日本語学はなぜ成立しなかったか 鈴木孝夫著 『岩波講座 日本語学 別巻 日本語研究の周辺』1978/03/28,所収

日本語学はなぜ成立しなかったか 鈴木孝夫著 『岩波講座 日本語学 別巻 日本語研究の周辺』1978/03/28,所収
別巻最後

別巻の最後は、私の大好きな鈴木孝夫さんです(このあとに100ページ以上の全巻を通じた索引があります)。タイトルは「日本語学はなぜ成立しなかったか」。「いかに成立したか」という著作は多くありますが、「成立しなかったか」というのは、「なぜ無いのか」ということで、「あるもの」ではなく「無いもの」を論じるわけです。無いものは見つけるだけで凄いことです。発想が違う証拠です。

内発性の欠如
言語学に限らず、西欧で発達を見た学問というものは、後でも述べるように、客体として把握される対象世界を、できるだけ統一的に解釈しようとする人間精神のダイナミックな働きかけの表れと見ることが出来る。したがってこの作用は、結局のところ、対象を把握する努力をしている主体、つまり自分自身の座標の決定、自己定立の問題という形で必ず人間に戻ってくるのだ。(P.285)

「アイデンティティの問題だ」といっているわけです。これが最後まで問題とされます(というか問題です)。

ところが対象と自己との間に、このような内的緊張を日本文化の宿命として持ちにくい日本人が、西欧の学問を受け入れる場合は、必ずその外的な結果だけを、まるでショーウィンドウの中に飾られている美しい高価な商品のように、そっくり貰うのである。(P.285)

今読んでいる『ファーブル昆虫記』にこんな記述がありました。

(たまこがねの糞球を奪った)泥坊は獲物をしばらく転がした後で捨ててしまうことがかなり多いのだから。略奪の楽しみのために略奪するのだ。ラ・フォンテーヌうまくいっているように、そこには
  二重の利益がある。
  第一にわが身の利益、それから他様の迷惑。(『ファーブル昆虫記』第5巻 岩波書店、P.27-28)

これはドイツ語で「シャーデンフロイデ Schadenfreude」、日本では「他人の不幸は蜜の味」「他人の不幸でメシがうまい(メシウマ)」などと言われます。対象(他者)との内的緊張が生み出す感情だと思います。それは元から日本にあったのでしょうか。なかったとはいえません。でも、文化的には持ちにくいのではないでしょうか。これもアイデンティティの問題だと思います。アイデンティティとはなにか、詳しくは別稿に譲ります。アイデンティティはもともとは、対象の同一性です。対象を認識するためには、少なくとも認識するあいだは対象が「そのものであること」を保持していなければなりません。それが同一性です。そしてそれが主体(自己)に適用されたとき、自己同一性(アイデンティティ)となります。でも、対象も自己も変化(運動)します。自己の中での成立が不可欠であり、かつ不可能である西欧において、対象との緊張関係はそのまま「内的緊張」となるのです。

その緊張は、自己解決(完結)しません。対象(客観、他者、神)に普遍性を与えることによって、かろうじて自らの存在が成立します。それは他者(客観)の絶対的存在であり、同時に自己の絶対的存在です。

印欧語においては三人称と二人称の交換はあっても(ドイツ語の Sie など)、一人称と二人称の入れ替えは全く存在しない。この両者は水と油のように決定的に相容れないものなのである。(P.287)
江戸末期以降に日本が接した西欧

社会科学に限らず西欧で発達した学問はすべて、もともと強烈な普遍思考をその特徴としていた。それが一九世紀中葉以降、急速に拡がった進化論的社会観とあいまって、西欧社会を頂点に置く人類の社会・文化の直線的、一価値的な進歩発達を信じる強固な性格を持つに至った。西欧の学問に見られるこの自己中心主義は、産業革命以来、飛躍的な発達を遂げた聖王の技術、自然科学的知見、そしてその適用の具体的成功とも言える非西欧諸国の隷属植民地化という政治経済的成果と呼応することによって、西欧的価値観に内在する道義的優越性とその普遍性に対する西欧人の確信は、いよいよ深められて行ったのである。

一九世紀の後半、幕末明治初期において日本人がはじめて対決した西欧諸国とは、まさにこのような学問、宗教、科学技術、社会体制のすべてにおける人類社会の先頭走者としての自負と、人類の発展過程における最も普遍に近い存在としての自信に満ち溢れていたのである。(P.288-289)

すべての生き物、いや、すべての存在の中で、人類がその頂点であり、それを発見した(というより作り出した)西欧は、「普遍的(絶対的)に正しい(正義)」なのです。「自分が正しい」と思うから、暴力を用いても相手を従わせようとします。それが「啓蒙」です。牧人が羊を導くように、大人が子どもを護りながら躾けるように、自分のためではなく「羊(子ども、植民地)」のために支配するのです。

TBSで『不適切にもほどがある!』というドラマをやっています。これからどうなるのか楽しみです。その中で描かれている、戦後のスパルタ教育や根性論は今批判を浴びてなくなる気配です。でも、その「昭和」というのが「日本的」だとは思わないのです。私は、日本にはつい最近まで「護り、躾ける対象」としての子どもはいなかったと思っています。子どもは「大人と対等に扱われた」か「放って置かれた」と思っています。四六時中「監視される対象」としての子どもなんていませんでした。それは「大人がいそがしかった」からではありません。そういう対象として子どもを見る感覚がなかったのです。今の大人は、この引用文にある西洋人のような思考に支配されつつあります。そしてそれが(どちらかといえば日本的な)「自分を犠牲にしても子どもを守る」という発想にもつながっています(「母性本能」なるものも利用されてきました)。

日本の特殊性

どうして、日本では日本語学が成立しなかったのか。

西欧には西欧の学問を生み出した歴史文化的な風土がある。日本で創造的な社会人文科学を発達させるためには、日本の歴史的な精神風土、文化的背景を土壌として、そこに新しい生命を持った学問を育てる以外に方法はない。西欧の学問はあくまで西欧という、世界の一特殊地域における一つのこれまた特殊な具体例としてのみ、有効な学習対象であり得るのだ。西欧の学問的枠組みを直訳的に日本社会の現象、日本語の問題にあてはめ、適合するものがあれば喜び、見当たらぬ部分は日本社会の後進性のせいにし、余分な所があれば、それを封建制、前近代性の故に帰するというのではお話にならない。(P.286)

西欧が「普遍」だと言っている学問も、一つの特殊な考え方にすぎません。「普遍的が言語(文法)」などというのもありません。ところが日本は、西欧の物理的(物質的)な科学を輸入する中で、その「普遍性」という幻想も受け入れてしまったのです。大谷翔平選手が「憧れるのをやめましょう」と言わざるを得なかったように、未だに西欧(欧米)に対する憧れ、逆に言うと日本の劣等感は強いのです。

確かに国なくしては独自の社会科学も文化もありようがないことを思うとき、明治以後の日本の進んだ道が、愚かな選択であったと責めることはできないであろう。ただわれわれが今直面している日本の社会科学、文化科学の不毛性とは、実は今日の繁栄を手に入れるために、日本が支払った途方もない代償の一つだということを認識する必要がある。(P.290)

著者は西欧に植民地化された東南アジアや、南アメリカ、アフリカなどのことが念頭にあるのでしょうか。皆さんは「植民地化されなかっただけマシ」だと思いますか。

今の日本の「繁栄」と言われるものが、今現在も他の国に「ツケ」を追わせている形で成り立っているのを忘れてはいけないと思います。それは国内でも、ある人たちの贅沢の為に多くの人が苦しんでいる状況と同じです。

「国」という政治的空間で考えているあいだは、「植民地ー被植民地」という観念に囚われます。「支配ー非支配」という関係は、さまざまなレベルで存在します。

日本語の特殊性
したがって数多くの印欧語内に見られる共通特長を、あたかも人類言語の普遍的特徴でもあるかのように思ったりするのは大きな誤りで、これは一つのタイプに属する言語間の、内輪の共通性にすぎぬかも知れないと考えるべきものなのだ。(P.292)

この後、著者が1961年10月に静岡大学で行った日本言語学会の講演で取り上げた日本語の三つの特殊性が書かれています。一つ目、

まず最初に私は日本語の動詞が、なぜ印欧語などに見られる人称変化のパラダイムを必要としないのか、という疑問を提出した。(P.292)

結論をいえば、「思う」「考える」のような人間の内的精神活動を表す動詞、そして「欲しい」「淋しい」「寒い」など、人の内面の状態に関係を持つ形容詞は、主語が話者自身の場合にした、そのままの形では用いられないのである。(P.293)

つまり日本人は人間の内的な状態や精神活動というものを、本質的に話し手自身と結びついたものとして捉えるため、他社の内面に言及するときは、想像の形にするかあるいは過去の事実として、それを外面的にも確認できる場合にだけ、その点を明らかにした上でこのような言葉を使うのだと言える。この点で think という現象を、自他共に同じレベルで可能なものとして I think, he thinks のように使える言語とは、しくみが異なると言わなければならない。(同)

二つ目、

第二の例は、いわゆる清濁音の対立についてであった。(P.294)

「キラキラ」と「ギラギラ」では、前者が「快い感じ」、後者が「不感な念」と感じられるということです。

だが少なくとも西欧諸言語では、このような対立は単に語の指示的意味を区別するだけで、いま説明したような、清濁すなわちプラスとマイナスの対応といった日本人に感じられるような、情緒的対立とは無関係である。日本語の場合にはこれらの対立は示差的であると同時に示同的にも働くという二重の構造を持っており、この事実は従来の西欧型の音韻論だけでは片付かないものだというのである。(P.295)
ことばと文字

三つ目、

静岡の講演で私が取り上げた第三の点は、日本語に用いられている漢字の多くが、音と訓という二重の読み方を持っているという平凡な事実の中に、世界の他の言語にその類を見ない言語意識上の興味深い幾多の問題が含まれていることの指摘であった。(P.295-296)

音素数が少なく、同音異義語が多くなりがちな日本語で、「し(てき)」ということばは「指(摘)」「詩(的)」「私(的)」「史(的)」などの漢字(指、詩、私、史)を頭に浮かべて理解するというものです。「しりつ」を「わたくしりつ」「いちりつ」と言い換えるのも同様です。

だがひとたび文字を持ってしまった言語は、その歴史が長くなるにつれて、本来二次的であり言語外の存在であった文字が、いわば言語自身に喰い込んで行き、ある程度まで言語をば、文字がまったくなかったら進まなかった方向にねじ曲げて行くことも見逃すことのできない事実なのである。(P.297)

漢字ができてから数千年が経ちますが、日本に入ってきてからは1700年ほどでしょうか。でも、日本が「文字を前提とする社会」(池上禎造著「識字層の問題」参照)になってからは100年ほどしか経っていません。そしてその100年とは「翻訳用日本文」(柳父章著「翻訳の問題」)が、「日本語(日本文)そのもの」を追いやってきた歴史でもあります。

漢字はは表音文字であり、同時に表意文字です。同じ漢字を使っても北京語、広東語、上海語などで発音が違います(意味が違うかどうかはわかりません。違うことは大いにありそうです)。音訓の音は「表音文字」、訓は「表意文字」と対応させることが出来るかもしれません。「山」は「サン」が音、「やま」が訓(意味)ですから。中国語は日本語より音素が多く、声調(トーン、tone)で意味が変わります。中国にしても、西欧にしても「文字を前提とする社会」、つまり、庶民が一般的に識字(文字を持つ)となったのは、日本とそんなに変わらないのではないでしょうか。識字の問題と、日本語の特徴は別に考える必要があると思います。文字の使用(意識の外在化) -> 音読から黙読 -> 文字の内在化、という流れの中で捉える必要です。

「書く」という行為は、思考〔意識)内容を外在化させる行為です。外在化することで、対象として認識することが容易(あるいは可能)になります。私は歳のせいかもしれないけど、考えていることなんか2秒後には忘れます。考えている最中にすら、コロコロ変わります。思考は流れの中にある、のかもしれません。ヘラクレイトス「万物は流れる」(πάντα ῥεῖ)です。

これと指さした瞬間には、それは別のものになっています。このようにすべては変転極まりない流転の中にあります。「同じ川に二度入ることはできない。それらは散らし、また再び集める。それらは近寄り、また離れて行く」(プルタルコス『デルポイのEにつて』18p.392B)。「同じ川にわれわれは入って行くのでもあり、入って行かないのでもある。われわれは存在するのでもあり、存在しないのでもある」(文法家のヘラクレイトス『ホメロスの比喩』24)と、ヘラクレイトスは弁証法的な表現によってその深遠な思想を語っています。

何ものもあるとはいえません。ありかつないと言わねばなりません。すべては生成・消滅の不断の流れの中にあります。(日下部吉信著『初期ギリシア哲学講義・8講』P.36)

ソクラテスは、「そんなんじゃ対象をに認識できないだろう」と言いながらも、書かれた(造られた)後には状況に対応できない「書かれたもの(造られたもの)」を批判しました。ソクラテス自身は「対話」を重視し、著作を残さなかったのです。その師の教えに逆らったのがプラトンです。彼は厖大な著作を書きました。その弟子アリストテレスはさらに多くの著作を残し、西欧的思想の基礎を作りました。思考は外在化し、対象となります。対象を認識(把握)するためにソクラテスが仮想した「対象の同一性」は、「対象の実在性」となり、客観的世界の定立となります。対象を認識(把握)する主体も実在化されます。それが「自己同一性(アイデンティティ)」です。

古代ギリシアの「ロゴス(ことば)」が「論理」とされたように、印欧諸語の文法構造が「論理」です。それは「アイデンティティ」と相性がよいのです。主語を必要とする言語は「主体(主語)と客体(述語)」の間に「能動・受動(・中動)」という関係を想定せざるを得ません。「IDカード」は「私が私でる」ことを証明するものです。「私は私である」というのは「何も言っていない」ように感じられます。どういう意味か、と尋ねたらきっと「私は、アリストテレスという名前で、ギリシア人で、目が青くて、ヒゲが生えていて・・・」という属性を並べるでしょう。でも、それは永遠(無限)に続くだろうし、いっこうに「私自身」にはたどり着きません。

アイデンティティが存在するというのは、ことばが「実在」を表す(シニフィアンとシニフィエが同一)だと言っているのです。ソクラテスは対象の実在性を「認識(把握)のための仮のもの」だと思っていたでしょう。プラトンも、客観的な個物の実在性より「イデア」を重視しました。アリストテレスはイデア(形相)と個物(質料)を「分けられない」と言いました。それがソクラテスやプラトンより「進んでいる」とは思えません。客体の把握を重視するか、認識する主体を重視するか、どちらも諦めて「有耶無耶」にするか、という「違い」だけが存在するように思えるのです。世界や自分を把握する方法は人それぞれです。印欧語と日本語も「世界の把握方法」の違いでしかありません。

冒頭に引用した「この作用は、結局のところ、対象を把握する努力をしている主体、つまり自分自身の座標の決定、自己定立の問題という形で必ず人間に戻ってくるのだ。」(P.285)というのが「アイデンティティの問題」だと言ったのはこのことです。そして、「アイデンティティの問題」が「印欧諸語」の問題であることを言いたいのです。

著者は後に日本語を「テレビ型言語」と規定します(『日本語の感性が世界を変える 言語生態学的文明論』2014年)。それはこの漢字の二側面性を発展させたものです。面白い命名だと思いますが、やはりそれは「日本語」と「文字」との混同のような気がします。文字が印欧書語に与えた影響と、日本語に与えた影響は違うと思うのです。文字は道具です。道具をどのように使うのかは文化によって違うのです。






[著者等]

鈴木孝夫[wiki(JP)](すずき たかお、1926年〈大正15年〉11月9日 - 2021年〈令和3年〉2月10日)は、日本の言語学者・社会・環境評論家。 慶應義塾大学名誉教授。(財)日本野鳥の会顧問。谷川雁研究会特別顧問。国際文化フォーラム顧問。 専攻は言語社会学(社会言語学としばしば同一視されるが、社会学の一分野としての意味合いが強い)。


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