
井上善文さんの『漢字「栄養」のルーツをたどって』にでてきたので、面白そうなので借りてきました。これが面白い。中古本を探しました。メルカリで送料込み400円、どうしようかなあ。
読み始めたら、止まらなくて、その日のうちに読んでしまいました。
自分が漢字を「知らない」ということがよくわかったし、それらの由来がとても面白いのです。
もうひとつ、私が「うるおぼえ」や「誤読」や「怪しい読み方」をしていたのは、戦後の「当用漢字」「常用漢字」のせいでもあることがわかりました。
昔の新聞は活字を拾って作ったから、漢字が少なければ場所も手間も省けて楽だったからである。
ところがいざ制限すると、それでは新聞は作れぬ、と政府に文句を言ったのも新聞である。「巨人が連ぱ」ではサマにならない。「覇」を認めろ。「阪神がちょう戦」じゃ迫力がない。「挑」を認める。洗濯機が普及したのに「洗たく機」はおかしい。「濯」を認めろ。「子どもがじゅくへ行く」では記事にならん。「塾」を認めろ・・・。(P.47)
同様に、
昭和三十一年にいたって政府は「同音の漢字による書きかえ」と題する文書で、「理窟」は今後「理屈」と書け、と指示した。(P.67)
たしかに「理屈」は「理を曲げる、行き詰まる」ということなので変です。
文部省書きかえに「厖大→膨大」とある。(P.105)
「匂いを嗅ぐ感覚」(「匂」は国字です)を何と言いますか。「臭覚」は「しゅうかく」です。正確には「嗅覚」(きゅうかく)です。私の中でも混乱していました。むしろ今の若い人のほうが混乱しないのかもしれません。
図書館の本には線を引くことができないので、私は読みながら付箋を貼ります。読み終わる頃には、その付箋の数が多くなって、「これなら、中古本を買えばよかった」と思いましたが、後の祭りです。100均で280〜350枚入っている「すぐに剥がせる」付箋です。この「箋」という字も2010年に増字された常用漢字です。
図書館の本に「付箋」を貼ってはいけないのだそうです。一度剥がし忘れて窓口の人に怒られました。
「本にのりが残るかもしれないので」
その時は「すいません」と謝りましたが、それ以来「剥がし忘れないように」気をつけています。
「なるほど」とか「知らなかった」ということばかりなので、それをすべて書き抜きすると「この本全部」を書写することになります。
読み書き能力の判定の基準は何か。これはかなりむずかしいが、西洋では、教会での結婚式で自分の名前を書ければ「リテラシーあり」と判定するそうだ。西洋では読みの教えが先なので、署名ができれば読み書き能力ありと見て大過ないらしい。日本にはこの基準は使えない。江戸時代には一般に署名をする習慣がない。(P.191)
西洋のアルファベットは「表音文字」なので、26文字(プラスアルファ)憶えれば読めるかというと、そんなことはなくて、綴とその音が違うことはたくさんあります(特に英語)。もともと「音(おと)」をすべて同じ(一組・一種類の)文字にすることはできないし、文字を同じ音にすることもできませんが。
日本において識字率が上昇したのは、明治時代に導入された徴兵制度のおかげだという説もあります。
江戸時代に署名がないのは、ハンコが発達普及したからである。百姓一揆についての本には傘連判(車連判)の写真が多くでている。一揆参加者の名前を輪状に連署したものである。どれも名前の書き手は同一人であり、名の下に全員ハンコを押してある。名は他人が書いても、ハンコをつくのが一揆参加者の意思表示である。農民(少なくとも戸主)がすべてハンコを持っていたことがわかる。この「ハンコが本人たることの証明」の習わしが明治以降国の法律になって今に至っている。よって署名の習慣かない。(P.191)
しかしいずれにせよ、日本人は皆読み書きができるというのは、西洋人の過大評価だったようだ。(P.197)
江戸時代の脅迫状(落し文)が三通紹介されています。
なお、江戸時代には、地方によってしゃべっていたことばはさまざまだが、文や字は全国どこでも同じである。(P.182)
これが効果をあらわす前提は町の人々がこれを読んで理解することであるから、これも文字文化の普及の証拠である。(P.189)
書き言葉(いわゆる文語)と話し言葉(いわゆる口語)は異なります。ことば(音)を文字にできないということもあります。明治政府の中ではどんな言葉を話していたのでしょうか。薩摩や長州、京都、江戸、それぞれの出身者が、それぞれの方言で話しをしていたのではないでしょうか。そして、その人たちが「標準語」なるものを作ろうとしたのです。でも、法令文はいまでも「口語」あるいは「標準語」(あるいは「共通語」)ではありません。
小学読本はやや口語に似たる文語である。これと同型なる言葉を話している者は、東京の真中にだって一人もありはすまい。(柳田國男「国語史 新語篇」文庫全集21、P.307)第一に、国語の不統一は、文語の問題ではなくして口語の問題である。(中略)文章は初めから統一している。(柳田國男「標準語と方言」同、P.446)
まず第一に文章は全部が標準語で、わざとかまたは誤ってかでないと、片端でもその中へ方言はまじえなかった。(同、P.465)
口語と文語、あるいは方言と標準語について、
物を問えば必ずきれいな東京語で答えるが、そのかわりにほんのわずかな間があって、口で一ぺん訳しているのだという事がよく判る。そうして折々は訳しきれない語がまじるのである。子供などのまだ翻訳になれぬ者は、この間が突拍子もなく長くて、ただまじまじと顔を見るのは本意ないようだが、これでも実は標準語を承認しているのである。(前掲書、P.465)
標準語はいつの世になっても、そんなことでは言語生活の全部をまかなう力を具えるだろうとは思われない。少なくとも現在は、まだほんの片端だけしか教え示されてはおらぬのである。これでもし人が二重生活を営むべく強いられるとしたら、その不幸不便は、外国語との二重生活に比べて、何層倍苦しいものかわかったものではない。(同、P.477)
方言と標準語のバイリンガルであると同時に、口語(話し言葉)と文語(書き言葉)とのバイリンガルでもあります。これは多分ヨーロッパでも同じで、フランスでもイギリスでも、だれもが(いわゆる)「フランス語」「英語」で考え、話し、それを文字にしているわけではありません。いわゆる「文法」は話し言葉ではなく、書き言葉の中にあるのです。
いわゆる正しい文法は、実は文章の上の問題であった。(柳田國男「方言覚書」前掲書、P.274)
まさしく「文」の「法」です。
日本人は、日本語には敬語があることを、明治二十年代に、英人チェンバレンに教えられた。だから「敬語」という言葉も明治二十年代にできた。(P.221)
語彙(たとえば名詞)があることと、「そのものが在る」と言うことは違います。
日本語を一つの家屋とすると、敬語はそれに附属する建物、というようなものではない。家屋自体にある。だから日本人はその存在に気づかない。外国人は日本語を外から見るから気づくのであある。(P.222)
日本人が一般に、英語も日本語も対等の言語だ、と思うようになったのは、ついここ五十年ほどのことなのである。
だから明治の日本人は敬語に日本語の救いを見出して飛びついたのである。(P.223)
中国の文語にはほぼ敬語がない。だからもし漢文をそのまま読んだら敬語のない日本語になる。かなり異様な日本語である。(P.224)
「 This is a book. 」イギリスで貴族のお坊ちゃんやお嬢様に教えるときなら、「,sir 」とか「,lady ,madam 」とかを付けることもあるでしょうが、文章全部には付けない気がします。付けたとしても「 This is a book. 」自体は変わりません。中国語では「这是书 」だそうです(googleさん)。
日本語なら「これは本だ」「これは本よ」「これは本です」「これは本でございます」と訳し分けないと「ふつうの」日本語にはならないでしょう。
これは方言と標準語に似ています。子供はこの「言い換え」にも間が必要でしょうし、学ばなければなりません。方言をなくそう、敬語を廃止しよう、あるいは「言文一致」というのは「日本語をなくそう」と同じことだと思います。
表現の国語教育は、どうしても話し方から始めなければなるまい。話すのと同じ心持をもって筆を執り、一方にはまた話すのと同じ用語によって、思惟することを教えなければならぬからである。この二つの段階において翻訳をする必要があるようでは、正直な子供ほど口数が少なく、筆が鈍くなることを免れがたいであろう。(柳田國男「標準語と方言」前掲書、P.497)
もとにもどって、国字でないかぎり漢字には、形(けい)、音(おん)、義(ぎ)の三つが必ずそなわっている。形は文字の形、音は字音、義は意味である。意味の慣習的に固定したよみが訓(くん)である。(P.114)
中国では北京語と広東語では、発音がぜんぜん違うけど漢字を見ると意味がわかる、という話を聞いたことがあります。表意文字は音と意味が一緒になっているので、音が違っても意味は通じると思っていました。
中国語では音に意味があるから、音をまちがえたら意味が通じない。「輸」は多く「負ける」の意に用いられるが、「負けたよ」シューラーをユーラと言っては意味をなさない(もちろん誰もそんなこと言うはずがないが)。なお「はこぶ」のと「負ける」のとはえらいちがいのようだが、要するに、相手の手にわたる、移動する、の義である。この、ひとしく漢字を使っていても、中国では音に意味があり、日本では字が意味をになっている、というのはだいじなことである。(P.119)
なるほど。言われてみればなるほど、です。どこかある地方で、「いぬ」を「いか」と言ったら通じないでしょう。「犬」という漢字は、日本のどこでも「いぬ」を意味します。
何かを相手に伝えるために言葉があるとすれば、そこ(その時・その場所)では、「相手がわかる発音」をしなければ、相手に伝わりません。違う発音はしにくいし、気取ったり、格好を付けたり、ふざけたり、分かる範囲で変わった発音をすることはあるでしょうが。そういう意味では、日本のほうが「文字文化」なのかもしれません。
それよりもっと困ったことは、文語すなわち書いたものに出ている言葉なら、どれでも勝手に口語に使ってよく、おまえ知らのかと逆捩じを食わせたり、あるいはどんな字を書くのかと畳の上に描かせてみたりするという、日本独特の奇抜な会話が、現在では普通になってしまった。(柳田國男「標準語と方言」前掲書、P.456-457)
最近は、英語などの単語をそのまま「カタカナ」で使うので、「どんな字を書くの?」と言う質問はナンセンスだし、言っている人も「英語の綴り」がわかっているかどうかは別のことです。もしわかっていたとしても、「英語的発音」をせずに「日本語的発音」するのは、漢語と変わりありません(「開音節化・長音化・撥音ン・促音ッ・長音ー」などについては省略します)。
つまり、言葉は本質的に話し言葉、聞き言葉であるということです。
でも、そのことは「意味が通じれば(心が伝われば)言葉は何でもいい」ということではありません。文字は「心を表すもの」ではないからです。
イバン・イリイチは「黙読」が始まった頃(西欧において12世紀初頭)、「本がテクストになった」と言います。「本」や「文字」という「存在」が、本や文字から離れて「著者の心を表すもの」となったのです。それまでは、文字は「音(声)」から離れていなかったし、「本であること自体」「文字であること自体」が大切だったのです。
表意文字は、感覚の分離や、専門分化、あるいは文字の形と音と意味の分離(これは表音アルファベットの特徴であるが)を引き起こすことはない。(マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』旧訳、P.87)
本書の著者が言う「形(けい)、音(おん)、義(ぎ)」そのものです。文字に「形・音・義」を見つけ、それを「別のもの」とあつかうこと自体が「アルファベット(表音文字)」の影響だということです(Wikipediaでは漢字は、「表語文字」と扱われています)。
こういうふうに、文字の意味は声符にある、と考えるのを「右文説」と言う。(P.176)
右文説唱える知識人(学者)があらわれたのは宋代である。漢字ができてから三千年も、あるいはそれ以上もたってからである。それも、右文説があらわれるや人はハッと目がさめ、だれもが右文説を信奉するようになった、というわけではない。相手にしない人のほうが多かったようだ。(同)
私の漢字の読み方も、ほぼ「右文説」です。だから、「百姓よみ」(P.119)が多いのです。私の事情もあります。学校の授業はほとんど聞いていなかったし、話をする友達もいなかったので、漢字の「音」は勝手に解釈するしかなかったのです。塾に行ったこともないし、「音のある教材」に接したわけでもありません。そのくせ、ちゃんと調べることもしなかったのです。右文説を唱えた人も「せっかち」で「ずぼら」だったのかもしれません。漢字を「全体として」ではなく「部分に分ける」ということは、ある意味では「形・音・義」を「分けて考える」ということです。
絵文字も、表意文字も、象形文字も、人間を非部族化する表音アルファベットのような力を持ってはいない。表音アルファベット以外のいかなる書字法も、すべてが相互に依存しあい、関連しあい、あらゆる物を密接な関係に保つ聴覚的性格を持つ世界の外へ人間を移し代えはしなかった。(マクルーハン、前掲書、P.64-65)
「文字自体が意味を持つ」ということは、表音文字では考えられないのでしょうか。キリスト教における「ラテン文字」、ユダヤ教における「ヘブライ文字」、仏教における「サンスクリット文字」これらは、「その文字で書かれていること」と宗教とが一体でした。漢字(サンスクリットも?)は一文字が世界を表します。すべての感覚を一体的に、不分離に表します。視覚も聴覚も、耳、口などの触感も表したのです。
「聖典そのもの」が宗教で、そこに書かれている「文字そのもの」が宗教(神や仏の声)だった思うのです。それは「聖衣・聖杯」や「仏陀の遺骨」と同じで、それらと宗教、神、キリスト、仏陀とは分離されていなかったのです。聖書からキリストの考え、仏典から仏陀の考えを「取り出す」必要はありませんでした。それらは別のものではなかったからです。
「文字と意味の分離」あるいは「言葉と意味の分離」は、聴覚と視覚の分離であり、一緒にあったはずの「触覚」との乖離です。
それは心と体の分離でもあります。思考と行動の分離、「自分」と世界との分離です。そこから立ち上がってくる「個人」のことを、マクルーハンは「人間の非部族化」と呼んでいるのです。
文字(テクスト)の世界に住む人には想像もむずかしいことです。
20世紀後半(1980年ころ)、パソコンが普及し、出版社でも活字印刷(活版印刷)がなくなります。文字は「文字コード」になります。言葉(文字)は「データ」であって、「本・文字」が「物理的実体」を持つ必要がなくなります。電子書籍やサブスクが登場してきます。映画では「脳をデータ化し永遠に生きる」というようなストーリーがいくつもあります。痛かったり、痒かったり、お腹が空いたりする「身体」は、まるで「必要悪」になったようです。実際「 AI(人工知能)」が「人間以上の存在」あるいは「純粋な存在」になりつつあります。
早送り(再生)で映画やドラマを見たり、「あらすじ」だけの本が売れたりしています。「早わかり〇〇」と言う本やマニュアル本が売れだしたのは、いつ頃からでしょうか。ついには「サルでも分かる」となりました。「生成AI」は、「考えたり・作ったり・書いたり」することを「馬鹿らしいこと(サル並だ)」だと言わんばかりです。
言葉も同じように考えられつつあるのではないでしょうか。「 AI翻訳」が必要なのは、逆にさまざまな「言葉(言語)」(の相異)は「必要悪」となりつつあるということです。「バベルの塔」を AI によって完成させようとしています。必要なのは「心」、それも「自分の心」だけであって、自分の体も、言語も、他人も、それらが必要なのは「自分(の心)を支えるかぎり」です。体も、言葉も、他人も「自分の心にとっての道具」でしかありません。
「火付け予告」の張り紙は、商人の家(街)での出来事です。文字が初めてつくられたと言われるメソポタミア(シュメール)の時代から、文字は商売の道具でした。また、古代エジプトで「書記」というのは、高い地位を占めていたそうです。商売を「商品と貨幣の交換」と思うのは、今の社会を投影しているからです。「商品の前には物々交換の経済(社会)があった」というのも同様です。
醤油や味噌、そしてお米すら「貸し借り」していた頃を私は記憶しています。それを「物々交換」と呼ぶことはできるし、まったく違うものと見ることもできます。商品交換(売買)は、物々交換を基礎にしている、あるいはその中につねに物々交換を含んでいるという見方は、商品社会から見たものに過ぎません。
財物が人の手を経巡るその流れは、男たちや女たちや子どもたちの流れにしたがうものだし、饗宴や儀礼や儀式の踊りの流れにしたがうものである。それどころか、からかいことばや罵りことばの流れにさえしたがうものである。結局のところ、その流れは同一なのだ。人が物を与え、物を返すのは、そこにおいて人が互いに「敬意」を与え合い、「敬意」を返し合うからである。今でも言うとおり、「挨拶」を掛け合い、返し合うからである。けれどもそれはまた、何かを与えることにおいて、人が自分自身を与えているからでもある。そして、人が自分自身を与えるのは、人が自分自身を(自分という人を、そして自分の財を)他の人々に「負っている」からなのである。(モース『贈与論』岩波文庫、P.295)
言葉、「話したり聞いたりすること」は「物を与えたり返したりすること」と同じです。でも「自分自身を」と言ってしまうと、「自己と他者」という関係(交換関係)を前提してしまうことになります。西洋人に伝えるには、あるいは文章にするには、これ以外の方法は考えにくいのですが。
商人が文字(貨幣と言い換えることもできる)を使うこと、あるいは権力者が文字を使うということは、文字そのものが「力(権力)」である(あるいはそう思われている)からです。神事としての文字の役割、あるいは「言霊」は、言葉や文字・貨幣を、権力や「物」とを分離されたものとみなすと理解できなくなります。
人々が世界を神の掌中に横たわっているものとして強く経験した社会においてのみ、のちになって、この世界を神の掌から奪い去ることが可能になるからなのです。(イリイチ『生きる希望』、邦訳 P.132)
すべてが「神の掌中」にありました。人間も社会も個人も言葉も。でも、そう言うこと自体がすでに、「人間」と「人間以外」、「自己」と「他者」が別なものだと思っているからです。
そして、ただ偶然性の感覚の落日と最終的な消滅と共に、世界は神の掌中から人間の掌中に落ち、そしてテクノロジーの発展に向けられた自制が抜け落ち、道具が無制限に称賛され、完全なテクノロジー社会への道が開かれるのです。(同書、P.143)
仏教はどうでしょうか。仏の手のひらで暴れまわる孫悟空を思い出します。仏教において「ブラフマン」と「アートマン」の一体化が目指されますが、キリスト教におけるような、神(仏・自然)と人間との完全な分離はないように思えます。
ちなみに「自然」について、
「自」は、呉音がジ、漢音がシである。(P.245)なぜ自然だけが漢音でのこったのか。それは多分、自然(じねん)という呉音の語が別にあったからだろう。
意味はかわりない。(P.245-246)
なぜシゼンに一体化されたのか。
それは、明治の初めに nature という英語が入ってきて「自然(しぜん)」と訳され、これが非常に多く用いられるので、それにひっぱられて「おのずから」の「自然」もシゼンと言われるようになったからであろうと思われる。
昔(江戸末まで)の本を読んでいると、「自然(しぜん)」という言葉はよく出てくる。それはたいてい「もしも」「万一」ということである。(P.247-248)
「屈する」の否定形はふつう「屈しない」である。(P.58)文語「略す」は、略せず、略して、略する時、略すれば・・・のごとく変化する。動詞「す」と同じ、いわゆるサ変(サ行変格活用)である。漢語「略」に「す」がついたものなのだから当然だ。「愛す」も同じ。
口語「略する」は、略しない、略した、略する時、略すれば、略しよう・・・のごとく変化する。「する」の変化と同じサ変だ。略に「する」がついた語なのだからこれも当然。「愛する」も同じ。
ところがもう一つ、最も新しい口語「略す」「愛す」があったのである。終止形は文語と同じだが、実際の使われかたはことなる。これは、略さない、略した、略す時、略せば、略そう・・・のごとく用いられる。五段活用である。「愛す」も同じ。(P.60)
そう言われれば、そうです。なぜそのようなことになったのか。
思うに多分、貸す、足す、隠す、残すなどの固有語(和語)と同列の語として受け取る人が増加した結果なのだろう。信ずる、命ずるなどと濁る語は、「信ざない」「命ぞう」などと五段に用いられることはない。「ず」で終わる固有語はないせいか。
そのかわりこれらは、「信じるときは」「命じれば」などと上一段活用になる。口語では「○ずる」のすべてが「○じる」とも用いられる、と言ってよい。(P.63)
ふつう「愛しない」とは言いません。なぜでしょう(「愛せない」は「愛することができない」という意味です)。
「略さない」と「略しない」(「略しない」「略せず」という言い方は死語になりつつありますが)とのニュアンスの違いがわかりますか。私が感じる違いは、「略さない」のほうが「略しない」よりも「主体性(意図)」が強く出ているのではないか、ということです。
日本には別に「恋する」という言葉があります。こちらは「恋さない」とは言いません。「する」はたしかに動詞なのですが、「〜を愛する」に対して「〜に恋する」でしょう。「〜が好きになる」と同様、「恋する」は「恋した状況・感情に陥ってしまう」ということです。それは本人の「主体性」や「意図・意志」とは別のことです。「〜する」は英文法でいう「自動詞」でも「他動詞」でもないのです。
五段活用としての「愛する」は、漢語に「する」をつけたものでも、和語に引っ張られたものでもなく、日本語話者の英語に引っ張られた「考え方・ものの見方」の変化によるものだと思います。
漢字「栄養」から、この本に導かれたことは冒頭に書きました。
さすがに明治四十年ともなると、「動植物」「体質」以下「排泄」「循環」にいたるまで、西洋語から翻訳した近代新語彙ばかりで書かれている。学術用語であって、庶民が日常に「ちょっとエイヨウをつけろよ」などと気軽にもちいる言葉ではなかったらしいこともわかる。(P.25)しかし「栄える」というのは繁栄することであって、体が健康になるのを「栄える」とは言わない。(P.29)
「栄養」が正しいか、「営養」が正しいかという問いは、「 nutrition が正しいか」という問いに帰結します。 そしてその問いは、無意味です。
日本語の「食べる」「養う」は「 feeding 」と「 nutrition 」に対応するわけではありません。人間は「栄養を摂る」ために食べているのではなくて、「お腹が空く」から食べるのだ、と私は思うのですが、そう考える日本人は減ってきているのかもしれません。
私は、言語はプラトンのいう「コーラ(場)」に近いと思っています。コーラはアリストテレスが言うような「質料」ではなりません。心を伝える道具ではないのです。それは「心そのもの」です。それは母語であり、故郷(ふるさと)であり、母なのです。
漢字を制限することは、日本語を制限することです。漢字を覚えることがなくなれば、どんなに楽だろう、とも思います。言語の違いがなくなれば、コミュニケーションがどれほど楽だろうかとも思います。
言語がなくなって、「思いは」データでやり取りできる。今の日本人はそれを目指しているようにも感じます。「“触り心地”をデジタル化し他者への共有を可能にするフィールテックという技術」(NTT)は何を目指しているのでしょうか。
文字(漢字)を見る時、日本語を考える時、それは「コーラ」から見ることしかできません。そしてそのことは「コーラ」を認めることでも否定することでもありません。それは「現在の私が見る」ということですらありません。
食べ物の代わりに「栄養ドリンク」や「ビタミン剤」があればいい、母乳ではなくて哺乳瓶でいい、母親は「哺乳瓶」であることから自由になりたい、解放されたいと思っているようにも見えます。
そうなのでしょうか。「コーラ」を忘れること、日本語で考えていることを忘れることは、「心が自由になること」ではなくて、「心がなくなること」だと私は思います。
この本の続篇は『漢字と日本語 (講談社現代新書 2367)』です。仏様の手のなかで遊ぶために、読んでみたいと思います。
[著者等]
著者について
1937年生まれ。東京大学経済学部および文学部卒業後、同大学大学院人文科学研究科修了。専攻は中国文学。主な著書に『中国の大盗賊・完全版』(講談社現代新書)、『漢字と日本人』(文春新書)、『李白と杜甫』(講談社学術文庫)、『三国志 きらめく群像』『水滸伝の世界』(ともにちくま文庫)、『本が好き、悪口言うのはもっと好き』(文春文庫、講談社エッセイ賞)、『漱石の夏やすみ』(朔北社、読売文学賞)などがある。
だから、日本語はおもしろい!
義「援」金、名誉「棄」損、膨「張」……その漢字、おかしいですよ。
編と篇はどう違う? 古く中国から入った日本語とは? 明治に英語が入ってきて、日本語はどう変わったか? 日本で生まれ、中国で使われていることばとは?
読んでナットク、漢字と日本語のヒミツにふれる名コラム集。
※初出 『本』2010年4月号~2012年11月号
