、読者(観客)だけが気づいているかの二種類があります。『時をかける少女』(1967年)が持つ寂しさ、切なさ。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)のようなタイムパラドクスやパラレルワールドなども、この二つの時間観から生じたものと言えるでしょう。
1492年という年は、コロンブスがアメリカ大陸を発見した、と言われる年ですが、ネプリハが、ロマンス諸語で初めての文法書『カステリャーノ語文法』を出版した年でもあります。当時のスペイン王室で話されていた言葉が「正式なスペイン語」であり、それ以外のスペイン語(スペインで話されている言葉)は俗語となりました。さまざまな西欧語の文法書が作られていきました。それ以来、「正式な言葉(文語、標準語)」と「俗な言葉(口語、方言)」があるということになりました。「言語には文法がある」とか「言語は文法でできている」とか言われ、「言語を学ぶということは、その文法を学ぶことだ」と思われてきました。印欧諸語の文法(言語構造)で、他言語も説明されなければならなくなりました。名詞、動詞などの品詞や「過去形・現在形・未来形」などの時制によって他言語が説明されるようになりました。人間は「言葉を話す」のではなく、「文法を話す」のだと思われることもあります。
日本語はどうでしょうか。例えば、
- ここにあった(在った)。
と言った場合、探し物をしていて見つけた場合は、「過去」にあったということではなく、「今(現在)ある」ということです。ここに「在った」ものがなくなっている時にも、同じ事を言うでしょう。英語なら、前者は「 Here it is. 」、後者は「 Here it was. 」と言い分けるでしょう。
- ここに居た。
も同様です。「出来た」という「完了形」も現在なのか、過去なのかは場合によって違います。別に日本語が特殊だということではなくて、どの言語でも時制や、態などさまざまに絡まって言語をなしているのであって、印欧諸語の文法構造ですべての言語を説明できるものではないと思います。あるいは言語が違えば、「ものの見方」「時間の捉え方」も違うと言うこともできます。日本語が時間をどのように捉えていたのかは本書の範囲外ですが、本書には文法的なことも一部出てきています。
このような反論に対して、マクタガートは、いったい時制とは何か、と問い返す。そして彼は次のような言いかえを試みる。「Mは現在だ( is )」=「Mは、現在の時に現在である( is )」。「Mは過去になるだろう( will be )」=「Mは未来のある瞬間には過去である( is )」。「Mは未来であった( has been )」=「Mは、過去の時のある瞬間には未来である( is )」。(P.97-98)
西欧語文法に対する素直な意見で、日本語話者にはむしろ当たり前のことです。
「むかしむかし、あるところに〜〜がいました」「 a long, long, time ago...」は、「昔(過去)の事だから今はない」というのでは面白くありません。「昔のことだけも、今もある」と思えるから面白いのです。そこに「リアリティ」があるのです。『今昔物語』の「今は昔〜〜ありけり」というのは、「今は昔で、昔は今です。〜〜がいたのです」と解釈したほうがいいと思います。「居ました」は「ありました」同様、日本語では「過去形」ではないのですから。
マクタガートは、このことを「西欧語」で言おうとしているのです。
マクタガートの時間論では、
マクタガートの議論の大前提とも言うべきものであるが、その点に照準を合わせた上で、彼は系列一般に次の三つの種類を区別する。その第一は、その諸項が過去・現在・未来と続く系列で、これを彼はA系列と名づける。第二は、その諸項が前( earlier )と後( later )という関係で並ぶ系列で、これはB系列と名づけられる。そして第三は、ただ一定の順序の規定だけを含む系列で、これを彼はC系列と呼んでいる。(P.86)
図示します(私が手を加えたものです)。

この「B系列」を左右にずらすことで、文章(A系列)は「過去が現在形」になったり「未来が現在形」になったりします。
C系列は、順序ともいうべきもので、「1の次に2、2の次は3、・・・」というようなものです。2021年に東京オリンピック(第32回夏季大会)、2024年にパリオリンピック(第33回夏季大会)が開催され、それらは現在(2026年)から見ると過去(前)の出来事です。東京オリンピックはパリオリンピックよりも「より遠くの過去」です。そして2028年のロサンゼルスオリンピック(第34回夏季大会)は、未来に開催されます。「第32回、第33回、・・・」「2021年、2024年、2026年、2028年、・・・」はアリストテレスの「数えられる数」で、「32、33、・・・」「2021、2024、2026、2028、・・・」は「数える数」です。
ある「その前」にある出来事が「原因」となって、「その後」にある出来事に「結果」する、これを日本語では「因果関係」といいます。
アリストテレスは「原因(アイティア)」を四つに分けました(訳語は何種類かあるけど、始原因・目的因・形相因・質料因)。古代ローマでは、アイティアを causa 、と訳しました。英語の cause の元です。このうちの「始動因」は causa movens (運動因、動力因)というラテン語訳に近いものですが、causa factiva (作出因、起成因)、causa efficiens (作用因)とも訳されました。facio (作る)と前置詞 ex (外へ)との合成語 effectio によって作り出された状態が effectus (英語: effect )で、これが「結果」と訳されました。「結果」に対応する古典ギリシャ語はないようで、あえて言えばアリストテレスにとっては、それは「原因」の一つだったとも言えます。
仏教における「因・縁・果」は、「原因・結果」とはまた違う意味です。
「裸で寝た(原因)から風邪をひいた(結果)」は、時間的前後関係です。その逆「風邪をひいたから裸で寝た」ということはありません。カントは、
彼は、現象の時間的前後関係によって因果関係が決まるのではなく、逆に、因果関係こそが「客観的」前後関係を決定する、と述べているのである。(P.66)
したがって、もし右の仮定のように、因果関係から時間関係を推論しようというのであれば、因果関係は時間関係から独立にそれ自体として知られなければならない。(同)
「手を離したからリンゴが落ちた」という因果関係は、「落ちたリンゴが自然に手に戻ってくることはない」という「不可逆性」を含みます。「過去は変えることができないが、未来は変えることができる」、つまり過去を「原因」として「現在」を説明し、「現在」と「現在」における私の意志によって「未来」を変える可能性の観念も生じます。過去は「必然(必然性)」となり、未来は「可能性」になります。
でも、その因果関係の多くは、結果から原因を考えたもので、「ほら見ろ(結果)、そんなこと(原因)するからだよ」というように、結果がなければその原因を考えることもなかったことです。
そして、未来に対しても、その因果関係を適用し「予測」してしまいます。
「図1」は、三つの数直線で表されています。これは時間を「空間化」したものです。この図を見る人は、この数直線(時間・空間)の外にいて、過去・現在・未来を「同時に」見ています。これは「神の視点」です(人が見ることができるのは「現在」だけです)。
一番基本とも思えるC系列は、数の並びです。この「2024」と「2026」の間には「2025」がありますが、「2024」と「2025」は「繋がって」いるのでしょうか。
そこで、アリストテレスは、「今」は「同じもののはじめと終わり」ではなく、あくまでも「過ぎ去った時間の終わり」であると同時に、「来らんとする時間の始め」でなければならない、と言っている。これは、決して同語反復ではない。アリストテレスは、ここで、要するに「今」は移動している「今」であり、それはいわばある長さをもつことによって、その次の「今」とは「つねに異なるもの」となるような「今」だ、と言おうとしているのである。だから、彼はこうつけ加えている。「時間は数ではあるが、しかし点が”始め”と”終わり”として二つに数えられるという意味での”数”ではなく、むしろ線分の両端が数えられるという意味での数である」。時間は、いわばそれ自体長さをもつ今の移動として、あくまでも長さで測られるということになる。(P.57)
アリストテレスは、「線を分割したもの(切ったもの)は、点ではなく線分である」と言っています。つまり、長さのあるものを分割していくと長さのないものになる(長さがゼロ・無になる)ということはありえず、点は線の両端だと言っています。それは実在の点ではありません。逆に言えば、点を集めたものが線ではないということです。「限りなくゼロに近づく(極限)」は「イプシロン-デルタ論法」がわからないので、私は理解していないのですが、数学で扱われている「点」は、「大きさはないけど、集めると大きさに成るもの」としての点を扱っているように感じます。
「今(現在)」という「瞬間」はその仮想された「点」であり、「長さ(のある時間)」に成るものとして想定されています(時間を「長短、大小、遠近」などとして考えることがすでに「時間の空間化」です)。長さを持っているのではなく、「長さとなるものとしての長さがないもの」です。一種の誤魔化しです。「1」の次の数は「2」です。「1」の「となりの数」ではありません。「1」の半分、「0.5」は数でしょうか。りんご0.5(半分)は「半分のりんご1個」です。「1」の隣の数(実数)は何でしょうか。「その数」と「1」との間には「空間(距離)」があるのでしょうか。「ない」というのが連続体仮説です。つまり、「繋がっている」ということです。
アリストテレスは、「一緒に」「離れて」「接触する」「中間に」「継続的」「接続的」「連続的」とは何かを『自然学』で説明しています。
場所的な意味で「一緒に」あるとわたくしが言うのは、直接的に一つの場所にあるかぎりのものであり、「離れて」あると言うのは、異なった場所にあるかぎりのものであり、「接触する」と言うのは、端と端とが一緒にあるところのものである。(「中間に」については引用略)「継続的」と言うのは、始めのものの後にあってそのような前後の順序の決まるのは位置によるか、形相によるか、その他の何らかの仕方によるかであるが、当のものと、別のものによって継続されるもの〔当のもののすぐ前にあるもの〕との中間には、同じ類のものは何も介在していないものである。(中略)また「接続的」というのは、継続的であって接触するものである。そして、連続的なものは、接続するものの一種にほかならない。つまり、接続するものどもが互いに接触し合うところの〔接続するものどもの〕おのおのの限界が〔たんに一緒にあるのではなく〕同じ一つのものとなるとき、連続的であるとわたくしは言う。(226b-227a、邦訳旧全集 P.202-204)
過去の「端」としての現在と、未来の「端」としての現在は、「別々の端」ではなくて「同じ一つのもの」であるが故に、過去と現在と未来は「連続」しているのです。「1」と「その隣の数」との間に「数(という類)」がないのであれば、数(実数)は「連続している」ということになります(0.99999⋯と1は同じだから)。同じ見方をすれば、自然数「1」と「2」は間に自然数がないのですから、継続しています。「1」のブロックと
「2」のブロックをくっつければ接触しています。「1」のブロックと「2」のブロックの限界(境目)は「同じ」でしょうか。もし同じなら連続しています。木のブロックなら「同じではない」でしょうし、もっとやらかいゲル状のもの(例えばこんにゃく)、あるいは磁石なら同じになるかも知れません。ここに質料を持ってくるからいけないんですね。あくまでも「数える数」は「数学的形相」ですから。
数直線が「連続している」というとき、私はそれを「糸」のようなものとイメージして、つまむと繋がっていて持ち上がるように思ってしまいます。
しかし、ここで忘れてはならないのは、アリストテレスの言う「数」という語が、「数える数」と「数えられる数」との二義をもっていたということ、そして物の数を数える場合、その単位となるものの大きさは、必ずしも最小である必要はなかったということである。(中略)だから、例えば線についても、その本数が多いか少ないかを問題にする場合、「その最小の数は二〔単位としての一を数のうちに含めない場合〕または一である」が、その長さを問題にしてその大きさを測ろうとする場合には、「大きさにおいて最小の数は存在しない」と言われる。線は、言うまでもなく、どこまでも分割することができ、これが最小という長さはありえないし、そしてもし長さをもたないところまで分割を進めれば、それはもはや単位としての長さをも失ってしまうことになるからである。時間についても、事情は同じであって、「時間の最小の数は、その数〔つまり多いか少ないか〕から言えば、一つまたは二つであるが、大きさから言えば、最小の数は存在しない」。「今」が単位だと言われるのも、そのような意味においてなのである。(P.57-58)
「今何時?」と聞いたときの「何時」は、「数える数」でしょうか「数えられる数」でしょうか。「時刻」は「数えられる数」で「時間」は「数える数」に近いかも知れません。その「何時」は実在するものだと思っています。
多分、どんな文化でも「時間感覚」はあるでしょうし、それを表現する言葉(単語)もあるでしょう。
例えば、近世の物質観の根本原理となったおなじみの慣性の法則について考えてみよう。この法則は、原理的には、すでにガリレイによって発見されていたが(『新科学対話』第三日)、その完全な定式化は、無限を恐れないデカルトにまたなければならなかった。これは、ガリレイがつねに地球の重力の場の中でものを考えたいたために、かれの慣性的運動は本当の直線的無限運動になりえなかったからなのである。その間の事情を、科学史家のギリスピーは、こう述べている。「デカルトのほうが勇敢であったというよりも、むしろ無関心であった。自分の思考が明晰で単純であれば、人を無限の宇宙に放り出すことに良心のとがめを感じなかった。結局ガリレイには地球のことが気にかかっていた。そして、地球は丸い。しかしデカルトには明晰さがあるだけだ」(『科学思想の歴史』)。(P.41-42)
もちろん、慣性の法則は、差し当たっては空間に関する思考の変革をもたらしたが、時間に関しても同じ変革が要請されるはずである。時間が直線的で均一な流れでないとしたら、やはり慣性の法則は成り立たないからである。(P.41)
アインシュタインの相対性理論は、時空が均一(だれにとってもいつでも同じ)であることを打ち破ったかに見えますが、それは慣性の法則や空間の均一性、時間の均一性を特殊なものにしたわけではなく、ある観察者(状況、私一般、あるいは神)にとっては、あらためて「普遍的なもの」であることを言い換えたにすぎません。均一の概念を他の運動系(ガリレイの地球の外)にも適用するためのマジカルワードです。特殊相対性理論(質量とエネルギーの等価)もマジカルワードとしては同じですが、それは原爆を創り、実際に人を殺しました。一般相対性理論はどうでしょうか。量子力学と一緒になって人を殺したことがあるのでしょうか。どちらも「無限・永遠」を思考の枠内(人間の枠内)に引き込もうとしたように思えます。「無(無限・真空・ゼロ)」を嫌ったアリストテレスは、逆に、「数える数」と「数えられる数」を分離することによって、なんとか現実の世界に踏みとどまろうとしたのではないでしょうか。
で、わたしがそこで俎上に乗せた議論は、わたしが歴史家であり、歴史家として知っていることは、まさにその速度の概念がガリレオ以前にはなかったことでした。ガリレオが最初に一時間幾マイルという発想、もっと正確に言えば与えられた時間に対する距離と考え、時間と距離を異なった、区別される実在として互いに関連させた時、彼はあるタブーを犯していることを知っていました。今と此処 hic et nunc は厳密に相互に関連し合っていたので、人々には、その一方だけを取り上げて語ることなどできなかったのです。しかしガリレオは時間を空間から切り離して観察できると主張したのです。(イリイチ『生きる希望』、邦訳 P.305)
ガリレオは自分の言っていることを理解させるのに大変な苦労をしました。積分の観念の分析はライプニッツとニュートンによる無限小の計算の考察を要求します。今日、近代がその上に依拠している時間の観念それ自体が、現代物理学や現代哲学、そして現代生物学において危機に瀕しています。これには疑う余地がありません。しかしわたしがここで言いたいのは、現代の時間概念はすでに、生きられた時間の充実した継続とは関係なく、また結婚式の誓いにある「永遠(とわ)に」とも関係がないということです。これは「終わりがない」ということを意味しているのではなく、「今、隅無く」を意味しているのです。(同書 P.306)
「遠距離通学」を紹介するテレビ番組があります。去年、番外編としてモンゴルの子どもの遠距離通学をやっていました。往復7時間かけ、荒野や山を超えて馬で通学しています。テレビの画的には「何の変化もない風景」が続きます。彼が見ているもの、感じているものはテレビに映っているのでしょうか。天候であったり、季節であったり、陽の光であったり。川が凍っていたり溶けていたり、鳥の卵が孵ってヒナになり、巣立っていったり。草木の芽がでたり枯れたり。それは「今・此処」でしか見られないこと、体験できないことです。特番ではない長距離通学で、電車や地下鉄で見ているスマホや本で得る情報は「今」でも「此処」でなくてもいいものなのではないでしょうか。「いつでも、どこででも見られる」という便利さは、「今・此処は必要ではない」「人間は経験しなくても(身体がなくてもデータさえあれば)いい存在だ」と言っています。
この、空間を無限の「広がり」として捉える源にもアリストテレスがいます。
近代都市の住人に「物質としての空間」という感覚を思い起こさせるのは至難の業である。かれらは空間を「素材」として感じとることができない。(イリイチ『H2Oと水』、邦訳 P.42)
アリストテレスになると、空間はもはやそのような「素材」として理解されなくなる。プラトンの「容器」(hypdechomene)は、アリストテレスによって、存在の論理的な四つの「原因」の一つと化し、「質料(hyle)」と同一視されてしまう。アリストテレスは、西洋の空間知覚の最終的な土台、すなわち容器としてではなく、広がりとしての空間認識を築いた。アリストテレスとともに、「イデアとしての都市」は法的虚構となるのである。(同書 P.46)
容器には内と外とその境界があります。アリストテレスは、
プラトンも、その著『ティマイオス』の中で、質料と場〔コーラ、空間〕とを同じであると言っているのである。というのは、受容するものと場とは一であり同じであると言っているからである。(中略)しかしとにかく、プラトンが場所と場〔空間〕とを同じだとしていたことは確かである。(中略)他のすべての人々も、場所をなにものかであるとは言っているが、そのなにであるかについては、ただこのプラトンだけがそれを語ろうと試みたからである。(アリストテレス『自然学』209b、邦訳旧全集 P.125)
プラトンの言うところを引用します。「三つの種族(ジェンダー、ジャンル)」の話です。
すなわち、「生成するもの」と、「生成するものが、それの中で生成するところの、当のもの」と、「生成するものが、それに似せられて生じる、そのもとのもの(モデル)」の三つがそれです。なおまた、受け容れるものを母に、似せられるもとのものを父に、前二者の間のものを子になぞらえるのが適当でしょう(以下略)(プラトン『ティマイオス』50D、邦訳全集 P.80)
まず一つには、同一を保っている形相といいうものがあるのですが、これは、生じることも滅びることもなく、(中略)理性の働きがその考察の対象として担当しているところのものなのです。そして、以上のものと同じ名で呼ばれ、また以上のものに似ているものが、二つ目です。これは、感覚され、生み出され、いつでも動いており、ある場所に生じては、再びそこから滅び去っていくものなのでして、思わくによって、感覚の助けを借りて捉えられるものなのです。そして、さらにまた三つ目に、いつも存在している「場」の種族があります。これは滅亡を受け入れることなく、およそ生成する限りのすべてのものにその座を提供し、しかし自分自身は、一種の擬(まが)いの推理とでもいうようなものによって、感覚には頼らずに捉えられるものなのでして、ほとんど所信の対象にもならないものなのです。そして、この最後のものこそ、われわれがこれに注目する時、われわれをして、「およそあるものはすべて、どこか一定の場所に、一定の空間を占めてあるのでなければならない、地にもなければ、天のどこかにもないようなものは所詮何もないのでなければならない」などと、寝とぼけて主張させる、まさに当のものにほかなりません。(同書 52A-B、邦訳 P.83-84)
この第三の種族である「場」は「コーラ」です。これは「場所(トポス)」ではありません。この「コーラ」について、プラトンは説明に苦労しています。あるいは説明を避けようとすらしているようです。それは現実の世界(質料、客体、感覚)にも観念の世界(形相、主体、理性)にもないもので、それらがそこで発生し、それらを包み込む(受容する)ものです。そしてそれは「感覚や思惟の対象ではない」から「ほとんど」気づかれないものです。
アリストテレスは、コーラを「空間(場所、広がり)」にしてしまいました。そこから「境界(限界、端)」のない空間が広がっていきます(毛利衛さんが「宇宙からは国境が見えません」と言ったのはこのことです)。アリストテレスが嫌った「真空(無、ゼロ)」と「無限」は、デカルトとニュートンによって「時空」にされます。
ソクラテスが裁判の結果に従って毒をあおったのは、「アテナイというポリス」の一員だったからです。つまり、ソクラテスやプラトンにとってアテナイ市民というのは、アテナイの細胞、同胞(はらから)であって、アテネというポリスは言わばその「手足である市民」によって成り立っていたのです。「民主主義」という政治体制は「自分の手と足の民主主義」でした。そのポリスが「寡頭制」をとろうと「僭主政」をとろうと「民主制」をとろうと、それは「頭の問題」でしかありません。
そして神々は、その頭に奉仕するものとしてまた、身体の全部をひとまとめにして与えました。(同書 44D、P.64)
この頭が「理性(知性)」(一つ目の種族)で、手足は「感覚」(二つ目の種族)です。この二つの種族を生みだす「場」(第三の種族)は、「ポリスそのもの」です。プラトンにとって「アテナイ」という「ポリス πόλις 」は、単なる「場所」ではありませんでした。「アテナイ人」は単に「アテナイに住む人」ではないのです。
プラトンは、それを(同じギリシャ人ですが)アテナイ人ではない(異邦人)ティマイオスに語らせます。アリストテレスはスタゲイロスというギリシャの植民市(当時マケドニアの支配下にあった)の出身です。デカルトは、フランスを離れてオランダの「炉辺の部屋で」孤独に思考を深めた人です。ニュートンは、家族関係がうまく行かず、実家に火をつけるような人でした。
近代的自我が生じる「場」は、「空間」であり「質料(物質、脳神経)」だとされ、「コーラ」はまた忘れられます。「私(自我)」がどこから生れたのかを忘れてしまうのです。
われわれは、物理的に言えば単なる主観的現象にすぎないとされるものに、例えば「第二性質」があることを知っている。かつてロックは、「色・音・味、その他いろいろな感覚」の観念を、物体の「個体性・延長・形・運動もしくは静止・数」の観念と区別して、物質の第二性質の観念と呼んでいた(『人間悟性論』)。後者は、物体がどんな状態にあっても、それから切り離しえない客観的で本源的( original )な性質の「像」であるのに対して、前者は、「物体自身の中にはそれと似たものはなにもない」ような全く主観的観念にすぎない、とされたのである。(P.132-133)
なぜなら、例えば「花が赤い」とか「水が冷たい」などと言う場合、われわれは決して、その文の内的意味として、「私は、花が赤い、と思っている」とか、「私にとって、水が冷たく感じられる」と述べているのではないからである。われわれはそのとき、ただ花や水という客観的な物について、その或る状態を述べているだけであって、その状態の経験がどのようにして起こったかに関心を向けているのではないのである。そうした客観的事物の諸状態の描写をいかにも主観の表現であるかに思わせるのは、ビーリによれば、実は知覚の因果的解釈なのである。つまり、われわれは、知覚に因果律を適用することによって、まず外界に客観的に存在する或る物理・化学的出来事が有機体に作用を及ぼし、その結果、有機体の中に「感覚所与」という特有の出来事が生じ、その「感覚所与」を意識化して知覚が成立した、と考えているのである。(中略)したがって、第二性質についての言葉も、意味論的には客観的なものであり、ただその客観性が必ずしも物理的な客観性ではないだけだ、とビーリは言うのである。(P.133-134)
ハイデガーの” Sein und Zeit ”は『存在と時間』という日本語タイトルで知られていますが、河出書房新社「世界の大思想」の辻村公一訳では『有と時』となっています。この訳語について訳者は「解題」で、
Sein を「有」と訳さざるを得ない一番根本的な理由は、さきの「形而上学」から「形而上学の根底の内への帰行」というハイデッガーの問の根本の道筋とも聯関しているが、簡単に言えば、アリストテレス以来の形而上学が「実有もしくは実体」の概念カント以降の所謂「主体」の概念をも含めてを根本にして、そこから「有る」とか「有るもの」のさまざまな意味や有り方をその多様性と統一性とに於いて究明せんとしたのに対して、ハイデッガーは決定的に「真で有る」すなわち「開示されて有る」を出発点としてそこから伝統的形而上学における Sein の問題を思惟し直そうとしているのである。(中略)判断の所謂「繋辞」すなわち「で有る」に言い現される。そのような「真で有る」は如何にしても「存在」ではない。(河出書房新社版『有と時』P.502)根源的な Zeit すなわち「時性」( Zeitlichkeit )とその地平たる「とき性」( Temporalität )とは「時間」などという間延びしたことではない。(中略)「時間」は、本書の最終章(中略)に言われている如く、公開化されて派生した時性的現象形態であり、根源的な Zeit は端的に「時」である。(同)
畢竟『存在と時間』という訳語は、ハイデッガーの謂う” Sein und Zeit ”を暗黙の裡に何か物のように対象化して見るという見方の残存から出て来ていると訳者には思われる。併し、まさにそういう見方が伝統的な形而上学内での見方であり、まさにそういう Sein =存在、Zeit =時間という見方を掘り崩そうとするのが、本書の意図である。(同書 P.502-503)
時間を「が有る(存在)」ではなくて「で有る(繋辞)」として考えよう、ということです。「私がいる」ではなくて「私である」ことは何か、という問いは「アイデンティティ」という形で説明されます。それを「日本人で、男で、・・・」などと説明してしまうのではなく、「どうして私(時)は〈私(時間)〉として現れるのか」、そして「〈私(時間)〉として現れる《私(時)》とは何か」ということなのでしょう。私はこの訳者「解題」しか読んでいないので、「本文」にそういうことが書かれていたらいいなあ、という「期待」をしています。
時間が存在するとして、それが「時間という性質をもつこと」は別のことでしょうか。「神がいる」ということと「神である」ということはどうして別なのでしょうか。「神を見つけたい(信じたい)ので、神とはどういうものか教えて下さい」と言われたときに、何と答えたらいいのでしょうか。
「神がいる」かどうかは、「神とは何であるか」が分からなければわかりません。NHKドラマ『テミスの不確かな法定』の名ゼリフは、
- 分からないことを分かっていないと、分からないことは分かりません
です。分かっていることが何で、分からないことが何かがわかれば、その分からないことを探せばいい、ということです。そのとおりですね。
- 何を探しているのかが分からなければ、探し物は見つからない
というのと似ています。井上陽水『夢の中へ』では、「探すのをやめたとき、見つかることもよくある話で」と言っています。見つかるかどうかは「偶然」だし、探していないときに見つかるのも「偶然」です。見つけたくないときに見つかることもあります。見つけようとしたときのほうが、見つかりやすい(可能性が高い)気がします。でも、「ない」ものだったら、決して見つかりません(可能性はゼロ)。「分からないこと」が分かっているだけではなく、それが「ある(存在する)」と信じていなければなりません。それが「ある」と信じられるのは、それがなければ「分かっていること」の辻褄が合わないからでしょう。ここでさらに問題になるのは、「分かっていることが分かっているか」つまり「分かっていることが事実かどうか」です。つまり「分かっている」とはどういうことか、ということです。
アリストテレスの場合、時間は「〈より先〉と〈より後〉ということを考慮した場合の運動の数」であるが、「魂、または魂の〔部分である〕理性を除いては、他のいかなるものも本性上数えることができない」が故に、「魂が存在しない限り、時間の存在は不可能」と考えられていた。(中略)このような考えは、西洋の時間論の一つの大きな伝統であって、例えば時間を世界の実在的な容器としてではなく、むしろ物の「生起の順序」つまり物の「関係」として捉えたライプニッツ、あるいは「直観の形式」と捉えたカントなどを経て、さまざまに形を変えて現代にも引き継がれているわけであり、時間の言葉を「自己中心的特殊規定」と呼んだラッセルなども、そうした伝統の現代における一つの代表なのである。(P.141-142)
数直線として、あるいは「神の視線」として、時間を捉えるとき、「私」は中心(原点)となり、主体として客体(実存)する時間を考えます。
原点は、文字通りの原点である限り、他のすべての時点よりも優位を占めていなければならない。それは、いわばそこから一切の時間の言葉が始まるべき出発点であり、フッサール的形而上学を除去した意味での「時間化」の開始点なのである。したがって、そのような時点は、何かの「以前」や「以後」であるどころか、むしろ、それによって「以前」や「以後」、さらには「同時」さえも決定されるべき絶対の時点でなければならない。(中略)だからこそ、われわれもたいていは、そのような原点を、仮に自分をそこに置いてみるといった形で設定するのであって、その意味では、この原点は、フッサールの言う「生き活きとした現在」の変様にほかならないのである。(P.179-180)
古来しばしば、神による世界の創造と時間との関係が問題にされてきた。(中略)創造されうるのは、さまざまの物とそれらを時間の言葉で述べる行為だけである。(中略)時間の言葉は、少なくともその完全な形では、意味論的に初めから三重に分節化されている以上、それらが語られ始めるやいなや、われわれは「今」や「過去」「未来」、「以前」「以後」などの言葉を用いるほかなく、しかもそれらはいずれも物ではなく「こと」であり、意味なのであるから、例えば「過去」や「以前」について述べるのに、必ずしも物のようにして存在していたはずの現実の瞬間を必要とはしないのである。そもそも、意味としての過去や以前に、その「始め」ということはありえないはずであろう。始めをもちうるのは、それらを語る行為と、それらで語られる物だけである。」(P.192-193)
時間の言葉だけではありません。「自我」が生まれる前、物心がつく前、言葉による出来事把握ができる前、世界が創造される前、・・・人間にとって、世界は言葉とともに現れます。だから、言語によって世界の捉え方は異なるのです。
世界が生まれる「場」、自我が生まれる「場」、その「場」こそ、プラトンのいう「コーラ」なのではないでしょうか。母のような、大地のような、すべてを包み込み受け容れる容器のようなもの、母語と同じようにそれは教えられたり、学んだりするものではなく「始めからある」のです。
一般に、意味が構成されたものかどうかということは、それに〈とって〉意味が存立する当の主観が、全く恣意的に意味付与をなしうるかどうかとは、別問題である。仮に、その主観が完全に運命に服従しながら生きていたとしても、その主観にとっての意味がなくなるわけではなく、ただ、その意味が多分に決定論的な構造をもつだけのことであろう。例えば、カエルにとって、ハエは餌として値いし、餌としての意味をもたざるをえず、他のいかなる選択も許されないとしても、そのために、ハエが餌としての意味を失うことはないのである。
このことは、受動的経験も意味付与的であるし、そしておそらくは、受動的な主観にとってこそ真に意味が存立することを示していると思われる。というのも、その主観にとってある意味が本当に意味であるのは、当の主観が、その意味を身に蒙る形で生きるのでなければならないからである。(中略)そして、もし世界のただ中に投錨しながら、受動的な意味付与を行っている主観を、メルロー=ポンティにならって「身体」と名づけるなら、意味がそれにとって存立する本当の超越論的主観は身体でなければならないであろう。メルロー=ポンティは、身体を次のように定義している。
「構成するものとして機能しているちょうどそのときに自分を構成されたものとして体験( éprouver )するこの主観、これこそが私の身体である」(『シーニュ』第二章)。
「構成するもの」とは、言うまでもなく、意味付与的に働く主観にほかならないし、「構成されたもの」とは、その主観によって付与された意味を身に蒙り、そのただ中で生きる客観である。そのような形で主観であると同時に客観であるもの、言いかえれば能動性と受動性の両契機を兼ね備えたもの、それが身体だ、とメルロー=ポンティは言っているのである。(P.198-200)
どの言語にとっても、サルにとっても、リンゴは食べ物です。それは「栄養」ということではありません。それを栄養とするのは身体です。意志に関係なく受動的にそれは消化されます。
「食べてごらん、本当にケーキだから」と言われて、疑っている間は「ケーキ」という意味がありません。むしろ「ケーキ」という意味を身に蒙りながら(つまり疑わずに)食べて、「ケーキ」ではなかったとき、「プラスチック製だ、騙された」という意味を付与されます。
時間を越えた自我にとって、時間が意味をもつということ自体、すでに矛盾であろう。(中略)それはむしろ、その主観にとっては、当の主観自身を含めて、一切が時間的意味をもつものとして与えられるということ、つまり時間が完全に有効な意味をもっていることを言いかえただけのことでなければならない。そして、そのような主観としては、われわれは、みずから変化や運動にされされている身体を知っているだけなのである。というのも、右に見たように、身体は、一個の客観としては、世界のただ中に位置を占め、出来事の変化や運動とともに「流れる」ものであるが、また一個の主観としては、まさに「立ち止まり」つつ世界に意味付与的に関わるといった両義的存在だからである。このような主観にとっては、世界のただ中に占める位置は、むしろ「視点」としての意味をもってくるはずである。」(P.200-201)
視点として世界を見るとき、見るのが「主体」であれば、「能動的に」であり、あるいは「受動的に」です。これが西欧諸語的「主語」であり、近代西欧的「自我」です。
時間というものが「分かっている」というのは、いわば「身体が知っている」ということで、それは「コーラ」が知っているということです。それは「ほとんど所信の対象にもならないもの」で、それを表現する時も、やはり「コーラ」の中で表現せざるを得ません。日本語で、英語で、など。そもそも「感覚」そのものがコーラから(の中で)発生しますから、物の見え方は、文化によって違います。
「感じること」「考えること」、そして「分かる(理解する、腑に落ちる)」ということは、理性や感覚を越えたものなのでしょう。「どうして分かるのか」と言う問いには「分かるから分かるんだ」という循環論的答えしかないのかも知れません。それは親から教えられることや学校で教わることを「超えた」ことなのでしょう。
家制度がなくなり核家族化し、同時に村(里、共同体)がなくなっていきます。「根なし草」の都市住民が増えることで、「コーラ」には「古いもの」「遅れたもの」「終わり人間(『ばけばけ』)」「捨てるべきもの」「保守的なもの」「封建的なもの」「自由・平等に反するもの」・・・、さまざまに「否定的価値」が植え付けられます。方言が差別され、代わりにテレビやスマホなどの「標準語(=商品)」を買うことが推奨されます。「国境(くにざかい)」を越えて(人ではなく)物(=情報)が移動します。都市における書籍(データ)の流通は、コーラの代わりとしての「別の世界」「あり得た世界」を生み出します。世界はどんどん大きくなり、自己はどんどん小さく「核」の中に固まっていきます。
都市住民が増えるということは、アリストテレスはデカルトやニュートンのような人が増え、ソクラテスやプラトンのような人が減っていくことです。宗教的信仰は「信念」に変わっていきます。
個人が自我として生きようとするとき、「死の禍々しさ」が生まれます。コーラの中で死ぬこともと、コーラに帰ることもできなくなるからです。自我は究極的に他者と無関係であることを目指します。「自分は一人で生れて育った」ものだからです。自分の「時間」が超越論的自我から生ずると思うと、死は「無になること」になり、禍々しいものになります。
ホルムズ海峡に自衛隊が派遣されることになったとき、自衛隊員は「オクニのために」死ねるのでしょうか。あるいはそれでいいのでしょうか。戦前・戦中における「お国のために」というのは、まだある程度は自分が生まれ育ったふるさとや親のためであったのだろうと思います。それは自分の存在をあらしめた「コーラ」のためです。
ホルムズ海峡で死ぬことは、本人にとっては「幸せ」な事かも知れません。でも、親、妻、兄弟姉妹、子どもたちが幸せにはなりません。その人たちの存在を支えるコーラも無くなっているからです。コーラは権力と制度とお金になってしまいました。子どもは「この母」から生まれるのではなく「母一般」から、そして制度とお金から生れてきます。医療制度(病院制度・保険制度)から生まれ、学校制度(教育費・養育費)で一人前になります。病院で生まれない者、学校で育たない者は「哀れみの目」で見られ「差別」されます。医療は「病気」を創り(いまでは「老化」も病名です)、学校制度は「落ちこぼれ(負け組)」を創ります。商品を買い(買わざるをえない)、制度に取り込まれた「生」、それをイリイチは「システムの一部としての生」だと言います。
時間も空間も「システム」に関わるときのみ、それが意味を持ちます。システムは、「ユニバーサル(普遍的)」「一般的」なものです。「システム」が「コーラ」に取って代わろうとしています。時間とな何か、自然・空間とは何か。「システム」にとって、それは「ユニバーサル」なものでなければなりませんが、西洋には西洋の、東洋には東洋の、日本には日本の時間があるのだと思います。それは「身体一般」や「自我一般」にあるのではなく、「ヴァナキュラーなもの」なものではないでしょうか。
[著者等]
滝浦 静雄(たきうら しずお、1927年1月19日 - 2011年6月14日)は、日本の哲学者。東北大学名誉教授。
フランス及びイギリスの哲学を研究、メルロ=ポンティの翻訳を多く行った。
(Wikipedia)
