
借りたものは返さなければならない、「返すのがあたりまえでしょ」。そういう気持ちがどこから来るのかを書いたのがデヴィッド・グレーバーの大書『負債論』です。負債が発生するのは「借りる」からですが、どうして「借りる」のでしょうか。
100円借りたら100円返す、というのは、あたりまえのようですが、日本で当たり前になったのはそんなに昔のことではありません。隣近所から「お醤油」を借りて、お返しは「お米」というときに、どのくらいのお米を返したらいいのかわかりますか。「お金に換算して・・・」という感覚は最近のものです。だから、お醤油のお返しはお醤油(それも同じメーカーの同じ商品)以外ではもう日本人には難しくなりました。定価で商品を買うのがあたりまえの社会で生きていると値段交渉が苦手になります。
1万円のお返しとして、5000円相当の品、というのは意味がありそうです。でも、「1万円のお返しに1万円札1枚」では意味がないように感じます。「額ではなく、返そうという気持ち(意思)が大事だ」と言われたりもします。
わたしは人付き合いが苦手です。もともと社交的な性格ではありません。人と話をするのもとても苦手なのです。誰だって、程度の差はあれ、得意・不得意があります。これは、今でもわたしを苦しめ続けています。もちろん、女性と話をすることなんてできません。話ができないのですから、「モテる」こととは無縁です。それと、性欲(と呼ばれているもの)が強いことが相まって(?)いろいろな屈折が起こりました。よく「犯罪」を起こさなかったものだと思います(笑)。そんなわたしにとって、人との駆け引きはとても苦痛です。わたしはその「不得意」を克服できなかった、しなかったことがいけないのでしょうか。
そんなわたしにも、何かをもらったら嬉しいという感情はあります。そして、なにかお返しを「しなければならない」という感情があります。
わたしはその「〜しなければならない」という〈義務(感)〉が大嫌いです。それは「社交的じゃない」という性格の裏返しかもしれませんが、モースはその〈義務感〉(「負債感」、贈与する「義務」、贈与を受ける「義務」)を、個人と個人、集団と集団とかの代謝・循環を媒介するものとしての「もの」の贈与による、人間本来のものとして捉えました。
「もの」は、たんなる〈客観的〉な物質ではありません。それは生きています。そして、意思や命を持つことすらあります。それは壊れても、持ち主の手を離れても、存在し続けます。「ギフトgift」は「贈り物」であると同時に「毒」なのです(P.18)。
「思い出の品」ってありますよね(「思い出の写真」でもいいです)。元カノ、元カレとの思い出の品は、あると思います。昔は、女性の方がものに対する「思い入れ」が強かった気がします。でも、最近は変わってきてますね。元カレの品なんか、女性の方が未練なく捨ててしまうようです。そういえば、女の子の「人形遊び」は減っていて、男の子の「ロボット遊び」が増えてきているかもしれません。河合隼雄さんのいうように、女性の方が西欧的(牧畜的)な父性を身に着けているからかもしれません(男性は「農業的」な父性?社会・会社の中にとどまり続けています)。
「思い出の品」の最たるものは、「遺品」でしょう。それを見ると故人の(故人との)記憶が蘇るだけじゃなくて、故人が今でも存在しているように思えます。「遺品が記憶をもっているのではなく、わたしたちの中に記憶がある。目の前にあるのはたんなる物質だ。」そう割り切れますか。「たんなるもの」だから、中古屋で買ったものでも、複製品でも同じなのでしょうか。
世界で一番「遺品が集まっている場所」、それは「博物館」と「美術館」です。そこは遺品を集め、展示するだけではありません。そこから故人の記憶(意思)を読み出そう・取り出そうと日々研究が続けれらています。それこそが「ものが記憶を持つ」ことの近代的な表現なのではないでしょうか。美術品・骨董品がそのことによって価値をもつ理由もそこにあるような気がします。〈価値〉を〈希少性〉に還元する「だけ」では説明できないような気がしています。
その読み出そう、取り出そうという意識が「西欧独特」のものです。ただたんに、「耳を澄まして聞く」という態度ではありません。むりやり聞き出そうとして、こねくり回して、解剖(解体)すらします。まるで「刑事の取り調べ」のようです。でも、結局は(究極的には)「わからない」ので、「支配(解釈、納得あるいは所有)」することで満足しようとします。まるで「知りたい」という気持ちに取り憑かれているようです(『知への渇望、あるいは服の隙間から見える乳首』。この「不安感」、「満たされない気持ち(不満感)」は可哀想ですが、日本(私)も今、それに取り憑かれています。
モースが研究し、著述をおこなったのもこの「知への渇望」からでしょう。そのことだけで言えば、モースは「西洋論理主義」の中にいます。ただ、彼の研究対象は「西洋論理主義じゃない社会」でした。それを単に「他者」と捉えて「珍物・怖いもの見たさ」の「見世物小屋」として、博物学のように提示する人類学者は多くいます。でもモースはその社会を「相対化」することができました。対象を相対化するということは、自己を相対化するということです。自己の絶対性を「カッコ」に入れることでその思考は可能となります。なぜそれが可能だったのでしょうか。私にはわかりません。でも、第四章はヒントかもしれません。そこでモースはアルカイックな社会や、古代ヨーロッパの記述から現代の西洋に戻ってきます。現実に立ち戻っています。そして現代社会を古代社会やアルカイックな社会と「連続的」に見つめます。そこに優劣はありません。その目は一言で言えば「優しさ」にあふれています。その優しさが、この素晴らしい著作になったのだと思います。
この論文が書かれたのは1920年代の前半です。このあと、構造主義が生まれ、レヴィ=ストロースの構造人類学につながっていきます。論文なので、注がとても多いです。訳注も多くてとても助かります(文字が小さくて、老眼には拷問ですが)。その注を除くと本書は半分以下の厚さになるのではないでしょうか。私はその注を検証することができません。だから読み飛ばしてもいいのですが、本文を補足する大切なことも書かれています。流すように読んでも構いませんが、読まないのはもったいないと思います。
私はけっして、読み込んだわけではないし、人類学に詳しいわけでもありませんが、一つ気になることがあります。モースは「贈与」を「個人と個人、家族と家族、クランとクラン、部族と部族、集団と集団」との関係と捉えているし、それは「贈与」という対象の性格から当然のことなのかもしれません。ただ、「木に魚を求む」ことになるのでしょうが、人間関係のもう一つの側面、「個人と社会」あるいは「自己と他者」という視点が希薄なような気がするのです。
古代と現代、アルカイックな社会と西欧社会は「連続」しています。その視点はとても大切です。「個人と個人、家族と家族、クランとクラン、部族と部族、集団と集団」そして「わたしとあなた」は連続しているのです。しかし、それと同時に〈自己〉と〈他者〉は断絶・対立しています。だから、西欧から見るとアルカイックな社会は〈他者〉としてあらわれます。それではアルカイックな社会から西欧文化はどう見えるのでしょうか。私はアルカイックな社会に友人も知人もいないので推測ですが、〈他者〉としては見えないのではないでしょうか。アルカイックな社会では「部族間の戦争ばかりが(日常的に)行われている」という話を聞いたことがあります。それは事実かもしれません。ただし、「戦争」をどう捉えるかによって内容は違ってきます。少なくとも「近代戦争」と言われるものではありません。アテネとスパルタの戦争のようなものでしょうか。「経済戦争」というわれるものは「戦争」ではないのでしょうか。マフィアや暴力団の抗争はどうでしょう。革マルと中核の戦いはどうでしょうか。「受験戦争」で勝ち残るのはどのような人でしょうか。選挙闘争、政権闘争(抗争?)、労働争議、米騒動、百姓一揆・・・。「戦争(闘争、抗争)」をどう定義し、銅捉えるかで内容は変わるし、むしろ「捉える人自身」を定義していることになるでしょう。
モースは、本書では「戦争」を定義していません。ただ、「贈与」という行為が個人同士、集団同士の交流を媒介し、「このようにして、クランにしても部族にしても民族にしても、互いに殺し合うことなく、けれども対峙し合うことができるようになった。」(P.450)と述べます(それに比べて近代戦争はどうでしょうか)。アルカイックな社会では、「贈与」(「捧げもの」でもいいけど)する相手は、〈他者〉ではありません。フランスがドイツに対する程度には〈他者〉ではないのです。ナチスがユダヤ人を扱うのは全くの〈他者性〉を押し付けることによってではなかったでしょうか。〈自己〉と〈他者〉がある世界では、「他」との関係は「支配・服従」の関係があらわれます。「優劣」「主客」の関係があらわれる(露われる、顕われる)のです。
わたしたちは、「個人」の社会にいます。西欧はもっと「エゴ」の社会でしょう。「新自由主義」が日本に入ってきてしばらく経ちます。その「新自由主義」という言葉は聞こえなくなりつつあるように感じます。日本人には受け入れにくい言葉をマスコミが使わなくなったという面があるかもしれません。でも、新自由主義自体がなくなったわけではありません。むしろそれは、一般に浸透し、「主義」ですらなくなりつつあると私は感じています。今から100年前にモースはその「エゴ」の西欧において、贈与の文化が脈々と流れていることを西欧に知らしめました。アルカイックな社会を西欧に知らしめたのは、西欧そのものが自分自身を見つめ直してほしいという願いからではなかったでしょうか。私はそう感じました。
You have to return what you borrowed, "It's natural to return it." David Graeber's book "Debt" describes where such feelings come from. Debt is incurred because you "borrow", but why do you "borrow"?
It seems natural to borrow 100 yen and return 100 yen, but it wasn't so long ago that it became commonplace in Japan. Do you know how much rice you should return when you borrow "soy sauce" from your neighbor and say "rice" in return? The feeling of "converting to money ..." is recent. Therefore, it has become difficult for Japanese people to return soy sauce except for soy sauce. If you live in a society where it is natural to buy products at a fixed price, you will not be good at price negotiations.
In return for 10,000 yen, it seems meaningful to have a product worth 5,000 yen. However, I feel that "one 10,000 yen note in return for 10,000 yen" is meaningless. Some people say, "The feeling (will) to return is important, not the forehead."
I'm not good at socializing. Originally not a sociable personality. I'm not very good at talking to people. Everyone has their strengths and weaknesses to varying degrees. This still afflicts me. Of course, I can't talk to women. I can't talk, so I have nothing to do with being popular. Combined with the strong libido (what is called), various refractions occurred (?). I think it didn't often cause "crime" (laughs). For me, bargaining with people is very painful. I couldn't overcome that "weakness", shouldn't I have done it?
I also have the feeling that I would be happy if I received something. And I have the feeling that I have to give something back.
I hate that "duty (feeling)" that "must do". It may be the flip side of the "not sociable" character, but Morse describes his "obligation" ("obligation", "obligation" to give, "obligation" to receive) as individuals, individuals, and groups. It was taken as the original thing of human beings by the gift of "things" as mediating the metabolism and circulation of the group.
"Things" are not just "objective" substances. It's alive. And they may even have will and life. It will continue to exist, even if it breaks or leaves the owner's hand. A "gift gift" is both a "gift" and a "poison" (P.18).
There is a "memorable item" (a "memorial photo" is also acceptable). I think there are some memorable items with ex-girlfriends and ex-boyfriends. In the old days, I feel that women had a stronger "feeling" for things. But it has changed recently. It seems that women throw away ex-boyfriend items without any hesitation. By the way, girls' "doll play" may be decreasing, and boys' "robot play" may be increasing. Maybe it's because, like Hayao Kawai, females have more Western (pastoral) paternity (men are "agricultural" paternity? They stay in society and the company. increase).
The best "memorable item" is probably the "remains". Not only does it bring back the memory of the deceased (with the deceased), but it seems that the deceased still exists. "The relics do not have memories, they have memories in us. What is in front of us is just a substance." Is that divisible? Since it is "just a thing", is it the same whether it is a second-hand shop or a replica?
The most "places where relics are gathered" in the world are "museums" and "museums". It's not just about collecting and displaying relics. Research is being continued every day to read and retrieve the memory (will) of the deceased from there. Isn't that the modern expression that "things have memories"? I feel that there is also a reason why art and antiques are valuable due to that . I feel that it cannot be explained by "only" that reduces "value" to "rareness".
The consciousness of reading and taking out is "unique to Western Europe". It's not just an attitude of "listening and listening." I even try to dissect (disassemble) it by kneading it in an attempt to find out. It's like "criminal interrogation". But I don't know, so I try to be satisfied by "dominating". It seems as if he is obsessed with the feeling of "I want to know" ("Thirst for knowledge, or nipples that can be seen through the gaps in clothes ”. This“ anxiety ”and“ unsatisfied feelings (dissatisfaction) ”are pitiful, but Japan (I) is now obsessed with it.
It is probably because of this "thirst for knowledge" that Morse studied and wrote. In that alone, Morse is in "Western logicalism", but his research subject is It was a "society that was not Western logicalism." Many anthropologists regarded it as "another person" and presented it as a "spectacle hut" for "seeing rare and scary things" like a museum. But Morse was able to "relativize" the society. Relativizing an object means relativizing oneself. Putting one's absoluteness in "parentheses" means that thinking. Is possible. Why was it possible? I don't know, but Chapter 4 may be a hint, where Morse is from archaic societies and the description of ancient Europe to the modern West. We are back to reality. And we look at modern society "continuously" with ancient and archaic societies. There is no difference. The eyes are full of "kindness" in a nutshell. I think that kindness made this wonderful work.
This paper was written in the early 1920s. After that, structuralism was born and Levi. = It will lead to the structural anxiety of Strauss. Since it is a paper, there are many notes. It is very helpful because there are many translations (although the letters are small and it is torture for the old eye). I can't verify the note, so you can skip it, but it also contains important supplements to the text. But it's okay, but I think it's a waste not to read it.
I never read it, and I'm not familiar with anthropology, but there is one thing I'm curious about. Morse sees "gift" as a relationship between "individual-to-individual, family-to-family, clan-to-clan, tribe-tribe, group-to-group", which may be natural because of the nature of the "gift". Maybe. However, I think that it will be "seeking fish for trees", but I feel that the other aspect of human relations, "individual and society" or "self and others", is sparse.
Ancient and modern, archaic and Western societies are "continuous". That perspective is very important. "Individual to individual, family to family, clan to clan, tribe to tribe, group to group" and "me to you" are continuous. However, at the same time, "self" and "other" are disconnected and in conflict. Therefore, from the perspective of Western Europe, an archaic society appears as "the other." So what does Western culture look like from an archaic society? I'm guessing because I don't have any friends or acquaintances in an archaic society, but I don't think I can see it as an "other". I've heard that in an archaic society, "only tribal wars are (on a daily basis)." That may be the case. However, the content will differ depending on how you perceive "war." At least it's not called a "modern war." Is it like the war between Athens and Sparta? Isn't what is called an "economic war" a "war"? What about the mafia and gangster conflicts? How about the battle between Leather Maru and the core? Who will survive the "examination war"? Election struggle, government struggle (conflict?), Labor dispute, rice riots, rice riots ... The content will change depending on how you define "war (struggle, conflict)" and catch it, but rather you will define "the person who catches it".
Moos does not define "war" in this book. However, the act of "gift" mediates exchanges between individuals and groups, and "in this way, clans, tribes, and ethnic groups can face each other without killing each other. It is now possible. ”(P.450) (How about modern warfare compared to that). In an archaic society, the person who "gifts" (or "gifts") is not the "other." France is not "the other" to the extent that it is against Germany. Wasn't the Nazis dealing with Jews by imposing a total "otherness"? In a world where "self" and "other" exist, the relationship with "other" is the relationship of "dominance / obedience". The relationship between "superiority" and "main customer" appears (exposed, manifested).
We are in an "individual" society. Western Europe would be a more "ego" society. It has been a while since "neoliberalism" came into Japan. I feel that the word "neoliberalism" is disappearing. There may be an aspect that the media has stopped using words that are difficult for Japanese people to accept. But neoliberalism itself is not gone. Rather, I feel that it is pervading the general public and even the "principle" is disappearing. 100 years ago, Morse informed Western Europe that the culture of gifting was steadily flowing in the "ego" of Western Europe. Perhaps the reason why Western Europe was made aware of the archaic society was that Western Europe itself wanted to reconsider itself. I felt that way.
〈書抜〉
『トラキア人における古代的な契約形態』
(訳注は省略)
「物々交換と言えば、「自然経済」などという呼び名で形容されるのが通例となっているシステムだけれども、その種の経済だけがもっぱら機能しているような社会がかつて存在したことなどあるのか、もしくは、その種の経済が恒常的に機能しているような社会がかつて存在したことなどあるのか、こうしたことが確認されたためしはないのだ。一般的に言うなら、相互に義務を負い合うのは個人と個人ではなく、集団と集団、つまりクラン(FF)や大家族どうしなのだ。」(P.13-14)
「したがって、こうした交換はたんに経済的なだけのものではないのである。むしろその逆なのだ。これこそ、私が「全体的給付の体系」と呼ぶことを提唱しているものなのである。」(P.14)
「しかし、クセノポンもトゥキュディデスもこの制度の意味を理解することはできなかった。きわめて明白に感じとれるのは、狡知に長けた自分たちのほうから進んで折れて出なければならないような慣習が、ギリシア人たちには理解できないということである。」(P.18)
『ギフト、ギフト』
「さまざまなゲルマン語系の言語で、ギフト(gift)という一つの単語が「贈り物」という意味と「毒」という意味と、二つの意味を分岐してもつようになった。」(P.37)
『贈与論 ーアルカイックな社会における交換の形態と理由』
序論 贈与について、とりわけ、贈り物に対してお返しをする義務について
(方法論)
第一章 贈り物を交換すること、および、贈り物に対せしてお返しをする義務(ポリネシア)
一 全体的給付、女の財ー対ー男の財(サモア)
二 与えられた物の霊(マオリ)
三 その他の主題。与える義務、受け取る義務
「与えるのを拒むこと、招待し忘れることは、受け取るのを拒むことと同様に戦いを宣するに等しいことなのである。それは、連盟関係(アリアンス)と一体性(コミュニオン)を拒むことなのだ。それからまた、与えるのは与えるよう強いられているからである。受け手が、与え手に帰属しているすべてのものに対して一種の所有権を有しているからなのである。」(P.103)
四 備考 ーー 人への贈り物と神々への贈り物
第二章 この体系の広がり、気前の良さ、名誉、貨幣
一 寛大さに関する諸規則。アンダマン諸島
二 贈り物の交換の原理と理由と強度(メラネシア)
(マリノフスキー)(クラ)
「そうである以上、交換が真に自由であるとは考えがたいのである。そればかりではなく、一般的に言って、受け取った物、したがって自分の所有に帰した物はーーどのようにしてそれが自分の手に入ったかを問わずーー、それがどうしても必要である場合をのぞいて、自分のために手元にとどめおくことをしないものなのだ。」(P.184)
「トロブリアンド諸島の人々の法的なことがらにまつわる言語体系はいささか子どもじみたこだわりがあり、反対給付をありとあらゆる種類に区分し、名称を細かく区分してきた。」(P.187)__言葉が物(自然)から離れていない。具体である。
「これらの法体系が(そして、本論でのちに見るようにゲルマン法についても同じことが当てはまるのだが)どのような難点につきあたったかと言えば、それはこれらの(FF)法が、みずからの経済的な諸概念や法的な諸概念を抽象化し、分類することができなかった、ということである。というより、そのような抽象化や分類は、もとより必要とされていなかったのである。これらの諸社会においては、クランも家族集団も、自分を他から区別することを知らないし、みずからの諸行為を相互に区別することも知らない。個人であってすら、たとえどんなに影響力をもち、どんなに自覚的な人々であろうとも、自分たちどうしを対置させて考えなければならないということを理解する術を知らないし、自分たちのさまざまな行為を区別することが必要であると理解する術も知らない。クランの長はそのクランと一体化して捉えられているし、クランもまたその長と一体をなすものとして捉えられている。人は誰しも、みな同じ一つの仕方で行動しているとしか感じない。」(P.193-194)__偏見がないか、あったとしても正確に描写する才能。偶然かもしれないが、その偶然を引き寄せる力。
「この人たちは、売るという観念も、貸すという観念ももっていないのに、にもかかわらず、売るとか貸すとかというのと同じ機能を有した法的・経済的な諸々のやりとりを行っているのである。」(P.195)
三 アメリカ北西部
「およそ反対給付をなすためには、「時間」が必要なのだ。」(P.210)
「ハイダの人々は、財や富という観念に、古代人のように神格を与えてさえいる。」(P.263)
「財は生き物である(クワキウトル)。」(P.268)__それが死んたとき財(対象)となる。死の恐怖は、自分が「全体として、主体として」客体となること。対象化と死の恐怖。
「価値というのは、ことばの十全な意味での価値であり、呪術的であるとともに経済であるような価値、恒常的にそれに備わった価値、銅製品がポトラッチでさまざまな有為転変をくぐり抜けるにもかかわらず、また、部分的に破壊されたり、全体が破壊されたりすることすらあるにもかかわらず、それを超えて永遠不変に残り続ける価値である。」(P.281)__「価値」は「worth」か「value」か。
「財物が人の手を経巡るその流れは、男たちや女たちや子どもたちの流れにしたがうものだし、饗宴や儀礼や儀式の踊りの流れにしたがうもので(FF)ある。それどころか、からかいことばや罵りことばの流れにさえしたがうものである。結局のところ、その流れは同一なのだ。人が物を与え、物を返すのは、そこにおいて人が互いに「敬意」を与え合い、「敬意」を返し合うからである。今でも言うとおり、「挨拶」を掛け合い、返し合うからである。けれどもそれはまた、何かを与えることにおいて、人が自分自身を与えているからでもある。そして、人が自分自身を与えるのは、人が自分自身を(自分という人を、そして自分の財を)他の人々に「負っている」からなのである。」(P.295)__論理的かどうかは私にはわからないが、直観としても素晴らしい。
第三章 こうした諸原理の古代法および古代経済における残存
「しかしながら、こうした事象には一般的な社会学的価値が備わっている。なぜかと言えば、それによって社会進化上のある一時点を知ることができるのだから。でも、(FF)それだけではない。こうした事象はまた、社会史学的な重要性も備わっている。こうしたタイプの制度は、現代のわたしたちの法と経済の形態へと移行する過渡的な段階において、実際にあらわれるものだからである。」(P.301-302)__進化論的思考。
「大文明」(P.303)__ヨーロッパは四大文明じゃない。
一 人の法と物の法(非常に古拙なローマ法)
「もともとは、物それ自体が人格と力能を備えていたのに違いない。(LF)物は、ユスティアヌス法やわたしたちの法が考えるような無機質の存在者ではない。まず、それは家族の一部をなしている。」(P.314)
「お金としてのペクニアは、その概念も名称も形態も家畜群から派生していたので会う。ローマの古人たち(veteres)は、先にツィムシアンやクワキウトルの地で見たのと同じ区別をしているように思われる。すなわちそれは、「家(メゾン)」(イタリアやフランスではいまだに言うように)に恒常的に存在し、それを本質的になりたたせている財と、そこを通過するだけの一(FF)過性の財との区別である。一過性の財とは、食料や遠くの牧草地の家畜群、金属やお金であって、いまだ家父権の従属下にある息子でさえ、結局それらについては取引を商うことができたのであった。」(P.316-317)
「物は、それ自体のうちに「永遠の所有権(aeterna auctoritas)」を蔵しているのだ。この力は、そのものが盗まれたときにはいつでもあらわとなるのである。」(P.319)
「ハイダでは、窃盗の被害者は盗人の家の戸口に皿を一枚置いておくだけでよい。そうすれば、通常は盗まれたものが戻ってくる。」(P320)
「物をもっているという、ただそのことだけで、物を受領した人(アッキピエンス)は(FF)それを引渡した人(トラデンス)に対して不安定な状態に身を置くことになるわけなのだ。それは、罪責状態に準じるような状態(有責でdamnatus、拘束されnexus、銅の負債に縛られているaereobaeratus)であり、霊的に劣位にある状態であり、倫理的な不公平をこうむっている状態(マギステルmagister(主人)に対するミニステルminister(従者)なのである。」(P.324-325)
「非常に古拙なローマ法に関する以上のような諸々の仮説は、どちらかと言えば先史時代にかかわっている。ラテン人の法も倫理も経済も、このような形態をとっていたはずであるけれども、そうした形態は、ラテン人の諸制度が歴史時代に入ったときに忘れられてしまったのであった。それというのも、まさしくローマ人と、そしてギリシア人とが、おそらくは北部および西部のセム語系の人々に続いて、対人関係にかかわる法と対物関係にかかわる法との区別を創案したのだし、贈与や交換から売却を区別したのだし、倫理的な義務と契約とを切り離したのだし、そして何よりも儀式(FF)的関係と法的関係と利害関係とのあいだには違いがあることに思いいたったからである。」(P.335-336)__公法と私法、刑法と民法。
「贈り物というのは、神々への捧げ物とどこか似たところがある」(ニコマコス倫理学)
「周知のとおり、契約のほとんどすべての方式は、紀元前五世紀に、エジプトはフィラエのユダヤ人たちがアラマイ語で残したパピルスによって確認することができる。」(P.337)
二 古代ヒンドゥー法
「そして、バラモンはそれらを、自分たちのためだけに編纂したとは言えないまでも、他に対して自分たちの立場を有利にするように編纂したとは言えるからである。」(P.341)
「叙事詩もバラモンの法も、旧来の雰囲気の中で生き続けている。そこにおいては、贈り物が依然、義務としてなされており、物には特別の力能が備わっており、物が人としての人格の一部をなしている。」(P.350)__代謝、循環を媒介する物
「しかも、土地にせよ食料にせよ、人が贈り物として与えるものはすべて人格化されている。土地も食料も生き物であって、対話を交わす相手となり、契約に参加する当事者となる。そして、それそのものが与えられることを望むのだ。」(P.355)
「吝嗇たることは、法が定める円環を途絶することである。それは、一つの功徳や一つの食べ物から次の功徳や食べ物が発生する、永遠に続く円環を途絶してしまうことなのである。」(P.358)
「その一方で、この交換のやりとりにおいて、そしてまた窃盗に関して、パラモン教では所有物が人と同一のものとして明確に捉えられている。」(P.360)__与え続けてもバラモンはバラモン、受け続けてもクシャトリアはクシャトリア。階級の再生産システム。
「まず、バラモンは市場と一切のかかわりを持つことを拒絶する。それだけでなく、市場に由来するものは何一つ受け取ってはならない。国レベルの経済体制ができており、そこには都市があり、市場があって、貨幣が用いられているにもかかわらず、バラモンはインド・イラン共同時代の古い牧畜民の経済と倫理に忠実なままである。そしてまた、大平原を耕す農耕民(もともとそこに住み着いていたのか、あとから移住定着したのかは問わず)の経済と倫理に忠実なままである。」(P.366)
「贈り物というのは、したがって、与えなければならないものであり、受け取らなくてはならないものであり、しかもそうでありながら、もらうと危険なものなのである。それというのも、与えられるものそれ自体が双方的なつながりをつくりだすからであり、このつながりは取り消すことができないからである。」(P.369)
三 ゲルマン法(担保と贈り物)
「そこにあって、部族内のクランや、首長どうしの関係における首長、さらには王どうしの関係における王でさえ、家族集団の閉域を越え出たところで倫理的かつ経済的な生活を営んでいた。そして、そうであるかぎりにおいて(しかもそうである度合いは比較的大きかったのである)、これがコミュニケーションをはかり、相互に扶助をなし、相互に連盟を結ぶ(FF)ときには、贈与や婚姻というかたちでそうしたのである。」(P.374-375)
「一つの社会に二つのクランが生まれるや否(FF)や、必然的にその二つのクランは相互に関係を取り結び、交換をおこなったからである。」(P.375-376)__あたりまえだけど、自己中心社会では見えない。
「無条件の贈与がまずあって、そこから義務的な贈与へと移行したのではないかとする仮説があるけれども、これは無意味である。これら二種類の贈与はつねに存在してきたし、とくにゲルマン法においてはこれらの性質は二つながらつねに混ざり合ってきたからである。」(P.378)__グリム兄弟
第四章 結論
一 倫理に関する結論
「わたしたちの倫理にしても、わたしたち自身の生活そのものにしてからが、そのきわめて大きな部分が以上に見たのと同じ雰囲気、すなわち、贈与と義務と自由とが混ざり合った雰囲気の中に、相変わらずとどまっている。何もかもが売りと買いという観点だけで分類されるまでにはまだなっていないわけで、これは幸いである。物には依然として情緒的な価値が備わっているのであって、貨幣価値に換算される価値だけが備わっているわけではないのだ(もっとも、単にこの種の価値としてのみ存在するような価値というものが、そもそもあればの話だけれども)。わたしたちは商人の倫理だけを持ち合わせているわけではない。わたしたちのなかには、依然として(FF)かつての暮らしぶりを保持している人々や階級があるのだし、すくなくとも年間のうちある種の時節とか、あるいはある種の機会とかには、わたしたちのほとんどすべてがこうした旧来の習慣に服するのである。」(P.393-394)
「施しが、それを受け取る者を傷つけるというのは、今もかわらないのだ。」(P.394)
「それが、同性の人どうしの競合関係であり、人間にとって「基底的な他者支配への志向(アンペリアリスム・フォンシニ)」である。それは社会的存在としての人間の基底であると同時に、動物的存在・心理的存在としての人間の基底でもあって、それがここにあらわれている。わたしたちの社会生活という一種独特なこの生にあっては、「借りを返さないままでいる(レステ・アン・レスト)」というのは、こうした表現が今なお使われていることからもわかるように、許容されないことなのだ。」(P.395)__人間の本質としての贈与
「社会保険に関する現代の法制度は、国家社会主義がすでに実現を見たものであるけれども、それはあげて次のような原理に由来している。労働者はみずからの生命と労力を提供してきたのであるけれども、それは雇用主に対してばかりではなく、集団全体に対してもである。」(P.401)__労働運動、社会保障の基礎概念。つづく。
「社会が、社会を形成する単位を再び見いだそうとしているのだ。社会は個人を再び求めるようになり、個人を包み込むようになって(FF)いる。」(P.403-404)
「第二に、もっと配慮が必要なのは、一人ひとりの個人のことである。その人の生活、その人の健康、その人の教育(そもそも教育を受ければ報われる)、その人の家族、そしてその家族の行く末のことである。」(P.405)__牧人権力としての社会福祉
「必要なのは、市民が自分自身についての鋭敏な感覚をもつこと、そしてそれと同時に他者についての、社会的現実についての、鋭敏な感覚をもつことである(倫理にかかわるこうしたことがらにおいて、社会的現実以外の現実など、そもそもありえるだろうか)。」(P.408)
「この体系においては、人々と集団が相互にあらゆるものを交換しあう。この全体的給付の体系は、わたしたちが現に確認しうるかぎりで、そしてまたわたしたちが想像しうるかぎりでもっとも古い経済・法体系をなしている。」(P.409)
「自分の外に出ること。つまり与えること。それも、みずから進んでそうするとともに、義務としてそうすること。そうすれば過つ恐れはない。」(P.412)
二 経済社会学並びに政治経済上の結論
(P.415)「剰余価値」(P.416)「有用性」__マルクスの?原語は?
「歴史経済学者のなかには、古代ローマ人の法律家にならって(その古代ローマ人はと言えばアリストテレスにならっているのだが)、こうした有用物どうしの交換(FF)が分業の起源にあると決めてかかるものがあるけれども、これらのさまざまな社会は、すでにその多くがかなりの程度分かってきていて、そこにおいて人の手から手へとわたっているものと言えば、じつは有用性をもたないものなのである。」(P.416-417)__政治経済学批判。
「食べ物の分配(サガリsagali)は労働力の提供や儀礼の遂行(たとえば葬礼における通夜番のような)に対する手当である。結局はというと、こうした贈与が自発的でないのと同じように、これらはまた真に無私無欲であるわけではない。それらはほとんどの場合、すでにしてそれ自体が反対給付なのだ。つまりそれらは、先だって供与されたサービスや物に支払いをするためになされている。そればかりではなく、自分にとって有益でもあり、また拒むことが許されてすらもいない何らかの連盟関係(アリアンス、たとえば、漁撈民の部族と農耕民や土器づくりの部族とのあいだの連盟関係アリアンスのような)を維持するためにもなされているのである。」(P.420)
「しかしながらその一方、実際には個人にしろ集団にしろ、通常の場合にはそれを拒否する権利もなければ、それを拒否することでなんの利得にもならないのだった。だからこそ、これらの社会は現代のわたしたちの諸社会と隔たっているにもかかわらず、それと近縁な関係にあるのである。」(P.421)
「交換をおこなうことはおこなうけど、交換するものといえば何よりも奢侈品であり、装飾品であり、衣服であり、あるいはまた、すぐにその場で消費されるものや饗宴である。もらった以上をお返しすることはするけど、それは先に贈り物をくれた人、あるいは先に交換をはじめ(FF)た人を劣位に貶めるためであって、「お返しするまでに時間がかかったこと」で相手がこうむった損害をたんに穴埋めするために、多めにお返ししているのではない。つまり、利益の追求があることはあるけれど、その利益追求はわたしたちの行動原理となっているとされるような利益追求と同じではなく、ただそれに似たところがあるというだけのことでしかないのである。」(P.428-429)
「古代の倫理意思がもっと享楽主義的(エピキュリアン)であった時代には、人々が追い求めたのは善と快楽であって、物質的な功利性ではなかった。合理主義と営利主義が勝利を収めてはじめて、利潤という観念や個人という観念が通用するになり、また生活原理の高みにまで達するようになったのである。わたしたちは、個人の利益という観念がいつごろ隆盛を誇るようになったのか、その時期をおおむね特定することができる。ーーマンデヴィル(『蜂の寓話』)以降であるーー。「個人の利益」ということばを、ラテン語やギリシア語、あるいはアラビア語に翻訳しようとすれば、それはじつに困難なことになり、回りくどい説明的な仕方で訳すしかない。」(P.430)__「利益」は難しいけど、「ego」は可能じゃないかな。〈快〉は、〈便利〉で〈合理〉。「有用性useful」と「利益profit、benefit」の関係。つまり〈冨〉との関係は?
「ホモ・エコノミクス(homo oeconomicus)とは、わたしたちがすでに通り過ぎた地点ではなく、わたしたちの前に控える地点なのだ。倫理と義務の人がそうであるように。また、科学と理性の人もそうであるように。人間はじつに長いあいだホモ・エコノミクスなどではなかった。人間が機械になったのは、それも、計算機なぞという厄介なものを備えた機械になったのは、ごく最近のことなのだ。」(P.431)
(P.432-)__労働者階級と裕福な者、諸企業、資本主義社会。私は、欲求の増大を問いたい。それは、資本主義に必要なものだが、資本主義に特有のものではない。
「生産に従事し、かつ生産物を交換にも供している者は、今改めて次のように感じている。ーーじつを言えば、これまでにもずっと感じてきたのだが、今や非常に敏感に感じているのであるーーすなわち、自分が交換に出しているのはたんなる生産物、たんなる労働時間以上のものであるのだと。自分は自分自身の何ものかを与えているのだと。自分の時間や生を与えているのだと。だからこの贈与、これに対してこの者は、控え目でにでもよいから報いを得たいと思うのだ。そして、その者に対してこの報いを拒みでもすれば、この者のやる気を失わせて怠惰に追いやり、その生産性も低下させることになるのである。」(P.434)
「大衆というのは指導者たちよりも的確に、大衆自身の利益や社会共通の利益について感知しているものなのだ。」(P.435)__『大衆心理』との違い。優しさ。労働組合運動とマルクス主義の関係は?
三 一般社会学ならびに倫理上の結論
「ただし、こうした諸観念がこれらの現象において理解される仕方は、今日のわたしたちがそれを理解する仕方と同じではない。」(P.438)
「したがってそれは、たんなる単位ではない。制度のたんなる要素ではない。複合的な要素からなる制度そのものというのでもない。さまざまな制度がかたちづくるシステもがいくつもあって、その一つがたとえば宗教システムであり、もう一つが法システムであり、別の一つが経済システムであり云々、といった風に別れているという、それらのシステムのどれかに相当するというのですらない。それは「全体」なのであり、社会システムの全体なのであって、それが機能するさまをわたしは記述しようと試みてきたわけである。わたしは、さまざまな社会をその動態や生きた様態において見てきた。それらの社会は硬直した社会ではないのだし、静的にとどまっているとか、さらには生を失った残骸であるとかではないのだから、そういうふうに考察することはしなかった。」(P.441)__全体として捉えること。レヴィ=ストロース「冷たい社会・熱い社会」との見方の差。
「全体的社会事象を考究することには二つの利点がある。まず第一に、一般性に関する利点である。というのも、これらの事象は一般的な作用をするものであり、さまざまな個別の制度や、これらの制度のさまざまな個別の単位と比べれば、普遍的である度合いが高いことが見込まれるからである。個別の制度や個別の単位というのは、程度に多少の違いはあれ、その地方特有の色彩を帯びているのがつねだから。しかし第二に、そしてとりわけ大切なことに、全体的社会的事象の考究には現実性に関する利点がある。この考究を通じて、社会的なものごとを、それがあるがままに、具体的に認識することができるようになるのである。」(P.442)
「わたしたちが目にするのはおびただしい人間たちなのだ。それがすなわち動的な力なのであり、そういう人間たちが自分たちの環境のなかを、そしてまた自分たちの感情のなかを、浮遊しているのである。」(P.443)__一般性、全体性、普遍的、現実性、具体的、動的、感情。研究の方法論。
「具体的なもの(コンクレ)を研究するということは、全的なもの(コンプレ)を研究するということである。」「わたしたち社会学者が観察しているものこそ、限定された数の人間たちが示す全的で複合的な(コンプレックス)さまざまな反応なのだ。そもそも、その人間というもの自体が全的で複合的な存在者なのである。」(P.444)
「しかも、すべてを与えるというのは、その場かぎりのもてなしを施すことから、娘や財を与えることまでにわたる。このような精神状態においてこそ、人間たちは他者を拒むようなとりすました態度を捨て去ったのであり、与えること、そしてお返しをすることを、みずからに引き受けることができるようになったのである。(LF)それというのも、人間たちには選択肢がなかったから。二つの人間集団が出くわしたとき、なしうることは次のいずれかでしかない。離れるかーー双方が不信感をあらわにし合うとか、挑発し合うといった場合には戦うかーー、さもなければ、つきあうか。」(P.447)
「このようにして、クランにしても部族にしても民族にしても、互いに殺し合うことなく、けれども対峙し合うことができるようになった。」(P.450)
