テクストのぶどう畑で イヴァン・イリイチ著 岡部佳世訳 1995/01/20 法政大学出版局 叢書・ウニベルシタス 466

テクストのぶどう畑で イヴァン・イリイチ著 岡部佳世訳 1995/01/20 法政大学出版局 叢書・ウニベルシタス 466
「ウニベルシタス」

法政大学出版局の「ウニベルシタス」は高価な印象があります。いつ創刊されたのかはわかりませんが、No.1の『芸術はなぜ必要か』は1967年の10月に刊行されています。私はその時はまだ、そんな本が読める年齢ではありませんでしたが、学生時代、読みたい本の翻訳が刊行され「ウニベルシタス」だとわかると、とっさに「買えない」と思ったものです。

今回始めてウニベルシタスの意味を調べました。「universitas」つまり「unversity 大学」です。

ウニベルシタス(universitas)は、全体、宇宙、世界、組合といった意味を持つラテン語。大学を意味する英語 University やドイツ語 Universität などの語源となった言葉。ラテン語の「uni」+「versus」で、「一つに」+「向きを変えた」。versusはvertereの過去分詞。転じて「一つになった」または「一つの目的をもった共同体」となり、全体・宇宙・世界または組合となった。(Wikipedia

自分がいかに「調べる」ということをサボって生きてきたかを痛感させられました。

ちなみに「universitas」の発音は、古典ラテン語では「 ウニウェルシタス [uːniˈu̯ɛrs̠ɪt̪äːs̠]」、教会ラテン語では「ウニヴェルシタス [uniˈvɛrsit̪äs]」。ラテン語などまったく知らない私ですが、この本の中で訳者は「 v 」を「[v]」と読んでいます。たとえば、「 valde 」は「ヴァルデ」です。つまり、教会ラテン語の発音です。イリイチはカトリックですから、当然と言えば当然です。

また、この本でメインに取り上げられているユーグの『学習論』ですが、Hugues は「フーゴー」と読まれることが多いようです。『学習論 Didascalicon 』は『学芸論』とか『階梯(かいてい)論』と訳されることもあります。邦訳には平凡社『中世思想原典集成』第9巻「サン=ヴィクトル学派」があります(読んでいません)。また、第一巻はネットでMasaki Shimazakiさんの訳を読むことができます。

古典ギリシア語の「 διδασκαλικός 」で、英語の「 didactics 」は「教授法」などの意味です。


テクスト

原題は「 In the Vineyard of the Text 」です。「 Vine-yard 」は「(ワイン用の)ぶどう畑」。では「 Text テクスト」は何でしょうか。中学校では「テキスト」と習ったのですが、いつからか「テクスト」というカタカナ語が登場しました(1970-80年代?)。「テキスト」と「テクスト」は違うのでしょうか。これがこの本のキーワードなのですが、よくわかりません。「本」とか「文」とかの漢字ではなくカタカナ語で使われているということは、日本語には訳せないんでしょうね。日本には「本」や「文」はあったけど、「 Text 」という概念はなかったということでしょう。

もとはラテン語の「 textual 」、「織られたもの」という意味です。「 texture 」といえば、「織り方、生地、手触り」などの意味になります。

多分西欧人には「 text 」の共通の理解があって、それをもとにした個性的な使い方があるのだと思います。日本語になかったものを説明するのは難しいけど、イリイチの使い方から、ぼんやりとでも意味が理解できたらいいなあ、と思います。


文字

日本語は漢字と、ひらがなとカタカナを使います。すごいですよね。中国から漢字が伝えられ、その漢字の読み方や漢字の一部からひらがなとカタカナが作られました。漢字のおおもとは「亀甲文字」。動物の骨や亀の甲羅に刻んで占いを行いました。象形文字・表意文字です。アルファベットももともとは象形文字だったようです。文字がどのようにして発生したのかは諸説あるでしょうが、それは「自然の存在」と結びついていました。それが「音(声)」を表すというのは、文字の発明よりもずっと後でしょう。「◯」や「✗」などの記号は、それ自身では「音」を表すわけではありません。「絵」が音を表さないように。というより「音(声)」そのものが「自然の一部」だったといったほうがいいでしょう。「声が自然の模倣」だということではありません。「自然そのもの」だったのでしょう。手を動かしたり、歩いたりすることと同じです。

文字も「自然」そのものでした。文字が表すのは「声」ではなく「自然」あるいは「神」なのです。文字が持つ神秘性や、言葉の持つ力「言霊」などは今でも残っています。「梵字(サンスクリット文字、デヴァナガリ文字)」が表すのは、その力そのものです。それはヒンズー教や仏教と切り離して考えることはできません。アラビア文字がユダヤ教やイスラム教徒切り離せないように、ローマ字アルファベットはラテン語・キリスト教と切り離すことができません。


言葉と言語

イリイチは、言葉を二種類に区別します。

ユーグの学生たちは、読むことと、書くことと、ラテン語とが一体であったあの人々の仲間、つまり中世最後のラテン主義者にあたる。しかしながらラテン語は、彼らの時代に初めて、諸言語の中の一言語となったのである。そして彼らの次世代の学生は、ラテン語の詩といっしょに土俗語の詩を作成した。ローマ字体でもって、土俗の言葉を表現することが発見されたのだった。しかしユーグの学生にとって、ローマ字体は依然としてラテン語の声を伝えた。ローマ字体で記述されたラテン語は、明らかにヘブライ語、ギリシア語にならぶ三つの聖なる言語の一つであった。われわれにとって、歌うことや踊ることが話すことと何か少し違うように、当時の人々にとって、話すことはラテン語の〈セルモ sermo 〉であって、言語を用いること、つまりラテン語の〈リングア lingua 〉とは何か違うものと理解されていた。ラテン語は音と文字が一体となっており、文字だけでなく、思考もいっしょにとらえるのである。(P.65)

そこでは修練者がふるさとで使っていた方言が書き記されたことは一度もなかった。あるいは彼らの方言は、母語として認識されてすらいなかったのかもしれない。これは百姓にとっても、騎士にとっても同じことであった。アルファベットは、まだ日常の話し言葉につきまとってはいなかった。(P.66)

「 lingua(舌)」は「 language 」つまり一般的に「言語」と言われるものです。それは「話すこと sermo 」とは別のものです。「 sermo 」は「説教 preach」ですが、英語では何にあたるのでしょう。「 speech 」?「 say 」?わかりません。梵字一文字が色々な仏様を表すように、音と文字とそれが表すのもが一体となっています。その一体となったもの全体が「ラテン語」です。ですから、日常の話し言葉をアルファベットで表すことはありませんでした。

日常の話し言葉は、言語ではありません。それは空気や野山と同じく、ただそこにあったのです。「言葉の基礎には文法がある」などと考えるのは、「 lingua 」を対象としていて、それを「 sermo 」と混同しているのです。あるいはその違いが分かっていないのではないでしょうか。

またラテン語を母語とする地域においてさえ、紀元前三〇〇年の綴り方の規則は、人々が実際にしゃべる時の韻律と発声とに、もはや対応できなかった。この全期間、つまり古代ローマ時代からユーグの時代までの全期間を通して、そして地域的には黒海からスペインに至る統治の異なる広大な土地のいずこにおいても、アルファベットが、人々の実際に話す言葉を記したことは一度もなかった。十三世紀に至るまで、アルファベットは、基本的に公的な口述を筆記するための道具でしかなかったのである。(P.72)

十二世紀の文書の中で、「母語」という用語はめったに使われることはなかったが、これは常に〈話し方 sermo 〉を指し、ラテン語としての〈言語 lingua 〉とは区別された。(P.178)

それが「土着の言葉」(「土着」の原語はわかりませんが、きっとヴァナキュラー vernacular でしょう)を表すことに使われるようになります。日本では10世紀にひらがなで初の公文書『古今和歌集』(905年)が作られます。そして平安文学などの「国風文化」が花開きます。どこか似ていますが、その後も口語と文語の別は続き、明治の「言文一致運動」が起こります。でも、いまでも「文章の日本語」と「話す日本語」は一致していません。方言などの「話す日本語」はひらがなで表すことは難しいのです。そして、「話す日本語」はどんどん減って、文章の日本語(共通語・標準語)に取って代わられようとしています(中国の「白話運動」、ギリシアの「デモティキ」など)。

話している言葉を文字にしたときに、話している言葉は「文章」となり、それを「単語」「品詞」に分解・分類することが可能になります。さらにアルファベットでは「母音」と「子音」を区別することも可能となります。

子音(呼吸を妨げるもの)と母音(肺から飛び出た「霊」である息吹に付けられた色を示すもの)との双方に記号を当てはめることで、社会的に計り知れない大きな意味を持つ一つの技術が作り上げられた。この技術を用いる社会は、他の様々な文化を有する共同体から自らを離床させる。しかしながら、ほぼ一世代をかけて作り上げられた名称や項目をアルファベット文字順に並べる手法が、この表音式綴りに匹敵するほどの技術的革新であるということに、ほとんどの学者はまだ気づいていない。ギリシア文化を前アルファベット口承文化と、文字と学問の庇護のもとにある文化とに分けることになぞらえて、中世文化をアルファベット順索引以前と以後とに分けることは、きわめて理にかなったことのように、私には思われる。(P.112)

日本で「あいうえお順(いろは順)」というのがいつどのように考えられたのかは知りません。中国人が使う辞書の多くが「ピンインのABC順」だそうです。日本の漢和辞典のように、「部首順」というのもあるそうです。

文字が話し言葉を表す社会(文化)は、特殊な文化です。現在でも文字を持たない文化はたくさんあります。根拠はありませんが、そういう文化に住んでいる人のほうが多いのではないでしょうか。

教会は〈聖職禄 beneficium 〉付きの〈聖職者の組織 corporatio 〉と理解されるようになる。その結果、聖職者は新しい公証人としての権力を独占しようと企てた。約束の言葉よりも証文が重要となるにつれて、彼らの力は、ますます大きくなるのだった。(P.186)

『光る君へ』で、証文を盾に、子供を連れ去ろうとするシーンがありました。私はそんなことはなかったのではないかと思います。日本で識字率が急激に上がるのは20世紀に入ってからですが、「文字を知らない(文盲)」かどうかではありません。「文字の(文字が前提となっている)社会」にはなっていなかったと思うのです。西欧においても、識字率が向上するのは「徴兵制」と「義務教育」が始まってからです。それ(文盲率など)とは別に「文字の社会」はどんどん力をもちます。


本(書物)

どうして物が見えるのか。現在なら「光が物に反射して目の水晶体を通って、網膜に映る。その映った像を脳が認識する」と考えるでしょう。でも、あるはずの物が見えなかったり(私は最近そういう事が多い)、ないはずのものが見えたり(今のところそういう自覚はない)、錯覚があったりします。

古典ギリシアの時代から、「どうして物が見えるのか」については「外送理論」と「内送理論」があります。上記の解釈は「内送理論(外から内に送られてくる)」です。送られてくるのは「光」だったり、「物質から発せられたもの(物質の表面から剥がれ落ちた何か)」だったりします。「外送理論(内から外に送る)」は目から何か(視線、プネウマなど)が放出され、それが対象を捉えるという考えです。外送理論は不思議な考えに思えますが、「誰か(何か)の視線(まなざし)」を感じたことはだれにでもあります。

中世では、光は物体の世界に内在している。そこでは物体自身が光を発する光源として人々の目に入る。今のあなたにとっては、もしこの明るさが消えるならば、絵の中のものは単に見えなくなるだけでなく、同時に存在しなくなるように感じられるだろう。(P.14)

われわれはニュートン以後の世界に生きている。落下する石を見る時、われわれは重力の法則に従っていると考える。中世の哲学者は、この同じ現象を石が地球に近づきたいと望んだ結果であり、それすなわちこの動きの〈目的因 causa finalis 〉であると考えた。(P.8)

ユーグは、読書をする人が書物に向い、知の光に導かれて、羊皮紙の鏡のなかにおのれの自我を見い出すことを望む。読書する人は、書物のなかに他人の目に写る自分ではなく、また肩書や通称で呼ばれる自分でもない、彼自身の目に写る自分を認識するのである。(P.17)

書物が発する光、羊皮紙に書かれた装飾された文字や細密画が発する光、それは自然(あるいは存在)そのものです。「書物が話しかけてくるという感覚」が近いのかもしれません。キリスト教においては、それは「神の声」です。「見る」ということと「聞く」ということが一つになっています。日本語で「香を聞く」というのはその感覚に近いかもしれません。


自我

今日われわれは、「自我」あるいは「個人」という言葉を日常会話の中でよく用いるが、この言葉の意味するものは、実は十二世紀の大きな発見の一つなのである。ギリシア、ローマの諸概念のいずこにも、この言葉がぴったり該当すると考えられるものはない。かなしいことだが、ギリシャ教父やヘレニズム期の哲学を学ぶ研究者は、彼らの出発点と自分たちのそれとが異なることに気づかされることが多い。教父や哲学者のことをわれわれが理解しにくいのは、彼らがわれわれと同じ「人格 person 」に相当する概念をもたないことに大きく起因している。

われわれの意味するような自我が前提となっている社会は、いくつもある文化のなかでは一つの特殊な存在である。この特殊性は十二世紀になって目立って顕著になりだした。ユーグの著作は、この自我という新しい形態の出現に立ち会った書物である。(P.16-17)

(ユーグとベルナールという・・・引用者)二人は封建体制下のあらゆる階層の人々に対して、近隣仲間内での日常的な精神風土から抜け出し、孤独の旅へ出発するようにと説く。他人につけられた通称や、他人からの待遇のされ方で存在価値を見いだす場所から出て、長い孤独の旅の道中で自我を発見するようにと説く。(P.17)

私は、「近代の自我」が十二世紀に誕生したことを、言うつもりではない。また新たに出現したこの自我が、さかのぼるべき原点を持たないと言いたいわけでもない。今日われわれは、たがいをそれぞれ未知な部分をたずさえた人間だと考えている。われわれの個性は、肉体がつながっていないのと同様、それぞれ別々なものである。サンティアゴへ向けて出発した巡礼者や『学習論』を学ぶ学生が、自ら発見しなくてはならないもの、すなわち共同体から内面的に隔たったところでの生き方は、そのまま現代のわれわれにとては社会的現実なのである。それはあまりにも明白なことなので、そうでない方がよいなどと考えることすらない。われわれは流浪の民に生まれついているのだ。(P.18)

「自分」というものはいつの時代にもあったけど、それは当たり前のもので、犬や猫や野山があるのと同じです。それの「内面」を見ようとすることは、箱の中身を見ることとは違います。箱の外面も中身も(目に見える)存在ですから。犬や猫や草花の内側を見ることもあります。でもそれらも(神が創ったかどうかに関係なく)存在です。

自然(客体)からの人間の分離、肉体からの精神の分離、社会(共同体)からの個人の分離、そして「私・自分」の内側にある自我の発見と追求。福岡伸一さんが『ドリトル先生航海記』を新たに翻訳し、「100分de名著」で取り上げられていました。それは主人公の少年の自己発見、自己形成の旅だと。社会から切り離された個人が、一人で生きること、つまり個人であることを学んで、社会の中の個人であることを自覚したうえで、社会関係を結ぶ(再構築する)ということです。社会が個人の「集合(集まり、かたまり)」であるような社会です。

幼い自分にひとたび実存主義的精神構造が形成されたならば、その若者はあらゆる世界に対して異邦人として成長することになる。彼自身のようなさすらい人たちが作り上げた世界を除いて。(P.19)

動植物を解剖してもそこに「自我」がないように、私を解剖してもそこに「自我」はありません。もしあったとしても、「昨日の私」と「今日の私」は違うはずです。私の内側(内面)を自覚するために本を読むこと。それは文字とそれがつながっていたはずの実体(自然)とのつながりを切ることがあって可能になったのだとイリイチは言っているように思います。そしてそれはローマ字アルファベットがラテン語から切り離されたという事実があったからなのだと。


読書

上記のように、ユーゴが読書に求めたのは「自己発見の巡礼」でした。当時は話すこと(口述)と、それを筆記すること(書記)とは別の人がおこなていました。そして「読む」ということは「声に出すこと」つまり「耳で聞くこと」、聖書でいえば「神の声」をそのなかから拾い出し、それを実体化することでした。つまり「見ること」と「聞くこと」と「意味を汲み取ること」が同時に読書に必要でした。

今日、この読むと書くという二つの動詞が、明らかに異なった二つの行動を意味していることは、確かである。しかし歴史的にはそうではない。(P.95)

〈筆記する人 scriptor 〉は筆を持ち、〈口述する人 dictator 〉は指図する。十二世紀の著作者が、自ら筆をとり、蜜蝋の書き板に草稿を記すのは、特別な場合だけだった。まして高価な羊皮紙の上に自ら筆で記すなどということは、著作者の思いもよらないことだった。それは〈書く人 amanuensis 〉と呼ばれる別の人々の仕事だった。(同)

当時のやり方によるならば、筆記者はベルナールの口述を自分の手につぶやきかけながら記すのだった。つまり筆記者の口が尖筆を持つ手を導いたのである。読書と同じように、書くこともまた依然としてぶつぶつとつぶやく活動のままだった。(P.98)

読むのにも書くのにも「口に出すこと」が必要でした。目、耳、手、あるいは全身の動きやリズムとして「読み書き」はあったのです。ゴスペル(聖歌)や仏教のお教のリズムにそれが残っているのではないでしょうか。

通常筆記者は、他の者の口述に基づいて写本をした。口述者が在席しないときは、筆記者は書物の前に座し、声に出して読み、声が媒介する記憶の許す限りを写し取ったのだった。そんなわけで、初期の修道院付属の写本室は、騒々しい場所だった。ところが七世紀にはいると、アイルランドで開発された新しい技術が大陸に伝わってきた。それは、個々の語と語の間に空白を挿入する方法である。この方法が普及するようになると、写本室は沈黙した。写本する者は、単語を一語ずつあたかも表意文字であるかのように目でとらえ、それを作業中のページへ書き写すことが可能になったのである。(P.94)

ユーグのもう一つの貢献は、特に黙読という読書形式が存在することを初めて公に文章に記したことにある。(P.93)

「黙読」が一般的になるのはこれ以降です。文字が「声」から独立(分離)したのです。私はずっと本を読むときに、頭の中で音にしていました。だから読むのがとても遅いし、わからない漢字があると読むことが止まってしまいます。ローマ字に出くわしたときは絶対音にしようとするし、ハングル文字やアラビア文字に出会うと、読むのをあきらめます。意味がわからくても音ぐらいはわかるようになりたいとも思うのですが、どうしても苦手です。この間、台湾のお土産のお菓子をもらいました。箱の文字は漢字ばかりです。多くは日本語と同じ漢字なので(簡体字はわからない)、音訓よみでなんとなく意味はわかります。正しいかどうかはわからないけど。中国では北京語と広東語では、発音がぜんぜん違うけど漢字を見ると意味がわかる、という話を聞いたことがあります。表意文字は音と意味が一緒になっているので、音が違っても意味は通じるということです。だからこそ「音と意味の分離」というのがよく分かるようで、何か勘違いしている気もします。英語が達者な人、日本語でも読むのが早い人は「音」にせずに本を読めるのでしょうか。


テクスト

ユーグより前の時代の人々にとって、書物は著者の話や口述の記録である。しかしユーグ以後になると、書物は徐々に著者の思想を蓄えたもの、つまりまだ声になっていない考えを映し出すスクリーンとなってくる。(P.103)

彼らは書物をもはや、ぶどう畑であるとか、楽園であるとか、あるいは冒険に満ちた巡礼行にとっての景色であるといったように考えることはなかった。むしろ彼らにとっては書物は、財宝置き場であり、貯蔵庫であった。すなわちそれは検討することのできるテクストだったのである。(P.103-104)

キリスト教書物の読書が長く続き、声を出して読書する信仰厚き人々にとって譜面として存在した書物は、突然、論理的な思索者のための視覚的に組み立てられたテクストへと変貌したのだった。(P.ⅹ)

イリイチは、様々な方向から「テクスト」を説明してくれています。文字が自然(実体)から、そして「声」から離れます。本を読むことは文字が放つ光に照らされた風景などの具体物を連想し、それとつながることを止め、それを「思考そのもの」として見ることになります。その思考が「テクスト」だといっているのでしょうか。

声になる前の思考があるということ。声に出さない「思考」「内的心(良心も罪も含めて)」があり「自我」があるということ。私はこれがキリスト教の「告解」の基にあると思います。そしてイリイチのいう「罪の犯罪化」にもつながるのではないでしょうか。

言葉にする前にそれは存在する。アリストテレスの第一実体を連想します。言語(ラテン語や土着の言語)になる前の存在、形(述語で表される・イデアと結合する)前の可能態としての存在です。それを構造化したもの、つまりカテゴライズしたものが現実態としての言語(範疇、概念)です。でも、それは「自我」ではありませんでした。イデアのイデアとしての「不動の動者」、つまり「神」の存在が前提としてあったからです。ずっと後のことですが、1637年に公刊されたデカルトの『方法序説』は、神の存在を証明するために書かれました。「我 ego 」の存在を証明するために書かれたわけではありません。でも、『方法序説』はラテン語ではなくフランス語で書かれました。『方法序説』は「テクスト」なのです。フランス語の「Je pense, donc je suis.」はラテン語「Cogito ergo sum」として広がるのですが、その頃のラテン語はすでにイリイチのいう「学者の読み方」のためのもの、つまり「テクスト」でした。

ユーグが読む時、彼は収穫する。彼は一行一行から果物をもぐ。ラテン語の〈パギーナ pagina 〉という言葉、つまりページは、結びつけられたぶどうの木の列を意味することをプリニウスはすでに気づいていた。(P.55)

およそ一一四〇年前後に、一枚のページがめくられたのである。書物の文明の中で、修道院のページは閉じられ、学問のページが開かれたのである。(P.87)

書物は、先例のないある種のものの象徴となる。その文字に表されているが、触れることのできない存在を、私は〈本の形をしたテクスト bookish text 〉と呼ぶことにしよう。(P.127)

書物は一冊の本の形をしたテクストとなった。このテクストは学究的精神を呼び起こした。(P.128)


分水嶺
精神の形態と行動形態を二つに分けるこの分水嶺が、本試論を通しての主題である。(P.129)

一つは上記の「〈修道士の読み方〉から〈学者の読み方〉」への変化(P.103)、つまり、「テクストが具体的な客体から離れて一つの記録となった」(P.75)「ABCの記号もまたラテン語からの独立を獲得した」(同)時です。

もう一つは、現在進行中の分水嶺です。

その転換とはすなわち、アルファベットの技術がコミュニケーションの渦の中に溶解することを指している。〈客体としてのテクスト〉の歴史に焦点が当てられることがなかった理由は、歴史家を生み出した人文科学の伝統自体が、このテクストが形成する土俵の上で育った現象だという点にある。(P.130)

本の形をしたテクストが私の住まいであり、そしてこの本の形をした書物を読む人々の共同体が、私が「われわれ」と呼ぶ仲間なのである。(P.131)

イリイチもその住人の一人です。でも、イリイチは自分がいる共同体を自覚しています。「自覚」という言葉そのものが「自我」を前提にしているのかもしれませんが。デジタルの書物が苦手な私は、ちょっと嬉しいです。少しだけ仲間になれたのかな、と。

テクストは、オリジナルからコピーを分離する空間の中を、意味を担った記号を運ぶ一種の船となり始めていたのだった。その船はあちらこちらに錨を下ろす。しかしながらテクストの書物からの分離にもかかわらず、テクストは依然として書物を港としていた。(P.130-131)

幻のスクーナー船からの信号のように、そのデジタルな記号列はスクリーン上に気ままな活字を描く。それは幽霊のように突然現れて、そして消える。書物を意味の港として読む人はますます少なくなる。いく人かの人々にとっては、書物が依然として不思議、喜び、困惑、苦い後悔へと導くものであることは確かである。しかし、私は案ずるのだが、多くの人にとって書物の主たる価値は〈情報〉を指し示す隠喩以外の何物でもなくなっているのではないだろうか。(P.131-132)

本からテクスト(客体・記録)が遊離し、それが〈データ〉となりました。多くの人が(特に学者が)情報を得るための読書をしています。そしてスクリーンに向かってキーボードを叩いています。イリイチもワープロソフトを使っていたそうです。私もこうやってパソコンで文章を書いています。イリイチの書いたものは紙の本になりますが、私が書いたものは紙の本にはなりませんが。私がデジタルで書くのは紙の本にならないせいですが、誰かに読んでほしいという気持ちもあります。そしてほとんど読まれませんが、デジタルにしておくと「検索」がとっても楽です。ただ、「コピペ」は身につきません。忘れてしまいます。歳のせいもあるけど。紙の辞書で調べること、いや「手で書き写すこと」ってとても大事なことだと最近思っています。

自分が「文字を前提にした文化」の中にいること、そしてその文字とは「データ(デジタルデータ)」であることを自覚していないと、「言語は文法である」とか「言語は思考のためにある」だとかいう、おかしな考えに陥ります。


「万物は懐妊している」
(ユーグのいう・・・引用者)〈読書の学習〉がなぜ効果的で確実な知の探求であるのだろうか。それは、万物は意味を懐妊しており、その意味は、読者によって明るみに出されるのをひたすら待っているという事実に立脚しているためである。自然が書物のようなのではない。自然そのものが書物なのであり、人間の作った書物は、自然の類似物なのである。そしてこの人間の作った書物を読むことは、とりもなおさず産婆術を行使することなのである。だから読書は、抽象的行為からはるかにかけ離れた、受肉的行為なのである。(P.139)

私はこのキリスト教的な文章にはついていけません。ただ、「万物は意味を懐胎している」を「万物に神が宿っている」、つまり日本の「八百万の神」的に捉えればなんとなく共感はできます。自分たち人間のために自然をコントロールしようとし、人間のために「もっと尽くせ」というSDG's発想は、自然そのものを〈データ〉、つまり「数値化(デジタル化)」するものです。数値化の代表が「お金」です。物理的な欲望は限りがあります。肉体には限りがあるからです。どんなに食べたくても胃の容量には限界があります。でも、数値(お金)は限度がありません。いくらでも「0(ゼロ)」が付けられます。いくらあっても、「それ以上」があります。いつも「もっと、もっと欲しい」と思い、「永遠の欲求不満」が続きます。SDG'sの世界は「過食症」の世界です。

物理的、具体的な本から精神(思考)が〈テキスト〉として独立し、抽象的なデータとなった世界。そこに先進国と言われる国の人々は住んでいます。さらには開発途上国にそれを押しつけることが「発展(開発)」だと思っています。自分がそんな世界に住んでいること。それを自覚することはとても難しいことです。

テレビやスマホが当たり前の社会に住んでいると、それらがない社会を想像することができません。テレビやスマホがない社会があると知ると、「可愛そうだな」と思います。それは自分のスマホを捨てることにはつながりません。それは「優越感」となり、「みんながスマホを持てる社会を目指そう」という思いになります。「みんなが大家さん」「みんなが企業家(社長)」という社会は、「大家さん」も「社長」もいない社会なのに。

結局「テクスト」の意味ははっきりとはわかりません。むしろ何十年も使ってきた「テキスト」という言葉の意味がちっともわかっていなかったことに気づいたくらいです。

イリイチはキリスト教会に逆らうキリスト教信者です。キリスト教が作った西欧を見つめ、自分がその中にいることを自覚しています。日本は西欧の文化をキリスト教抜きに取り入れました。そのことが、その文化がキリスト教が作った特殊な文化であることに気づきにくくしているのかもしれません。仮名をつくることによって漢字文化(中国文化)から抜けでたように、文字の文化( lingua の文化)から抜けでることはできるのでしょうか。多分そのためには、そのことを自覚するとともに、日本の特殊性(独自性)を、日本文化の中に探すことが必要になると思います。その結果がどんな意識・行動の変化を及ぼすのか。私にはわかりません。




[著者等]

In the Vineyard of the Text: A Commentary to Hugh's Didascalicon (1993) ISBN 0-226-37235-9
『テクストのぶどう畑で』(岡部佳世訳、法政大学出版局、1995年)

現在幕を閉じつつある読書主義が、どのようにして始まったのか。中世の神学者ユーグの「学習論」をめぐって読書の意味と役割の変貌を鮮やかに描き、書物の未来に深いまなざしを向ける。



[ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4588004667]

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