生きる希望 イバン・イリイチの遺言 イバン・イリイチ著 臼井隆一郎訳 2006/12/30 藤原書店

生きる希望: イバン・イリイチの遺言
イリイチが残した遺言

邦訳されているイリイチの著作のうち、読んでいないものの方がが少なくなってきました。全集や著作集のようなものが計画されているんでしょうか。紙の本になるもの自体が減少しているのかもしれません(デジタルで存在するもの、Web上だけに存在するものは紙の本の出版を遥かに超えて増えていると思います)。

イリイチの言うように、本(書物)が実在との結びつきをなくし、テクスト、そしてさらに〈データ〉になってしまっているので、デジタルなデータとして、ハードディスクとネット空間の中で「本もどき」(その昔なら本だったもの)が浮遊しています。単なる「電荷」です。それは「プラスとマイナス」あるいは「1と0」としての「価値(あたい)」として認識されるだけですが、かろうじて「電荷」という形で「実在」(「観念」といったほうがいいかも)は残っています。それを「知(知識)」と呼ぶかどうか、イリイチなら「価値として、つまり、お金と同じものとして存在しているだけだ」と言うような気がします。感触も重さもなく「経験」とはいい難いものです。

イリイチはキリスト教の司祭をしていたこともある人です(1969年に司祭の資格を放棄したそうです Wikipedia )。その根底にあるのは、キリスト教の信仰です。わたしはキリスト教、いや宗教そのものに興味がないので、イリイチの文章の中のどこまでが「知」であり、どこから「信仰(キリスト教)」なのか、それを見分けようとしながらつねに読んでいます。その知識欲や、今の社会に対する批判性が、そのキリスト教の信仰から来ていることは間違いありません。でも、イリイチの圧倒的な知識量とその深い洞察力の中で、それを見分けるのはわたしの能力を越えています。

その「宗教の信仰」が薄い日本で、イリイチを「宗教臭い」「抹香臭い」と批判されることを聞いたことがありません(あるのかもしれないけど)。そんな事を言い始めたら欧米の著作者ほとんどがそう批判されちゃうでしょうが。イリイチは、いまのキリスト教に対する批判も鋭いのですが、それ以外の〈信仰〉、たとえば「学校」や「医療」、「開発」、「自動車」、そして「科学的思考方法そのもの」という「信仰」に対する批判は今でも揺いでいないと思います。そして(たぶん)この「同じ信仰者」として、イリイチはそれらに真摯に向き合っています。


本書について

原書は、"The Rivers North of the Future: The Testament of Ivan Illich as told to David Cayley "(2005)、デイヴィッド・ケイリーがイリイチに行ったインタビューを編集したものです。これ以前に、"Ivan Illich in Conversation interviews with David Cayley" (1992) (邦訳『生きる意味―「システム」「責任」「生命」への批判』高島和哉訳、藤原書店、2005年)があります。デイヴィッド・ケイリーについてはよく知りません。

わたしは一九九七年の六月の二週間、そこで(メキシコのオコテペク・・・引用者)彼と過ごし、本書の最初の十四章の編集を済ませ、軽い配列換えを行い、この期間に彼がわたしに言ったことを書き写した。(中略)

二年後、わたしは、再びオコテペクを訪ね、わたしたちの最初のセッションの間にイリイチが導入したテーマの多くを追跡した。これらの対話が、この書物の残りの部分(15章から22章)を構成している。これは本当にインタビューだったので、わたしはその問と答の形態をそのまま残した。(本書、P.21「まえがき」。以後「本書」は省略)

元々がインタビューなので、イリイチは語りかけるように、そしてわかりにくいと感じたところは噛み砕いて話しています。翻訳も語り口調で、(そういう意味では)わかりやすい訳になっています。

イリイチが後でどのくらい手を入れたのかはわかりません。でもその分、イリイチの生(なま)の声(思い声)に近い感じがします(明らかにケイリーが「編集」したと感じる部分もありますが)。この第二部(15章から22章)がとても助かります。インタビュー(第一部)の中で述べられたことを、イリイチ自身が補足したり、要約したりしていますから。

このインタビューが公開されることはイリイチも知っていました。

・・・簡潔明瞭にお答えしたいところですが、あなたはラジオ番組を録音しているのですから、それもちょっと難しい。わたしたち二人の間の関係の営業サイドが絶えず気になるわけです。(P.352)

微妙な表現です。学者向けではなく一般の視聴者向けなので、わかりやすいように話さなければならない、という意味だろうと思います。もしイリイチ自身の著作であれば、また別の表現があったのでしょう。


分水嶺

イリイチの思索の集大成とも言える本です。なので、述べられていることは多岐にわたっていて、要約することは(わたしには)難しいです。きわめて大雑把に言えば、12・13世紀頃と1980年代に、西欧は(そして1980年代にはその影響を受けている他の国も)二つの分水嶺( watershed、大きな転換点)を越えたということです。

そして、歴史のなかで始まりをもつものはすべて終わりをもちます。(中略)たしかに、時代の始まりと終わりに日付を打つことは、解釈の問題とたぶんいくらかの曖昧さを含んでいるのはよくわかりますが、しかしそれにもかかわらず、道具の時代が今やシステムの時代にとって代わられつつある、とわたしには思えます。(P.145-146)

わたしがある時代の終わりというのは、もちろん、時代の歴史的連続性の終わりを言っているのではありません。時代はいつもオーバーラップします。(P.269)

歴史の教科書に載っているような「〇〇年に〜〜が変わった」というような明確なものではありません。歴史的な事実はたくさんあって、イリイチも歴史家として、それらの「歴史的出来事」は語っているのですが、イリイチが「分水嶺」というのは、そこで人々の「物事の見方・見え方」や「考え方」が変わったということです。分水嶺の後に生きている人は、その前に生きていた人が考えていたこと、見えていたことを、「今の(分水嶺後の)自分の見方・考え方」で捉えてしまいます。「人間というものは〜〜」とか「人間なんて〜〜」と、一般化(普遍化)して過去の人を語ることはできないのです。

1980年代をわたしも跨ぎました。その時には「親は古い。親の言うことは間違っている。祖父母のことなど知ったことじない」と思っていました。親とは分かり合えないと思っていたし、祖父母の気持ちなど考えたこともありませんでした。イリイチとは一世代違いますが、イリイチは分水嶺の「あちら側(道具の時代)」にいるときに『脱学校の社会』(1971年)や『コンヴィヴィアリティのための道具』(1973年)『脱病院化社会―医療の限界』(1975年)を書き、嶺(みね)の頂上で『シャドウ・ワーク―生活のあり方を問う』(1981年)『ジェンダー―女と男の世界』(1982年)を書いたことになります。嶺を越えた後、「越えたこと」に気づきます。

たとえば、エコシステムとしての地球の概念や、免疫システムとしての人間の概念です。わたしがはじめの頃の本を数冊書いていた時、わたしはこの分水嶺に気づいていませんでした。そしてわたしは、わたしの本を真面目に読んでくれた何人かの善良な人々に対して、学校というシステムを学校という道具、あるいは医学の確立された制度をある装置として納得させてしまった点で、誤っていました。(P.145-146)

「道具 tool 」と「システム system 」の違いに気づいたのです。越えた後の作品(単行本として出版されたもの)はあまり多くないようです。ケイリーのインタビューを除けば、『ABCー民衆と知性のアルファベット化』(B・サンダースとの共著、1991年)、『テクストのぶどう畑で』(1993年)が邦訳されています。

彼自身の本もテクストになってしまうこと、また本という一方方向のものより、「生(なま)の言葉」でしか伝わらないのではないかということを考えたのかもしれません。それがケイリーのインタビューに応じるきっかけになったのではないでしょうか。その時イリイチにできること、本にはならなくても伝えたいもの、それがあったということです。この邦訳のサブタイトル「イバン・イリイチの遺言」(原書のサブタイトルでは The Testament of Ivan Illich )というのは、それが与える印象は別として、多分その通りなのでしょう。

わたしは、むしろ嶺の「こちら側(システムの時代)」で多くの年月を生きてきました。


人間(ホモ・サピエンス)

日本語の「人間」は「にんげん」と読むほかに「ひとま」「じんかん」「ひとあい」などとも読み、古くからある言葉です(精選版 日本国語大辞典)。それぞれの文化が、それぞれの言語で「自分たち」のことを「人間(人)」と呼んでいました。

英語では「 human being ( human, man )」です。今では「人間」は「人類」とほぼ同義語です。「人類」も日本語や漢籍に古くからある言葉ですが、生物学的には「ホモ・サピエンス(・サピエンス)」Homo sapiens を指します。この学名は1758年にカール・リンネが命名したようです。「ホモ Homo (homō)」はラテン語で「人」です。「サピエンス sapiens」はふつう「賢い」という意味だと説明されます。では「人間 Homo」とは何でしょう。これが難しい。「これこれこういうものが人間である」と決めたのではないのですから。「人間とは〇〇である」「人間とは△△である」「人間とは✗✗である」・・・、いくらでも挙げることができます。これはアリストテレスの「基体(実体、 ὑποκείμενον )と形相」の関係であり、「主語と述語」の関係で、その間に「繫辞(けいじ、be動詞にあたるもの)」を挟むという、インド=ヨーロッパ諸語の特徴なので、日本語話者には意識しづらいものです(単純に言えば、日本語では「人間は考える葦である」とは思えても「人間は考える葦がある」は不条理です)。

もちろん、日本でも古くから「人とは何か」が考えられてきたし、西欧でもさまざまな考えが生まれてきました。

私たち自身をも含む「人間とは何か」については古来多くの思想家が論じた。そこでは、人間が動物の一種であり、直立二足歩行することは自明の事実とされており、それ以上の特性をもって人間を規定しようとしている。「英知人Homo sapiens」「工作人H. faber」「言語人H. loquens」「政治人H. politicus」「経済人H. oeconomicus」「宗教人H. religiosus」「芸術人H. artex」「魔術人H. magicus」「遊戯人H. ludens」などは、いずれも人間の特性の一面を物語っている。(日本大百科全書(ニッポニカ)「人間」の項より。「H.」は「Homo」の略)

「Homo faber」はアッピウス・クラウディウス・カエクス(BC.340-273)が使ったとさる格言です。

In Latin literature, Appius Claudius Caecus uses this term in his Sententiæ, referring to the ability of man to control his destiny and what surrounds him: Homo faber suae quisque fortunae ("Every man is the artifex of his destiny").(Wikipedia.org

これを今では、「人間は道具を使って周りの世界と自分の運命をコントロールする」と解釈するのですが、イリイチはこの「道具(ギリシア語でオルガノンὄργανον)」と「その使い手」の区別をこう言います。

オルガノンという言葉はわたしが手にしている鉛筆も、鉛筆を支える手も、その両方を差しています。鉛筆を手から区別するいかなる方法もないのです。鉛筆を持たないわたしの手も、鉛筆を装備したわたしの手も両方、オルガノンなのです。鉛筆をわたしの手から区別する方法はありませんでした。(P.138)


道具の時代

「道具」と「その使い手」とを区別するという考えがなかったということは、なかなか想像できません。

それはまだ道具をその使用者(ユーザー)から区別することはできませんでした。ようやく十三世紀になって道具因は、動力因を構成する一つの部分集合として区別されました。ここに、わたしが『コンヴィヴィアリティのための道具』で行ったような、一台の車であったり、学校であったり、外科用メスであったり、斧であったりするものを一つの箱に入れて、それらの間にあって共通なものを見る可能性の始まりがあります。(同)

そこから「道具の時代」が始まったのです。

道具因の概念は、十二世紀末と十三世紀初頭に、偉大な神学者が秘蹟と呼ばれる新たな装置について語りはじめた時、ようやく人々が口にするようになっていたのです。秘蹟。これが、非キリスト教徒の視聴者を驚かせなくてはならないもう一つ別の教会の観念です。(P.147)

祝祷は、家の主であれ、司祭であれ、教皇であれ、教会にあって神を頌えたいと思い、この瞬間、神に特別な愛顧で何かを見そなわすことを願う誰にでも、唱えられます。秘蹟はこれとは違います。それは道具を要求する行為です。この器具が人間によって取り揃えられれば、今度は神によって何かを完遂するために  避け難いことですが  ある目的を達成するために、使用されるのです。水を取り、「わたしは神と聖霊の名において汝に洗礼を施す」と言えば、もしたとえ  極端な場合  わたしに洗礼を施してくれたのが異教徒であったとしても、わたしはすでに教会の構成員なのです。この七つの典礼の正確な履行は、神に器具としての秘蹟を、望んだ目的に向かって進むための道具因として使用させるのです。(P.147-148)

「祝祷」も「秘蹟」もわからないわたしには理解できません。「異教徒」から洗礼を受けてもいいのですね。

要約して繰り返せば、プラトンやプリニウスが道具や装置について語るとすれば、彼らはそれをオルガノンと呼びます。手もオルガノンと呼びますし、ハンマーもオルガノン、そしてハンマーを振るう手もオルガノンです。道具は身体の延長です。(P.373)

「身体( body )」は、精神(あるいは自己 ego 、意志 will 、主体)が素材(客体、質料因、可能態・デュナミス)に働きかけ(動力因)、現実(現実態・エネルゲイア)を生み出すための道具です。道具とその使用者が区別されていなかったということは、主体と客体との関係も今の感覚(ものの見方・考え方)とは異なっていたということです。そして「わたし」と、「あなた」あるいは「わたしたち」との関係も今とは異なっていたでしょう。

以前(キリスト教以前・・・引用者)、「わたし」は、「わたし」がそのなかに生まれついてきた人々と、「わたし」が育てられた家族によって制限されていました。今の「わたし」は、どの人を愛し、どの土地を愛するかを自分で選ぶことができます。そしてこのことは倫理(エティック)の伝統的基盤を深々と脅かします。歴史的な所与としてあり、どんな「わたし」にも先行する「わたしたち」であるエトノス〔ethnos 民族〕を脅かすのです。(P.96)

なぜならアテナイでは、人は都市から生まれ出るのであって、生まれた後に都市に入ってくるのではありません。都市は子宮のように、あるいは自然の一つの相のように、考えられていました。自然はいつもこの子宮の形象で考えられていました。そしてアテナイの市民は、同じ子宮(はら)から生まれた兄弟(はらから)として、したがってまた都市アテナイの必要と性格に応じて行動するという明らかな目標をもつ同胞として、互いに結ばれていました。市民は、この「われわれ」に帰属しているのであり、人間が自分自身の意志で確立したものでは決してなかったのです。(P.359)

アテナイの判決にしたがって毒を飲んだソクラテスの「意志」はここにあります。それは今の「法」や「正義」などとは別なものです。「今は選ぶことができる Now I can choose 」といっても、制限を感じるし、「選ぶ」という行為が前提しているものの見方や考え方は違いますが。ソクラテスも「死を」選んだだろうし、プラトンも「助けようとすることを」選択したのですから。


視線

「システム」に入る前に、「見方・見え方」に触れます。「視線・まなざし」です。

たとえばラテン語で pupilla と言えば、現代英語の pupil 〔瞳〕がそこから来ているのですが、ラテン語ではわたしがあなたを見る時、あなたの目に映るわたし自身の小さなイメージを意味していました。そしてこのようにまなざしを理解する仕方もまた、それを経験するひとつの仕方だったのです。(P.188)

目から出る光線は、見る人の能動的投射と考えられ、彼の視力が世界の事物を捉える道だったのです。(P.188-189)

つまり、ギリシア人の間では、見ることは現代の視線という考えに沿って考えられては全然おらず、むしろはっきりと pupilla から出る勃起物、他の勃起物がそうであるように、愛する勃起物として記述されているという事実に気付いていないです。もしわたしがあなたを見つめれば、わたしはあなたをわたしの両目で抱擁しているわけです。(P.189)

現代でも「他人の視線」「人のまなざし」を感じたことがある人は多いでしょう。「視線」という「線」が方向性をもっているとすると、どこから始まってどこに向かうものだと思いますか。「視線を向ける」という日本語の意味が、わたしと若い人とでは違っているかもしれません。現在の光学的意味では、光源(太陽や電球など)から出た光が、対象物に反射して、目に向かい、瞳を通って網膜に映る、ということです。でも、そうは考えられていなかったのです。見るという「能動的行為」によって、目から何某かのものが飛び出し、それが対象物を「捉える」と考えていたのです。

英語圏の人は、何でも能動と受動で考えるので、「見る(能動)」と「見られる(受動)」に区別します。でも、古典ギリシア語を含めて、現在の多くの印欧語でも「中動(態)」というものがあります。日本語でも「見る」「見られる」の他に「見える」があります。これは「可能」ではありません。「見えた!」というのは過去形でもありません。「見える」を「 I can see. 」と訳すこともできるし、それは日本語と同じで「視力がある」という意味では(ふつうは)ありません。「見えるという状態の中にいる」くらいの意味です(誰がどのように「いる」のかは日本語と印欧語で違います)。

光学的な意味はどちらでもありません。それは「意志」とは関係のないものとされています。意志は「まぶたを開けるか開けないか」、あるいは「どちらの方向に顔(目)を向けるか」にのみ関わります(「視線」という線の方向と能動・受動は別の問題を引き起こします。「まぶたを閉じたときに物はあるのか」、つまり主体を離れて客体は存在するのか、ということです)。身体を道具、つまり「機械」だとする見方は、身体を「客体を知覚(感覚)するための道具」にします。身体は意識にとって「プラスの価値」である「満足」や「快感」を得るための道具であり、「マイナスの価値」である「欠乏」や「痛み」を受けてしまう道具となります。そこから「できるだけマイナスを避けてプラスを得よう」という考え方も生じてきます(森岡正博『無痛文明論』参照)。身体は意識からどんどん離れ、身体は「できれば無ければいいもの・無くていいもの」「異物」あるいは「邪魔者」「障害物」へと変わっていきます。


まなざしとイメージ

文字以前のギリシアでは、神々とそれを表彰するイメージは重なっていました。その後、ソクラテス以前の二、三世紀の間に新たに文字を所有することになったギリシア社会では、それまでイメージに置かれていた重点を言葉と概念に移行する試みがなされました。哲学ではもはや、アフロディーテを語るのではなく愛について語るのであり、ネプチューンをではなく水、マルスではなく戦争ないし闘争について語るのです。世界の中心、それは太陽ではなく光になります。

移行は具体的なイメージから語と概念に向かって起きます。そしてこれらの概念との関係が可能となります。当然の結果として、神  神、究極の神、目に見えない神  が、イメージしえないものであるにもかかわらず、考えうるものとなります。(P.198-198)

文字の登場によって、「ことば」が対象(身体を含めて)から離れて存在しうるものになります。文字という客体として存在しうるのです。ソクラテスの文字に対する考えは、かなり否定的なものです(プラトン『パイドロス』)。東から流入してきた幾何学の影響もあったでしょう。実在の三角形とは別に、「三角形」という概念(プラトンでいえば「イデア」)があるということです。そしてそのイデアによって、さまざなま思索が可能であることがユークリッドの『原論』によって示されました。

しかし、

キリスト教がその起源において登場した世界は、イメージが哲学者によって拒否され、圧倒され、超越されてしまっており、大きな問題とはみなされていない世界でした。(P.198)

イメージは、人々を生きている神の崇拝から反らしてしまうかもしれないのです。ユダヤ教の伝統にあるイメージを造ることの厳格な禁止は、イエスの弟子と初期の信者にとって大きな困難となるものでした。彼らは神の子を見たのだと感じており、そして、イエスは単に最後の預言者なのではなく、言葉と化した神、肉となった神であったと感じていました。そしてこのようなものとして彼らは、イエスは父の似姿であると言ったのです。(P.199)

イコン(ラテン語 icon、聖画像、仏教でも仏画や仏像がある)はどう捉えられていたのでしょうか。

イコンは、敷居のかなたで見た栄光の微かな輝きを祈りに満たして残す敷居なのです。(P.202-203)

敬意をこのように献身的かつ敬虔に表現することに没頭することで、イコン崇拝者は、敷居の彼方にイコンによって再現されたものに自分の目で触れるばかりでなく、そのまなざしを甦った者の肉と混ぜ合わせたものを持ち帰るのだとヨアンネス(ダマスクスのヨアンネンス 675-749 ・・・引用者)は説明するのです。そして甦った者の肉を持ち帰ることで、イコン崇拝者は、この地上で真に肉を備えた身体として教会の建設に参与するのです。

イコンを絵としてでなく、敷居として扱うこのやり方はロシア、ギリシア、シリアその他の東方教会のさまざまな典礼で生かされています。(P.203)

イリイチは本来言葉で表現できないもの、あるいは今の人の「味方・考え方」では理解できないものを、いろいろな例を挙げて説明しようとしています。それが理解できない人にはかえってわかりにくくしているところかもしれないけど、わたしは熱意を感じて、なんとか理解しようとしてしまいます。誤解しているところもたくさんあるだろうけど(直接本人に会ったこともないし)。

イコンを「絵の具の塊」、仏像を「削られた木材」とは別のものと考えることは、いまでもおかしなことではありません。アイドル(偶像)は写真として、ビデオとして、アクリルスタンドとして、それらの「素材」とは別なものとして扱われています。それを通して(敷居として)具体的な実像を現していると考えます。見ているのはイコンや仏像やアクリルスタンドではなく、それを通して見える神、仏、アイドルです。

西欧では、十三世紀以降、絵画に描かれるのは、さまざまな光景の再現でした。あの天上の彼岸の栄光を予感させる敷居としてではなくなったのです。客観的世界というわたしたちの世界がその上に築かれる基礎が敷かれたのです。

わたしたちはですから、ここでもまた重大な岐路に立たされています。それは、あの巨大な、途轍もない信仰  つまり、すでに永遠の世界にある肉への信仰、永遠の世界にありながら、暗闇から永遠の光に達する信仰のまなざしには接近可能な肉への信仰  がイメージ崇拝の承認へと道を通じる岐路です。この決着は、わたしの理解するところ、キリスト教精神とまったく軌を一にしています。目に見える世界と目に見えない世界を関連づけるその仕方が同じなのです。しかしそれはまた、現在、わたしたちを囲繞している世界、つまりイメージ崇拝(イコノマニア)の世界の土台を敷いたものでもあるのです。そしてこれが、わたしが「最善の倒錯」と呼ぶものであり、そこでは原初の、完璧に無辜な段階が、長く引き伸ばされたイメージの殉教史の中で、ついにはデジタル化された双方向のテレビスクリーンへ、そしてつねにより新しくより奇妙な発展へと道を通じるのです。(P.206)

仏教における仏画や仏像も、いまわたしが「風景画」や「風景写真」を見るのとは違った見方をされていたと思います。見ているのは「絵」や「像」ではありません。それを通して「仏」を見、「極楽」を見、「地獄」を見ていたのではないかという気がします。それは「模写」「実物の再現」ではないのです。

遠近法の技術を通して、現実そのままを再現し、見る人にその長短もろもろの細部をじっと観照させる試みがなされました。この光学的ファクシミリの観念は、現代の光学理論によって可能にさせられました。もし、まなざしが自分から出て行って遠くに達するものであるとすれば、ファクシミリを現実の代用品として使用することはできません。絵を再現性豊かに描く可能性は、道徳的能動行動としての見ることから受動的に見ることへの、あるいは少なくとも、光によって目に運ばれてきたイメージの部分的な受動的受容と消化への転化と深く結びついています。(P.208)

明治までの日本絵画には光の方向や陰影がありません。ルーベンス(1577 - 1640)やフェルメール(1632 - 1675)のような絵は、「光」があり「闇」があります。物の姿は、光の方向・強さや見る位置によって変わります。モネが光によって変化する対象を捉えようとしたのは、当たり前ですが実体が光によって変化するものだということを知っていたからです。それでも実体を捉えたいという思いです。画家の山口晃さんは『日曜美術館』で、「絵巻などは見えるものを描いたのではなく、頭の中の見えたものを描いた」と言っていました。共通するものがあると思います。それは模写ではなく、「描く対象そのもの」なのです。


書物からテクストへ
イメージを情報のためではなく、身体的に彼岸に到達するための通廊であると考えるこの極めて洗練された見方は、(東方教会ではなく・・・引用者)キリスト教西欧において聖なる絵画を見る場合の主流となることはありませんでした。事実、まさしく時代を同じくして、西欧ではきわめて異なったタイプの芸術活動が始まりました。いわゆる「貧者の福音書 evangelium pauperum 」で、字が読めない人のための福音書です。(P.204)

日本でも仏画(・禅画)は「仏典を読めない人」のための仏典そのものでした。

羊皮紙に書かれた西欧の書物は、装飾された手書きの文字と細密画でできています。その細密画も「貧者の福音書」と同様です。そして文字も。

文字は、物理的な音(声)を「置き換えたもの(再現したもの)」ではありませんでした。それはイコン同様、それを通して(敷居として)神の言葉を表すものだったのです。

中世の彩飾は、音読する人々を、言葉で言い表すことのできない沈黙の賛美へと導くのだった。(イリイチ『テクストのぶどう畑で』邦訳、P.119)

細密画と文章とは、耳と目とを駆使してダンテが魅惑的な「書物のほほえみ」と呼んだものと同じ見事な調和へと導くのである。(同書、P.120)

当時、「読む」ということは「口に出して音にする」ことでした。声に出さずには(そして体を動かさずには)読めなかったのです。書くことも同様です。声に出し、体を動かすことが「書く」ことでした。

ユーグ(サン・ヴィクトルのフーゴー、1096-1141・・・引用者)のもう一つの貢献は、特に黙読という読書形式が存在することを初めて公に文章に記したことにある。

通常筆記者は、他の者の口述に基づいて写本をした。口述者が在席しないときは、筆記者は書物の前に座し、声に出して読み、声が媒介する記憶の許す限りを写し取ったのだった。そんなわけで、初期の修道院付属の写本室は、騒々しい場所だった。(同書、P.93)

しかし、

ユーグより前の時代の人々にとって、書物は著者の話や口述の記録である。しかしユーグ以後になると、書物は徐々に著者の思想を蓄えたもの、つまりまだ声になっていない考えを映し出すスクリーンとなってくる。(同書、P.103)

彼らは書物をもはや、ぶどう畑であるとか、楽園であるとか、あるいは冒険に満ちた巡礼行にとっての景色であるといったように考えることはなかった。むしろ彼らにとっては書物は、財宝置き場であり、貯蔵庫であった。すなわちそれは検討することのできるテクストだったのである。(同書、P.103-104)

キリスト教書物の読書が長く続き、声を出して読書する信仰厚き人々にとって譜面として存在した書物は、突然、論理的な思索者のための視覚的に組み立てられたテクストへと変貌したのだった。(同書、P.ⅹ)

文字を通して目に見えないものを見る、絵を通して目に見えないものを見る。これはよくわかります。

「痛い!」と声に出す前の、あるいは「ことば」にする前の「痛み」というものがあるのでしょうか。ほとんどの場合は声に出さないし、「痛い」という「ことば」にもしません。その「痛み」は確かにあるのですが、それは「いたい」ということばにして、あるいは声に出して初めて生まれるのではないでしょうか。「痛い」という文字が「痛み」でないこと、「いたい」という声が「痛み」でないことは明らかです。でも、文字や声が「痛み」から独立して存在しうるというのは、文字文化の影響です。でも、それらを「痛み」と分けることをしませんでした。文字(声)を通して「痛み」を感じるからです。先の神とイコンとの関係と同じです。文字が道具となり、言葉(言語)も道具となることによって、それらとは別に「痛み」が存在すると考えられるようになるのです。

イリイチが何度か例にして挙げている「卵子」や「宇宙から見た地球」は、実際には見たことがありません。でも、あると信じられます(わたしもあると思っています)。遺伝子、DNA、新型コロナウィルスなども、基本的には「文献(つまり文字)」から始まります。そしてそれは「画像(イメージ)」として示されることによって、存在が「事実」として流通していきます。それらは「存在」する、と信じられるものになるのです。

本に書かれているものや絵に描かれているものは、書かれた出来事や客体の存在ではなくて「作者の意図」です。小学校から「読書感想文」というものがあったとおもいます。今日もたまたま図書館に展示されていました。文章から「作者の意図」を捉えるという考え方は、文字を「テクスト」と見ることです。

同様に、絵画も「描かれている物」ではなくて、「画家の意図」が問題とされます。具象画はもちろんのこと、抽象画はまさしく「画家の意図」が「物の形」ではなくそのまま描かれたもので、それらを「どう解釈するか」が問われます。


文字

この本では詳しく述べられていませんが、「文字」とは何でしょうか。言語学者がしばしばおちいるのは「文字と言葉の同一視」です。「なま(生)のことば」を扱っているつもりで、実は「文字」を対象にしていることがしばしばあるのではないでしょうか。

本がテクスト化された後では、文字がイメージを言葉にします。語ることは、文字にできるものを音にしているのではありません。それを自覚的に行うことに慣れている人(文字の社会、著作者)の方がむしろ気づきにくいのかもしれません。言葉になる前のものを文字にエンコードし、読むことによってそれをデコードするわけではありません。

(気持ち・感情・感覚 ・意識 -> 言葉 )・・《文字》・・>( 言葉 -> 気持ち・感情・感覚 ・意識) 

を単純に、

(気持ち・感情・感覚 ・意識 -> 言葉 )・・《声》・・>( 言葉 -> 気持ち・感情・感覚 ・意識) 

(気持ち・感情・感覚 ・意識 -> 絵画 )・・《光》・・>( 視覚 -> 気持ち・感情・感覚 ・意識) 

と同じだと考えてはいけないのです。したの二つの「式」は最初の式によって生み出されたものだからです。

そして最初の式は、

(主体 ego )・・《道具》・・>( 対象) 

という考え方から生まれました。

しかし、わたしは真の転換点はここにあると思うのです。すでに論じたように、それは道具の観念が存在を始めた時代なのです。それは、テクストの観念が、頁の上に現に存在するねばっこい文字という質料からみずからを解き放ち、もっと一般的で非物質的なものになった時代です。そしてそれはまた  ようやく私のテーマに辿り着きましたが  罪が犯罪化される時代です。(本書、P.151)


罪の犯罪化

これも日本人には分かりづらい言葉だと思います。なぜならこの「罪 sin 」はキリスト教における罪ですし、「犯罪 crime 」は「法(法律)」という西洋概念に基づいているからです。どちらも日本に古くからある言葉ですが、その内容は異なります。

近代的な良心を道徳的な規則や規範による内的形成物として一般化したのは、この罪の犯罪化でした。それは近代の個人を駆り立てる孤立と苦悩を可能にしたのですが、それはまた、新約聖書が罪と呼ぶものは、何か道徳的に間違っているということではなく、何か逸脱している、何か足りないということであったのだという事実を不透明なものにしてしまったのです。新約聖書のいう罪とは、ありうべき赦しの光に当ててはじめてはっきりと照らし出される何かなのです。(P.106)

罪とは、「道徳」や「良心」に反することではありませんでした。アダムとイヴの「原罪」(これは旧約聖書ですが)は、良心や道徳とは関係ないのです。

わたしが示したいのは、わたしが愛を裏切り、これが罪の意味なのですから、そのことによって関与することになる背信がこんどは犯罪とされ、ある法廷的制度で法的な様式をとって裁かれるものに変質してしまう決定的なモメントなのです。(P.166)

罪とは、あのサマリア人とユダヤ人の間に存在を始める関係、つまり、自由の行使を通じて、わたしがあなたに呼ばれ、あなたの下に呼ばれてこの人間同士の間、あるいは人間と神の間に結ばれる絆を結ぶよう呼ばれたと感じるためにある種の「当為」を構成するという関係に、敬意を払うことを拒否することです。罪はですから、(中略)いかなる意味においても法の違反ではありません。いつも一人の人間に対する違反なのです。それは一つの不実です。しかし、それを犯罪化することによって、最初の千年紀にあった罪の感覚は変わります。それは規範の違反となります。(P.318)

「あのサマリア人とユダヤ人」というのは、「ルカによる福音書」に出てくる話です。追いはぎに襲われて半殺しになったユダヤ人をユダヤ教の祭司やレビ人は見捨て(素通りし)、サマリア人が助けた、というイエスの譬え話です(「ルカによる福音書」10-30〜10-37)。それが「隣人とはなにか」の答えなのだと。

あのサマリア人があのように行動するのは、彼の行為が善だからであって、この男を助けることができたり、できなかったりするからではありませんし、この男が医療介護を必要としているからでも、食物を必要としているからでもなく、その男が、自分がそのサマリア人であるとして言うのですが、わたしを必要としているからなのです。(P.375-376)

この男からの声(「ルカによる福音書」には書かれていませんが、多分声なき声)、あるいは神からの声に対する応答をイリイチは「当為 ought 」と呼んでいます。その声に反するのが「罪」です。そして、サマリア人は傷ついた男に「助けることを許されること(求められること)」によって当為は成り立ちます。愛( love 、これは日本語の「恋・愛」とは違います)することを許されること(求められること)によって、愛は成り立ちます。それを裏切ることが「罪」です。

それは「愛すること・愛されること」「許すこと・許されること」という「能動・受動」の関係ではありません。むしろそういう状態に二人がなること、おちいること、つまり「中道」であることが「当為」であり、それを拒否するのが「罪」ということをイリイチは言いたいのではないでしょうか。日本語の「無為」に近いものです。ただ、印欧語(とくに英語)では「主体(主語)」と「客体(述語)」が必要です。ですから「無為」は「当為」と表現するほうが自然です。

そしてわたしが身をささげる時、わたしはその人と共に、もっと正しく言えば、その人から、愛することの可能性を受け取るといった人をわたしは自由に選べるのです。隣人愛の呼び声、つまりアガペーで、それをサマリア人は聞くのですが、この叫び声は均衡を破壊しません。(中略)それが言っているのは、あなたの目的 telos 、あなたの最終目的、あなたの存在のゴールが、あなたが自由に選ぶ一人の他者の中にあるということなのです。(P.330)

ここでは、当為を「選択する自由」と言い換えています。それが「自由でなくなること」、つまり教会の規則や国王が定めた法律、あるいはそれによって形づくられる「良心」、に反することが「犯罪」ということです。

それが、十二世紀、この罪に満ちた不貞は犯罪となります。婚姻の誓約は愛を合法化し、罪は法律上のカテゴリーとなります。キリストはわたしたちを法から自由にするために来たのでした。しかしキリスト教は、法的思考法をまさに愛の心臓部へと打ち込むことを許したのです。(P.161)

ここでいう「法」とは、ユダヤ教の「律法」のことです。

良心とは、内的に書くこと、ないし記録することと考えられます。そしてこの観念は、人々の犯した罪を記録する悪魔の彫像が教会に現れることで、そして最後の審判が、すべての罪が記録された書物を読み上げるイメージによって強化されました。(P.165-166)

言葉を換えれば、罪の犯罪化を通して、わたしたちの良心の命ずるところに従って市民であるという感情の新たな道が敷かれる基礎が作り出されたのです。教会は、何が真実で、何が命じられたものであるかの境界線を消滅させる、ないしは少なくとも、それを小さくし、透過できるものとすることによって、新たな市民感情の基礎を敷きました。そしてこの基礎の上に、国家はのちに良心に基づいた献身を要求できるようになったのです。(P.168-169)

愛の法制化は個々の人間を新たな怖れへと開きます。闇は新たな姿を取ります。悪霊の怖れ、魔女の怖れ、魔術の怖れ。そしてこれらの怖れの深さはまた、この闇を追放する方策として科学に向けられた新たな希望に表現されます。(P.170-171)

日本の仏教にも「閻魔大王」がいます。

善(神)への怖れが、悪への怖れ(恐れ)に変わります。このキリスト教の変化を、イリイチは「最善の堕落は最悪 Corruptio optimi quae est pessima 」と表現します。


学校
この法的組織化、そして儀礼の欠席を罪とする法的押しつけの洗練化は、国家、わたしが前に呼んだような新しい、教会のような国家が、その独自の儀礼を導入しようとする時代に直接、先行していたのです。そしてもっとも簡単に従うことのできる儀礼が教育でした。教育は、人間は彼が生まれ落ちた世界についての啓示を必要としながら生まれてくるのだという観念とともに始まります。この啓示は、教師と呼ばれる認証を受けた宣教師によって手渡されるのです。そしてそれは、四年間の基礎、四年間の中等、四年間の高等、そして四年間の大学への出席という信じがたい形態を取るに至ります。現代の大学が求めるものは出席、そこにいるという物理的行為です。これはちょうどミサにはそこにいなくてはならないのと同じです。ミサはわたしたちに儀礼的に行動する緊張に慣れさせてくれるのですが、これに先行する事例や、これと比べることができる事例は他の文化では見つけることはできません。(P.248)

これは『脱学校の社会』で述べられていることです。

すべての人にとって義務であるような儀礼は、あってはならない。(『脱学校の社会』邦訳 東京創元社、P.30)

一度学校の必要性を受け入れてしまうと、人々は学校以外の制度の必要性をも容易に受け入れるようになる。(同書、P.80)

人々は、彼らの生活を規定する法律をつくることや、環境をおのれのイメージに合わせてつくることに責任をとった。「母なる大地」によってなされる神話的生活への原始的な導入の儀礼は、市民の教育( paideia )に変えられていった。(同書、P.194)

子供は「学校(教育)を必要」として生まれてくると信じられます。子供は「病院」で生まれてくるし、成長し、ふつうの大人になるためには「病院・学校」が不可欠であると考えられます。学校という「儀礼」に参加できない(経済的であれ、心身的なことであれ)子供は「不幸」で「落ちこぼれ」です。人(赤ちゃん、人間)は「学校」や「病院」(そして「自動車」)を必要として生まれてくる、それらがなければ成長(生存)できない存在となります。


民主主義
西欧の民主主義観念は、まさにその本質的性情からして人間的で、信頼に満ちた個人的な召命である「当為」を制度化する試みです。このことは、理性や感覚では到底理解できないほど巨大な悪が罪の深淵への扉であることを理解するためには、受け容れてもらわねばなりません。(P.320-321)

近代の民主主義は制度であり、法律です。そしてそれは「良心」あるいは「正義」によって支えられています。

それはアテネで行われていた「民主制」とはまったく異なるものです。アテネという都市国家は、お互いが他者である個人という「部分」が作る「社会(全体)」ではなかったからです。それぞれの人間(市民)は一人の身体(ポリス)における「手」と「足」のように(あるいは個々の細胞のように)、それぞれがそれぞれの役割を持って存在していたからです。手にとっていいことが足にとっていいとは限りません。手と足との調整(均衡)を図る方法の一つとして民主制(あるいは僭主制や独裁制)があったのです。

法を守れという法(あるいは制度を守れという制度)を作り始めることは、自己矛盾(無限ループ)です。制度や法はどんどん細分化され、複雑になっていきます。人は良心・正義の外在化としての法を守る(ごく一部の人は作る)ために生きざるを得なくなります。


システム

そろそろ「システム」のことに触れます。とくに説明もなく日本語になっている言葉なので、あたらめて「システムって何?」と考えるとわかりません。

システム
〘 名詞 〙 ( [英語] system ) ある目的のための秩序だった方法、体系、組織。
<出典>物理学術語和英仏独対訳字書(1888)
「男女共学というシステム」(出典:花ひらく(1953)〈伊藤整〉あほう鳥)(精選版 日本国語大辞典

明治以降に日本に入ってきて、一般に使われ始めたのは戦後のようです。JISでの定義は、

オペレーションズリサーチ用語(Z8121)「多種の構成要素が有機的秩序を保ち、同一目的に向かって行動するもの」

日本工業規格信頼性用語(Z8115)「所定の任務を達成するために選定され、配列され、互いに連係して動作する一連のハードウェア、ソフトウェア、人的要素の組み合わせ」(星野力著『はやわかり システムの世界』共立出版株式会社、P.2 より)

前者は、何かシステム自体が「目的」を持っているように読めます。普通「擬人化」と呼ばれるものです。後者は、「(操作する)人」もシステムの一部だと言っています。「擬人化」から一歩進んで、「人がシステム(の一部)」になっているのです。

(十二世紀・・・引用者)道具とその使用者との区別は、この時代の特徴であると思うのですが、この時代は一九八〇年代に終わったと、わたしは主張したいのです。手と道具を操作する人間と、その仕事を達成する器具との間には距離  わたしは遠位性ということばを使います  があります。この遠位性は、ハンマーと人間、あるいは犬と人間によって握られたリードが一つのシステムとして考えられるや、ふたたび消滅します。もはや、オペレーターとデヴァイスとの間に距離があるとは言えません。なぜなら、システム理論に従えば、オペレーターはその中で彼が操作し規則付けるシステムの一部だからです。(P.373-374)

オペレーターも、プログラマーも「システム」に従うことで、つまりその「あらかじめ予定され、その目的に向かう」一部となることでのみ存在します。

「遠位性 distality 」がよくわかりませんが、「意志(精神)」と「肉体」、「肉体」と「道具」の間には「一定の距離」があるということです。それがあるあいだは、道具を手放すことができます。「書を捨てよ、町へ出よう」(寺山修司、1967)と言うこともできたし、ヒッピーやフラワームーブメントも可能でした。いまは「オペレーター」という自覚もなく、パソコン、スマホ、(ビデオ)ゲーム、自動車、電気、水道、病院、学校・・・という「システム」の一部となっています。それらは「客観的存在」で、それを「制御」したり「支配」したりする対象であるという感覚すらなくなりつつあります。

「電子書籍を買う」「サブスクで読む・聞く・観る」というのは、「本」や「CD(レコード)・DVD・BD」という「実体」ではなく、「データ」(あるいは「法的権利」)を「所有」しているのですが、「電子書籍」「サブスク」というシステムを制御することは考えません。その「データ(電荷)」がなくなる(簡単にいえば「事故・故障が起こる」、つまり「倒産する」)ことを考えることは難しいのです。それらは「商品」として存在します。つまり、近代資本主義(あるいは社会主義)というシステムです。「あれ(商品)がほしい」という欲望はシステムの一部です。それは「満足」を得る「当為」ではありません。その「欠乏感」と「充足」は、新たな「不満足」を創るだけです。本やレコードを買い続ければ、いつか部屋は一杯になります。食事をすればお腹が一杯になります。でも、いまは食事をしながらテレビのグルメレポートを観て、「美味しそうだ」「食べてみたい」と思い続けています。

成績の良い大学生を、学校システムの課す諸々の想定を呑み込み消化するのが早い人間として語っている限りは、わたしはまだ、自分自身を知識の生産者兼消費者であると考える誰かについて語っているのであり、ある意味では、市民としての自分の特権を認識し、その権利を行使する権利を主張することで、誰に対してもそれを拡張するための根拠を提供するような市民として語っていたのです。ある人間を、鎮痛や体の変調を免れたり、寿命を伸ばすための必要を呑み込んだりする人物として考えている限り、わたしは依然としてその人を、大きな制度の前に立って、この制度を自分自身の夢や欲望を満足させるために利用できるのだと考えている人として考えているのです。(P.276)

一九六〇年代にはわたしはまだ「希望の世俗化」を語ることができました。良き社会、望ましい未来は地平線の彼方に横たわっており、まだ熱い希望を誘っていたのです。(中略)一九六〇年代の責任についての強度の漲る語りはすべて、制度の力と、制度への参加に対する、人々のどう見ても完璧に熱狂的な信仰の反映でした。力漲る人々はまだ深く世俗化された希望を楽しむことができたのです。発展と改革と進歩への信仰の形態を取った希望です。(P.277)

1980年代、イメージ(その前はイコンだったもの)が「アイコン」に変わります。

そして、過去の、エゴがまだイコンに達していないロマンティックな空想的社会改良化や社会民主主義者、あるいはエコロジストと向き合うことと、イコンを胸に貼り、気儘に「ハーイ、わたしよ」という実際に当節風の人に向き合おうとすることの間には、歴然とした差異があるのです。(P.278)

ここでいう「イコン」は「ブランドのロゴ」のことです。わたしの子供たちやそれより若い世代です。

「マニア」が「ヲタク(Wikipedia「おたく」)」と呼ばれはじめたのは1980年代です。それが現在ではマイナスイメージではなくなりました。むしろ「◯オタ」や「推し」が「あり方」だと思われています。「ニュー・アカデミズム(ニューアカ)」や「ポストモダニズム」が流行したのもこの頃です。

比較的長い年月、確実視され、自然とみなされ、疑問の余地なしと思われてきた事柄や公理や規則が、二、三十年前でしょうか、色褪せ始めたのです。(中略)ポストモダニズムは信じがたいほど、脱身体的です。(P.371)

わたしはシステムではない。世界システムの中で独立したサブシステムである免疫システムでもなければ、システム分析家によって分析されるあのシステムに完全に吸収されもしない。(中略)システム理論はある種の事柄を分析するには、優れた道具です。しかし、もしそれに制限を与えなければ、人間はこれまで考え出されたもっとも質の悪い姿格好をもつことになります・・・三つのボックスと四本の矢印を描き、それらがいかに相互に関係を結ぶか示しなさいというわけです。(P.377)

道具の時代が終わり、システムの時代の始まりです。


脱身体化

今年(2024年)の日本における出生者数は70万人を切るそうです。それが「危機(リスク)」で、その対策として「教育無償化」や「給食費無料化」が考えられているそうです。子供を「人口の一部」とし、それを数字化したグラフは、将来のリスクを語ります(天気予報もそうですし、今年「巨大地震注意」も発表されました)。

なぜリスクがそれほど脱身体化するのか。それが厳密に数学的概念だからです。人はリスクを思う度に、自分を、ある出来事、将来の出来事を計算できる統計母集団に置くのです。それは集中的な自己アルゴリズム化への呼び声であり、脱身体化するばかりでなく、自分自身をまるごと曲線グラウ(グラフ・・・引用者)の上に投射することで、誤った具体性へと自分自身を還元することです。(P.351)

脱身体化、これは一見、ばかげて見えるかもしれませんが、  脱身体化された人々について語ること  これは、わたしにはアルゴリズム化とか、数学化としか呼びようのない第二のレベルに達しようとしています。人々は、彼らの感性的性情を、自分自身を、抽象物、抽象的な記載法に投影することによって根絶やしにしています。そして、統計的実体を内面に投射し、自己の中に書き込むことで、この感性という、くつろげる唯一無二の存在を断念しろという気配は、わたしたちが日々生きている生き方によって、途轍もない強度を伴って、培われています。これはもっと詳しく調べる必要があります。そこから帰結する結論は、自分自身ばかりでなくあなたに対しても無感覚です。(P.368)

感覚(知覚)するのは、わたしではなく「わたしの身体」です。そして、それはレントゲン写真や、健康診断の数字で表されます。他人の身体も同じ数字で表される限りで同じです。彼も自分の身体を数字で感じています。他者の発する声も、自分の発する声もその言葉(文字・記録・データにできる言葉)である限りで同じです。


身体と肉
歴史家なら、ましてや神学者ならば、キリスト教、信仰、新約聖書などとどういう呼び方をするにせよ、それらが verbum caro factum est (言葉は肉となった)、とか logos sarx egeneto (同じ意味のギリシア語)で始まっていることを避けて通ることはできません。ギリシア語のロゴス logos という語を辞書で見れば、わたしたちが言葉と呼ぶものを意味するようになる以前は、均整や均衡、あるいはフィットするということを意味していたのがわかります。神の言葉は、神の自分自身に対する関係であった、とは神学者が後に言ったことです。しかし、このメッセージで何が意味されているにせよ、サルクス sarx (肉)は明らかに肉体を意味しています。(P.342-343)

これが聖書のどの部分かはわかりません。たまたま見ている「ヨハネの福音書」を引用します。

初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。( 1-1 )

そして、

言は肉となって、わたしたちの間に宿られた。( 1−14 )

これだろうと思います。英語では、「 And the Word became flesh. 」。新約聖書はギリシャ語で書かれました。この当時、「 logos 」はすでに、「言葉、論理、理性」などの意味をもっていましたが、それは同時に「法則、自然、比率」なども意味していました。つまり、「自然(もの)のあり方」です。「自然法則」は「自然は比率からなる」ということですし、「文法」は「言語は論理的(ロジカル)である」ということです。それらは「同義反復」ですが、それを言わざるを得なくなったのは、文字によって「自然」と「法則」が別に考えられ、「言語」と「論理」が別のものとして考えられるようになったからです。

万物は言によって成った。言によらずに成ったものは何一つなかった。( 1-3 )

別のものになった「万物」と「言葉(論理)」を、「いいや、一緒であり、それは神と同じなんだよ」と言っているんだと思います。

しかしここで語られているのは、ソーマ、身体の全体、ではなく、肉としての身体なのです。福音の絶対的にユニークで前代未聞の新しさは、神の言葉が小さな少女、とても若い女性の子宮で肉となるということにあります。(P.343)

身体 body ではなく、肉 flesh です。概念ではなく実体、と言ったらいいでしょうか。

その人(傷ついたユダヤ人・・・引用者)は、文化的には境界の外部におり、言語的には外国人で、神意によってとても純粋たる偶然によってとも言えますが、あなたの辿る道の路傍の草むらに横たわって、神の天地創造によって与えられたのではなく、あなた自身によって創り出される最高の関係を創り出すのですが、この「当為」を規範で説明しようとする試みはすべて、この自由な行為から神秘的な偉大さを奪い去ってしまいます。(P.345)

わたしがいること、あなたがいること、そして「今・此処」に一緒にいるということ。これは何と神秘的で偉大( mysterious greatness )なことなのでしょうか。


今・此処

西欧人は過去や未来が見えると思っています。少なくとも日本人より身近に感じているのではないでしょうか。それは神の視点です。天から見ることによって、現在・過去・未来が存在します(見えます)。過去は文字(データ)として、未来は「予測(あるいは期待)」として。わたしとあなたの関係もそれ以外の第三者の目で見ます。日本人(日本語)は、その場、その時点に身をおいて話をします。探し物が「ここにあった Here it is. 」というのは過去形ではありません。「どこにあった? Where is it? 」「ここ Here」。英語では現在形です。場所についても同様に大きな違いがあります。。「 go, come 」と「行く・来る」は全然違います。

(禁欲的に養われた此処の感覚に対する渇望・・・引用者)この渇望は、テクノロジーで生産された今に対する関係にただようどうしようもない無能力の気分から生じています。(P.306)

わたしが自分自身に、友人たちと共に、養いたいのは無能力感ではなく、無力感、あのユダヤ人とサマリア人の間にある今・此処を注意深く見守る態度を忘れない無力感です。(P.307)

こうした身体の感覚はすべて、「わたしは言う」とか「わたしは君に言うけど」とか「わたしが思うに」とかいう会話に現前する「わたし(エゴ)」という語に帰されますが、〔ヨーロッパ語の「わたし」に当たる語はその語源に、日本語の「こちら」とか「こなた」と同じように、「ここ」にいる人称で、今・此処にある人称としての身体的空間性を備えている〕、この身体は、わたしの見るところ、この五十年の間に深々と覆い隠され、それを知覚する能力は誹謗され、その残存物は病的徴候ということにされました。(P.349-350、〔〕は訳者の補注)

だまされるな、病院や学校をヒューマニズムで見ようとするな。そうではなくて、ただ問うのだ。この瞬間、この一回的な今・此処で、いまわたしがいるこの今・此処で、自分には何ができるか。この欲求充足の世界から超脱するために  これが、わたしが飛び魚のイメージを使う理由です  そして自由に感じ、聞き、知覚し、相手がわたしに何をして欲しいのか、何をどう考えているのか、いま、この瞬間、予期せぬ驚きの感情と共にわたしから何を期待しているのかを直感的に認識するためには何ができるのか。(P.369)

「無能力感」は impotence 、「無力感」は powerlessness です。「今・此処」という感覚が、「(未来への)期待」に代わっています。計画し、予測してその結果を「期待する」こと、それが「道具の時代」であり、それが「システムの時代」に繋がっています。そして「何かができる」と考えます。それは「制御できる」という思いであり、「支配できる」という「責任」と「期待」です。そしてそれはキリスト教の堕落から始まっていると、イリイチは考えているのです。

他人の痛みはわかりません。でも、それをレントゲン写真や数値、あるいは他者が発する(文字にできる)声から「わかる」という遠回りをしなくても痛がっている人を見ればその痛みはわかるでしょ、わからなければならないでしょ、とイリイチは言っているのではないでしょうか。ユダヤ人とサマリア人との関係がそれです。それは「良心」「道徳」「責任」でもないし、「命令」や「法律」でも「期待」でもありません。今・此処に傷ついたユダヤ人がいる、助けるサマリア人がいる、それだけの関係です。それは神秘的なことです。セックスして子供が生まれる、たしかにそうです。「子供は作るもの」であって「授かるもの」ではなくなりました。不妊は治療するものになりました。計画出産という言葉もあります。アメリカでは人工妊娠中絶が議論されています。子供は「選ばれて」生まれてきます(前掲『無痛文明論』参照)。わたしの存在は、父と母が「計画」して「期待」して生まれてきたと考えると、わたしとあなたの関係も「計画」「制御」できるものだと考えてしまいます。そこには「偶然性」はあっても「神秘性」などありません。そしてその偶然性をどこまでも小さくしようとし、そして小さくできると考えています(出会系アプリ)。健康診断や予防接種はその典型的な例です。太りやすい人、太れない人がいます。風邪にかかりやすい人がいます。多分生まれながらの「個性」です。あなたとわたしが違うとすれば、それが個性です。でも、健康診断では「基準」が設定されて、その基準を満たさない(満たしすぎの)人は病気、あるいは病気「予備軍」とされます。インフルエンザ(ウィルスによる風邪の一種)のワクチンを打つことが進められますが、それでも罹る人はいます。それは「例外」とされたり、「親からの遺伝」だと説明されますが、本当のところはわかりません。個性という偶然性は、神秘性から徹底的に遠ざかり、それを小さくする方向で社会が動いているのを感じます。


偶然性

偶然性 contingency なんて英語はわたしのレベルを越えています。

contingence
語源
Borrowed from Latin contingentia, from contingēns, present passive participle of contingō (“I make contact with, I am touching”).(Weblio

どうやら何かとの接触・遭遇を意味する単語だったようです。

偶然【ぐうぜん】
必然の対。最広義には,予測を超えた複数の事象の一致・符合,約言すれば偶(二つ)なるものの出会いをいう。ラテン語accidens,ドイツ語Zufall,英語contingencyなども2者の遭遇を含意する。根拠を欠く事態として長く考察の外にあったが,理性中心主義の克服を図る論者には注目され,九鬼周造も卓抜な論考をものしている(《偶然性の問題》1935年)。芸術においてもデュシャンやJ.ケージらの大きなモティーフである。(百科事典マイペディア

もともと日本語にもある言葉です。

ぐう‐ぜん【偶然】
〘 名詞 〙
( 形動ナリ・タリ )
① 他のものとの因果関係もつながりもはっきりせず、予期しないことが起こること。また、そのさま。思いがけないこと。⇔必然。
[初出の実例]「若謂三之出二乎偶然一噫亦謬矣」(出典:松山集(1365頃)貽独醒老書)
「偶然の禍福を待つのみにて」(出典:文明論之概略(1875)〈福沢諭吉〉一)
[その他の文献]〔列子‐黄帝〕
② ( 副詞的に用いて ) ふと。たまたま。〔日葡辞書(1603‐04)〕
[初出の実例]「素是諸書漫読の際偶然抄訳し置けるもの」(出典:天地有情(1899)〈土井晩翠〉例言)(精選版 日本国語大辞典

「偶」は、「ならぶ、そろう、なかま、あいぼう」などの意味で、「偶数」「配偶者」などとも使います。だから contingency の訳語に当てられたのでしょう。

偶然性とは、ブルーメンベルクが言うには、たとえその言葉自体はアリストテレスの論理学の概念のラテン語化したものに由来するとしても、その起源が特殊にキリスト教的なものである数少ない概念の一つです。(P.125-126)

古代の天地開闢やアリストテレスやプラトンの宇宙といったものは、いかなる形にせよ、誰かの意志に依存などしていません。(P.127)

宇宙(自然)は、神が作ったとしても、神の「意志」によって動いているわけではありませんでした。実際、アダムとイブ以来、人は「神の意志」通りに動いたわけではありません。キリスト教がそれを「神の意志」に結びつけたのです。アリストテレスにおいては「可能態」と「現実態」であったものを聖トマス・アクィナス(1225?-1274)は、

トマスは可能態と現実態との間、というよりは可能性と必然性との間に、区別を敷いたのです。(P.129)

そしてこの意味においてトマスは、偶然性の外にある世界という理解に通じる道を用意するのです。(P.130)

その後オッカム(1285?-1349?)やデカルト(1596-1650)を経て、

事物は、もはやそれらが神の意志に呼応しているが故に存在するのではなく、神が、わたしたちが今や自然と呼ぶことになったもののなかに、それによって事物が展開する法則を置いたが故に存在するのです。(P.130-131)

そしてわたしは、この観念を発見し、形に練り上げ、十全な公式化を与えたことを近代の前提条件であったと呼びたいのですが、それは近代が偶然性の観念の上に築かれているからというのではなく、人々が世界を神の掌中に横たわっているものとして強く経験した社会においてのみ、のちになって、この世界を神の掌から奪い去ることが可能になるからなのです。(P.132)

宇宙が一旦、神の手から奪い取られるや、宇宙をその掌中に収めることもできるのは人間です。そしてこれは、自然が最初、神の掌に置かれることがなかったならば、生じようがなかったのです。(P.134)

そして、ただ偶然性の感覚の落日と最終的な消滅と共に、世界は神の掌中から人間の掌中に落ち、そしてテクノロジーの発展に向けられた自制が抜け落ち、道具が無制限に称賛され、完全なテクノロジー社会への道が開かれるのです。(P.143)

自然は神と共にありました。自然は神の掌中にあったのです。孫悟空が仏の掌から抜け出せなかったように。神は、自然(世界)とその法則を作ったとすることによって、以後は神の掌中のものではなくなります。自然の法則(神の意志)を探求し、それを利用して自然を作り変えることも人間に可能になります。それも「神の意志」であることになるからです。科学の発展も、十字軍も、原子力発電や原子爆弾も、「神の意志」です。あれ?わたしはなんか変だと思います。西欧においては、原発を作ることも廃炉することも「神の意志の代理」としての「人間の意志」で可能だと考える人が多いのでしょう。日本人でそのように考えている人がどのくらいいるのでしょうか。原発を作ることや廃炉することを「神の意志」あるいは「仏の意志」だと思っている人は少ないのではないでしょうか。それは神や仏とは関係のない人間の意志だと思っている人がほとんどではないでしょうか。日本人が考える「戦争反対」「原発反対」「搾取反対」「差別禁止」「ハラスメント禁止」「ジェンダー平等」などは、何に支えられているのでしょうか。「神の意志」ではありません。道徳・倫理・良心などでしょうか。「自由」「平等」「民主主義」などは、西欧キリスト教の中で生まれて日本に移入されたものです。つまり「神の意志」を抜きには語ることができません。日本的なもの、非キリスト教的なものでは何があるのでしょうか。「仏の慈悲」くらいしか思いつきません。

でも、そんなふうに考えるのはわたしの祖父母の時代までだった気がします。


キス

キリスト教用語(だと思う)三つの紛らわしいラテン語の単語がでてきます。「コンスピラツィオ conspiratio 」と「コメスツィオ comestio 」と「コンユラツィオ conjuratio 〔宣誓式〕」です。

コメスツィオは訳者が〔共食儀式〕と注釈をつけています。一緒に食べることですね。『最後の晩餐』もその一つでしょう。

もう一つはコメスツィオ〔共食儀式〕で、同じパンとぶどう酒を分かち合うことです。(P.347)

コンスピラツィオは、英語の「 conspiracy 〔呼吸を合わせる、息を合わせる、陰謀〕」となりますが、そうゆう意味ではありません。

口から口のキスで、霊を分かち合うことで、平和という婉曲語法で言い表されるようになります。(P.347)
(戦地に赴く夫が裁判所に妊娠中の妻を呼び出してキスをする・・・引用者)彼はこうして、その女性の身籠った子が、生まれてきたときにもし彼がいなくても、彼の子どもと認知されることを表明していたのです。(P.360)

コンスピラツィオで確立されていたのは、その肉的な、身体的(ソーマ)な深さにもかかわらず、厳密な意味で、此岸的なものではありませんでした。それは、おまえはたしかにこの世にいる、しかし来歴はこの世にあるのではないとのだという言明の賛美なのです。(P.362-363)

そしてその意味は、「罪の犯罪化」とともに変化します。教皇の法廷と国王(市民)の法廷の並立に伴って、

罪が犯罪化されたのと同じ時代に、教会は分離した法的存在とされます。法的な意味での正義が求められる市民の法廷が、新しい教会の法廷と並走することになりますが、こちらは徐々に契約的性格を要求します。(P.363)

そこに市民権の概念が現れてきます。

つまり、一人の「わたし」の相貌をもつ一つの「われわれ」がキリストの身体において、各自がそれぞれ平等に貢献する平和の息を分かち合うことで出現したのです。これは新種の社交イベントでした。実質上、それ以前にあったどんな出来事とも比較できないものです。ギリシアの密儀とも似ておらず、極端に単純で、開かれており、日常的な典礼のイベントです。そこから生まれたのは(中略)コンスピラツィオです。歴史学的に見れば、それは絶え間なくコンユラツィオ〔宣誓式〕の方向に転化していきました。コンスピラツィオを防衛するためのコンユラツィオです。コンユラツィオは神を証人に立てて一緒に誓約することで、これによって中世の人間は彼らの平和と同盟に世俗的な安定性を与えようと試みたのです。そして、いつもコンユラツィオが残り、コンスピラツィオは忘れ去られ、あるいは二次的な位置に格下げられ、あるいは単なる象徴的な握手へと還元されました。(P.322)

「法的契約( contractual )関係」としての「市民」です。裁判所で聖書に手を当てて「真実のみを話すことを誓います」というのはここから来ているのでしょう。西洋の法関係がいかにキリスト教を引きずっているか、逆に日本における「法関係」がいかに根拠を持たないかがわかります。


12・13世紀と1980年代の分水嶺のまとめ

『コンヴィヴィアリティのための道具』(わたしはまだ読んでいない)を書いたときに、イリイチはまだ「道具の時代」にいました。「コンヴィヴィアリティ」というのは日本語にしにくい言葉ですが、イリイチが使う場合「自律共生」という訳語が当てられることがあります。「饗宴の席でのように仲間が楽しく生き生きと暮らすこと」というような意味でしょうか。その本の感想を書く時が来たらあたらめて考えます。きっと「道具そのもの」ではなく、それをいかに「人間らしく生きること」に使うかというようなことを考えていたのでしょう。『エネルギーと公正』では、自動車という道具を否定するのではなくて、そのスピードを制限することを提言しています。『脱学校の社会』では、学校を否定するのではなくその強制を、『脱病院化社会』でも、医療を否定するのではなくその制度を批判していました。

しかし、「道具の認識のない時代」=>「道具の時代」=>「システムの時代」という二つの分水嶺を認識し、超えることによって現代社会批判、そしてキリスト教批判は根っこのところで変わります。たとえ結論(あるいは目指す方向)が同じだとしても、です。

同様に、

書物=>テクスト=>情報(データ)

修道院=>学校=>義務教育

医療(修道院)=>病院=>健康

イコン=>イメージ=>アイコン

あるいは、

裸馬=>鞍、鐙=>自動車(=>自動運転)

われわれ=>個人=>脱身体化

など、さまざまなことが相互に関連し合いながら分水嶺を越えていきます。

また、1980年代以降に起こったことで記憶に残っているのは、新自由主義の台頭とベルリンの壁の崩壊・ソ連崩壊などの社会主義国家の変容です。この本には書かれていません。イリイチはどう思っていたのでしょうか。

今日の社会学的想定は、精神分析であれ、マルクス主義であれ、ある人のその人自身に関する感覚を、イデオロギー、社会的条件、氏素性、そして教育によって形作られた幻影であるとしています。他者の顔から予測可能性を取り除くことによってのみ、わたしはその人に驚かされることができるのです。そしてこれが、わたしがこれまでやろうとしてきたことです。(P.112)

一八五〇年代から第二次世界大戦の間に流通したマルクス経由の「生産手段」の観念の影響を思い出してください。(P.274)

マルクスや社会主義を一言で語ることはできません。マルクスが『資本論』で描いたのは社会主義ではなくて、資本主義的生産様式の仕組みであり、当時の経済学に対する批判でした。「生産手段」「生産力」「商品流通のための貨幣」などは「道具」です。マルクスは間違いなく「道具の時代」に属していました。『資本論』第1巻は、道具としての資本・貨幣・労働を見事に描いています。しかし、マルクスは第2巻・3巻を完成しようとはしませんでした。死ぬまでの間何をしようとしていたのか、もう何十年も前に考えたことなので、わたしはうまく思い出せません。新MEGAの邦訳が進めば見えてくることもあるかもしれません(進まないだろうなあ)。彼が描いた資本主義の仕組みは西欧のものです。それを国家(世界貿易)や東欧社会、東洋、石器時代以降の歴史に適用(一般化)しようとした時(エンゲルスは軽々しく本にしようとしましたが)、マルクスには納得できませんでした。軽々しく適用するにはあまりにマルクスは真面目過ぎました。MEWにも収録されている『ザスーリチへの手紙』はその一端をのぞかせています。東欧には東欧の道があるのだと。イリイチの用語でいえば「ヴァナキュラー」なものがある、ということです。

マルクスが目指したものは「労働者階級の解放」であり「貧困からの脱却」でした。資本主義が引き起こした「貧困」は「共有地(入会地)の没収」や「囲い込み」であったとしても、そこからの脱却は「〈コモン〉の回復」ではないのです。イリイチが『コンヴィヴィアリティのための道具』で描いたことも同様でしょう。

道具の時代に行われていた「道具」や「制度」の批判は、システムの時代に変わるとともにその有効性を失いました。道具や制度がどれだけ変化(発展)してもちっとも生活は良くならないじゃないか、ということです。地球(自然〕を破壊し尽くすほどの技術(制度)の発展は「進化論的な感覚・考え方」に裏付けられていますが、それで「人類が進化している」とはどうしても思えないのです。

道具・制度の使い方や改良の問題よりも、その考え方、物の見方そのものが貧困を生み出しているのではないか(そのキーワードとしてイリイチが考えたのは「希少性」)。イリイチは12世紀の著作者が分水嶺を越えて考えたことを、同じ立場に立って自分が越えた分水嶺を見つめ直したのです。それは、彼が立脚していたキリスト教西欧を見つめ直す作業でした。


希望

助けられる(助けを求める)こと、あるいは制度(相手)を利用することは、それが「善意・良心」からでてこようと「道徳・倫理」からでてこようとあっていいことだし必要なことです。でも、そのことは「助けること」「制度を作ること」を「義務化」するものではありません。制度化することが「義務を免除する」ことでもありません。でも、その「善意・良心・制度・相手」などに「依存」してしまうこと、あるいはそれらを「義務化」してしまうことで「人々の生きる力(技術)」を失うことになります。「水を得る技術」「食物を得る技術」「学ぶ技術」「歩く(歩いてどこかへ行く)技術」「痛む(死ぬ)技術」などです。

いつでも「それらなしに生きる(生きられる)」という余裕がなければなりません。「助けられてはいけない」「利用してはいけない」と言っているのではありません。「他者を助けることができる」あるいは「助けなければならない」「お返しをしなければならない」と言っているのでもありません。それには「能力」が必要です。それがある人もいれば、ない人もいます。「自分はそうしたいけどできない」というのは「無能力感」です。それらは「倫理・道徳・良心」の裏返しです。人は何でもできるわけではありません。個々の自己はとても小さくて「無力」です。

西欧の科学技術は「電気・水道」などの「ライフライン」と呼ばれるものから「病院・学校」「宇宙船・原子爆弾」までを作り出しました。それらはある時まで(わたしの祖父母の時代くらいかな。父母も戦争を経験しているので物も制度もない時代を知っています)は、「便利」とか「必要」とかの「価値」で判断されていても、「それらなしでも生きられる」とどこかで考えていたのではないでしょうか。「ライフライン」に「プラスの価値」、「原子爆弾」に「マイナスの価値」を付けるかどうかは別としても。

でも、それらを「必需品」と呼び「商品と区別する時代」は終わりました。つまり、それらは「システム」となったのです(人間も含めてすべてが商品になったという現象として現れています)。そこには「自分」も含まれるのです。それらに「依存」することが「生きる」ということと同義になったのです。水道や電気やスマホやパソコンやテレビやYoutubeやテレビゲームなしに「生きている」ということが難しくなっています。周りには商品や情報やCMが溢れていて、それらが「自然」と同一視されています。

「遠距離通学」を紹介するテレビ番組があります。先日番外編としてモンゴルの子どもの遠距離通学をやっていました。往復7時間を荒野や山を超えて馬で通学しています。テレビの画的には「何の変化もない風景」が続きます。彼が見ているもの、感じているものはテレビに映っているのでしょうか。天候であったり、季節であったり、陽の光であったり。川が凍っていたり溶けていたり、鳥の卵が孵ってヒナになり、巣立っていったり。草木の芽がでたり枯れたり。それは「今・此処」でしか見られないこと、体験できないことです。特番ではない長距離通学で電車や地下鉄で見ているスマホや本で得る情報は「今」でも「此処」でなくてもいいものなのではないでしょうか。「いつでも、どこででも見られる」という便利さは、「今・此処は必要ではない」「人間は経験しなくても(身体がなくてもデータさえあれば)いい存在だ」と言っています。

「昨日と同じ今日は面白くない。今日とは違う明日へ。明日を変えよう。」というCMが流れていました。CMは基本的にこのことを自分たちの商品で訴えているだけです。でも、昨日と同じ今日なんてありません。昨日の自分と今日(明日)の自分は違います。必要なのは、その変化に気づく感性(感覚)です。今・此処を感じられる感覚・技術が失われつつあるのかもしれません(「季節のない街に生まれ〜〜」泉谷しげる、大好きです)。

ほんの僅かなことでも、たとえそれが正当なものであっても、自分は手を出さないと決めて断念を実践することは、自由を実践できるためには形成されなければならない最小限必要な振る舞いです。(P.183-184)

もっと美しい生活を望んでいるからではなく、わたしたちがありのままの世界にどれほど豊かに結びつけられているか、そしてわたしたちがそれほど多くのものがなくてもやっていけることに気付きたいからです。(P.184)

自分はそれなしでもやっていけるという確信は、その人が知的、情緒的にどの辺りにいようと、自分が自由であることを確信する最も効果的な方法です。(P.185)

このような断念はわたしたちの生きている世界では特に必要です。昔の暴政は、どうしたら最低限の生活を営むことができるかをまだ知っていた人々の上で施行されていました。彼らがサブシステンスの手段を失うことも、奴隷とされたこともあったかもしれません。しかし彼らが、ニーズの欠乏に苦しめられる人間になることはなかったのです。メディチ家のフィレンツェの紡績工場や機織工場で資本主義的生産が始まると共に、新しいタイプの人間が生み出されました。ニーズに苦しめられた人間です。この人間は、その第一の機能が人間のニーズを満たすことにある社会を組織しなければなりません。そしてニーズは暴政よりも遥かに残虐なのです。(P.185)

「サブシステンス subsistence 」「ニーズ needs 」はイリイチのキーワードなので「生存」「必要」より広い(あるいは別の)意味があります。「サブシステンスの手段」は「コモン」に似た言葉ですが、イリイチが今問題にしたいのは、「サブシステンスの手段(あるいは〈コモン〉)」の喪失そのものよりも、「ニーズの欠乏」なのです(イリイチは「渇望 desire 」という単語も使いますが、うまく説明できません)。単純にいえば「ニーズを求めるためのニーズへの渇望」です。「欲しがることを欲しがっている」限り、「満足」や「幸福」にたどり着くことはありません。需要が供給を生むのでもなく、供給が需要を生むのでもありません。需要を生むための需要です。そこでは供給は「物」である必要すらありません。それは「情報」という形で現れますが、需要や欲望やニーズや渇望そのものです。つまり(ある特殊な)「ものの見方・考え方」の再生産です。

「五体満足」は幸せだけれど、「五体満足でなければならない」というのは違います。学校があるのを幸せだと考えてもいいけど、「学校に行かなければならない(義務)」と思うことはちがいます。近くに病院がほしいと思うのはいいけど、「健康でなければいけない」というのは違います。自動車があれば「便利」だけど、「自動車がなければ行けない」と思いこんではいけません。自由は自分で「歩く」事ができ、どこへ行くのも(行かないのも)、いつ行くのも(行かないのも)自分で決められる(選択できる)というところにあります。もちろんそれには限度がありますが、そのときに感じるのが「無力感」です。「自動車があれば行けるんだけどなあ」と思うのは「無能力感」です。

未来を予測し、制御しようとする「プロメテウス的人間」に対して、イリイチは「エピメテウス的人間」を対峙させます(『脱学校の社会』)。「後から思う愚かな人」です。「自由とは愚かさである」(P.111)とイリイチは言います。

制度には未来がある・・・しかし人々には未来なんかない。人にあるのは希望だけだ(P.25)



補論 「機械」と「道具」

「道具」とは何でしょう。「道」は「行き来のためのもの」という意味と「人のあり方」という意味があります。「具」は「鼎」を両手でささげる形で、「そなえる」「そなえ」という意味です。また「つぶさに」という意味もあります。

どう‐ぐダウ‥【道具】
〘 名詞 〙

① 仏道修行のための三衣一鉢など六物(ろくもつ)、十八物、百一物などといった必要品。また、密教で、修法に必要な法具をいう。仏家の器具。〔御請来目録(806)〕 〔梵網経菩薩戒本疏‐六〕
② 物を作ったり仕事をはかどらせたりするために用いる種々の用具。また、日常使う身の回りの品々。調度。
[初出の実例]「ひるつかたになるほどに、道具などとりのけて、皆人人、うちやすめとておりぬ」(出典:讚岐典侍(1108頃)上)
③ 武家で槍。また、その他の武具。
[初出の実例]「ゆうさいより長原殿へ当麻のやりををくられける時 お道具をしぜんたえまに持せつつおもひやりをぞ奉りける」(出典:狂歌・新撰狂歌集(17C前)下)
④ 身体にそなわっている種々の部分の称。
[初出の実例]「某は道具も有り合点が行まい。何共合点の行ぬ躰じゃ」(出典:虎寛本狂言・三人片輪(室町末‐近世初))
⑤ 能狂言や芝居の大道具・小道具。
[初出の実例]「面、いしゃう、其外の道具も、まへかどにこしらへおくべし」(出典:わらんべ草(1660)一)
⑥ 他の目的のために利用されるもの。また、他人に利用される人。
[初出の実例]「もと付合(つけあひ)の道具なるを、珍しとおもへるは、未練なるべし」(出典:俳諧・雑談集(1692)上)(精選版 日本国語大辞典

①③は仏道や武道つまり「道」のための物、という意味だと思いますが、それ以外は「何かのための物」というような意味でしょう。

「道具」と似た言葉に「機器・機械(希:メーカネー μηχανή、羅:マーキナー machina、英語:マシーン machine)があります。

紀元前1世紀ころのローマの建築家ウィトルウィウスは、『建築十書』で「……これらのうちにメーカネー(器械)として作動するものとオルガノン(道具)として作動するものとがある。器械と道具の間には次の差異があると思われる。器械は多くの人手と大きな力で効果を発揮するように組み立てられている、……道具は一人の手で慎重に操作することによって企図されている目的を成就(じょうじゅ)する」と書いているそうです。(日本大百科全書(ニッポニカ) 「道具」より)

金槌など一人で使うものが「道具」、クレーンなどの多くの人で使う、あるいは多くの力を実現するものが「機械」というところでしょう。一応、

き‐かい【機械・器械】
[ 1 ] 〘 名詞 〙

① ( 器械 ) うつわ。入れ物。また、器具。道具。〔新令字解(1868)〕
[初出の実例]「他の我邦人の如く間接に材料を佩文韻府の如き機械より取り出し来るに非ずして」(出典:一年有半(1901)〈中江兆民〉三)
[その他の文献]〔呂覧‐貴信〕
② 武器。〔令義解(718)〕〔周礼‐天官・司書〕
③ 糸やゼンマイなどのしかけのある器具。からくり。
[初出の実例]「機械とは、上へはあらはれずして下にてあやつる也」(出典:中華若木詩抄(1520頃)下)
④ 動力装置をつけて作業をするもの。原動の機構、伝導の機構、作業の機構の三部からなる。この三機構を備えたものを「機械」とし、一機構を欠いたものを「器械」と定義されることもあるが、一般的には前者は規模の大きいもの、後者は規模の小さいものをさすことが多い。
[初出の実例]「凡そ此規則は総器械術の原礎にして、諸器の機動、皆此理を出づる者なし」(出典:気海観瀾広義(1851‐58)六)
「遠く活字刷る機械の音にわかれかへりて」(出典:収穫(1910)〈前田夕暮〉上)
⑤ ( 器械 ) 実験、測定などに使う道具。
[初出の実例]「理学輪講〈略〉の類を独見し来て輪講せしめ教師兼て器械を用ゐて其説を実にす」(出典:小学教則(1872)〈文部省〉)
⑥ 生物の体内の器官。
[初出の実例]「総て百般の諸病其初生より中年に至るの間、機械の発育に障碍あり」(出典:七新薬(1862)七)
⑦ 手段。
[初出の実例]「若し此小冊子にして猶ほ新福音を宣伝するの機械となるを得ば」(出典:後世への最大遺物‐再版に附する序言(1899)〈内村鑑三〉)
⑧ 他人に使われて自分の意思を持たないで働くこと。また、その人。
[初出の実例]「ピームが所謂議会にして其権力なき時に於ては唯専制の器械たるに過きずと謂ひしは」(出典:将来之日本(1886)〈徳富蘇峰〉三)
2 小説。横光利一作。昭和五年(一九三〇)発表。新心理主義的手法を用いた作品で、文壇に衝撃を与えた。

「道具(オルガノン)」に比べて「機械」の方が「無機質」な感じがします。「機械的にこなす」とか、「機械みたいに冷たいやつだ」とか。道具はアリストテレスによれば「知識の構造や論理学」を指しますが、「器官」とすれば内臓や細胞などの体を作る組織ということになります。「有機的」という言葉が似合いそうです。

では、パソコンや機械は「道具」でしょうか「機械」でしょうか。「パーソナルコンピューター personal computer 」は、

パーソナルコンピュータという語は、1970年代初め、アメリカのIBM社とヒューレット・パッカード社が発売したコンピュータに対して使われたのが最初である。(日本大百科全書(ニッポニカ) 「パーソナルコンピュータ」より)

IBMが「IBM PC」を発表したのが1981年。アップルが「Machintosh」を発売したのが1984年です。ちょうどイリイチがいう「分水嶺」の時代です。

1941年に最初のコンピューターといわれる「ENIAC」が登場してから、コンピューター(汎用コンピュータ・電子計算機)というのは大掛かりなもので、部屋いっぱい(あるいはビル全体)くらいの大きなものです。当然、それを個人が所有したり、操作したりすることはありませんでした。いまでも「コンピューター室」として映画やドラマに登場するものは、中はたくさんの機械が収められた部屋です。そこに入る人間は、限られた人(ふつう複数人)で、その上限られた時間です。言い方を変えれば、オペレーターと機械は切り離されています。

でも、「パーソナル」という言葉が示すとおり、パソコンやスマホは一人で使うためのものです。いつでも好きなときに使えるようになりました。コンピューターは「機械」から「道具」になったと言ってもいいでしょう(「電子文房具」という言葉もありました)。それは「便利な魔法の道具」としてあっという間に普及します。パソコンはどんどん小型化していって、すでに普及していた電話機と一体化します。それがスマホです。「「スマートフォン」という呼び方は米国では1980年代から存在していた」(Wikipedia)そうです。

インターネットの元となるARPANETはアメリカ国防総省が作ったものです。そのプロトコルがTCP/IPに切り替えられたのが1983年(IPはInternet Protocolの略)。そのIPアドレスが個々のパソコンやスマホに割り当てられることによって、世界中の情報が手元でいつでも見られるようになります。図書館に行くこともなく、足を使わずに自宅で(自分の部屋で)情報を得ることができるようになりました。その情報は実体からも本(文字・テクスト)からも独立したものです。足(肉体)からも分離した、完全に観念的なものです。

この文章も、足を使うことなく部屋でパソコンで書いています。多くの部分がネットからの「コピペ」です。

観念的なものですから、いくらでも大きくすることができます。部屋あるいは脳の限界はありません。足が使えない人にとってはとても幸せなことでしょう。でも、足が使える人が足を使わなくなるのはどうなんでしょうね。車社会は人間が足を使えることを基本にしてできています。車があれば足が要らなくなるわけではありません。パソコンやスマホも同様です。それらは今の段階では「足がない世界」を目指しているわけではありません。わたしが足を使わない分、誰かが足を使ってくれています。わたしがこうやって文章を書いている間、どれだけの人の足をわたしは利用しているのでしょうか。わたしがコピペする文章に、どれだけの人の手が使われているのでしょうか。想像もできません。どうして想像しようとしないのでしょうか。それはわたしが足を使って人と接することがないからでしょうね。つまり、情報はパソコンやスマホで入手できても、実体や経験がないからでしょう。そういう意味では、わたしはどんどん「無機質なAI」近づいているのでしょう。





[著者等]

イヴァン・イリイチ(英語: Ivan Illich、1926年9月4日 - 2002年12月2日)は、オーストリア、ウィーン生まれの哲学者、社会評論家、文明批評家である。現代産業社会批判で知られる。


著者からのコメント
「人びとに『未来』などない。 あるのは『希望』だけだ--。」
                     イバン・イリイチ                                

この二十年間に世界中で進 行した収入格差の二極化を思ってみて下さい。アメリカ合衆国においてばかりで はありません。はるかにもっと暴力的に、世界規模で生じているのです。わたし は最近ある報告書を見たのですが、それは世界のもっとも金持ちの三百五十人の 収入が、世界中の下層の六五パーセントと同じであるという事実を信じさせるに 十分なものでした。そしてこのことでわたしがもっとも心配になるのは、不均 衡そのものではありません、そうではなく、この六五パーセントが、もし金がな ければ、もはや生存を営むことができないという事実なのです。三十年前ならば 彼らは貨幣に頼らずに生活できました。当時はまだ、多くの事物が通貨の支配下 に入っていませんでした。サブシステンスはまだ機能していたのです。今日、彼 らはバスのチケットを買わないことには、移動もできません。薪を集めて台所で 火をくべることもできず、電気を購入しなくてはなりません。この途轍もない悪 をどう説明したらいいのでしょう。
 この問題は、わたしが前に述べた想定から始めたなら、まったく新しい観点で 見ることができるのではないかと言いたいのです。つまり、福音が制度化され、 愛がサービスの要求へと転倒されてしまうとき、わたしたちの前に立ちはだかっ ているのは、尋常な悪なのではなく、あの最善の堕落という最悪の悪なのです。 キリスト教の最初の幾世代は、ある神秘に満ちたタイプの----何と呼べばいいの でしょう----倒錯というか、非人間性というか、拒絶といったものが可能になっ たことを認識しました。「悪の神秘」という彼らの観念は、わたしが今、直面 し、言葉を見いだせないでいる悪を理解する鍵を与えてくれます。少なくともわ たしは、信仰をもつ人間として、この悪を神秘の背信、あるいは、福音書のもた らしたある種の自由の倒錯と呼ぶべきでしょう。
 もうひとつ別の具体的な例を取りましょう。わたしは今朝、今わたしが語って いる愛の倒錯のことを思い出していたのです。メキシコの村に住むある男のこと です。その腎臓はボロボロになっていました。テキーラのせいです。土地の 医者は、われわれが君を助けられるのは、新たな腎臓を提供するか、腎臓透析だ けだ、と言います。彼らはその男を連れ去りました。彼はその後ほどなく、家族 から遠く離れた病院で惨めに死にました。しかし腎臓透析や腎臓移植の必要性 は村中に注ぎ込まれました。金持ちには与えられる特権が、貧乏人には除外され るいわれはありません。わたしは鉛筆と紙を手に、メキシコの状況をよく知る人 間と一緒に机に向かって計算したものです。その計算結果たるや、あの憐れな飲 んだくれの最後の数ヶ月に掛かった費用が、今、腎臓透析を必要としている人々 が生活している施設を四十二個も購入できる価格に等しいということでした。わ たしたちの主要な教会が一つとして、こんな儀礼、神話を作り出すこのような 儀礼を咎めることができないのはなぜなのでしょう。これはキリスト教徒とし て、多少考える力を持つ人間として、研究者として、あるいは献身的な医師、あ るいは看護師として、おめおめと関わっていてはならないことです。わたし の考えでは、そんなことになるのは、人々があの悪の裏面を直視せず、それ が深い意味においては、自由とは反対のやり方であることがわからず、その結 果、それをただの混乱と見なすからなのです。彼らは何をすべきなのか、どう反 応すべきなのかを知りません。
 わたしは自分がこの新たな悪に対してアンチ・キリストという恐るべき教会用 語を使うとすれば、原理主義の伝道者と誤解されるリスクを冒しているのは承 知しています。わたしは単純に罪について語ればよかったのかもしれません。し かしわたしは、罪という言葉を使えば、自分が言おうとすることはもっと確実 に誤解されるだけだと怖れたのです。わたしが言おうとしていることを理解しよ うとする多くの人々が感じるにちがいない極端な困難に、じかに面と向かいま しょう。この困難は、パウロがあのテサロニケ人に宛てた手紙で意味しようとし たのがどんな人のことか、あるいはどんな権力のことなのかをめぐる深遠な思弁 の中に横たわっているのではなく、罪という、見たところ何の変哲もない観念を 把握することの中にあります。罪とは、人間が自由にできる選択、個人的な選 択、日々の選択として存在していたようなものではないのだとわたしは思いま す。それはキリストが、わたしたち人間同士が、互いに他者の中にあの方と同様 に贖われてあるのを見る自由を与えて、はじめて存在するものなのです。互いに 顔を見合わせる新たな道、わたしが以前、使った言い方をすれば、ラディカルな 愚かしさでもある愛の新たな可能性の開始によって、ある新たな形態の背信もま た可能になったのです。あなたの尊厳は、今やわたしに掛かっており、わたした ちが遭遇し、わたしがそれを行動に移すまでは潜在的な存在のままです。あなた の尊厳のこの否認、それが罪なのです。わたしの忠誠を求めているあなたに反応 しない自分が、そのことによって個人的に神に背いているという観念が、そもそ もキリスト教とはいかなるものであるかという理解にとって根本的なものです。
 オーケー、わかった、とあなたは言うかもしれません。だったらなぜ単純に 「罪」と言うだけにして、空想をどっさり詰め込んだアンチ・キリストなどと いった原理主義者的でもあれば、聖書的で、教会じみてもいる観念を持ち出すよ うな手間は省かないのかと。たぶん、そうもできたでしょう。しかし、わたしは 最初に、罪という言葉の現代風の使い方に結びついたいくつかの困難を取り除い ておきたいのです。わたしが理解する限りでは、わたしの生きている世界は善き もの、善に対する感覚を喪失しています。わたしたちは、世界は、事物が互いに するから意味をなすのだということ、目は日の光を捉えるために作られたのだと いうこと、そしてそれは、この視覚的効果をたまたま登録する生物学的カメラで はないというような自明の確実性を喪失しています。わたしたちは、有徳な行為 とは人間に適合するものであり、ふさわしいものであるという感覚を失っていま す。わたしたちはそれを、十七世紀の終わりに差しかかった時期から、 十八世紀、十九世紀と時の経つうちに、価値という観念と経験の増大と共に失っ たのです。善は絶対的なものです。光と目はただ単にお互いのために作られ、こ の疑問の余地のない善は深々と経験されます。
 しかし一旦、目はわたしにとって価値がある、なぜならそれはわたしに見るこ とを可能にし、世界の中で方向を選んで位置を決めるのを可能にするから、など と言ったとたん、わたしは新しい扉を開いてしまったというべきなのです。価値 はポジティヴであるかもしれないし、またネガティヴであるかもしれない。わた しが哲学用語で、価値を口にした瞬間、わたしはそこから価値が二つの方向に 上昇したり下落したりするゼロの存在を仮定しています。価値観念で善を置換す ることは哲学で始まり、それから、永遠に成長を続ける経済学的領域で姿を現し ます。この経済領域でのわたしの生活は、自分にとって善いものを追求するとい うよりは、価値の追求になるのですが、わたしはもはや誰かある別の人間になっ てしまいます。それ以外にはありえません。
 いま、わたしが話している伝統のなかでは、罪は、悪をもっと精密に理解する ことを可能にします。悪は善の反対です----それは非価値であるとか否定的価値 とかではないのです----そして罪は悪の神秘の側面であり、サマリア人の譬え話 を例に示された、新たな自由の光を照らしてのみ理解できる、神に対する人間 の違反なのです。しかし、もしわたしの言うことが正しければ、善悪の観念を 価値と非価値で置換することが、それまで罪を根拠付けていた基盤を破壊したの です。なぜなら、罪は非価値と結びつけることはできません。そして、このこと が、ただ、自分たちの罪深さ、自分たちのしていることが、福音に提示された新 しい自由とは直接、正反対のものであるということを理解する人々によってしか 現代の恐怖は把握されないという考えを、人から人へ伝えることを不可能にして しまったのです。

出版社からのコメント
●現代文明を根底的に批判してきた二十世紀最後の思想家の遺言。

目次
序文 Charles Taylor
まえがき David Cayley
序論 David Cayley
I 最善の堕落は最悪
1 福音
2 神秘
3 偶然性1―神の掌中にある世界
4 偶然性2―テクノロジーの起源
5 罪の犯罪化
6 怖れ
7 福音とまなざし
8 健康
9 均衡
10 学校
11 友情
12 いかに死ぬかを知る サヴァナローラ最期の日々
13 システムの時代
14 結び
II 反復
15 終末の始まり
16 良心
17 至高の栄光
18 道具からシステムへ
19 身体化と脱身体化
20 コンスピラツィオ
21 分水嶺を越えて
22 無償性
原注
訳者あとがき
人名索引



[ISBN-13 ‏ : ‎ 978-4894345492]

シェアする

フォローする